第十話 PMは鷹と決別する
「オサムくん、フネさん。どうだろう?我々の『深紅の鷹』に入らないかい?」
エドワードは一段声の調子を落とし、真面目な表情を作ると、テーブル越しに両手を広げて口を開いた。
「すでに知っていると思うが、冒険者ギルドではソロやパーティーの扱いは低い。特にこの国では、満足な依頼もなかなか受けられないだろう?」
彼はテーブルの上を鍵盤に見立てるように、指でとんとんと叩く。
俺は最初にギルドの掲示板に張り出されていた依頼書の数々を思い出した。それらには多くが赤字で『深紅の鷹』専用と書かれていた。
「……確かに。あなた方が独占しているような印象は受けましたね」
俺はテーブルの上に両肘を置き、指先を軽く組み合わせた。会議でよくやる癖みたいなもので、喋りながら考えを整理する。
「独占ではない。正統な権利だよ」
テーブル向こうで彼は心外だと言わんばかりに口元を歪め、続けた。
「冒険者は不安定な職業だろう?もちろん実力や実績があれば、昔ながらの固定パーティーで有名になる者たちもいる。だが、その陰で日銭も稼げない貧乏な者たちが溢れ返っているのが事実だ。だからこそ、我々のような冒険者団体が存在している」
流暢に説明するエドワードの姿は、俺の目にはネットビジネスの勧誘員にも通じる胡散臭さしか残らない。彼の理論は、「だから独占しても良い」という説明が一切されていない。
「なるほど。団体は弱者救済ということですか?」
俺は小首を傾げながら、尋ねた。同時に意識の端でピットに指示を飛ばす。
(ギルドに登録されている範囲で、冒険者のカテゴリを可視化してくれ)
今回さすがにレストランという場所を考慮し、ピットの姿は非表示にしている。
(了解です。冒険者ギルドに登録される者は、現在三つに分類されております。ソロ冒険者、パーティー冒険者、団体冒険者……)
「さすが。オサムくんは理解が早い。その通り。これは名もなき冒険者たちの救済処置なんだよ」
俺はエドワードの言葉を聞くふりをしながら、白いテーブルに視線を落とし、ピットが表示させた情報に目をやる。
離れている彼から見れば、俺は考え込んでいるようにしか映らないだろう。
机の上に薄くAR表示された情報には、冒険者の分類と、依頼の受注状況が並んでいた。
「その理論だと、この国ではソロの冒険者はほぼいなくなるはずですよね?」
「……」
職にあぶれないように、弱者を救済するだけなら、この国のソロ冒険者は減少していないとおかしい。
だが近年の登録者推移を見ても、そういった傾向は見受けられなかった。
「オサムくんは、何が言いたいのかな?」
「いえ。単純な疑問ですよ。組織を運営するのに、ただの慈善活動で成り立つわけがない。この国で依頼達成率の高い優秀な人材は、ほぼ全てあなた方がヘッドハンティング――引き抜きをしているんじゃないですか?」
表示される情報の中には個人データも含まれている。
シルバークラス以上で、特に優秀な依頼達成率を誇る人物は、軒並みソロやパーティーから、団体へと所属を移していた。
弱者を救済するのではなく、強者で依頼を独占するために優秀な人集めを働きかけているのではないか、というのが俺の推論だ。
「ほう。素晴らしい考察だね」
エドワードは小さく感嘆の声を上げると、今度は肩肘をついて少し口角を上げた。
より彼との距離感が縮まったように感じて、緊張感が増す。
ふと横眼にフネを見ると、彼女は珍しく真剣な顔をしてエドワードの方を睨むように見つめていた。シリアスな顔をしているが、食後に紅茶と共に出された焼き菓子は、俺の分まで頬に詰め込んでいる。
ハムスターかな。
少しおかしくなって、俺は軽く苦笑を漏らした。
「そこまで理解しているなら、話は早い。いや、むしろどうしてもオサムくんたちを引き入れたくなった。君たちには、すぐに『深紅の鷹』内でも相応のポジションを用意することを約束しよう」
俺の笑みをどう受け取ったのか、エドワードは機を得たりとばかりに、テーブルから身を乗り出して口を開く。
「二三依頼をこなしてもらえれば、自ずと君たちの有能さは他の団員たちにも知れ渡るだろう。ある程度の地位が確立されれば、この国で暮らしていくには困らないぞ?それは賢い君なら……」
彼の言葉は確かに間違っていない。
仲間になれば、安定した仕事と報酬を得ることができ、この世界で暮らしていくことには困らないだろう。
優秀な人材を大手ベンダーが抱えて、おいしいプロジェクトを受注するという構図は、何も間違っていない。
だが――
カラン。
乾いた音がテーブルの上で鳴り、エドワードの言葉が途切れる。
テーブルを転がるそれを見て、彼ははっと息をのんだ。
小さな宝石。『古龍の遺跡』で、改造された魔物に取り付けられていたものだ。俺がピットに保管させていた。
「これは……」
「ダンジョンの中の魔物から回収したものです。これが何かは知っているでしょう?」
エドワードの眉がぴくりと上がる。その反応だけで、答えになっていた。
「改造された魔物は無理な出力を強いられる。フネが撃退したが、そうじゃなくてもいずれ本体に影響がでるような代物ですよね?」
「ふむ……こんなものまで」
俺の言葉に、感心したように彼は小さく頷く。悪びれた様子はない。
「オサムくんには全てばれているということか。であれば、取り繕う必要もないな。所詮魔物だ。我々の益になるなら、どうということもあるまい」
侍者が紅茶を注ぎにきたのを片手で制し、身を乗り出したままエドワードはにやりと笑った。
経営者としては正しい判断だし、利権を独占するためにあらゆる手段を講じることを責めるつもりもない。
俺はもう一つの疑問を投げかける。
「ロゴス……龍の魔力を封じていたのは、どういう意図だったんですか?」
魔物を強化して、他の冒険者のダンジョン攻略を妨害する。ギルドはアステリスク支部だけではない。他のギルドで依頼を受けた者を排斥するというのは、理にかなっている。
だがロゴスに対して門に細工を施し、魔力の循環を止めていたことにはどんな意図があるのだろう。
「ああ。そっちの方か。なに……同じような理由だ。気にするな」
彼は俺の問いかけに、意味深に口をにごした。全てをさらすつもりはないようだ。
いずれにせよ、俺の答えは決まっている。
気がかりは一つだけ。
「……フネ」
俺は隣で先ほどから大人しく座っているフネに、小声で囁いた。
「どうする?俺はこの誘いを受けるつもりはない。だが、お前は別だ」
確かにエドワードの誘いは悪いものではない。『深紅の鷹』に入れば、この世界である程度の満足した暮らしを約束されるのは間違いじゃない。
フネとは、たまたま同じタイミングでこの世界に飛ばされただけの関係だ。
彼女の自由意思を、俺は止めるつもりはなかった。
「え?私は、はなっからこんな怪しいおっさんの誘いに乗るつもりないんだけど!?」
フネの返答は良く通る声で、フロア中に響き渡った。
俺との会話では常に悠然と構えていたエドワードが、初めて表情を険しくする。その顔貌を見るに、これまで誘いを断られたことなどなかったことが、容易に想像がついた。
俺は思わず吹き出しそうになるのをこらえ、椅子から腰を上げる。
「俺もあなた方の組織に入るつもりはありません。理由は、まぁ……フネと似たようなものです」
「馬鹿な。なぜ断る?損得が判断できないわけではないだろう!?」
オールバックの黒髪を掻きむしり、苛立ったようにエドワードが声を荒げた。
すでにこれまでの泰然とした様子はなく、理解できないものを見る目で俺を睨みつけている。
もちろん俺の断る理由は別にある。
利益重視は大事なことだが、不正をしてまでというのは俺の信条に反していた。
それにこれは直観だが、この男はさらに何か重大なことを隠している気がする。ただの金儲けだけではない、きな臭さも感じ取っていた。
「お食事、美味しかったです。では、俺たちはこれで――」
席を立ち、怒りに震えるエドワードを後にして、俺は部屋の扉に手をかけた。
だが扉を開けた先には、この豪華な部屋には似つかわしくない鎧姿の巨漢の男が立ち塞がっている。
ギルバだった。
「てめえら。エドワード様の誘いを断って、無事に帰れると思うなよ?」
彼は本領を発揮せんばかりに獰猛な顔を俺に近付け、拳を握りしめる。
どうやら頭まで筋肉でできているらしい男は、ギルドでの惨劇をすっかり忘れているらしい。
「今度は黒焦げにしてあげようか?」
俺の背後からひょっこり顔を出したフネが、口を開く。
彼女の周囲にはすでにちりちりとした魔力の兆候が表れていた。
このままではレストランが火事になる。だが俺が彼女を止めるよりも先に、エドワードの声が響いた。
「――やめろ、ギルバ」
その声に、一触即発だったギルバの身体が強張る。
「二人は俺の誘いを断っただけだ。それがどういう意味かは、いずれ身をもって知るだろう」
続く言葉に、ギルバはにやりと意地の悪い笑みを浮かべると、通せんぼしていた体をどかした。
「きっもちわるーい」
フネは魔力をおさめ、にやけ面の彼の横を通り過ぎる。
俺も同じように後を続いた。
エドワードの最後にはなった「いずれ身をもって知るだろう」その言葉の意味は、この時の俺たちにはまだ知る由もなかった。
QCDをバランス良く!
って言われてもなー
いつも納期はギリギリだし
コスト超過に怯えてるし
品質はガクブルだし
ままならないものです。




