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紫微綾の事件簿1 鎖の記憶  作者:
1章 栄の夜に沈むQR

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4章 shadowの深淵 1

4-1 追跡の一週間


(金山・白波凛のマンション/朝)


 インターホンが鳴って、シャワーを終えた凛が玄関へ向かった。

バスタオルを巻いて外に出るのやめなさいって思ったら、知ってる声が聞こえた。


「おはよう」


 玲奈が凛に誘われて部屋の中に入ってきた。

徹夜明けの顔だけど、目はちゃんとこちらを見ている。

私はマグカップを三つ並べ、湯を落とした。

モニターには千景がもうスタンバっていた。

本当に動き速いなぁっと思いつつ、小さく手を振ると、向こうも頷いてくれた。


「情報を共有したいから、まずは復習しよ」

私はコーヒーを配って席に着きながらそう伝えた。


「依頼は、安田さんの娘さんの確保かな。名前は、雑賀 舞さん。彼女は、池田公園で“貼り”を覗いていたって証言があった」


 私は最初っから事件の内容を説明した。


「私も最初はただの家出人を探すだけだと思ったんだけど、問題はQRを読むと端末の位置が送られる。リンクは短時間で無効になるんだけど、これが裏バイトの募集だというのがわかったの」


 私はやれやれと言った感じで首を横に振った。


「でもこれも隠れ蓑だった。十年前の組織が動き出した」


「了解したわ。私の方は昨晩のことだけど、詳しい情報はあなた達が知ってること以外、全くなかったわ」


 玲奈が警察手帳を見ながらそう伝えてくれた。


「私はドローンを飛ばして周辺を探ってみるよ。あとはこのじゃじゃ馬娘の足ぐらいかな」


 凛がノートPCを見ながら、私を見て笑っていた。


「誰がじゃじゃ馬よ」


「じゃじゃ馬が嫌ならおてんば娘か?」


 凛はおちゃらけて言ってはくれてるが、すごく心配してるのは伝わっている。

皆がいる前で恥ずかしいのでお礼は言わないけど。


『私は引き続き、新栄のクラブ〈シャドウ〉を調べてみるよ。調べた結果、今の所は、健全でクリーンなクラブでしかない』


 千景の声は悔しそうに伝えてきた。


『結構強いプロテクトで裏が探れない感じ』


「なら私は足で拾うよ。それしかできないから」


 ここで一度息を整えた。


「みんなお願いします。そして昨日はありがとうね」


 私はみんなに笑顔で頭を下げた。


 ――それから一週間。靴のゴムがすり減るぐらい調査をした。

新栄の路地を何度も歩き、情報屋の噂を追いかけた。

最初は偽アジトばかりで、廃ビルの空っぽの部屋や金山の雑居ビルの影を何度も見た。

聴くところによると、千景のドローンがハッキングの餌食になり、凛の情報網が偽のリストで惑わされた日もあった。

玲奈の警察データは癒着の壁に阻まれ、笹原さんのつてで拾った裏話も、組織の囮に過ぎなかったっていう感じでみんなもボロボロだったらしい。


 でも、少しずつ繋がりが浮かび上がった。新栄のクラブ〈シャドウ〉の地下に、配線が不自然に避ける部屋。

VIPリストの偽名に隠れたボスの影。

オークションの準備で少女たちが港へ運ばれるトラックのルート。

苛立ちを抑えながら、毎日メモを積み重ねた。

肩の傷は疼きを増したが、事件の事を考えてたら収まる。

舞の写真をポケットに忍ばせ、十年前の鎖の記憶を振り払うように。

いろいろな妨害をくぐり抜け、ようやく確信の糸口を掴んだ。


(七日後の朝・白波探偵事務所)


 私の事務所だと、この人数で座るときついので、今回も凛の事務所での会議になった。

私は一週間分のメモを机に置いて言う。


「新栄のクラブ〈シャドウ〉の“地下”に、人を集める部屋がある線が濃くなったよ。

舞じゃないかもしれないけど、少年少女ははそこにいると思う」


「赤点が集まってるのは、新栄のクラブ〈シャドウ〉の地下。図面だと『三階裏の倉庫2』って書いてある部屋の“真下”。実際の配線はその倉庫を避けて下に落ちてる。入口は店の裏口とは別の扉だと思う」

凛が画面を指さす。


「今回はきちんとリベンジするよ。やられたままじゃいやだしね」

リモート参加の千景が続けた。


「私は警察を動かせるか、上司と相談してみるわ」

玲奈が続いていった。


「決行は夜ね、その前に先週の件、笹原さんに礼だけ行ってくるね。すぐ戻るから」


「車に乗っていく?」


「途中まででいいからお願い」

玲奈が警察署に戻るので、途中まで乗せてもらった。


 笹原さんがオーナーのスナックに来た。

開店前の小さな店は静かで、扉の鈴が控えめに鳴いた。

カウンターの内側に笹原さん。私は一歩手前で止まって、まっすぐ頭を下げる。


「この前は助けてくれて、ありがとう。本当にやばかったので、助かりました」


「直接礼に来たのか? 意外と律儀だな」


 彼は目を細めただけだ。


「一応古武道を学んでるから、意外とそういうの厳しいんですよ」


「例のやつらの事、どこまでわかってるんだ。こちらも探ってはいるんだが、なかなか尻尾を出さない」


「私がけりつけてもいいですよね」


「ヘマしたって今度は、助けないぞ! それでいいのなら勝手にしろ」


「りょ~かい」


 私はそれだけ言って店を出た。

胸の奥のひっかかりが少し下がる。私は歩いて戻ることにした。

朝の空気は湿っていて、路面はまだ薄く光っている。


 角を二つ曲がると、いつもの交差点。

信号が青に変わる。私は横断歩道に足を出した。


 その瞬間、右の端で風が跳ねたみたいな音がして、銀色が視界の端を切った。

考えるより先に、腰の横に硬い衝撃を受けた。


 空気が胸から抜ける。

体が浮いて、背中から路面に落ちた。

冷たさが一気に広がる。遅れて痛みが追いかけてきて、肋の奥が刺さった。

手のひらに砂が入り、息が荒くなる。

吸えない。喉が音を立てるばかりで、空気が入ってこない。


 エンジン音が離れていく。赤いテールはもう数字に見えないほど滲んでいた。

起き上がろうとして、腰で光が弾ける。

視界が白く揺れて、吐きそうな感じだけが強くなる。


「大丈夫ですか!」


 誰かが走ってくる。肩に触れられて、体がびくっと跳ねた。

私は首を小さく横に振る。動かさないで、の合図。

言葉は出ない。息だけが短く切れる。


「救急車、呼びました!」


 別の声。

遠くでサイレンの音がかすかに混じる。

誰かが上着をかけてくれた。

布が重くて、震えが少しおさまる。

耳鳴りが強くなって、声が遠くなる。


 もう一度だけ息を吸おうとして、胸の内側がきしんだ。そこで、意識がふっと切れた。


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