第九話 PMは紅に監査される
アステリスクの中央広場沿いにある、一際豪奢な造りの建造物――それが、今宵の目的地だった。
夕刻、約束通り再び宿を訪れたカイル。彼の用意した馬車に揺られ、俺たちが辿り着いたのは巨大な高級レストランだった。
黄金色に輝くプレートには、『金色の麦亭』と記されている。
「さぁ、お二人とも。ボスは最上階でお待ちです」
カイルが先に馬車を降り、恭しく頭を下げて車室の扉を開けた。
昼間の鎧姿ではなく、フォーマルな仕立ての良い洋装に身を包み、変わらぬ笑みを貼り付かせている。彼の場合は、こちらの格好の方が本業のように見えた。
ちなみに、ギルバは迎えには同行していない。
「うわー。ひっろーい!」
フネがカイルの差し出した手を取り、ぴょんと地面に立つと、眼前の巨大な建物を見上げて感嘆の声を上げる。
俺はその後に続きながら、同じように首を上げた。
周りの建物とは明らかに異質な、そこだけ切り取ったような豪華な造り。壁一面に意匠を凝らした彫り細工が施され、閉ざされた門の前には衛兵らしき者が数人背筋を伸ばして立っている。
レストランというよりは、貴族の館のような趣だ。
カイルに導かれ、俺たちは衛兵が並ぶ門を通り過ぎる。
室内は真っ赤な絨毯が敷き詰められ、等間隔で並ぶ純白のテーブルには、食事をしている煌びやかな装いの男女が座っていた。
カイルはその中を闊歩していく。
俺は彼の背中を追い、居心地の悪さと場違い感を感じながらついていくしかなかった。
「ねぇねぇ。私こんな高そうなお店入ったことないよ?どんな美味しいものが出てくるんだろうね?」
フネがきょろきょろと辺りを見渡しながら、横を歩く俺にひそひそ声で話しかける。
残念ながら、これまで様々なビジネスシーンで会食を重ねてきた俺でも、ここまで華美な場所は知らない。
「少なくともこの間の硬い串肉よりは、柔らかいものが食えるんじゃないか?」
俺は答えながら、広いフロアの奥にある螺旋階段を昇っていくカイルを目の端で捉えた。
彼はすぐにこちらに気がつくと、微笑んだまま振り返り、手招きする。
「ささ。お二人とも。ボスはこの先です」
長めの螺旋階段の最上部。辿り着いたフロアのさらに奥に、目的の部屋があった。
カイルが開いた扉の先は、思わず足を止めてしまうほどの別世界だった。
下のフロアも十分すぎるほど豪華だったが、ここはさらにその上をいく。
天井は高く、吊り下げられたシャンデリアが宝石のような光で部屋の中を照らしていた。長いテーブル上に並ぶ色とりどりの料理も、降り注ぐ光を浴びきらきらと輝いて見える。香辛料の匂いと、焼き上げた肉の芳ばしさが鼻腔をくすぐり、思わず唾をのんだ。
「ようこそ。噂高い二人の若き才よ」
卓上に並ぶ料理に目を奪われていた俺たちに、威厳ある声がかかる。
声の方に目を向けると、真正面の最奥の椅子に腰かけた鋭い双眸の男と目が合った。
オールバックの黒髪と、日に焼けた褐色の肌。開かれた胸元には、金の首飾りが輝いている。
年の頃は、俺たちの現実世界の年齢と同じくらいだろうか。
「まぁ、そんなに緊張しないで、くつろいでくれ」
「ささ、お二人ともどうぞ」
男の声に呼応するように、カイルが扉に一番近い位置の椅子を二つ引いて、俺たちに促す。
「意外にイケおじが出てきたねー」
フネが引かれた椅子に腰かけながら、こっそりと囁いた。
「あまり変なこと言うなよ」
俺も彼女に釘を刺しながら、同じように腰を落とす。
カイルは俺たちが席に着いたことを確認すると、深く頭を一度下げて、部屋から出て行った。
同時に侍者が静かに歩み寄り、俺たちの前の硝子の杯に酒を注ぐ。
「まずは『古龍の遺跡』攻略を祝して、乾杯といこう」
褐色の男が俺たちの杯に酒が満たされたのを見届け、自身の杯を持ち上げた。
俺もそれに倣って眼前の杯をわずかに傾ける。
「おっいしー!」
横を見るとフネが一口で杯の中身を飲み干していた。
彼女にとってはこの厳粛な雰囲気も、腹に一物抱えてそうな眼前の相手も興味の外らしい。
まったく羨ましい性格だった。
「私の紹介からさせてもらおう。すでにギルバやカイルから聞いているかもしれないが、冒険者団体『深紅の鷹』の団長、エドワード・ヴァンスだ。よろしく」
フネと同じく一気に杯を空けたエドワードは、そう言うと歯を見せて笑った。
人好きのしそうな笑みだが、その奥には油断ならない光がある。
「俺たちは……」
「オサムくんに、フネさんだろう?」
名乗りは途中で遮られた。
同世代ぐらいの男からくん呼ばわりされ、わずかに引っかかる。もっとも今の見た目は大学生くらいだから、仕方ないのだが。
「二人の活躍は部下から報告を受けている。なに、ギルバもかわいがられたみたいだしな」
エドワードは分厚い肉をナイフとフォークで切り分けながら、苦笑してみせた。
もちろんギルドで、フネが一撃でギルバを昏倒させたことを指しているのだろう。俺も曖昧に笑う。
「ああ、あのよわっちいの。良い体してるのに、もう少し鍛えなくちゃだめよねー」
だがフネは、そんな空気など意にも介さない。
彼女のフォークには、切り分けられないままの肉が突き刺さっていた。
「まぁ、私が強すぎるってのもあるかもだけどさ……」
そう言って、フォークの先でぷらぷらさせていた肉を丸ごと口に放り込んだ瞬間、彼女の目がかっと見開かれる。
「このお肉、やっわらかーい!!」
咀嚼しながら両頬を押さえ、恍惚の表情を浮かべるフネに、エドワードは肩をすくめた。
「手厳しいね。彼は我々の中でも、最高戦力の一人なんだが」
エドワードは楽しげに笑いながら、今度は俺に視線を向ける。
「とはいえ、力だけでは『古龍の遺跡』は攻略できないだろう。あのダンジョンの最深部には、開かずの門があったはずだ」
食事の手を止め、彼の眼の奥がぎらりと一瞬光った。
なるほど。この会食は、俺たちの力量を図る場といった側面をはらんでいるということか。
俺は納得し、少し背筋をただす。
内部や外部の監査対応は、PMの得意分野だ。
「正直我々もあれには難儀していてね。君たちに突かれた攻略の遅れも、原因のほとんどはあの門から先に進めなかったせいだ。……で、どう攻略したんだ?」
「どうと言われても。俺たちは、門の不具合を修正したに過ぎないですよ」
門に元々嵌められていた魔力の循環装置を外したのは、『深紅の鷹』であることは間違いない。
それを承知しているはずの男は、涼しい顔で俺の次の言葉を待っていた。
「……あの門は、内側にいる者の魔力を中継する装置を担っていた。それが不具合を起こしていたので、俺たちは元に戻してあげただけです。実際あの門に仕掛けられていたのは、ただの認証システム――人の選り分けの仕組みだけでした」
「人の選り分けとは?」
エドワードの眉がぴくりと動く。
俺は落ち着いた姿勢を崩さず、杯の透明な液体を少し口に含み、ロゴスの言葉を思い出していた。
曰く、あの門自体に設定していたセキュリティは、悪意や敵意を抱く者。
ロゴスは無益な殺生を好まないため、そうやって自身に近付く者を退けていたらしい。
逆に言えば、『深紅の鷹』が門を開くことができなかったのは、何かしらの害意を抱いていたから、ということになる。
「そこまではわからないですね。ただ、俺たちは不具合を取り除き、運よく通過できただけの話です」
「なるほど。運よく……ね」
俺の言葉に、エドワードは食器を置いて腕を組んだ。
しばらく考え込むように天を仰ぎ、わずかに逡巡してから、俺に向き直る。
「ということは、我々は随分運がなかったようだな。オサムくんがいう不具合が何かは分かりかねるが、あの門で半年も足止めを食らってしまったよ」
はっはっは、と豪快に笑いながら、彼は椅子の背もたれに深く身を落とした。
目の輪郭は笑っているが、瞳の奥はこちらを観察するような色を秘めている。
まるで監査員が、急造したエビデンスに猜疑をかけてるような眼差しだ。
「半年間進捗がなかったのは、そのせいだったんですね。ギルドにレポートも提出されていなかったようですし」
俺はこれ以上追及されないように、自然に話題を変える。
視界の端では、フネが自分の前の料理をたいらげ、俺の料理を素早くかすめ取っていく様が映っていた。
「なんと。まさか、あれだけ釘を刺しておいたのに、ギルバめ。またレポートをさぼったのか」
嫌味や牽制の混ぜた俺の言葉に、エドワードは大仰に頭を抱えてみせる。空々しい態度だが、変に芝居がかっていない。彼はこういう腹探りに慣れているのだろう。
「とはいえ、ミスはミスだ。これではギルドの規約に則り、ダブルブッキングを許してしまったのも仕方がない。その件でギルバともめたようだが、悪かった」
エドワードが軽く頭を下げた。
意に反して頭を下げることなど造作もないと感じさせる、軽薄な謝罪である。
確かに、なかなかに食えない男だと俺は認めざるを得なかった。
その後しばらくはありふれた社交的な歓談に留まり、食事はつつがなく進む。
最後のデザートを、フネが俺の分まで平らげたところで、エドワードが口元をナプキンで拭いながら畏まって口を開いた。
監査っていつでも嫌なもんですよね。
慌てて無いものを生み出したりしないといけない。
内部監査ならまだしも、外部監査は…地獄です。




