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【完】紫微綾の事件簿(百合×探偵×バイオレンス)  作者:
番外編1

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32/35

番外編 夜の屋上とペルセウス流星群

2025/12/31入稿

10月から始まったこの作品を読んでくれてありがとうございます。

来年も紫微綾の事件簿をよろしくお願いします。

いい年を迎えてくださいね。



 名古屋の夏は、相変わらず容赦ない。 昼間のアスファルトの熱気が夜になっても残り、ビルの谷間を抜ける風はどこまでも生温い。でも今夜は、少しだけ違う。私の探偵事務所が入っている、この雑居ビルの屋上は。

 普段はただの殺風景なコンクリートの場所だけど、今日は特別だった。 千景は「私のマンションのルーフトップで観ようよ」と提案してくれたけれど、私は「ここでいいじゃん」と押し通した。

 屋上の扉を開けると、すでに玲奈と凛がブルーシートを広げていた。玲奈はクーラーボックスを抱え、凛は手際よく折りたたみ椅子を並べている。千景はスマホの星座アプリを起動しながら、呆れた顔で私を見上げた。

「綾、本当にここでいいの? 私の部屋ならもっと快適なのに」


「しらな~い。楽しければいいじゃない。それに運がいいことに、今日は新月。星もよく見えるはずだよ」

 私は笑って誤魔化した。理由は簡単。千景の部屋は、あの子たちには刺激が強すぎる。三十階の高級マンション、ガラス張りのリビング、最新のホームシアター。そんなものを見せたら、目を輝かせすぎて帰りたがらなくなるだろう。……というのは建前で。  本当は、部屋のあちこちに残っているであろう「夜の営み」の痕跡を、子供たちに探り当てられるのが嫌だっただけだ。


 それと、どうしてもここが良かった。この雑居ビルの屋上は、私の「城」の一部。そしてここからは、私たちの街がよく見える。事件の合間に一人で登って、夜空を見上げながらぼんやりと考え事をする場所。今日はその大切な景色を、みんなと共有したかった。


「綾さん、いいんすか? 勝手に登っても」フードを深く被った木崎君が、少し不安そうに聞いてくる。


「一応、大家さんに許可は得たよ。よく一人で登ってるし」


「最後の言葉は聴かなかったことにしますけど……どのように伝えたんですか?」不健康そうな倉橋君が、珍しく話しかけてきた。


「『知り合いの少年少女が流星群を見たがってるから、地域で一番高いこの屋上を貸してほしい』ってお願いしたら、仕方ないねって鍵を開けてくれたよ」


「ペルセウス座流星群を観たいって言い出したの、綾さんじゃん。俺たちを餌にするなんてひどいっすよ」一番社交性のある千葉君が、笑いながら私の横に来た。


「だって舞が見たいって言うから。助手の頼みくらい、聞いてあげないとね」


「そこで私に振りますかぁ? 普段は助手なんて認めてないくせに、こういう時ばかり」舞が、少し照れながら笑っている。


 笑顔が多くなった彼女を見て、私は密かに安心した。あの事件から一ヶ月。彼女の瞳には、しっかりと光が戻っていた。


「相変わらず自由ですよね」前髪で目を隠した片岡君が、ぼそりと締めた。


「そういうわけだよ、玲奈」


「……全然理由になってないんだけど」玲奈が呆れたように首を振る。


 今朝、「みんなを呼んで流星群を観るから」と伝えた時、彼女は「みんなって誰よ」と食ってかかってきた。照井さんや笹原さん、鈴藍先生にも声をかけたけれど、みんな忙しくて来られなかったのだ。


「もし少年少女に手を出してるなら、今すぐ捕まえるよ」


「ただ星を観るだけだってば。健全なお誘い。何を考えてるの?」そう言い返したら、玲奈は無言で電話を切っていまにいたる。


「さあ、健全な少年少女たちを見守りますか」


 私は笑って、ブルーシートの上に寝転がった。


「適当に座りなよ。お菓子や飲み物は、私以外の大人たちが用意してくれたから。感謝だけはしとくこと」


「「は~い!」」

 

 少年・少女たちがシートに寝転がり、夜空を見上げる。私の周囲にはみんなが座っていた。自然と、私はみんなに囲まれていた。


「今だったら願い事、言い放題だよ」


 私の周囲に、笑顔が溢れる。 流星が次々と夜空を切り裂き、白い軌跡が瞬く間に消えていった。


「すげー!」と少年たちが声を上げ、舞が小さく手を叩く。


 私の周囲には私の大事な人たちが夜空を見上げていた。


 来られなかった人たちもいるけれど、今は、ここにいるみんなだけで十分だった。  

 

 たくさん食べて、たくさん話して、流星を数えて。うだるような名古屋の夜が、静かに更けていった。


 解散になり、少年少女たちが帰った後、私は一人で事務所に戻った。今日は久しぶりに、私の城で、あのソファベッドでゆっくり眠ろう。明日以降の英気を養うために。


 窓を開けると、夏の夜風が吹き込んできた。


 遠くで、まだ流星が瞬いている気がした。


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