事情聴取と準備 後編
(金山 白波探偵事務所・午後2時)
玲奈との待ち合わせが金山で、本当に助かった。
このまま次の目的地に直行できるし、次の待ち合わせ相手時間に厳しいんだよね。
白波凛の事務所は、雑居ビルの五階。重厚な鉄扉の向こうだ。
ノックすると、すぐに鍵が外れる音がして、扉が開いた。
そこに立っていたのは、いつもの革ジャン姿の凛。黒髪を短く切り揃え、鋭い目が私を射抜く。
探偵仲間で、割り切りの関係の一人。私とは正反対のタイプ
ハイテクを駆使して情報を操る、デジタル探偵であり頭脳派って感じ。
「よっ、遅い」短く言って、凛は私を中へ招き入れる。
事務所内は、トリプルモニターが青白く輝いていて、埃っぽい空気と革の匂いが混じり合ってる。
デスクの上は散らかったケーブルと空のコーヒーカップが山積みで、彼女の忙しさがそのまま形になってる感じだった。
相変わらず稼いでるなぁ。私の事務所なんて閑古鳥が鳴いてる日が多いのに、こういうハイテク環境、
羨ましいけど、全くわからないから、部屋にあっても多分扱いきれないんだろうね。
ソファに腰を下ろそうとした瞬間、ふと視線がメインのモニターに吸い寄せられた。
なんか、既視感を感じた。
画面に映ってる景色、どこかで見たような。
え?数分前の、喫茶店での玲奈とのキスシーンが、バッチリ映ってるじゃない!
「綾、朝から殺人事件に巻き込まれてるっていうのに、お盛んな事で」凛が、口元を歪めてニタニタ笑ってる。
完全にからかうモードだ。
「のぞき見なんて趣味悪いなぁ」私はムッとして、ちょっと不機嫌そうに反論した。
「たまたま、私のアンテナにひっかかっただけよ。それに私の庭でこんなことしてたらね」
凛は肩をすくめて笑うだけ。モニターの録画がズームインされて、玲奈の唇が私の頬に触れる瞬間が大写しに。タイムスタンプは午後1時15分、秒単位まで記録されてる。恥ずかしさが一気に込み上げて、頬が熱くなった。
「覗き趣味があったなんて、知らなかったよ……」小声で呟くと、凛の笑いがさらに深くなる。
「まあまあ、冗談。
でも玲奈さんとは相変わらず熱いじゃん。私ともそうだし、千景とも続いてるんでしょ。
罪づくり。……そのうち後ろから刺されるよ」
私はため息をついて、ソファにどっかり座った。
はいはい、私は「女性にだらしないわよ。ごめんなさいね」そう口をとがらして反論した。
凛の笑いがさらに深くなって、むっとしたのが自分でも分かった。
赤面しながらも、これ以上からかわれたら立場が悪くなるだけだって判断して、私は慌てて本題を切り出した。
「もう、いい加減にしてよ。……これ、池田公園で拾ったQRコードの欠片。千景と玲奈から聞いた情報もまとめておくね」
そう言って、ポケットから折り畳んだ紙とメモリーカードを凛に差し出す。
凛の顔から、からかうような笑みがスッと消えた。
真剣モードに切り替わって、欠片を受け取り、すぐにデスクに戻る。
彼女の指がキーボードを高速で叩き始める。
カタカタカタ、クリック音が部屋に響いて、凛の集中力がビシビシ伝わってくる。
トリプルモニターの一つに、データ解析のグラフが表示されて、緑のラインが不規則に揺れ動く。
数分後、凛が口を開いた。
「位置追跡付きの罠だね。全く厄介な事をしちゃって。OK-2は女の子を高級売春ルートに誘導する選抜コース。ちなみにOK-1は男の子用の力仕事とか労働力に誘導するコース。OK-0は1も2もあてはまらない人たちだと思う。ただ0はこちらでも引っかからなかった。そして3時間で死ぬトークン設計は証拠隠滅用。10年前の『深淵』組織がAIとダークウェブでデジタル進化したパターンだね」
「千景のデーターと怜奈の情報でよくここまでわかるよね」
私は素直に感心して呟いた。凛は肩をすくめて、得意げに笑う。
「そりゃそうでしょ。大半のデータはもう送られてきてたから。千景の情報屋からね」
「私だったらもっと時間かかってるわ」
画面が切り替わって、今池の詳細な地図と雑居ビルの設計図が表示される。
「偽QRもこの中にあるから。バックドアのデーターもある。千景は綾の行動読んでるよね。私がこれの続きをして、組織のサーバーに逆侵入すればいいかな。こういう頭を使う作業は私が得意だしね、綾は不得意だけど」
コンピューターのピコピコ音とか専門用語は正直よくわからない。
最低限のメールとかネット検索ができればいい派だから、
今はただうんうんと相槌を打ちながら聞いてるけど。
正直、何でこれがQRコードになるのか、全然イメージできてない。
凛が続ける。「あの馬鹿正直な玲奈は信用できるけど、癒着があるから警察は当てにならん。早めにやったほうがいい。今夜潜入するのがいいと思う」
設計図の上に赤いマーカーが引かれて、潜入ルートが浮かび上がる。
地図の隅には、衛星画像の拡大が表示されてて、夜の闇が濃く映ってる。
衛星マーク?まさか、衛星を勝手に使ってる?
千景にしろ、凜にしろ、これやってもいいことなの?いや、見なかったことにしよう。
私はそう決めた。凛の目が私を捉えて、静かに言ってきた。
「準備は任せて。綾は、いつもの“脳筋”で突っ込んでいけばいい」
それは失礼な言い方じゃない。
ふいに、凛の目が私のトラウマを探るようにじっと向いてきた。
まだ会ってもいないのに、知らないはずなのに……まるで見透かされたみたいに、私の深淵の底を覗き込まれるような視線を感じた。
赤い瞳をまっすぐ捉えて、逃がさない。
本当に深淵の残党なんだろうか?
一瞬、警戒心が背筋を走ったけど、すぐにそれは違うとわかる。
凛はただ、私の弱さを嗅ぎ取ってるだけだとおもう。
「一人で突っ込むなよ。組織の動きが気になる」そう言って、凛の手が私の肩にそっと触れた。
その瞬間、体が勝手に反応してしまった。熱が伝わってきて、息が浅くなる。
ソファに押し倒されるようにして、キスが始まる。
「ばっ、こんな時に……」抗議の言葉はすぐに唇で塞がれて、革の匂いと凛の強さが一気に混ざり合う。
服が乱暴に落ちて、ベッドに体を重ねる。凛の指が私の背中をゆっくり辿って、耳元で囁く。
「お前は脆いな」
10年前の鎖が幻のように足首を締め付ける感覚が蘇るけど、凛の体温がそれを溶かしていく。
熱くて、優しくて、逃げ場のないくらいに包み込まれる。
ベッドが軋む音が部屋に響き、汗がシーツに染みていく。
彼女の革ジャンが床に落ちて、静寂が戻る頃には、私の息は完全に乱れていた。
「なに仕事前から疲れさせるの? ばかなの、あんたは? このけだもの」
ベッドの端に座りながら、弱々しく睨むと、凛はコーヒーを淹れながら肩をすくめた。
「そんな小動物みたいにおびえてる感じだったから、緊張をほどいてやったんだろ。安心しな、脳筋なお前と違うから、今回は私がカバーする」
事後、コーヒーをすすりながら計画を詰める。
湯気が立ち上って、部屋の空気を柔らかくする。
「決行は今夜9時。今池潜入。クラブで情報引き出して行動する。後ろはよろしくね」
私はそう言って、凛を見た。凛が頷いて、悪戯っぽく笑う。
「この事件を終わらせて、先ほどの続きを安心してやろう」
コーヒーの湯気が頬を温めて、緊張が少し和らいだ。
カップをデスクに置く音が、カチンと軽く反響する。
「本当にそればっかね……」
「ストレス解消と軽い運動にはそれが一番だしね」
凛の言葉に、思わず苦笑いが漏れた。
(準備・午後4時~7時頃)
事務所を出ると、雨はすっかり上がっていて、空が少し明るくなってる。
安田さんの死、舞ちゃんの行方、10年前のトラウマ……頭の中をぐるぐる巡る。
ただの家出捜索だったはずなのに、こんな面倒なことになるなんてね。
路地で立ち止まって、櫻華流の「静心」を試みる。
深呼吸を繰り返して、胸の鼓動を抑えようとするけど、全然落ち着かない。
凛の言葉が脳裏に残る。
深淵の残党が動いてるなら、舞ちゃんはもう危険かもしれない。命は大丈夫でも、人生が終わってしまう可能性がある。
コートの下でナイフを握る。刃の冷たさが手のひらを刺して、指先が震える。10年前の鎖の感触が、ふっと蘇って、寒気が背筋を走った。
事務所に戻って、凛と装備を点検する。
隠しカメラ、ワイヤー、偽QR。一つずつ確認しながら、作戦を再確認した。
凛がモニターで画像を拡大して、「新栄倉庫の裏口が狙い目」と指摘する。
不安が顔に出てるのがバレてる気がして、ちょっと気まずい。
黙って頷いた。革のナイフホルスターを腰に装着すると、ナイフの重さが不思議と安心感をくれる。
モニターのファンが低く唸って、部屋に微かな振動が広がる。
今夜、すべてを決める。舞ちゃんやそこにいる少年少女達を救って、過去の鎖を断ち切ってみる。
私は静かに息を吐いて、決意を胸に刻んだ。
夕方、スマホが震えた。千景からの連絡だ。
スピーカーに切り替えると、いつもの落ち着いた声が流れる。
「新栄倉庫の衛星画像、動きあり。10人以上の熱源確認。罠の可能性高いよ」
「今回、千景も手伝ってくれるの?」
「凜に、私もいた方が成功率上がるって言われてね」
「二人もお願いするほどお金ないんだけど」
「足りない分は身体で支払ってもらうから」
「バカじゃないの。全く」
「何考えてる?私は肉体労働してもらおうと思ったんだが」
「もぅ」
ああ言えばこう言う。私が口げんかで勝てるわけなかった。
凛がすぐにモニターを操作し始めて、画像を拡大しながらルートをシミュレーションする。
「裏口から潜入。カメラはここを回避して……」
「綾、気をつけろ。10年前の傷が開く前に戻れ。命を大事に行動して、ここで失敗してもリカバリーは出来るから」
千景の心配する声がスピーカーから漏れた。心配が滲む声に、胸が締め付けられる。
でも、頭に浮かぶのは舞ちゃんの顔。──もう一人の私を生ませるわけにはいかない。
あの子の未来を、闇に奪わせない。決意が、ますます強くなった。
事務所を出て、凜の車の助手席に座って頭を整理した。
やるべきことは頭に入れた。
6時、千景と連絡を取り合い、装備の最終確認。彼女の声がイヤホンから届く。
「綾、冷静な判断をしてね。確かあんたの学んだ武術で大事な事だったと思うけど」
厳しい口調だけど、それが逆に心強い。
私はナイフを手に取り、何度も抜き差しを繰り返す。
櫻華流の「流転」をイメージして、体の動きを滑らかにする。
息を整え、緊張を少しずつ和らげていく。
路地の街灯がチカチカと点滅して、影が不規則に揺れる。
冷たい風がコートをはためかせ、戦いの予感が肌を刺す。
夜7時、今池へ向かってもらう。
ネオンが濡れた街を妖しく照らし、クラブから漏れる重低音が遠くで響く。
駐車場に車を停めて、身支度を整えた。
キャップを深くかぶり、コートで顔を隠す。
千景が最後にイヤホンを渡して、「通信は私に任せろ」と短く言った。
雨はもう弱まって、ネオンの光がアスファルトに反射して揺らめく。
車内のラジオからはノイズ混じりの音楽が流れ、時折ニュースが途切れる。
凛の声が耳元で響いた。
「組織の動きが活発だ。画像に新たな熱源が追加された」
心臓が早鐘のように鳴って、掌に汗が滲む。
「無線で千景と連携するから、安心しな」
凛の笑い声が、少しだけ緊張をほぐしてくれる。
緊張がピークに達する。
いよいよ今夜すべてを終わらせる。
私は静かに息を吐き、闇の中へと歩み出した。
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