2章 潜入の鎖 4
(新栄への移動 - 夜9:45)
アクアブルーの車を雨に濡れた路地から走らせ、新栄の倉庫へ向かう。
ワイパーが雨を払う音が鼓動と重なり、窓ガラスに無数の雨粒が叩きつけられる。
爆発の余韻が体にこびりつき、男の血と焼けた油の匂いが鼻腔を刺激し、吐き気を催す。
ハンドルを握る両手が震え、10年前のコンテナでの記憶が脳裏に鮮やかに蘇る。
あの錆びた鎖が足首を締め付け、男たちの哄笑が耳を刺し、血と汗が混じった鉄の味が口に広がった。
あの時、14歳の私は叫び声を上げ、助けを求めたが、誰も来なかった。
コンテナの暗闇で、冷たい床に膝をつき、涙が頬を伝った瞬間が今も体に刻まれている。
心の傷は時間とともに風化をするとは言うが、全くそんなことはない
だが、今は違う。助手席に置いたナイフが太ももに冷たく触れ、安田さんの死、雑賀舞を助けるそれだけを考えて動こうと思う。
千景の解析で新栄倉庫がボスの拠点と判明し、凛のバックアップが待機中だという連絡が心の支えとなる。
車窓から見える新栄は、雨に濡れたネオンサインが歪み、薄暗い路地が闇に飲み込まれている。
ゴミ箱の陰でネズミが素早く動き、プラスチックの破片を転がす音が不気味に響く。
遠くで救急車のサイレンがかすかに鳴り、夜の静寂を切り裂く。
安田俊介の死が私の調査のせいだと頭をよぎる。
玲奈は違うというが私は自分のせいだと思っている。
昨夜、彼の震える声——「変な電話が怖かった」——が耳にこだました。
あれが別れの言葉だったのかと思うと胸が締め付けられる。
彼の家に行き警備などは出来たはずだ、私は警戒を[[rb:怠った > おこたった]]
ハンドルが汗で滑り、革の感触が指先に染みる。
深呼吸を繰り返し、集中を保つが、息が少しずつ乱れる。
凛の「了解。気をつけて」という短いメッセージがスマホに届き、割り切りの関係を超えた彼女のメールが精神的な盾となる。
だが、心の奥で10年前の私が「罠かもしれない」と囁く。
不安が雨音に紛れ、アクセルを踏む足に重さを感じ、背筋に冷たい汗が流れる。
なぜか私の行動が読まれてるっていうか誰かに観られてる感じもする
それは私が関係も持っている人とは違う。
それだけは確信できた。
久しぶりに恐怖を感じて思考がぶれているのだろう。
助手席のナイフを手に取り、刃を撫でる感触が現実を呼び戻すが、指がわずかに震える。
バックミラーに映る路地の奥で、黒い影が動く気配がし、追跡の可能性が頭をよぎる。
ヘッドライトの光が一瞬点滅し、心拍数が上がる。
ラジオから流れるノイズが緊張を煽り、窓を閉める。
助手席の地図を広げ、ルートを確認するが、雨でインクが滲む。
倉庫に近づくにつれ、雨が激しさを増し、フロントガラスの視界が白くぼやける。
ワイパーの動きが追いつかず、時折視界が遮られる。
千景の指示——「北東入口、裏口がセキュリティの弱点」——を頭に刻み、車を路地の影に慎重に停める。
エンジンを切り、静寂が車内に広がる。ナイフを手に取り、刃の冷たさを確かめ、隠しカメラのスイッチを入れる。
革のナイフホルスターが湿気で重く、指先が冷たく痺れる。
櫻華流の「静心 」を思い出し、ゆっくりと呼吸を整えるが、心拍数が落ちない。
師匠に聴かれたら、また怒られるんだろうなぁと場違いにも少し笑みをこぼした。
キャップを深く被り直し、銀髪が濡れて頬に張り付く。
赤い目が闇を貫き、雨に映る自分の姿が戦士の幻影と重なる。
女の体は呪いかもしれないが、そんなことはどうでもいい
それ以上に現場で動けるように鍛えてもらったんだから、
元々は、過去の自分を乗り越えるために。
だが、頭の片隅で「戻れないかもしれない」という予感がよぎり、胸が締め付けられる。
いつもとは何か違う、なぜかそんな不安がずっとよぎっていた。
バックミラーに再び光が映り、車を降りる決心を固める。
ドアを開ける音が雨に溶け、足が地面に触れる瞬間、緊張が全身を包む。
雨がコートの裾を叩き、足元が泥で汚れる。
車を隠すため、近くのコンテナの影に移動させ、タイヤの軋む音が雨に消える。
(倉庫への潜入 - 夜10:00)
倉庫の裏口に近づく。
コンクリの壁に雨水が筋を描き、苔むした亀裂が薄暗い街灯に不気味に光る。
錆びた鋼鉄の扉が風に揺れ、内部からかすかな機械音と金属の擦れる音が漏れる。
2人の見張りがタバコを吸い、首に龍のタトゥーが汗で光っている。
タバコを吸ってたら、ダメだと思うけど、これは好機かもしれない。
タブレットを手に位置情報を確認し、櫻華流の「警戒陣 」を展開。
360度を意識し、雨音、足音、タバコの煙の匂いを聞き分ける。
息を殺して身を低くし、影に溶け込むように接近。
心臓が早鐘を打ち、10年前のコンテナの扉が開く音が耳に蘇る。
あの時、暗闇から男たちの目が光り、鎖の冷たさが足を縛った。
だが、引き返すわけにはいかない。舞の人生がかかっている。
雨がコートの裾を重くし、足元が水たまりで滑るが、慎重に踏み出す。
見張りの1人がタバコを地面に捨て、煙が雨に溶ける。もう1人がタブレットを操作し、私の気配に気付きそうな気配がする。
こんな下っ端の見張りに気づかれそうになるなんてm、最近道場に行ってないから腕が落ちたのかと感じながら息を止め、壁に寄りかかり、雨粒がコートを叩く音に紛れる。
タブレットの画面が光り、警戒範囲が広がる前に動く必要がある。
風が強まり、扉が軋む音が遠くに響く。
見張りが咳払いをし、タバコの匂いが風に運ばれる。
遠くで犬の遠吠えが聞こえ、緊張が高まる。
一人の見張りに背後から忍び寄り、「陣形崩し」を発動。
雨音で足音を消し、素早く男の背後に立つ。
両腕を首に巻き、櫻華流の「絞鎖 」をかける。
気道を締め、脈が弱まる感覚を指先で捉えながら力を込める。
男が抵抗し、右肘を振り回すが、左膝で「崩撃」を繰り出し、脇腹に強烈な一撃を加える。
鈍い音が響き、男が膝をついてタバコを落とす。
雨が火を消し、煙が霧のように広がる。
2人目は気付き、棍棒を構えて飛びかかる。「流転の構え」で体を軸に回転させ、掌底を顎に叩き込む。
骨が砕ける乾いた音が雨に混じり、男が後ろに倒れ、頭をコンクリに打ち付ける。
血が薄く広がり、雨がそれを洗い流す。
錆びた扉の鍵にナイフの刃を差し込み、こじ開ける。
金属が軋む音が耳に残り、内部へ滑り込む。
心臓が喉にせり上がり、汗が背中を伝う。
足元が水たまりで滑り、膝に微かな痛みが走るが、壁に手をついて平衡を保つ。
見張りのタブレットが光り、警報が鳴りそうになるのを素早く踏み潰す。
破片が飛び散り、雨に濡れた足元で光る。
背後で足音が近づき、別の見張りが現れるが、影に隠れてやり過ごす。
3人目が懐中電灯を手に近づき、ビームが私の足元をかすめる。
素早くコンテナの陰に身を隠し、息を整える。
4人目がラジオで連絡を取ろうとし、ノイズが響く。
倉庫は薄暗く、鉄のコンテナが迷路のように並ぶ。
空気は湿り、油と錆の匂いが鼻を刺し、喉に違和感を覚える。
蛍光灯がチカチカと点滅し、影が不規則に揺れ、足元の水溜まりに反射する。
奥から女性の泣き声が聞こえ、ボスが鉄の椅子に彼女を拘束している。
3人の部下が近づき、ナイフ、鉄パイプ、短刀を構える。
「連鎖打」を発動し、1人目の胸を右肘で強打。
息が詰まる音が響き、男がよろめいてコンテナに手をつく。
2人目に「旋風脚」を繰り出し、左足を軸に体を回転。
脚が弧を描き、脇腹を捉える。男が悲鳴を上げ、コンテナに激突し、金属が鳴り響く。衝撃でコンテナが揺れ、埃が舞う。
3人目は短刀を振りかざし、刃が私の左腕をかすめる。
血が滲み、鋭い痛みが走るが、「幻歩」で不規則にステップを踏み、背後に回る。
「瞬身」で膝を引いて突進し、腹に膝蹴りを叩き込む。
男がうめき、倒れ、短刀が床に落ちて金属音を立てる。
雨水と組織の男たちの血が足元を滑らせ、膝に鈍い痛みが走るが、「[[rb:踏破 > とうは]]」で体重を地面に集中させ、バランスを保つ。
息が荒くなり、汗が目に染み、視界が一瞬ぼやける。
コンテナの影から別の気配を感じ、背筋に寒気が走る。
4人目が現れ、鉄パイプを振り回すが、素早く「流転 」で回避し、掌底で顎を打つ。
5人目がナイフで斬りかかり、袖を裂く。血が滴り、痛みが腕を痺れさせる。
6人目が背後から棍棒を振り下ろすが、「幻歩」でかわし、肘で後頭部を打つ。
7人目が鉄パイプで横に薙ぎ払い、避けるのがやっとだった。
人多すぎでしょうと心の中で毒ついた。
8人目がナイフを投げ、肩に浅い傷を負う。
9人目が鉄パイプで地面を叩き、音が反響する。
10人目が背後から腕を掴むが、「流転」で振りほどき、膝で腹を打つ。
11人目が短刀で足を狙うが、ステップで回避。
12人目が棍棒で頭を狙うが、鉄柱に隠れる。
これで全員撃破・・・女一人にワンダースとは、いいご招待なきがする。
ボスが黒光る拳銃を抜き、引き金を引く。
弾がコンテナに当たり、火花が散り、金属片が飛び散る。
「動視」を駆使し、弾道を予測。
左にステップを踏み、鉄柱の陰に身を隠す。
流石にスタミナが尽きてきてる。
早く終わらせないといけない。
心臓が激しく鼓動し、汗が首を伝う。鉄柱の冷たさが腕に染み、息を殺す。
タイミングを見計らい、「瞬身」で飛び出し、ボスの右腕に「関節鎖」をかける。
肘を逆方向に捻り、骨が軋む音とともに銃が床に落ちる。
ボスが膝をつき、ナイフを喉に当て、「舞を解放しろ」と低く唸る。
だが、ボスがニヤリと笑う。「舞? あれは餌だ」。
拘束されていた女性が立ち上がり、黒いマスクを外す。銀髪の少女ではなく、30代の女が冷たい目で私を見据える。
心臓が凍りつき、足が竦む。
ボスの合図で、闇から20人以上の男が現れる。
棍棒、ナイフ、鉄パイプが光り、円陣を組んで近づく。罠に嵌った瞬間、逃げ場が塞がれ、冷や汗が背中を伝う。
コンテナの影からさらに足音が聞こえ、数は増えそうだ。
ボスが「紫微の探偵、よくここまで来た。」と嘲笑い、部下が笑い声を上げる。
13人目が鉄パイプで地面を叩き、威圧的な音が響く。
14人目がナイフを投げ、足元に刺さる。
15人目が背後から近づき、気配を感じて振り返る。
「幻歩」で身を翻していたのだが、何人目かはもう忘れたのだが、私の体は数多くの切り傷、打撲を受けたおれてしまった。
「小娘の癖にこれだけの人間を・・・あの方はどうして」
意識を手放す前にそんな声が聞こえて気がした。
(身柄を拘束 時間?)
目が覚めると、暗い部屋。手足が錆びた鎖で繋がれ、鉄の床が冷たく体温を奪う。
10年前のコンテナが蘇り、恐怖が全身を支配する。あの時もこうやって鎖に繋がれ、男たちの哄笑に囲まれた。
血と汗が混じり、鉄の味が口に広がり、意識が遠のいた。だが、今は違う。櫻華流の訓練が冷静さを保たせる。
フェイクの女性、ボスの笑顔、20人以上の包囲——全てが罠だった。
舞はまだ救えていない。安田の死、千景の解析、凛の援護——
全てが裏目に出たのか。心が揺れ、涙がこぼれそうになるが、歯を食いしばる。
鎖の隙間を探り、音の方向を確かめる。遠くで雨音が聞こえ、薄い希望の糸となる。
脱出の方法を考え、敵の油断を待つ。
それよりもなぜ私の動きがばれたのか?
それがわからない
ボスの目が10年前の首謀者を思わせ、組織の闇が深まる予感がする。
次は私が罠を返す番だ。鎖の音が響き、足音が近づく中、決意が胸を焼く。
暗闇の中で、隠しポケットの中から、アウトドア用の小型ナイフの手のひらに隠した。
遠くでドアの軋む音が聞こえ、チャンスが訪れるのを待つ。
ボスの声が再び響き、足音が止まる。冷たい床に額を押し付け、息を整える。
鎖が軋み、血が床に滴る。




