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掃除  作者: 幽露 リラ
10/10

何も無かった。最初から

空は曇っていた。 何も降っていないのに、地面は濡れていた。


朝なのに、朝ではないような、そんな光。


その日、警察は静かに校舎へと入ってきた。 制服を着た大人たちが、何人も。 やがて、ストレッチャーが運ばれ、カメラを持った報道が門の外に群がった。


澤野優太は、驚くほど静かだった。


連行されるとき、手には手錠がかけられていたが、足取りは重くなかった。 顔には何の表情もなかった。

取り調べでも、ほとんど口を開かなかった。


名前、住所、そして「覚えていない」の繰り返し。

やがて精神鑑定が行われ、彼の診断結果が一枚の紙に記される。


それは彼の未来を決める鍵となり、同時に「処分」を軽く見せるための魔法の文句にもなった。


保護処分。 特別病棟。 閉ざされた施設の中で、優太はその後の季節を迎えることになる。


一方、その後を追われなかった人間がいた。


東城遥。


事件からわずか数週間後、彼女はふたたび登校を再開した。縮小された教室の中、遥は以前よりも落ち着いた様子で席に座っていた。


成績は上昇し、委員も任され、教師の信頼も厚い。

昼休みには友人と他愛ない話をし、廊下では軽く笑って挨拶する。


まるで、何もなかったかのように。

いや、最初から、何もなかったように。


だから、誰も気づかない。


遥が、手帳の端に一人ひとりの名前を書いては、静かに線を引いていったこと。 そのリストが、最後まで埋まった瞬間、満足そうに閉じられたこと。


彼女が、あの日「終わらせたい人間たち」を順に整理し、優太という媒介を使って一掃していったこと。

そして今、朝の教室で静かに笑っているその顔が―― あの日、彼の背中を見送ったときと、まったく同じだったこと。


優太のことを訊ねる者は、もういない。 彼の存在は、騒ぎと共に過去に押し流され、ただの「ひとつの事件」として記録に残った。


でも、遥は覚えている。


あの夜、手を繋いで歩いた道。 「やっていいよ」と微笑んだ瞬間。 抱きしめた体温と、耳元で震えた小さな息。


――それらすべてが、彼女にとっての“完璧な計画”の一部だった。


放課後の教室。


誰もいない窓辺に、遥がひとり座っている。 鞄の中から、小さな紙片を取り出す。


それは、古いスケジュール帳の切れ端。 その裏には、潰れた字で「ゆうたへ」とだけ書かれていた。

彼女はそれを、指先でくしゃ、と丸めてごみ箱に投げた。


遥「うん。もう、いらないね」


そう呟いて、窓の外を見上げる。

どこまでも晴れた空。 だけど、遥の心は曇っていなかった。


彼女の人生から、「嫌いなもの」はすべて消えたのだから。


そして今また、“いつもの日常”が始まろうとしていた。


――まるで、最初から、何も起きなかったかのように。



【完】



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― 新着の感想 ―
あんな場面、見せられたら、お婿に行けませんわよ、私
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