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余話:ジェラートの思い出

短い夏の話です。



 ロウィーナには、ジェラートの思い出が二つある。


 一つ目は、イザベラの侍女として働き始めてから食べたジェラート。

 社交界で名の知れた存在であったイザベラの元には毎日のように招待状が届き、遠方の地から招かれることもあった。

 ロウィーナはそんなイザベラに付き添い、ときには列車にも乗って色んなところを巡った。

 とあるお屋敷に招かれた際、前日の夜会で疲れたイザベラがゆっくりと起きて部屋でブランチを食べていたとき、食後のデザートに出てきたのがジェラートだった。


『ロウィーナ。あなた、ジェラートを食べる?』


 イザベラは朝から冷たいデザートは好まないということで、ロウィーナにそれを譲った。

 その地でよく採れる果物を使って作られたというジェラートは、冷たくすっきりとした味で、ロウィーナはあまりの美味しさに感動してしまった。

 厳しいイザベラに何度も叱られたり振り回されたりして、もうこんな仕事辞めたいと今朝だって思ったばかりだったのに、ジェラートの美味しさにすっかりご機嫌になってしまうほどだった。

 何度も美味しいと言って食べていたロウィーナがお気に召したのか、それからイザベラはよくロウィーナをカフェなどに連れて回るようになった。




 二つ目は、初めて異性と二人きりで食べたジェラート。

 イザベラの付き添いで旅した島国で、海と同じ紺碧の瞳をした異国の青年と出会った。

 知り合ったばかりの彼に島を案内して貰い、色んな場所を見て回った。

 手を繋いだことも、二人きりで過ごすということも、何もかもが初めての経験だった。

 見たこともない鮮やかな島の景色、甘い花の香り、頬を撫でる潮風。

 緊張しながらも胸が弾む、楽しい夢のようなひと時だった。


『ジェラートの店があるから寄ろうか』


 途中でそう誘われて、二人で並んでベンチに座り、一緒に食べた味は忘れることのできない思い出の味だった。

 貴族のお屋敷で出てくるような洗練された味とは違う、素朴で優しい甘さ。

 木陰のベンチに座って、風を感じながら食べる穏やかな時間。

 すぐ隣を見れば紺碧色の瞳と視線が合って、緊張と照れくささの交ざり合った気持ちで笑った。

 ジェラートを入れていたガラスの容器は冷たくて、食べ終わった後に再び繋いだ手も冷たくなっていた。

 その手もすぐに温かくなるくらい、ずっと手を繋ぎ合って街中を歩いて回り、水平線がどこまでも続く海を一緒に眺めた思い出は、それから長い年月が過ぎても忘れることができないくらい心に残っていた。






 そうして今、ロウィーナには新たな思い出が増えていく。


「――美味しいわね」


 口の中に広がる甘く冷たいジェラートの味に、思わず感嘆を漏らす。


「おいしいねー!」

「おいしー!」


 すると、側に並んで座る子どもたちも、ジェラートを食べながら楽しそうに声を上げた。

 さらにその向こうに座っているアンドリューも、子どもたちを見て微笑みながらジェラートを口にしている。

 そんな光景に、ロウィーナは嬉しくて口元を緩めた。


 ソリス島の夏は、生まれ故郷よりも暑く長く、そのぶん冷たいジェラートの味が格別に美味しく感じられた。

 家の裏庭からは海が見え、アンドリューが作ったベンチに家族みんなで座り、お喋りをしながら食べるひととき。

 そんな時間がロウィーナは好きだった。

 ときどきジェラートが溶けて服に落ちて。

 子どもたちがお騒ぎして。

 もっと食べたいと駄々をこねる口にひとくち分けて宥めたりして。

 南風で揺れる葉の音と、眩しい日差しの元で、賑やかでありながら穏やかに繰り返される、そんな何気ない日常を幸せだと感じる。


 ふと、紺碧の瞳がまっすぐにロウィーナを見つめていた。

 どうしたのだろうと思いながらロウィーナが首を傾げれば、アンドリューは出会った頃よりずっと大人っぽくなった表情で微笑んだ。


「いや、うちの奥さんは本当にジェラートが好きだなと思って」


 出会ったレストランでジェラートをおかわりしていたことを覚えていて、翌日に二人きりで手を繋いで街を回ったときにジェラートの店に誘ってくれたアンドリュー。

 それを知っているからか、今でも夏になればジェラートをよく食べる。

 おかげでロウィーナはもちろん、子どもたちも大好物だ。


「ええ、もちろん」


 初めて一緒にジェラートを食べた十八歳のあのときは、緊張して視線を合わせることもままならなかったのに、今では紺碧の瞳をまっすぐに見つめて頷くこともできるようになった。

 それから、ロウィーナはいつも身に着けているブローチへと声をかけた。


「イザベラ様。私は今でもジェラートが大好きですよ」


 昔、イザベラから譲られたジェラートを食べたときにあまりに美味しくて、その様子を見てイザベラが笑っていた。

 それはもしかしたら、いま側で子どもたちが美味しそうに食べている姿を見ているこの瞬間と同じ気持ちかもしれないと、ロウィーナは感じた。

 もうイザベラにそれを聞くことはできない。

 けれども思い返すイザベラはいつだってロウィーナを笑顔で見ていた。


 イザベラと最後に旅したソリス島は、今日も静かな波音に包まれ、眩しい日差しが降り注いでいる。

 あの日と変わらない光景に、子どもたちの笑い声が重なる。

 幸せな思い出がきっとこれからも増えていく、ロウィーナはそう思った。




読んで頂きありがとうございました。

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