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【完】紫微綾の事件簿(百合×探偵×バイオレンス)  作者:
第1章 栄の夜に沈むQR

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夜 今池

23:40 池田公園付近


 池田公園でのやり取りを終えて、事務所近くの駐車場へ向かう。

夜の静けさがただよう街並みを背に、アクアブルーのボディが街灯の光を受けて、淡い輝きを放っている。

車のドアを開けると、冷たい風が流れ込み、指先が一瞬震える。

それでも、気を取り直して体を滑り込ませ、ハンドルに手を伸ばした。

冷たい金属がひんやりと伝わってきて、少しの間その感触を感じた。


 ミラーを指先で軽く触れ、少しだけ角度を調整する。

ベルトをカチッと閉め、鍵を回すと、低く響くエンジン音が体の奥まで染み渡る。

ギアをDに入れると、車は静かに前進を始める。

夜の空気が窓を通り抜け、どこか遠くの光を見つめながら、深く息を整えた。


 栄の街を東へ抜け、今池へ向かう。道路が空いている時間帯だが、時折荒い運転が入り交じる。

だが今夜は何故か、流れがスムーズで、心地よいリズムに乗っている気がした。

信号待ちでふとスマホを手に取り、イヤホンを耳に差し込む。

慣れた手つきで、登録済みの番号をタップした。


「私だけど」


『誰?』


「綾だけど。わかってて切らないで」


『……綾、ね。相変わらず、からかい甲斐がある』


 笑い声が聞こえてきて、少しだけムッとするけど、このやり取りには私に余裕をもたらす。

嬉しい感情が込み上げてくる。


「全く。今からそっちに行ってもいい?」


『めずらしい。許可を取りに来るなんて』


「少し面倒なことになってて」


『なら、いつもの場所で。車も、いつもの場所に』


 通話を切り、千景の指定どおりの駐車場に車を入れる。

ラインの白を踏まないよう、意識して一発で決め、エンジンを落とす。

車のドアを開けると、冷たい夜の空気が一気に流れ込んできた。

雑居ビルの階段を上がると、古い蛍光灯の光がまばらに照らしている踊り場が広がる。手すりを握ると、冷たさが手に残る。

階段を踏むたびに、ギシギシと小さな音が響く。


 奥の扉を押すと、低い音量で流れるジャズが耳に届き、柑橘のような薄い香りが鼻をかすめる。

薄暗いバーの中、いつものカウンター席に腰を下ろす。

バーテンダーは私が相手を待つと知っているので、何も置かずに黙って見守っている。


 グラスのふちを指でなぞりながら、さっきの現場を頭の中で並べる。

あの一瞬一瞬が、今もまだ頭の中でくるくると回り続けている。

壁の時計が、一目盛り進む音だけが静かに響き、氷の音が何度か途切れてまた戻る。

数十分が静かに過ぎていく。


 扉が開くと、冷たい空気が一緒に入ってくる。

足音が近づくのを感じ、視線を向けずにその足音の主を待つ。

グレーのシャツ、黒のテーパードパンツ。

明るい金の髪は首元でゆるくまとめられている。

目は淡い紫で、少しだけ口角が上がる。Zippoを指先で小さく弾き、火花が一瞬だけ走る。

情報屋の千景が、ゆっくりとこちらに歩いてきた。


「遅いんじゃない?」

私は彼女の顔を見ずに、あくまで冷静に言った。

いつも通り、言葉にして表現しないほうが楽だから。


「綾、遅いって言っても、これでも急いだつもりだよ」


 千景は私の隣に座り、無造作に煙草をくわえる。

煙がゆっくりと立ち昇り、私はそれを気にせず黙って目の前のグラスを見つめる。

彼女は結構タバコを吸うけれど、それがどうということはない。

リラックス効果があるとか、頭がさえるだとか言うけれど、彼女が本気で言っているのかわかってないんだけどね。

そんなことを考えている間にも、煙草の煙がふわりと部屋の中に広がっていく。


「カルーアミルク。こっちはマティーニで」


 私はカウンター越しに告げる。バーテンダーが静かにうなずき、グラスを取りに行く。

音もなく、彼は手際よく注文をこなす。


「どうしたの、こんな時間に?」

普段、私は、この時間に千景に会いに行くときは連絡はしない。だから少し疑問を感じているのかもしれない。


「千景はさ、最近この町、どう見えてる?」

私はあいまいな質問を投げかける。情報屋の千景はどのように答えるか興味が出てきた。


「綾、それは私の仕事の領分。タダ話はしないよ」

プロの情報屋だからこその返し。千景らしい、冷静で適切な反応だ。


「じゃあ今夜の飲み代で」

私は軽い感じで、肩をすくめるようにして言った。

いくらドライな割り切りの関係でも公私混同はしないから無理だった。


「綾、この世界に飲み代=情報代が通る人、何人いると思う?」

千景は目を細め、わずかに笑みを浮かべる。その答えが来たことで、私はお願いが通じたのだと直感的に感じた。


「一人くらいは」そう言いながら目で合図を送った。


「ふふ。相変わらず面白いこと言う」

千景は、グラスの水滴を親指で拭いながら、体をわずかにこちらへ寄せてきた。

その動きに、どこか親しみを感じる。私はそれが心地よくて、思わず少しだけリラックスして心地よくなってくる。


「そうね。時代も手口も変わってるはずだけど、綾には悪いんだけどあの組織が復活したのかもしれない」

それを聞いて、私は無意識に目を落とす。

あの事件を思い出すと、どうしても心が締め付けられるような感覚に襲われる。


「綾が関わった、あの事件の事、聞いてもいい?」


 千景は何かを思い出したように、静かにそう私に聴いてきた。

その言葉が耳に届いた瞬間、私の心はチクリと痛む。

けれど、顔に出さないようにして、何食わぬ顔で答える。


「確証じゃないけど。なんとなく同じ感じがしたの。もちろん時代が違うから動作は違うんだけどね」


 私は今日の調査を簡潔に話した。

千景はその間、口を挟まずにじっと聞いていた。

最後まで黙って聞き終わると、静かに短く息を吐いた。


「綾、技術は変わっても、人の行動は、そう簡単には変わらない。似てるって感覚、無視しないほうがいいよ」


その言葉には、千景らしい鋭さが含まれている。私は少しだけ頷く。


「わかってるよ、だから来たんでしょ。昔と違って頼もしい人がいるんだしね」ウインクしながら答えた。


 その言葉が終わるのとほぼ同時に、カルーアミルクがカウンターに置かれた。

ひと口飲むと、甘さが舌に広がり、少しだけ頭が軽く回る。

考えが、少しだけ早く回るようになった気がする。


 私一人ではどうしても無理な場合、こうして信頼できる情報屋の友人に頼ることになる。

ああ、でも友人?千景が「友人」だなんて、少し違う気がする。


 頼むことがあることは確かだけど、あまりにも簡単に友人と呼ぶのは、ちがうよね。

今の私には必要不可欠な存在だと、思ってるけど、絶対に声に出しては言ってやらない。

そんなこと聞かれたら恥ずかしいから。


「綾、貴女は冷静・クールが看板なのに、そのお子様のジュースはぶれないね」千景が少しからかうように言う。

その言葉に、私は軽く笑って応じる。


「甘くておいしいんだよ。カルーアミルク、知らないの?」


「知ってるけど綾、糖分は知的目的ね?」


 彼女の目が一瞬、鋭くなるのを感じる。

そうじゃない事は知っているけれど、いつもこうして反論するから、先手を打たれたような気がした。


「そう。思考の燃料」


 少しだけ、口角を上げて答える。こうしてやり取りを続けるのも、なんだか心地よい。

千景が静かに微笑んで、飲みかけのグラスを手に取る。


 私たちは二人で、少しだけ飲みながら、軽い会話を続けた。

バーテンダーに軽く会釈して、グラスを置くと、勘定を済ませるのは私の役目だと約束していたから、財布を取り出す。

支払いを済ませ、店を出るときには、少しだけ冷たい空気が心地よかった。


 夜の空気が少し乾いている感じがする。

信号待ちを二つ挟んで、千景が暮らしているマンションへ向かうことに決めた。

外壁は白、共用部はコンクリート打ちっぱなし。

エントランスのガラス越しに植栽が見える。

この辺りでも大きいデザイナーズマンションの一つだ。


「来るでしょ?」


 不意に、千景が軽くそう言ってきた。

私は少しだけ戸惑いながらも、今日は千景の部屋に行くつもりはなかったけれど、彼女の誘いにどうしてか応えてしまった。


「うん」


 快い返事をしたものの、何かが心の中でちょっと引っかかるような気がした。

もしかしたら、少し過去を思い出したからか、もしくは単に人が恋しかっただけなのかもしれない。


 エントランスのガラスに、私と夜が重なる。

冷たい空気が少しだけ背中を押すように感じながら、千景が玄関のパネルに鍵を当てる。

ピッと軽い音が響き、ロックが外れてドアがゆっくりと開いた。


 玄関に入って、靴をそろえる。

上がって、上着をフックにかける。

ポケットの中身を出して、シューズボックスの上のトレーに並べる。

ここはもう、勝手知ったる場所になっていた。


 そのままリビングへと足を運ぶ。

白と黒、木目の調和が取れた落ち着いた部屋。

天井の素材が少し見えていて、どこか素朴な雰囲気も漂う。

手前はキッチン、その先に細いカウンターがまっすぐに伸びている。

上に置かれているのは、グラス二つと小さな氷入れだけ。シンプルで、無駄のない空間だ。


 カウンターの前には、小さめの椅子が二つ並んでいる。脚が細くて、部屋が広く見える。

右に仕事部屋、奥に寝室。何度も通ったこの並びに、少しだけ安心感が広がっていた。

いつの間にかカウンターの内側に千景がいた。


「水、どうする?」


「常温でお願い。冷たいと頭に来るから」


 千景が注いだグラスを、スーッと滑らせて私の前に置く。映画のワンシーンのように、グラスはぴたりと私の前で止まった。

その技術に感心するけれど、決して彼女には伝えない。これ以上、千景を持ち上げるのは面倒だ。


 水を一口飲むと、のどより先に、頭がすっきりとした感覚が広がる。


「お風呂、借りるね。すぐ戻る」


 どうせお泊まり確定だろうから、使わせてもらうつもりで伝える。

千景が一瞬、無言で私を見た気がしたけれど、それが何だったのか、すぐに考えないようにした。


「いつもの場所にタオル置いてあるよ」

千景の言葉を受け、寝室をかすめていつもの引き出しから下着をひと揃い取る。

バスルームの扉を静かに閉め、私は一瞬その温かな空間に包まれる感覚を味わう。


 バスルームは明るいベージュで、上から柔らかな光が落ちている。

壁と床が同じ色で、目に優しく、ほっとするような空間が広がっていた。

洗い場の蛇口をひねって温度を調整し、まず全身にシャワーをかける。


 髪をゆるくまとめ直し、メイクと汗を洗い流していく。

ボディソープを泡立てて、肩から腕、背中、腰、脚と順番にさっと洗う。

足裏まで流したら、もう一度シャワーで全身を洗い流すと、肌が軽くなった気がする。


 小さな段を上がると、横長で深めのお風呂が広がっている。

縁は平らで少し広く、タオルを置いても落ちない。

角に小さなボタンがひとつあった。


 足先からお湯に浸かり、肩までゆっくり沈む。

少し熱めのお湯に浸かった瞬間、息がふっと落ちるような感覚が広がる。

ボタンを押すと、底から細かな泡が立ち上がる。

音はとても静かで、体にだけやさしい振動が伝わる。

こめかみのこわばりがほどけ、背中の力も抜けていくのが感じられる。

弱めの泡で十分。水面が小さく揺れ、光が肌の上でちらちら踊る。

壁の小さな棚にはボトルが三つ、色合いが落ち着いていて、見た目にも無駄がない。

ほのかにシトラスの香りが漂っている。


 肩と首すじにもう一度お湯をかけて、泡を止める。

ゆれが収まり、水面が静かになり、体の温度が追いついたのを感じる。

ふちに手をついて立ち上がり、足元の段を降りる。

バスタオルを自分で取って、順番に水を押さえる。

落ちる水の音がだんだん小さくなり、やがて止まる。


 お風呂場を出て、扉を開ける。

洗面所にはタオルの替えとドライヤーが用意されている。


 コードはほどいてあって、その場ですぐ使えるようになっている。

自分で髪を拭き、ドライヤーを手に取ると、首すじから鎖骨に風が通り、呼吸がいつもの高さに戻るのがわかる。

他の人はどうかわからないけど、髪を乾かしているとき、なぜかポカポカとした温かさが広がって、気持ちよくなってくる。

前髪を整えて、ドライヤーは元の場所に戻す。

下着に着替えて、洗面所の明かりを消してリビングへ戻る。


 千景と目が合う。視線が柔らかく、まるで何も言わなくても分かり合えるような気がする。


「結構楽しんでいたね」


 千景が、少しだけ口角を上げて言う。


「ジャグジーって本当に楽しいよね」


 私は少しほてった顔で、照れ隠しに笑いながら答える。


「水いる?」


 千景が私の顔を見て、やはり火照った様子を察して言ってきた。


「少しだけ」


 火照った顔を少し隠すように、私はそのままグラスを受け取る。

お風呂上がりの一杯って、どうしてこんなに美味しいのだろう。

不思議に思った。私はもう一口飲んだ。

喉を通り過ぎる前に、こめかみの固さがほどけていくのが感じられた。


 千景もお風呂に入ることになり、私は勝手にお酒を楽しみながら、しばらく一人の時間を過ごした。

お酒を作るのは下手なので、冷蔵庫にあったチューハイを飲みながら、静かに待つ。

30分ほどして、千景が戻ってきて、私の隣に座った。彼女もグラスを取り、ゆっくりと飲み直した。

そして、少しだけ仕事の話をした。


「結局既視感は残ってるんだけど、決定打が無いから、似たような事件かもしれないけどね」

私は今日の出来事を詳しく話しながら、千景が静かに聞いているのを感じた。

その間、千景は何も言わず、私の話に耳を傾けていた。


「わかった、ならQRコードを調べるのがいいかもね。私もそれとなく情報を集めておいてあげる」

千景が少し考え込みながら言った。その後、少し間をおいて、続ける。


「それか、あなたの警察官の友人にも聞いてみたら?」

千景の提案は、いつも冷静で的確だ。

私は少し頷き、彼女の言葉を反芻しながら、次に進む方法を考えた。


「情報はお願い、後半は一応考えておく。」


 確かに友人の一人だけど、怒られそうであまり相談はしたくないなと心の中で感じる。

千景に頼むことができる安心感がある一方で、何かを頼むことで後々面倒なことにならないか、ふと不安になる自分もいる。


「それじゃ…寝室、行こ?」


 彼女が私を静かに誘ってきた。

その言葉に、少し戸惑いながらも、自然に反応する自分がいた。

何時ぐらいだったかな、こういう関係になったのは。


 ストレス発散になるし、子供関係や結婚関係が起きないので気楽だというのもあるし、お互いの利益しかないので、本当に楽な関係だと思う。

寝室に入ると、飾りの少ないクイーンサイズのベッドがひとつだけ。

そのシンプルな空間が、逆に落ち着く。


「少し暗くするね」


 カチ、と照明が一段と落ちて、柔らかな影が部屋を包む。

並んで腰を下ろすと、マットが沈み、その自然な動きで距離が少し詰まる。


 千景が私の手を取ると、親指が甲をゆっくりなぞり、指先が絡む。

短く口づけを交わす。チュッという音が静かに響いた。

私は少し顔を背けて、目だけで笑い返す。

胸の奥がふっと熱くなる。


「今夜は私のペースでいくよ」


 千景がそう言ってきたが、この関係になってから、私がペースを握ったことはほとんどない。

それが少し不安でもあり、安心でもある。


「……うん。お願い」


 その瞬間、肩の力がふっと抜ける。

任せることができるのは、正直、かなり楽だと思う。

こういうことで体力を使うのはあまり気が進まないけれど、反応しないのも嫌だし、相手に合わせて動くのが一番楽なのかもしれないと、心の中で納得していた。


 千景の指先が私の髪を優しくすくい上げ、耳たぶの裏側をそっと撫でるように這わせる。

くすぐったさと甘い熱が混じり合い、喉の奥で息が小さく跳ね上がった。


 千景の指が、綾のブラウスの喉元のボタンにそっと触れる。

かち、かちと、小さな、けれど決定的な音を二度立てて、ボタンが外された。


 襟元が緩み、視線がわずかに盛り上がった胸の曲線を捉える。

自覚した恥ずかしさに、綾の頬が熱を帯び、紅潮するのが自分でもわかった。

視線は強く絡み合ったまま、千景との距離だけが、静かに、一気に詰まる。


 千景の温かい吐息が、綾の耳に優しくかかった。

「力、抜いて、綾」その言葉の通りに、強張っていた体が、千景に促されるまま素直に緩む。

内側で加速する心臓の鼓動が、この状況に対して少し可笑しく、愛おしい。


 千景の指先は、首もとから鎖骨を通り、胸元へと迷いなく、けれど慈しむように滑り降りる。

ひと呼吸置いて、指先は来た道をほんの少しだけ戻った。その止めどころを知っている。

焦らしを含んだ動きは、本当にいやらしく、甘美だった。

私はたまらず、千景の肩に腕を回して、そっと、抱き寄せる。


「……そこ、好き」


 甘くとけた、ほとんど声にならない囁きが、千景だけに届く。

熱のせいで、私の頬がさらに熱くなるのがわかった。

千景は口角を上げ、喜びと、すべてを見透かした甘い視線を私に落とす。


 この状況を心から楽しんでいる千景の余裕に、少しだけむかっとする。

だけど、それ以上に全身を支配する気持ち良さと心地よさの前では、その不満さえどうでもいいと判断してしまう。


 もう一度、さっきより深く、求め合うように口づけが交わされた。

んっ、と小さな甘い音がこぼれ、私たちの息が混ざり合う。

太ももが触れ合い、肌が吸い付くような感触が意識を占めてきた。

お互いの呼吸が、いつしか自然に同じリズムへと揃っていくのがわかる。


 千景の手が、私の背中をゆっくりと、愛でるように辿る。

任せていれば大丈夫だ、と。私自身の心と体が、それを深く認識する。

私は千景の腰を抱き寄せ、さらに自分から近づいた。


 言葉よりも、この距離の詰め方が、今の気持ちを最も早く伝える。

布がさらっと柔らかな音を立てて、二人の体を覆うものがわずかに動いた。

千景の指先が私の髪をすくい上げ、耳たぶの後ろを、再び軽くなぞってきた。

くすぐったさと、肌の内側から湧き上がる熱が混ざり合い、喉の奥で呼吸が小さく跳ねる。


「かわいい」


 深く、囁くような低温ボイスが耳元で響くたび、私の体がぴくっと自然と動いた。

否定しない自分に少し驚いたけれど、でも、この触れ合いが嫌ではない、という明確な事実だけが残る。

千景の視線が、再び静かに問いかける。私は目で、「このまま続けて」と返す。


 指を深く絡め直すと、私たちの脈動が指先に集中し、ひとつの鼓動として揃っていくのがわかった。


 私は横向きに身を預ける。冷たかったシーツは、一呼吸のうちに私たちの愛しい温度に染まった。

唇がまた触れて、どんどん満たされた感情が生まれてきた。


 小さく漏れた私の声は、それもすぐ千景の口づけに飲み込まれる。

やがて、乱れていた呼吸が少しずつ落ち着いていく。

千景が満足したようにふっと息を吐き、額をこつんと合わせる。私たちは声を殺し、小さく笑った。


「水、いる?」


「……一口だけ」


 ベッドサイドのローテーブルにグラスと水が置かれている。

千景が水を入れてくれて、それを手に取る。

冷たい水が喉を通り、心地よい感覚が広がる。

頭が少し澄んだような気がして、心だけが温かさを感じる。


「今日はここまでだね。」


「うん。……隣、離れないで」


 どうも、心を許した人と過ごすと、甘えたくなる性分なのかもしれない。

その言葉を口にしながら、少し恥ずかしくもあり、でも本音でもあった。


「離れないよ」


 千景が安心するように言ってくれる。

横になり、手をつないだまま少し距離を戻す。

外では、車が一台、遠くで通り過ぎる音が聞こえる。

暗さが部屋を包み込み、目が静かに閉じる。

千景に抱き着きながら、心地よさを感じ、意識を静かに手放していく。


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

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【2部連載中】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~
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