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第十四話 PMはマルチタスクで炎上する

俺たちはひとまずアニカの家に戻ってきた。

先ほど知らせにきてくれた男の姿はなく、アニカとマルタの二人が迎えてくれる。

騎士団のガウェイン他二人と、俺とフネが家に入ると、狭い部屋はかなり窮屈な状態になった。

負傷した男の傷は思った以上に深く、アニカが必死に手当てをほどこしている。


「痛いと思いますが、我慢して下さいね」


アニカが傷口を水で洗い流しながら、男に語りかけていた。その様子を尻目に、俺はヘッドホンを耳にあてる。


「あれは、なにをしているんだ?」


俺のほうを見て訝しげに眉をひそめ、フネに問いかけるガウェイン。


「ああ。ちょっと持病みたいなものだから、気にしないであげて」


なかなかひどい言い草で、適当にあしらうフネ。

どんな持病だよ、と胸中で突っ込みながら、俺はガウェインの視線を感じつつ、ピットが映し出したARに意識を向けた。

ピットに調整してもらって、会議画面は俺の視界にのみピントを合わせている。


「吉田君。私が通知を出してから、ずいぶん返事が遅かったじゃないか」

「申し訳ありません。少し別件で、部下の申請不備があったようでして。いえ、先方の勘違いだったようですが」


目の前の部長の映像に、俺は短い言い訳をした。

嘘ではない。


「……まぁいい。ところで今日連絡したのは、君が手がけている東西基盤更改の件だ」


部長の顔は渋い。その先に透過して見えるガウェインの顔は、かわいそうなものを見る目だ。

さっさと会議を終わらせないと、このままでは俺の沽券にかかわる。


「先日のNW障害は解決したと、部下から報告受けておりますが」

「その件ではない。リリースしたシステムで原因不明の不具合が発生していると、数時間前に私まで乃木本部長から連絡がきた。エンドユーザへも影響が出ているようだ。早急に原因究明にあたってくれ!」


俺の顔が青ざめるのが自分でもわかる。

すでにシステムは旧システムから切り替えを終えており、このタイミングでの不具合はプロジェクトの大幅なロールバックを余儀なくされる可能性があった。


「承知しました。すぐに動きます。一旦失礼します」


俺はそう告げると、退室ボタンを押してリモート会議室を出る。

部長の姿が消え、同時にフネ以外の全員の視線が俺に降り注いだ。


「だ、大丈夫ですか?頭を打ったとか……」


アニカがおそるおそるといった感じで、俺に声をかける。

これではまるではれ物扱いだ。

俺は心の動揺を隠すように曖昧に笑みを返しつつ、迅速にピットに指示を出す。

(該当プロジェクトのリーダへ、slackで不具合の内容を纏めて一時間後までに報告を入れるように伝えてくれ)

(了解です、オサム様)

ピットのつぶらな瞳が一瞬、明滅した。


「問題ないよ、アニカさん。それより、そちらの方の具合は大丈夫か?だいぶ顔色が悪いようだが」

「あ、はい。とりあえず今できる手当は行いました。魔物に噛まれたみたいなので、本格的な治療はお城に戻られてからされた方がいいと思いますが」


アニカは俺の問いに、少し安心したように答える。


「ありがとう。助かったよ」


ガウェインが姿勢をただして、アニカに頭を下げた。

騎士団の隊を任されているということは、それなりの地位の人間のようだが、その振る舞いだけで彼の人格がうかがえる。

アニカは手をぶんぶんと横に振り、慌てたように同じく頭を下げた。


「いえいえ、そんな!いつもこんな辺境の地まで巡回してもらって、お礼を言うのはこっちです!」


頭を下げあう二人を眺めていると、マルタが人数分のお茶をのせた盆を手に、部屋の奥から現れる。

香ばしい茶葉の香りが、部屋の緊張をかすかに溶かした。


「どうぞみなさん。まずは一息つきましょう」


マルタの優しい笑みと、差し出されたお茶を合図に、ようやく全員が腰を下ろす。




「では、我々は一足先に」

「ああ。気をつけてな」


負傷した男に肩を貸しながら、もう一人の騎士団の男がガウェインに声をかけ、アニカの家を出ていく。

ガウェインは去っていく男たちの背に声をかけた後、お茶を一息で飲み干して、俺たちに向き直った。


「――あらためて。まずはお礼を言わせてくれ。二人が来なかったら、間違いなく街の被害が大きくなっていた。それにアニカさん、部下の手当をありがとう。魔物の噛み傷は、治療が遅れると命を落とすことも多いから助かった」


深く頭を下げるガウェインの姿は真摯で、本当に感謝しているのが伝わってくる。

どこかの団長の上辺だけの謝辞とは違い、あのフネでさえ軽口を挟まずに、真面目な表情で受け止めていた。


「それで、オサムさんにフネさん。今ギルドの指名手配がかかっているということだが……」

「はい。ご認識の通りです。不正を働いたつもりはないので、原因は分かりかねますが」


俺はガウェインの言葉に、肩をすくめてみせる。

実直な人物なのはわかるが、まだ立ち位置がわからない以上、エドワードとの確執は伏せておいた方がよいだろう。


「では、私が耳にしていた依頼の横領とかは、ギルド側の間違いということかな?」

「間違いです!だって、お二人に依頼の受理を発行したのは、私なんですから!」


続けて問われた言葉に、答えたのはアニカだった。

ガウェインが少し目を見開き、彼女に視線を向ける。

その視線を真っ向から見つめ返し、アニカは白い頬を少し朱に染めながら言葉を続けた。


「確かに『深紅の鷹』が占有していた依頼を、お二人に受理しました。でもそれは『深紅の鷹』が、規約の……えっと……」


いつも規約のくだりで、歯切れが悪くなるアニカ。


「二十四条」


俺が、ぼそっと助け船を出す。

とたんに彼女はぱっと顔を輝かすと、ガウェインに対して身を乗り出すように説明を続けた。


「そうです、そうなんです。二十四条に『深紅の鷹』は、違反していたからなんです。だから依頼自体は正式な並行受注で、ヨシダさんたちは何も悪くないんです」

「君は……ギルドの関係者か?」

「はい。アステリスク支部のアニカです」


数センチの距離まで身を寄せられ、ガウェインは戸惑いながらも彼女に所属を尋ねる。

アニカは名乗ると同時に、興奮している自分に気づいて姿勢を元にただした。


「なるほど。だが、正式なものだとするとおかしいな。なぜギルドは、この二人を指名手配に?君はギルドの人間なら、理由を知っているのかな?」


ガウェインの問いかけはもっともだ。

だがアニカはその質問に、顔を曇らせて下を向いた。


「職員のアニカさんも、その理由までは知らないみたいです。おそらくですが、何かしらの情報規制が入っているのかもしれません」

「……ふむ」


だから、今度は彼女の代わりに俺が答える。

そこで一度会話は途切れ、ガウェインは思案するように天井を仰いだ。

静まり返った家の中で、窓を小刻みに叩く音が聞こえてくる。外で雨が再び降り始めたのだろう。

――ぐぅ。

雨音にまぎれ、唐突に弛緩した鈍い音が部屋中に響いた。


「あう……ごめん。お腹減ったみたい」


フネがお腹を押さえるポーズをとり、照れたように笑ったのを合図に、それまで黙って皆の会話を聞いていたマルタが立ち上がった。


「もう時間も遅いですし、簡単なものですが温かいものでもお出しします。話の続きはその後で、ね?」


マルタがフネにウインクして見せる。

窓の外は、すでに夜更けの気配が色濃くなっていた。




「こんなものしか出せなくて、ごめんなさいね」


マルタは皆の前にスープが入った椀を並べて、自分も座りこんだ。

かすかに色がついた透明なスープと、煮くずれた野菜の切れ端が浮かぶ質素なもの。しかしそれでも、鼻腔をくすぐる優しい香りが、空腹を刺激する。

考えてみればエドワードとの会食後、街をさまよい、魔物との戦闘、部長との会議と息つく暇もなかった。

現実世界なら会社のデスクでキーボードを叩きながら、カロリーブロックでもかじっている頃だ。


「おいしい!」


フネが一口食べて、顔をほころばせる。

確かに質素だが、色々なものが溶け込んだスープは、空腹という調味料を抜きにしてもおいしかった。


「マルタさん。私までいただいてしまって、すいません」

「気にしないで下さい。いつも守っていただいてばかりで、なにも返せてないんですから」


申し訳なさそうなガウェインに、マルタが答える。

二人の会話と、これまでの流れから、この国の騎士団はどうやら魔物を討伐するためにこの辺を巡回していることがわかった。

(街の中でも魔物が襲ってくるのは、普通のことなのか?)

(否。通常であれば、人が住む区域に魔物が侵入することは稀です)

質問は、即座にピットに否定される。

俺はあまりゲームをやる方ではなかったが、街中でモンスターとエンカウントしないというのは、この世界でも通用するようだ。

となれば、今のこの状況は異常ということになる。


「ガウェインさん、少し聞いてもいいですか?」

「もちろん」


俺が口を開くと、ガウェインは椀を置いて頷いた。


「王国騎士団の方が、街中を巡回されていると聞きました。なぜですか?街に魔物が出るなんて、普通じゃないと思いますが」

「ああ。君たちはこの国に来たのは最近かな?近頃ノアール大森林から、凶暴な魔物が降りてきていてな。頻繁に街を襲うので、隊を組んで巡回しているんだよ。ギルドも自警団を募ってくれてはいるが、人が集まらなくてな……」


腕を組んでガウェインは、顔をしかめる。その表情からは、現場責任者特有の苦悩がうかがえた。


「魔物が街を襲うようになったのは、どれくらい前からでしょう?」

「たしか……三カ月くらい前かな。巡回のための隊を組んだのは、数件の被害が出た後からだが」

「なるほど」


ダンジョンの攻略前に、街で立ち寄った露店の男も同じようなことを言っていたことを思い出す。

あの店主はこうも言っていた。


「時期的には『深紅の鷹』という冒険者団体が、『古龍の遺跡』攻略を始めた頃ですか?」

「……そう、だな」


俺の言葉に、ガウェインははっとしたように口ごもる。


「まさか、オサムさんは鷹を疑っているのか?彼らはアステリスクの国中で、英雄と称されている者たちだぞ?」

「確信はないです。まだ疑惑の段階なので」


ロゴスの魔力を循環装置を外した上で、逆流させ封じこめていたのは『深紅の鷹』だ。

だがそれが街周辺で発生している魔物の凶暴化とどう繋がるのか、今は材料が不足していた。

もう一度ロゴスに話を聞きたいが、彼がいつでも応じるといってくれた龍の鱗は、ギルドに申請した際に預けてしまったままである。


「疑惑……か」


ガウェインはさらに難しい顔をして、うなるような低い呻きをもらす。

その時、視界の端でピットがかすかに身震いした。

(slackにオサム様の部下から、メッセージと添付資料が届いております)


「――とりあえず、今日はこの辺にしませんか?」


俺はピットの言葉を受け、一旦この場をクローズさせることを切り出す。

こちらも大変だが、現実世界の問題も早急に手をつけないといけない。


「そうだな。だいぶ夜も更けた。これ以上居座っていては、アニカさんとマルタさんにも迷惑だろう」

「はい。俺たちもそろそろ出ていかないと」


立ち上がろうとした俺の肩に、その時ゴンと衝撃が走った。

目を向けると、衝撃の正体は寄りかかるフネの頭だった。


「むにゃ……オサム、もう食べれない……」


会話に飽きたのか、お腹を満たされたせいなのか、すでに彼女は夢の中の住人だ。

動けなくなってしまった俺に、アニカが人差し指を口にあてて、しーのポーズをとる。


「起こしたらかわいそうです。ヨシダさん、今日は泊っていってください」


さすがにこの状況で、アニカの誘いを断るわけにはいかなくなってしまった。

結局俺とフネは家に残ることにし、ガウェインは「また明日くる」と告げて、家を出ていった。

物語って書くの難しい。

と改めて感じ始めた回です。


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