第十三話 PMは公式と邂逅する
アニカの母親が慌てて扉を開けると、肩から血を流した男が家の中に転がり込んできた。
男は雨に濡れたのか、それとも汗なのか分からないくらい顔中に水を滴らせ、荒い息を吐いている。
「マ、マルタさんか。ちょうど良かった。アニカもいるか?」
「どうしたの、その怪我!?」
男はアニカの母――マルタの心配そうな問いかけにも答えず、部屋の中を見渡し俺たちの姿に目を止めた。
「良かった……アニカもいるな。とりあえず、二人とも無事だったか」
そう言うと男は一息ついたように、玄関横の壁に背を預けてしゃがみ込む。
アニカはすぐさま奥からタオルと救急箱を持ってくると、床に腰を落とした男のそばに駆け寄った。
「大丈夫ですか?一体何があったんです!?」
肩で息をする男の身体を拭きながら、彼女が問いかける。
「凶暴な魔物の群れがこの辺まで侵入してきたんだ。今は巡回の騎士団が応戦してくれてるが……」
「そんな。ついに街にまで……」
アニカは手慣れた手つきで応急手当をしつつ、悲痛な面持ちで呟きを漏らした。
俺はその様子を眺めながら、ピットに様子を探らせる。
(魔物の位置と数は分かるか?)
(あたりをスキャンしましたが、ここから数十メートル先に十五体の魔物の反応を観測。三名の人間が応戦中です)
「フネ。行こう」
俺は立ち上がってフネを促した。
「やっと、私の出番ね!」
同じように立ち上がったフネは、腕まくりをして大剣の柄を握りしめる。
「あんたたち、冒険者か?頼む。俺を逃がしてくれた騎士団の人を助けに行ってやってくれ」
手当を終えた男が憔悴した顔で、拝むように俺たちに頭を下げた。
もちろん、頼まれなくてもそのつもりだ。
これはPMとしてじゃない。人として、困っている人がいて、対抗するすべを持っているなら当然の話だ。
「まっかせなさい!私がぱぱっと全部片づけるから!」
フネが男に、ニコっと笑顔を向ける。
見た目は美少女の彼女から向けられたその表情に、男の顔にわずかに朱がにじんだ。
「私も一緒に行きます!」
救急箱のふたを閉めながら、アニカも立ち上がろうとする。
「アニカさんはここで待っていてくれ。何かあればこいつを寄こすから、その場合はこの家からすぐ離れるんだ」
俺はそれを片手で制して、ピットを指で指しながら指示した。
もし俺たちが魔物を取り逃した場合は、ピットをここに伝令で送ればいい。
「……っ。分かりました。お二人とも無理はしないで下さい!」
アニカの心配そうな声を背に、俺たちは急いで家を飛び出した。
(識別個体:レギオンウルフ。主にアステリスクの森林部に生息し、群れをなして獲物を狩るタイプです)
ピットが足元を並走しながら、眼前で荒れ狂う巨大な狼を分析する。
黒く長い体毛をなびかせ、狭い路地を縦横無尽に暴れまわる魔物と、銀の鎧を身にまとった男たち。
彼らの鎧は、すでに何度も攻撃を浴びたせいか損傷がひどい。
一人一人が複数のレギオンウルフに囲まれ、事態はどう見ても劣勢だった。
「ぎゃああああ!」
その中の一人の男が、はがれた鎧の隙間を狙われ、鋭い牙で噛みつかれているのが見える。
「フネ、右斜め前だ!ピット弱点!」
「レギオンウルフは体毛が硬質化して刃が通り辛いです。唯一白い体毛に包まれた喉元を狙ってください」
横にいたフネは、俺とピットの言葉に答えることなくすでに身をひるがえしていた。
瞬時に噛みつかれた男の前まで移動した彼女は、大剣を軽々と振り回し、寸分たがわずに魔物の白い体毛部分を貫く。
他の魔物たちが一斉に彼女に標的を変えた。
「ふっふーん。かわいそうだけど、うさ晴らしさせてもらうわよ!」
次々に襲いかかる黒い獣の群れ。
フネは貫いた大剣を引き抜くと、その中に飛び込んでいこうと身構える。
「おい、あんた。気をつけろ!そいつらは、口から酸を吐くぞ。特殊個体だ!」
少し離れたところから、よく通る男の警告の声が響いた。
飛びかかろうとしていたフネが、ぴくりとわずかにその声に反応すると同時――
彼女の眼前の複数のレギオンウルフが、揃って大きな口を開いた。
『グォオオオオ!』
唸り声のような合唱ととともに、黒ずんだ液体がフネに降り注ぐ。
だがそれらはすべて彼女の目の前で、見えない何かに阻まれ霧散した。
龍の火炎ブレスも防いだ、魔力のシールドだろう。
「どこの誰だかしらないけど、忠告ありがとう!」
フネは酸の攻撃を弾かれ、隙を見せた魔物の群れに、今度こそ俊敏に飛びかかっていった。
「……ふう。助かったよ。君たちは冒険者か?」
あの後フネは銀の鎧の男たちと協力し、無事残ったレギオンウルフを掃討した。
鎧姿の男の中で、ひときわ背が高い銀髪の男が俺たちに礼を言いながら手を差し出す。
「はい。一応は」
俺は差し出された男の手を握り返しながら、少し言葉を濁した。
現在指名手配を受けている以上、冒険者を名乗っていいのかわからなかったからである。
「私はアステリスク王国騎士団で、第三番隊を任されているガウェインだ。お二人は……」
「天才美少女剣士フネよ!こっちは、オサム」
名を出すのも迷っていたが、そんな懸念はどこ吹く風。
俺の隣に戻ってきていたフネが、あっさりと名を告げる。
「オサムさんとフネさん……。どこかで最近見たような?」
銀髪の男――ガウェインは、少し考え込むように腕を組んで空を見上げた。
雨はすっかり止んでいる。
俺は隠しても意味がないのと、少しでも心証を良くするために、自ら置かれている立場を説明した。
「恐らく冒険者ギルドからの通達とかをご覧になったのでしょう。俺とフネは、現在指名手配を受けている冒険者という立場らしいので」
俺はなるべく第三者目線で事実を語る。
突然襲いかかってくる短絡的な人物には見えないが、どう出るかはわからない。
フネも意図を汲んだのか、少し俺に身を寄せて身構えた。
「確かに。宰相の部下から、ギルド経由で出回っている手配書に名前があったな。しかし……」
ガウェインは一瞬だけ眉をひそめてから、すぐに腕を下ろす。
それから俺たちをちらりと見て、言葉を続けた。
「依頼の横領、冒険者同士の私闘。そんなことをするような人物にはとても見えない」
「あったりまえでしょ!そんなことしてないもん!」
もん、ときたか。
だんだんフネは自己の精神性を、この世界の身体に自然に馴染ませてきているな。
俺は変なところで感心しつつ、ガウェインに向き直る。
「俺たちは正当な手続きを踏んで、ダンジョン攻略をしただけなんですがね。どうやら、『深紅の鷹』という連中に目をつけられたみたいです」
「鷹か……」
俺が淡々と事実を告げると、彼は短い銀髪をくしゃくしゃと搔きむしって俯いた。
しばしの沈黙が場に流れる。
さっきまでガウェインの背後に控えていた鎧姿の男の内一人が、彼に耳打ちした。何を喋ったのかは、ピットも聞き取れなかったようだが、ガウェインはそれに小さく頷きを返す。
「とりあえず、まずは隊員が一人怪我を負っている。一旦城へ戻るが、君たちも来てくれないか?」
(オサム様。緊急度高でslackに新着メッセージが届いてます。部長からです)
ガウェインの提案と、ピットの通知は同時だった。
どうやら、こっちもあっちも逃げ場はないらしい。部長の通知というだけで、嫌な予感がよぎる。
「はい、いいですよ。しかし、手当は早い方がいいでしょう。ここから少し離れたところに、知り合いの家があります。まずはそこまでご一緒いただけますか?」
「それは助かる」
アニカには悪いが、とりあえず通知の内容をゆっくり確認するためにも、手近な場所で腰を落ち着けたかった。それに負傷している男の顔色が悪いのは本当だ。
「じゃあ、案内してあげるね。こっちこっち!」
フネが交渉は終わったとばかりに、軽やかに身をひるがえして、皆を先導する。
そんな彼女の後を、ピットが小さな歩幅でついていった。
現場責任者って状況判断を即座に求められるから、ある意味柔軟さと正解を瞬時に導くスキルが大事ですよね。
一体なんの話をしてるんだ、私は。




