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国民的美人女優(自殺しようとしていたJK)と一緒にタイムスリップして学園生活をやり直す![リベンジスクールライフ]

作者: ぺこり

私が持っている連載中の作品の短編版です。


どうぞお楽しみください。

俺の視界には、ビルの屋上から広がる夜景と共に、一人の制服姿の少女が映っていた。


それもただの少女ではない。テレビで毎日のように目にする、超国民的美人女優だ。


俺は自分の目を疑った。しかし、そこに彼女はたしかに存在していた。


靴を脱ぎ、今にも飛び降りようとするかのような雰囲気で……




***


俺はこの春から大学に通っている蒼井俊あおいしゅん、18歳だ。


もともと旧帝大を目指していたが受験に失敗し、私立の大学に通っている。


とある学歴厨YouTuberに感化されて旧帝なんて受けなければよかった........


入学して二ヶ月。第一志望ではない大学ということもあり、俺は大学生活をまったく楽しめていなかった。


周りの学生はみんなチャラい推薦組ばかりで、正直うるさい。最悪だ……。


陰キャ特有の何かが作用しているのか分からないが、中学や高校でもこういうタイプの人間とは妙に反りが合わなかった。


俺の思い描いていた大学生活とは、180度——弧度法で表すならπ違う。


もちろん、俺だって勉強だけの大学生活を望んでいたわけじゃない。


それでも、受験に失敗した劣等感からなのか、毎日、何か心にぽっかりと穴が空いたような感情に襲われていた。


毎日が苦痛でたまらない。


「なんでこうなっちまったんだよ……」


講義が終わり、バイト先では怒られ、家へ帰ろうとしていた時、俺の頭にふと、ある考えがよぎった。


——もう俺、死んじゃおっかな。


生きていることが辛くて、もう立ち直れそうになかった。


こんな人生なら、いっそ死んだほうがマシだ。


俺が死んでも悲しむ人なんていない。


いつから狂ったんだろう、俺の人生は。


***


自殺を決意した俺は、近くの高いビルの屋上へ向かった。


エレベーターは住民専用らしく、仕方なく非常階段を登ることにした。


「このビル、15階建てかよ……高いな」


長い階段を、一人考え事をしながらゆっくりと上がっていく。


俺はこの人生で、何ができたんだろう。


受験は失敗し、親には失望され、そして最後には自殺……。


足がパンパンになりながら、やっとのことで階段を登り終え、目の前の扉を開けた。


すると、目の前には制服姿の女子高生が、こちらに背を向けて今にも飛び降りようとしていた。


俺は自然と体が動いていた。


少女の白く細い腕を掴み、こちらへ手繰り寄せる。


「何やってんだよ!」


「話聞くから、早まるなって!」


俺が少し強い口調で喋ると、その女子高生は目を丸くしていた。


そして、目が合った瞬間——俺はその美貌に釘付けになった。


ツヤツヤの茶髪ロング。ぱっちりとした目。整った鼻筋。


重力を感じさせないほどカールした長いまつ毛。


美しすぎる——。


「あの……」


「あの……!」


俺は彼女に話しかけられていることに気づかなかった。


「!!」


「あぁ、ごめんごめん」


「お兄さんは、なんでこんなところにいるんですか?」


彼女は、きょとんと俺を見つめていた。


そういえば俺、さっき『話を聞く』とか言ったっけな。


なんでって聞かれても……自分も死にに来た、なんて言えない。


「なんだか落ち着かなくて、街を眺めに来たんだ」


「君こそ、どうしてあんな危ないところに立ってたの?」


彼女は俺の質問を聞くと、少し下を向いた。


その瞬間、雰囲気が変わったのが分かった。


「私、女優の仕事をしていて、学校にも全然行けないから……居場所がないんです」


「それで、今日久しぶりに学校に行ったら、一番仲の良かった友達にも無視されて……」


彼女の目から、涙が溢れていた。


俺は無意識のうちにポケットのハンカチを差し出していた。


女優か。


ここは暗くて、顔ははっきりと見えない。


だが、たしかに凛とした顔立ちで、いかにも芸能人という雰囲気を漂わせている。


この子だけ辛いことを話してくれて、俺が自分のことを隠すなんて、絶対にダメだろ。


俺は拳を強く握りしめ、なぜ今日ここに来たのか——本当の理由を話した。


***


「お兄さんにもそんなことが……」


「でも、お兄さんは浪人はされてないんですよね?」


「あ、俺の名前は蒼井俊。お兄さんじゃなくて、しゅんって呼んでもらっていいよ」


「君の名前は?」


「私は園宮茜です。あかねって呼んでください」


「あかねちゃんね、よろしく!」


「俺は浪人はしてないけど……なんで?」


「あ、その……私、仕事の関係で一年留年してるんです」


「だから、俊さんと同い年ってことになります」


そういうことだったのか。


……て、園宮茜ってどっかで聞いたことあるな。


いやいや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。


今の茜にはどんな言葉をかけてあげるのが正解なんだろうか。


俺は勇気を振り絞ってある提案をすることを決める。


「茜、俺たち……学校、やめないか?」


「えっ……?」


俺のその言葉に、茜は小さく驚きの声を上げた。


それもそうだ、こんな提案をする奴なんて……。


「うん!」


え?


聞き間違いか?


……いや、違う。


その返事は、たしかに俺の耳に届いた。


俺もさすがに軽率すぎる提案をしてしまったと後悔していた。


しかし俺の聞いたその返事は幻聴ではなかった。


「私、俊くんに話を聞いてもらえなかったら死んでたし……学校なんて辞めた方がマシです」


それ誰かに脅されて言ってるとかじゃないよな?


本当にいいのだろうか。


俺から言っておきながら、少し悩んでいた。


俺は大学生だから辞めても良いが、茜はまだ高校生だ。


この判断は間違っていないのだろうか。


でも、辛くて命を絶ったらそれで終わりだ。


しかも最終的に茜の決めたことだ、尊重しよう。


俺も茜には笑ってこれから生きていって欲しい。


「よし!」


「じゃあ、決まりだな!」


「お互いこれからも頑張って生きていこうぜ」


「もう今日は遅いし、帰ろうか」


俺は来た時と同じ扉を茜と一緒にくぐった。


いや、くぐったつもりでいた。


しかし、体に違和感を覚えた次の瞬間にはもう視界がぼやけて、俺は倒れてしまった。


死ぬのをやめたのに、脳梗塞か何かで結局死ぬのか?


俺の人生はなんで全て上手くいかないんだ……。


家庭のお風呂で生まれてしまったミジンコぐらいしょぼい人生だった。


来世はせめてゾウリムシになれますように.....


しかし、その出来事は俺の人生史上最も幸運なものに繋がっていた。


「う、うぅ……」


目が覚めたら俺は扉の前で倒れていた。


しかもなんか暑いと思っていたら、俺は高校の制服を身にまとっていたのだ。


周りを見ると、隣で茜が寝ていることに気付いた。


待てよ、茜ってまさか……。


そうだ、園宮茜は今最も人気がある国民的女優だ。


今思い出した……。


昨日の夜は暗くて顔もはっきり見れなかった上に、最近テレビを見ないから全然気づかなかった。


俺があまりの衝撃に腰を抜かしていると、茜が目を覚ました。


「茜! 大丈夫か?」


と言っても腰を抜かしている俺が言うことでもない。


「う……うん」


「なんで私ここで寝てたの?」


「俺も今起きたところだ」


俺はとにかくポケットのスマホを取り出した。


え?


これは俺が去年機種変したはずの機種だ。


なんでここに?


114514。


ゆっくりとパスワードを入力する。


俺は違和感を感じながらも日付を見た。


画面には2021年4月10日と書かれていた。


「3年前!?」


画面をのぞきこんでいた茜が驚いた口調で言った。


これは何が起こっているんだ。


俺には理解が追いつかない。


俺は一旦自分を落ち着かせる。


情報を整理する。


だが、状況を察するに十中八九……。


俺たちはタイムスリップしたんだ。


高校入学当初の3年前に。


今学校辞めるって決めたばっかなのに、また学校に通えって言うのか?


いや待てよ。


俺は隣できょとんとしている茜を見た。


やっぱりだ。


茜と俺は同じ高校の制服を着ている。


つまり、俺の推測が正しければ二人で学園生活を送れるということだ。


二人で支え合えば、また俺たちの人生をやり直せるんじゃないか?


やり直してやるよ、俺らの狂った学園生活をな!


序章終


&&&&&&&&&&


「ひとまず、下に降りようぜ」


そう言って俺は周囲を見渡した。俺たちはまだビルの屋上にいた。


空を見上げると、春の優しい陽光がゆっくりと世界を温めている。吹き抜ける風には、どこか懐かしい桜の香りが混じっていた。


(本当に、四月なのか……?)


確かに暖かいが、それだけで季節を判断するのは早計だ。だが、目に映る景色はどう見ても春だった。


「どうやら、階段の形は変わっていないみたいだな……」


屋上の非常階段を見下ろしながら、俺は呟いた。


「行こうか」


茜が俺の隣で静かに言った。


俺たちは並んで階段を降り始めた。足元のコンクリートがひんやりとしていて、どこか現実味が薄い。


階段を降りながら、俺たちはぽつりぽつりと言葉を交わした。


「ねぇ……私たち、なんで過去に戻ったのかな?」


茜が不安げな声で囁く。


「……分からない」


俺も正直、全く見当がつかなかった。


これは何かの奇跡なのか? それとも単なる夢なのか?


そもそも、目の前に国民的女優がいること自体が夢のような状況だ。


「俺も理由は分からない。でも……これは、もしかしたらチャンスなのかもしれない」


俺がそう口にした瞬間、茜が小さく肩を震わせた気がした。


(そうだよな……さっきまで、死のうとしてたんだもんな)


いくら過去に戻ったとはいえ、気持ちの整理がつくはずもない。


「茜、もしもこれが夢じゃなくて……本当に、もう一度人生をやり直せるなら、何がしたい?」


俺は彼女を元気づけるつもりで、そっと問いかけた。


茜は少し考え込んだ後、ふっと微笑んだ。


「私は……学園生活を楽しみたい。そして、友達といっぱい思い出を作りたい」


その瞳は、希望に満ちて輝いていた。


(これは……夢じゃない)


いや、夢であってほしくない。


こんなに真剣な眼差しを向ける少女が目の前にいる。俺が絶対に、この奇跡を無駄にはしない。


「そうだよな……俺ももう、勉強に縛られた学生にはならない。たくさん友達を作って、青春して、悔いのない学園生活にする」


絶対に、もう死を考えるような未来にはさせない。


俺はそう固く決意すると、ふと足を止めた。


ようやく階段を降り終え、地面に立った俺は、スマホを取り出して時間を確認する。


「……金曜日の、午前九時?」


まだ、朝なのか。


そして、ふと制服の感触を確かめる。ブレザーの上から胸元に手を当てると、そこには見慣れない校章があった。


(俺、制服着てる……?)


嫌な予感がする。


「茜、俺もお前と同じ高校みたいなんだけど……ここ、なんて学校?」


「えっ? 本当だ! えっとね、私の通ってる高校は**星湊高校ほしみなとこうこう**っていうんだ。ここからめっちゃ近いよ!」


「……星湊高校!?」


思わず声を上げる。


星湊高校とは、このあたりで知らない人はいない超人気校だ。自由な校風と高い偏差値を誇り、倍率は毎年3倍を超える。


俺の学力でそんな高校に受かるはずがない。


「どうかしたの?」


茜が不思議そうに俺を覗き込んでくる。


タイムスリップして少し混乱していたが、4月10日って確か........


「……今日、俺たち、たぶん入学式だ」


「……え?」


一瞬の沈黙の後、俺たちはお互いの顔を見合わせた。


頭の中で情報を整理し、ようやく理解が追いつく。


「走ろう!」

「ついてきて! 私が学校まで案内する!」


「……ああ、頼んだ!」


俺たちはビルを飛び出し、茜を先頭に猛ダッシュを開始した。


春の風を切りながら、桜が舞い散る道を駆け抜ける。


息が上がる。でも、なぜか楽しかった。


「ついた!」


丘の上にそびえる校門を見上げ、俺は膝に手をついた。


「……あ、ありがとな」


息を整えながら礼を言う。


「たぶん、入学式は体育館だから急ごう!」


茜は全く息を乱していない。容姿端麗な上に運動神経まで抜群なのか……?


俺たちは急ぎ足で体育館の扉を開いた。


すると....


「1年2組1番、蒼井俊!」


担任らしき教師が、まさに俺の名前を呼ぶところだった。


「……はいっ!」


本能的に返事をしてしまった瞬間、会場の視線が俺たちに集中する。


いや、俺ではなく、茜に。


究極美人の茜が、息ひとつ乱さずそこに立っている。


彼女の姿は、走った後とは思えないほど整っていて、どこか儚げな美しさを纏っていた。


(……やばい、恥ずかしい)


俺の隣で、茜も頬を赤らめている。


ごめん、茜……


結局、少し注意を受けたものの、無事に自分の席へ座る。


そして、俺はほっと息をついた。


(同じクラスでよかった……)


これで、学園生活を一緒にやり直せる。


入学式は無事に終了したが、俺たちはすでに裏で噂されていた。


「茜、帰るぞ」


「えっ? ちょっ……」


俺は軽く手を引き、その場を離れる。


居続けるには、少々目立ちすぎた。


校門を抜け、ようやく落ち着ける場所に辿り着く。


「さっきは……ちょっと強引だったな。悪い」


「ふふっ、いいよ。私たち、すごい噂されてたもんね~」


「……ああ」


少しの沈黙の後、俺は切り出した。


「明日、一緒に学校を見て回らないか?」


茜は一瞬考え口を開く。


「うん! いいよ!」


その笑顔に、俺は心の底から安堵した。


「ああ、そうだった」


俺は脱いだブレザーからスマホを取り出す。


「連絡先交換しようぜ」


「もちろん!」


茜のプロフィールには可愛いうさぎのアイコンに「あかね」とひらがなで登録されていた。


「それじゃ!また後で連絡する」


俺は茜を家まで送ると、手を振って別れの挨拶をする。




その日は1度お互いの家で状況を整理して、次の日また会うことになった。


俺は一人暮らしをしていて家はごく普通のアパートだ。


高校生の頃からバイトばっかで家賃を払うのも精一杯だった。


茜は家族と暮らしているそうで、ここから家が近いらしい。


その日の夜はなかなか寝付けず、新しい生活に心躍らせていた。


俺は入学式のことを思い返しながら、意識を夢の中へと移動させた。


&&&&&&&&&&


次の日の朝、俺茜の家の前まで来ていた。


俺が着いてしばらくしないうちに茜が玄関の扉から出てくる。


家から姿を現した茜は驚くほど美しかった。


やはり絶世の美女と謳われる国民的女優なだけある。


生で見るとオーラを感じるというのは本当だったんだ。


屋上では暗くてあまりよく見えなかったが、こうして落ち着いて見てみると釘付けになってしまう。


「俊くん、おはよ! 」

「昨日はよく眠れた? 」


「うん、前の日常から開放されたみたいでここ最近で一番眠れたよ 」


大学での生活では、毎日がストレスだらけの日々だった。


そのせいで毎日眠れた気がしていなかった。


それにしても、ここ2日で茜とは大きく距離が縮まったと感じる。


いつの間にか敬語も無くなり、名前で呼び合っている。


お互い同級生だと分かり少し緊張がほくれたのだろうか。


俺にはその原因はよく分からなかったが、茜といるとなぜか安心出来る。


「茜はよく眠れた? 」


「うん!」

「私も気持ちが楽になって久しぶりによく眠れたよ 」


「1回寝れたってことはこれは夢じゃないんだね 」


俺は少しふざけたように茜に言った。


「たしかに!」

「俊くんと会えたことも夢じゃなくてよかった 」


「お、おう 」


俺はこんな美人にそんな言葉を言われて平常心では居られなかった。


赤くなった顔を隠すように横を向いて鼻をかいた。


茜は無意識で言ってるのか?


俺は茜の天然さにそこで初めて気づいた。


天然で美人でってもう最強じゃん ....


俺は動揺しながらも気を取り直した。


「ところで今日はどこに行く? 」


俺は本来の話に戻した。


元々俺らが今日集まったのは、こちらの世界での学校や家など環境がどのように変わったか調べるためだ。


「まずは学校に行ってみたいな 」

「明日登校する場所分からなかったら困ると思うし 」


確かにそうだ、俺なんて特に星湊高校のことは全く分からない。


この機会に茜に少し案内してもらいたい。


「いいね、なら早速向かおうか 」


「そうだね〜」


茜は明るく話していたが、声は少し暗かった。


やはり過去の学校生活での苦い思い出が影響しているのかもしれない。


だが、俺がこの世界でまた学校生活をリベンジしようと思ったのは、俺一人のためでは無い。


茜の屋上での暗く濁りきった表情、あの表情をこれから絶対にして欲しくない。


この世界では楽しい経験をいっぱいして欲しい。


そんな俺の願いも込められている。


俺が死のうとした時、あそこに茜がいなかったら、俺は間違いなくあそこで死んでいた。


だが、俺の前に茜がいたことで俺は死ぬことは無かった。


人に'死ぬな'とか偉そうに言っておきながら、自分があっさり死ぬ訳にもいかなかったからだ。


あの時、茜に学校をやめようと言った時、俺は全てが楽になった。


俺はこれから絶対に茜を暗い気持ちになんてさせない。


茜と俺は星湊高校に向かって歩き出した。




星湊高校は都市部にあるが、ちょっとした丘の上にたっているので自然豊かだ。


俺は星湊高校の校門に着くと、早速敷地内に入ろうとした。


しかし隣の茜はあまり浮かばれない表情をしていた。


俺はその悲しげな表情を見て察した。


この学校に入るのが怖いんだ。


昨日は入学式に間に合うために必死だったから茜の様子に気付く事ができなかったが、あの時もきっと震えていたんだろう。


「茜、辛かったら無理しなくてもいいよ 」


俺はそっと声をかけた。


「ううん、大丈夫」

「だってまだ高一だから、また学校生活をやり直すって決めたじゃん! 」


茜は少し元気を取り戻して言った。


たしかにまだ俺たちは高一だ。


つまりこれからどんな風にでも未来を変えられる。


あの屋上で〇殺しようとしていた未来なんてら変えてやる。


俺は気合を入れて学校敷地内に足を踏み入れた。


校門を入るとのんびりとしたスペースが広がっており、とても綺麗に整備された校庭が姿を現した。


さすが星湊高校だ、設備から普通の高校とはちがう。


この学校はたしか、有名大学の付属高校なのでとてもお金を持っている。


校舎も外から見た感じとても綺麗だ。


一面ガラス張りの校舎を眺めながら昇降口に入る。


「茜はなんでこの学校に入ろうと思ったの? 」


今更だが純粋な質問をしてしまった。


「私、お仕事で出席出来ない日が多かったから、単位を取りやすい学校を選んだんだ 」


茜はニコニコしながら答えてくれた。


たしかに茜の言う通り、この学校は実力主義で有名だ。


たとえ出席日数が足りなくても、テストで点数を取れれば難なく進級できる。


だから茜も過去では3年生まで進級出来たのだろう。


でも1年留年したって言ってたな。


なんでなんだろうか。


と、俺が色々と考え事をしていると茜が喋り出した。


「この学校では、授業を絶対に受けないといけないとか、そういうルールが一切ないの 」

「だがらみんな好きな時に来て、好きな時に帰る」

「って言っても普通の学校みたいに毎日真面目に登校してくる生徒だっていっぱいいるんだけどね 」


あかねは少し笑っていた。


茜がこんなふうに笑っているのを見るのは初めてかもしれない。


なんだか見ているこちらまで嬉しい。


やはりこれだけ顔が整っている美少女を近くで見ると、あまりのオーラに気圧されてしまう。


にしてもこの学校のスタイルはかなり独創的だ。


自由で楽しいと評判は聞いていたが、まさかここまで自由とはな。


俺と茜はその後しばらく校舎を見てまわって自分たちの学年の階に来た。


まだ新学期で教室の前に名簿が張り出されたままだったので見てみると。


俺の名前が乗っている同じところに茜の名前も書いてあった。


茜は隣で嬉しそうな顔をしている。


やはり何度見ても見とれてしまうな。


早速俺は学校での新生活に心を踊らせた。


学校がこんなに楽しみだったのは初めてだ。


あの死んだような日々を過ごしていた大学とは大違いだった。


俺と茜は夕焼けと同時に校舎を後にした。




俺はその後、茜を家まで送って自宅に帰った。


家に着くと部屋は静まり返っていた。


まぁ一人暮らしなんだから当たり前なんだけど。


俺は常に金欠なので部屋にはほとんど物もなく、散らかるものもないため、とても綺麗な状態が保たれていた。


俺は、茜を送ったあとにコンビニで買ってきた弁当を適当に口に放り込み、就寝の準備をした。


「今日はなんだか久しぶりに生きた感じがしたな 」

「茜といるとなんか楽しい… 」


俺はベッドに横りなりながらそんなことを言っていると、気づけば寝てしまっていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~


次の日の朝、俺はアラームをかけ忘れて寝ていたので、初日から遅刻の危機に瀕していた。


「ヤバいって、まだ学校への道もよく覚えてないのに」


俺は焦りながらも、今日ある教科の準備物をバックに詰め込み、歯磨きを咥えながらスマホに目を移す。


すると、そこには茜からの1件の通知がきていた。


そういえばタイムスリップしてきた時に連絡先を交換していたんだった。


(明日は一緒に学校行きたいな)


えぇ、まじかよ!


昨日早く寝ちゃったせいで茜からのメッセージを見落としていた。


俺は急いで歯磨きを済ませ、茜の家に向かった。

~~~~~~~~~~~~~~


茜の家の前に着くと、制服姿の茜がマンションのフロントから出てきた。


「ごめん!寝坊しちゃって… 」


俺がとっさに謝ると、茜はクスッと笑っていた。


「まだ全然登校するには早いよ」

「前の高校ではどんだけ早く家を出てたのよ」


そうだ、俺は前行っていた高校の登校時間と勘違いしていた。


前の高校はあまりにも遠かったのでかなり早く家を出ていた。


それにしても朝から笑った茜の顔を見るともうそれだけで幸せだった。


俺がこんな美人と登校日して本当にいいんだろうか。


俺はこれが夢じゃないのか真剣に考えていた。


「そうだな、時間あるしセタバにでも行かない? 」


俺は登校する途中にあるコーヒーショップに行かないか提案した。


「いいね!時間はいっぱいあるし行こうか」


俺たちは横に並んで歩みを進めた。


常に金欠の俺だが、友達と遊んだりする時はケチらないと決めている。


楽しむことが1番だからな。



「茜は今日の放課後空いてる? 」

「一緒に帰りたいなって思って」


俺は勇気をだして聞いた。


「うん!全然大丈夫だよ」

「でもなんでー?? 」


「少し行きたい場所があるんだ 」


「おー、楽しみにしとく!」


連れていきたい場所というのは俺が過去でもよく学校帰りに行っていた、夕日がよく見える丘だ。


辛い時はよくそこで日が暮れるまで過ごしていた。


また久しぶりに行きたいと思い、どうせなら茜にも見て欲しかったのだ。


そんなことを思っていると、セタバ着いたのでコーヒーを頼み席に着いた。


向かいの席に座っている茜はやはり美しい。


俺は目を覚ますためにいつもブラックコーヒーを飲むが、茜はミルクと砂糖を沢山入れていた。


一生懸命ミルクの蓋を開ける姿もとても可愛かった。


なんだか見ていて癒される。


俺が茜に見とれていると、茜がきょとんとして俺を見つめていた。


「あぁ、ごめんごめん!」

「昨日寝すぎてなんか頭がぼーっとしてる」


寝すぎたのは本当だが、あまりにも理由が薄すぎただろうか。


そう心配していたが、忘れていた。


茜は超天然、どこまでも尊い。


「いっぱい寝れたんだ!」

「私はいくら寝ても足りないなー」


か、可愛すぎる。


俺たちはその後もたわいのない話をしてセタバを後にした。


学校に着くと下駄箱に靴をいれ自分たちの教室に向かった。


下調べしといてよかった、ほんとにこの校舎は複雑だ。


教室て自分の席につき道具を整理していると、後ろから何者かに声をかけられた。


「俊、おはよ!」


え?なんでこいつがここに?


俺の目に入ったのは小学校からの親友、鐘友雄大(かねとも ゆうだい)だった。


だが、こいつは俺の記憶だとサッカーのスポーツ推薦で名門私立に進学したはずだ。


俺以外にも前の世界と高校が変わったやつがいるってことか。


だけど入学して周りが友達作りに必死な中、親友が居てくれるとほんとに心が落ち着く。


「おはよー雄大 」


「て、おい、お前なんで茜ちゃんと一緒に登校してきてんだよ 」


俺が挨拶を返すと雄大が耳元で囁くように聞いてきた。


「えっと〜、それは、登校中に迷っちゃってその時に茜…園宮さんに助けてもらったんだ 」


俺はヒヤヒヤしながら言い訳をした。


確かによく考えてみれば国民的女優の茜と2人きりで登校するなんて他の生徒からしたらビックニュースだ。


雄大の反応的にこの学校では高嶺の花みたいな感じでみんな近寄りずらいのだろう。


「え…なんだそれ、どこの漫画の話だよ」


雄大は少し笑いながらも何も気にすることなく信じた。


雄大が純粋なサッカー少年で助かった。

(馬鹿とは言ってない)


今は茜と俺はお互いそれぞれの友達と話しているが、これからもあまり距離が近すぎると何か噂が流れてもおかしくない。


学校内では少し距離を考えて行かなくちゃな…



俺と雄大は1時間目が始まるまで一緒にダラダラしていた。


「やっぱこの学校校舎も綺麗だよな〜」


雄大は窓から外を見て独り言のように話していた。


これはなんで雄大この学校に入学したのか聞くチャンスだ。


「雄大、そういえばなんだけど、なんでお前この学校に入ったんだ?」

「お前サッカー上手いんだしそっちの進路にも行けたんじゃないのか?」


俺が聞くと少しニコニコしながら雄大は答えた。


「だってこの学校めっちゃ可愛い子いっぱいいるじゃん!」


あ……


そんなことだろうと思ってたがまさか予想が的中してしまった。


雄大は中学の頃からずっと女の子が大好きだ。


だからといってそんな動機で高校を選ぶなんて……不純すぎる。


確かにこの学校は芸能人も多くて、容姿端麗な生徒が多いことも事実だ。


まぁいい、人の人生なんだから俺がどうこう言うことでもないしな。



その日の授業が終わり学校を出ようとしてスマホを見ると、そこには茜からのメッセージが来ていた。


〔学校出たとこのコンビニでまってるねー

一緒帰ろ!〕


俺は一瞬思考が停止した。


俺は何を考えていたんだ。


学校での噂が怖い?

そんなの俺の都合じゃないか。


だってこっちの世界にきて、茜の学校生活をリベンジするって決めたんだ。


俺はこのままだと嘘つきになる、噂が流れるからとか言って茜との関わりを減らすなんて、俺は最低すぎる。


会ったら茜に謝ろう。


今日の学校内での茜の目はなんだか悲しく見えた。


それが俺のせいでなかったとしても、茜を楽しませるのが俺の仕事だ。


俺に責任がある。



コンビニに着くと、茜はグミを食べながらイートインスペースで待っていた。


グミを食べている横顔すらも、もう美しい。


「茜、遅れてごめん!」


「全然大丈夫だよ」


俺の言葉に茜はニコッとして答えてくれた。


なんでこんなに柔らかい表情ができるんだ。


それはテレビドラマで見る茜とは段違いに綺麗だった。


見とれていると、俺は目的を思い出した。


そうだ、伝えなきゃ。


「今日俺、茜に冷たくしちゃってた」

「学校で噂が流れると困ると思って、でも俺は茜に楽しい学校生活送って貰うって決めたのに…」

「ごめん」


俺は頭を大きく下げた。


「えぇ〜、ちょっと、頭上げてよ!そんな私気にしてないから!」

「私も言おうと思ってたんだ、なんか今日避けられてる感じがしてて、悪いことしたかなと思って。」


茜は頭を下げる俺を許すように言った。


「これから沢山思い出作ろうよ!」

「まだ私たちの学校生活は始まったばっかだよ〜」


なんで、なんでこんなに優しいんだろう。


これが本物の"女神"だ。


「ありがとう、俺絶対に茜を楽しませて見せる 」


ちょっとかっこつけすぎたかもしれないけど、そんなのどうでもいい。


「あとね、私からも大事な話があるの」

「私決めたの、もう女優辞める!」


え?、え………??


女優をやめる?


俺は茜の言葉を聞いて意味を理解することが出来なかった。


「どういうこと?? 」


俺は疑問をそのまま口にした。


「どういうことって、そのままじゃん! 」

「前の世界だと私、女優業に専念しすぎて学校での立場とか、失うものが多かったからさ 」


俺はその言葉を聞いて言いたいことは沢山あった。


俺もテレビで茜の姿をみて癒されることはよくあった、だからこそもう見れなくなるのは辛い。


それとなにより茜の家庭環境も心配だ。


女優になるために一人暮らしをしてまで地元から出てきたのに、女優を辞めるとなると親から何を言われるか分からない。


でも、どんな立場からものを言ってるんだ俺は。


これは茜が自分で決めたことだ。


なんで俺が止めることができるんだ。


俺はこちらを見つめる茜に視線をもどした。


「うん、いいと思う 」

「俺ら決めたもんな、この世界でまた学生生活をやり直すって 」


茜の不安そうな表情が消えていくのがわかった。


誰が反対しようと俺だけは応援し続ける。


「ありがとう、俊 」

「なら行こっか、」


俺たちは隣合いながら歩き始めた。


その日の帰り道は夕日がとても綺麗で、帰路は茜色に染まっていた。




茜を家まで送り、俺も家に着くと一気に体から力が抜けた。


「これってほんとに夢じゃないんだよな、もう信じられないことばっかりだよ 」


思ってみれば、屋上で茜と出会ったことも過去に戻ってきたことも、茜が女優を辞めるって言い出したことも、何もかもが信じられないことばかりだ。


でも俺はこっちの世界に来たことは良かったと思ってる。


茜という素敵な人に出逢えて、楽しい学校生活を送ることが出来そうだからだ。


この気持ちはなんなんだろう、みんなが女優に対して思う感情と同じなのだろうか、それとも……


俺はベッドに横になりながらそのまま眠りについてしまっていた。



そして、入学から1ヶ月ほど経ったが初日の反省を生かし、寝坊をすることはなくなった。


毎日茜と登校するのが楽しみだった。


まぁ、登校する時に周りからジロジロ見られるけど、もう気にならないぐらいになった。



「俊は体育大会何に出るのー?? 」


登校中、隣を歩く茜が覗き込むように聞いた。


「俺はリレーと100m走だよ 」

「茜はー? 」


「私はダンスとリレーだよ 」


そうだ、


俺たちの学校は新学期初めてのビッグイベント、体育大会を目の前にしているのだ。


体育大会では1人2つの競技に出場できる。


競技はほとんどが自由に選択することが出来る。


俺は走るのが得意なので、走る競技を選択した。


茜のことに関してはまだ未知数なので、体育大会で茜も含めクラスみんなのことを知れるのを個人的に楽しみにしている。


「ならリレー俊と前後で走りたいな 」


!!


茜の言葉に不自然に反応してしまった。


俺は急いで正気を取り戻す。


別に変な意味じゃないよな?


茜は友達だ、何考えてんだ俺は。


「いいね、俺も言おうとしてたんだ 」


(本当は急すぎて動揺してる)


俺はなんでこんなにソワソワしてるんだよ。


でも体育大会、楽しみだな。


&&&&&&&&&&


体育大会が近くなってきて、周りのクラスも走順決めが始まってきていた。


恐らく今日のロングホームルームで俺たちのクラスも決めるのだろう。


「おぉー!!」

「今日も相変わらず死んだ顔してんな〜」


ちゃっかり悪口を言いながら後ろからどついてきたのは、雄大だった。


「お前痛てぇよ 」

「てか、雄大はリレーやっぱアンカー走るの? 」


雄大はこれでもサッカー部、スポーツ特待生のバリバリスポーツマンだ。


中学の頃から学年1足も早かった。


「そうだなぁ、かっこいいとこいっぱい見せたるわ 」


かっけーなー


「やっぱモテるなー雄大は 」


あいつは毎年、体育大会が終わったら誰かに告白されるという定期イベントに遭遇していた。


「何言ってんだよ俊、 」


俺は変な間に違和感を感じていた。


「お前茜ちゃんと仲いいじゃん 」

「男子で話せるのお前だけだかんな? 」


え、


俺は今までそんな事意識したことがなかった。


そんな会話をしているとホームルームが始まる鐘が鳴り、お互い席に戻った。


俺が茜が話す唯一の男子って本当なのか?


そんな考え事をしていると、早速リレーの走順決めが始まっていた。


「おい、俊も早く希望書きに行かないと先頭バッターになっちまうぞ 」


ボートしていた俺は雄大の声で我に返った。


そうだ、俺は茜と約束した。


リレーは前後で走ろうって。


俺は急いで黒板に名前を書きに行ったが、仲介者タイプINFPである俺は既に名前が書いてあるところに被せて書くなんてことは出来なかった。


これじゃほぼ早いもん勝ちみたいだな。


そもそもぼーっとしていた俺が悪い。


ふと茜のことを思い出し、あかねの名前を探した。



完全にやらかした。


俺は最低だ、茜が言ってたじゃないか、一緒に走りたいって。


それなのに俺は……


俺は目の前の黒板の茜とは遠く離れた走順表を眺め、罪悪感にひたっていた。


結局そのままの走順で決定してしまい、その日のホームルームは終わってしまった。


ホームルームは帰りのホームルームも兼ねていて、その日の授業は終わった。



下校するために茜の席に向かうと、やはり思っていた通りだった。


怒り、というより悲しみに溢れた表情。


「茜、すまなかった 」

「俺が気を抜いていたせいで 」


茜は俺の言葉を聞いて、座ったまま上目遣いで俺を見上げていた。


綺麗な瞳に吸い込まれそうになってしまいそうだ。


「ん?なんのこと? 」


え?


俺は理解が追いつかなかった。


茜は気にしていない?


ならあの悲しそうな雰囲気はなんだったんだ。


「い、い、いいや、やっぱ大丈夫!」


俺は焦って言葉を取り消した。


これ、お父さんがクロちゃんだったとかなった時ぐらい恥ずいぞ。


「なんか今日悲しそうだけど、何かあった? 」


俺は感じた違和感を率直に聞いてみた。


「え、やっぱ分かっちゃう? 」


やはり何か悲しいことがあったんだ。



次にあかねの口から出た言葉は、俺の思考を停止させた。

.

.

.

.

.


「私今日、告白されたんだ 」



え?


告白された?


どういうことだ?


俺は茜の言葉を聞いて思考が停止した。


まるで絶対零度の宇宙空間をさまようかのような。


そんな俺に茜は言葉を続ける。


「今日昼休みある男の子に校舎裏に呼ばれたの 」

「大体の雰囲気で察してたけど、やっぱり告白だった」

「この反応からして結果はわかるでしょ? 」


茜は作ったような笑顔でこちらに微笑んだ。


「私、恋愛とか全然分からないからさ、とっさに断っちゃった 」


茜は高嶺の花として逆に距離を置かれてしまうタイプ、告白もそう何回もされてきた訳じゃないのだろう。


それに前の世界の話を聞く限り……


いややめておこう。


とにかく、なぜ俺は今思考が停止したんだろうか。


客観的に見れば1人の女子高生が告白された、ただそれだけの事だ。


まさか俺って茜のことが……


違う、俺はただ1人のファンとして茜を好きなだけなんだ。


決して恋愛感情などない。


「別に気にしなくてもいいんじゃないか 」

「茜の人生なんだから自分の判断に間違いはないよ 」


俺は何故かほっとしている自分の気持ちを抑え、静かに茜に言った。


「じゃ、帰るぞ! 」


俺は茜と2人で校舎を後にした。



「ところで俊、なんでリレー私の隣に来なかったのぉ〜〜」


隣を歩く茜が俺の顔を覗き込むように聞いてきた。


てか、今かよ!


さっきその話で俺が恥をかいたというのに、ほんとに茜は天然という言葉を自分のものにしている。


俺の顔を覗き込む茜の髪は夕日になびいてとても綺麗だ。


こんなに綺麗なロングヘアは見たことがない。


「綺麗な髪だ… 」


「え〜なんて〜? 」


「いや、なんでもない 」

「走順決めの時はボーッとしちゃってて 」

「ほんとにごめん 」


「え〜なんで謝るの〜?? 」

「ちょっとからかおうと思っただけだよ! 」


「おい、なんだそれ 」


俺と茜はクスクスと笑いながら夕日を眺めていた。


こんな日常がずっと続けばいいな。


それにしても、最近どんどん茜の表情や態度が打ち解けてきている。


なんだか、素が出ていると言った感じだ。


俺の事を信用してくれて来ているのだろうか。


そうでなくても、楽しい学校生活を送ってくれていそうで、こちらも嬉しい。


&&&&&&&&&&


それから1週間ほど経ち、体育大会本番がやってきた。


うちの学校は事前練習を全くしないので、ぶっつけ本番だ。


そんなところも結果が本番で分かるという点に置いてはとても楽しみだ。


朝のホームルームが校庭の団席で行われた。


「えー、今日は乙坂が欠席だそうだ 」

「リレーの乙坂のとこ誰か代わりに入れるかー?? 」


担任の先生が声を張上げてみんなに伝えた。


乙坂といえば、確か……茜の1個後の走順だ!


俺は真っ先に手を挙げた。


よし!これで茜との約束も守れる。


と思ったその時、俺の後ろで違う誰かも手を挙げていた。


俺は後ろを見た。


そこで手を挙げていたのは.......雄大だった。


この学年でもトップクラスに足が速い雄大が走ると言っているんだ、みんな俺より雄大を支持するだろう。


やっぱ現実はそう甘くないな。


茜との約束、また守れなかった…



俺が渋々手を下ろそうとしていると、雄大が声を張上げて言った。


「やっぱ今日足の調子悪いので、俊に走って欲しいです 」


そう言って雄大は潔く手を下ろした。


え……??


どうしてだ?


俺にはあいつの、足を痛めたという言葉が嘘にしか聞こえなかった。


俺は疑問に思いながらも雄大から託されたものを大事にしようと決めた。



ホームルームが終わり、それぞれのクラスが競技の準備をし始めた。


「雄大!」

「その…なんで俺に譲ってくれたんだ? 」

「足が痛いって、あれ嘘だろ 」


俺はオドオドしながら雄大に聞いた。


「え、なんでって、そりゃぁ 」


「お前がこういう場で率先して前に出ることなんて今まで無かったからさ、応援したいと思ってな 」


雄大は少し照れながら言った。


なんだこれ、好きになっちゃうじゃないか!


「てか、俊こそなんで手挙げたんだ? 」


!!


俺は雄大からの問いに何故か動揺していた。


茜とバトンを繋ぎたいなんて言えないしなぁ…


「ま、まぁそれは俺もやっぱいい所見せたいっていうかさ、そんな感じだよ、、! 」


雄大は俺の言葉に疑問を浮かべていた。


「見せるってだれにだよ? 」


「え、それは、お、お母さん!」


終わった…


俺はその時、これからの学校でのあだ名がマザコンランナーになることを確信した。



そして、順調にプログラムも進みやっと俺たちの学年のリレーの番がやってきた。


緊張してきた…


俺が1人でコミュ障を発動していると、後ろから雄大が話しかけてきた。


「お、マザコンランナーはもう準備万端か? 」


「そのあだ名やめてくれ… 」


にしてもほんとに雄大はスポーツ系男子の権化のような存在だ。


ハチマキがまるで自分が生まれた時から持っていたかのように似合っている。


暑さでぼーっとしながら雄大を眺めていると、その後ろで茜がハチマキを1人で巻いているのが見えた。


もうその姿だけで尊かった。


「今日はあんまり話せてなくてごめんな 」

「リレーの約束守れるよ 」


俺は暑さに負けじと元気を振り絞って茜に話しかけた。


「俊にバトン渡せるの嬉しい! 」

「今日はお互いがんばろーね! 」


俺は今日も目の前の女神の笑顔に癒されていた。


「あの......さ 」


茜の急に雰囲気が変わった声に少し驚いていると。


「ハチマキ、交換しない?? 」


え…!!


俺はその言葉を聞き、思考が停止してしまった。


ハチマキを交換?


ハチマキの交換と言えば、体育大会でカップルがとる行動の代表的なものの一つだ。


ハチマキの交換なんて今までにしたことがない。


恐らくほとんどの平凡な学生も俺と同じだろう。


茜の言葉にはどんな意図が含まれているのだろうか。


俺には想像することはできなかった。


俺がボーッと考え込んでいると、遠くで開会式の集合を知らせる合図が聞こえた。


「俊?大丈夫? 」


茜は俺の視界に覗き込むようにして身をかがめた。


視界に茜が入った時、俺は正気を取り戻した。


「あぁ、ごめん、俺よくボーッとしちゃう癖があって、ほんとごめん 」


俺の奇妙な言葉も茜はクスッと笑ってくれた。


「なにそれ、まぁいっか、はい!これ私のハチマキ 」


茜はニコニコしながら自分のハチマキを差し出した。


今日も相変わらずの美貌で、目の前に立っていると倒れそうだ。


俺が美しいオーラに気圧されて立ちくらんでしまった。


「大丈夫? さっきから様子が変だけど、今日暑いもんね〜 」


茜は本当に優しかった。


「大丈夫、俺のハチマキ、ちょっとしわくちゃだけど」


俺はこれ以上かっこ悪いところを見せてはいけないと、自分のハチマキを差し出した。


茜のハチマキはきちんとアイロンがけがされていて、完璧な茜様々だった。


交換する時、俺は何も考えられなかった。


ただこの現実が夢ではないかと思っているだけだった。


「ありがとう、これで俺も頑張れる気がする!」


その後、それぞれ反対側のバトン受け渡し地点に向かった。



俺の順番はアンカーから1個前、そして茜が俺の1個前だ。


そして俺が走ったあとはアンカーの雄大でゴールテープを切る。


今考えるとあいつは乙坂さんの走順の代わりで志願していたけど、それはアンカー含め2連続で走るつもりだったのか.....


おっかない......


茜は反対側にいるので今は見ることが出来ない。


スタートの合図があり、それぞれのクラスのトップバッターが一斉に駆けだす。


だいたいトップバッターはサッカー部とかの陽キャが担当するのが全国共通だ。


その後、俺が感じたことがないほどのハイスピードで展開が進み、俺の順番ももうすぐに控えていた。


リレーにしては珍しい、各クラスあまり差が開かない接戦となっていた。


ついに茜にバトンが渡る。


その時点で茜は2位だった。


しかし同じ走順の3位は見るからに体育会系で、スタートするとみるみる差が縮められていく。


茜も女子のなかでは運動がとても得意な方だ。


しかしやはり身体的な差には茜はかなわなかった。


俺にバトンが渡る時には僅かな差で3位に落ち込んでいた。


「俊!!!!」

「あとは任せたよ!!」


俺は茜からのバトンを受け取り走り出した。


俺が受け取ったバトンは今まででいちばん重く感じた。


リレーも終盤というのもあって、ランナーはみな強者揃いだ。


今前を走る1位と2位もすごいスピードだ。


しかし俺も負ける訳にはいかない。


だって俺の額には茜と交換したハチマキが巻かれているんだから。


俺は目の前の2位をゆうゆうと抜かした。


しかし1位とはまだ差があった。


俺は精一杯足を前に出す。


届け!届け!


俺はもう何も考えられないほどに走った。


しかしあと少しのところで1位には追いつけなかった。


「雄大!」


「俊!よく頑張った!」

「あとは任せとけ!」


バトンが雄大に渡ると、雄大は恐ろしい初速で走り始めた。


あいつ速すぎるだろ......


アンカーはどのクラスも1番早い人を持ってくるのだが、そんなの感じさせないような雄大の走り。


周りがスローモーションに見えるほどにあいつは速かった。


結果として俺たちのクラスは見事1位を獲得した。



退場が終わると茜が俺の元に来た。


「俊!」

「めっちゃかっこよかったよ!」


「ありがとう」

「茜もよく頑張ってたな」


茜は頬を少し赤く染めていた。


「茜とハチマキを交換したから力が出たんだよ」


「え!私もだよ!」


俺たちは今回一番の功労者、雄大を差し置いて会話を弾ませた。


とても楽しいリレーだった。


俺たち順調に学園生活をやり直せてるよな?




それからは時間が過ぎるのがとても早かった。


次々と各学年のプログラムが終わっていき、ついに俺の出場する100m走が回ってきた。


この競技は各クラス10人ずつが出場して、順位合計がいちばん低いクラスが勝ちというものだ。


つまり、1位でも速い順位でゴールすることが大切と言える。


俺たちの学校は事前練習を全くしないので、対戦相手もその日、その時になってみないと分からない。


それがまたひとつの面白さでもあるのだ。


俺と競う相手は、雰囲気を見る限り全員運動部だ。


だからといって俺は恐れている訳では無い。


一応中学の頃はそこそこ足は速いほうではあったし、毎日早朝にランニングするのが日課となっている。


まぁ100m走だからランニングは関係ないかもだけど。


俺は特に緊張はせずに自分の番が回ってきた。


俺はハチマキを結び直す。


その時、ハチマキ交換の時の茜のことを思い出した。


俺は周りを見渡すと、さっきまで友達と喋っていた茜が、観戦席の最前列に来て競技を見ていた。


「…タート!」


そこで鳴り響くスタートの合図。


茜を見ていた俺はスタートの合図に反応するのが遅れてしまった。


「俊、頑張って〜!! 」


!!


どこからか聞こえたその声は茜のものだった。


俺はもともと走るのは得意な方だ。

(雄大には劣るけど..... )


スタートが遅れてしまった。

俺一人がこのグラウンドで浮いている。


恥ずかしい、でもその恥ずかしさをかき消すほどの茜の応援の力を感じた。


茜も俺もこの世界で学園生活を謳歌しに来ているんだ。


俺は本来ならあのビルの屋上から飛び降りて死んでいた。


その事に比べたらこの恥ずかしさなんてなんともない。


俺の脚にはこれまで感じたことがないほどの力がこもった。


遅れてスタートをきった俺だが、力はこもっているが、なぜか足が軽い。


こんな経験今までしたことが無い。

きっと茜の応援の力だな。


茜はなんでこんなにも凄いんだろうか。


走らなければいけないのに頭の中は茜のことでいっぱいだった。


気づけば俺はゴールテープを切っていた。


「俊!!すごいよ!1位だよ!」


何が起きたが分からず棒立ちになっていた俺の元に茜が駆け寄ってきた。


「茜の応援のおかげだよ」


「え!聞こえてた!?」


茜はなんだか嬉しそうにぴょんぴょんしていた。


可愛すぎる。


俺はなんて幸せものなんだろう。


応援してくれる人がいる。


元々の世界ではこんなこと想像もしていなかった。



近くで茜のダンスの召集がかかる、喜びに浸っている暇もなかった。



俺は雄大と合流して茜のダンスが始まるのを団のテントから待つ。


「お、おい、俊!」

「お前なんで茜ちゃんにあんなに応援して貰えてんだよ!」

「俺羨ましすぎて毛穴全部開いたぞ」


雄大が水筒のお茶をゴクリと飲んで俺に問いかける。


というか、毛穴全開きはキモすぎる。


「俺もうれしかったよ」


雄大は俺の表情を見てさらに羨ましそうにしていた。


茜はそれほどクラスでは憧れの存在らしい。



そうしているうちに女子のダンスが始まろうとしていた。


「しゅん〜、最前列行ってまどかちゃん拝むぞ〜」


雄大は相変わらずのクソガキだ。


俺はと言うと、もちろん見る相手は決まっている。


茜はどこだ......


ふと俺の目に1人のオーラを纏った人影が見える。


見つけた。、


ダンスのために高い位置でまとめられたポニーテール。

その綺麗で長い茶髪は透き通るようだった。


この学校の体育大会ではダンスはおまけのようなもので、点数には加算されない、というか点数の付けようがない。


俺が茜を見つけると同時に今流行りの可愛らしい音楽が流れ始める。


「おっひょぉ〜!」

「まどかちゃん可愛すぎるぞ、俊も見ろよ〜!」


雄大黙ってくれ、俺は今人類の奇跡を見ている。


先程点数のつけようがないと言ったが訂正させて欲しい。


100億点だ。


俺はどんなアイドルの踊りをテレビで見るのよりも、茜がグラウンドでニコニコしながら舞っている姿が何倍も美しく見えた。


神様ありがとう、俺を生んでくれて。



俺の感じていた時間はとても短く儚かった。


「一瞬に感じたな......」


「え?そうか?10分ぐらいあったくね?」


雄大は馬鹿すぎて喩えも分からないようだ。


女子の退場が終わり茜がこちらに駆け寄ってくる。


「ど、どうだった?」


「かわいかったよ」

「ずっと見ていたい」


俺は言ったあとに後悔した。


俺の言葉すごくキモくないか?


「ふふっ、なにそれ」

「めっちゃ嬉しい!」


そんな俺の心配を弾き飛ばすような茜の言葉。


茜はどんな時でもずっと笑っている。


この笑顔を守らなければ。



その後は順調にプログラムが進行していき、ついに体育大会の全プログラムが終了した。


「各団はグラウンドに整列してください。」


放送委員の透き通った声てみんなが動き始める。


「俊もいこう!」


俺は常にぼーっとしているので、またもや茜に声をかけてもらった。


本当に情けないな。


「ああ、今行くよ」



整列が終わると、先生の長々とした話が始まる。


みんなが退屈そうに砂をいじったりしている中、茜は真剣に話を聞いていた。


なんて尊いのだろう。


俺も見習うようにして姿勢を正す。


そしてついにみんなが待ちわびていた、結果発表の時が来た。


体育系の先生が壇上に登り、咳払いをする。


「只今より結果発表を行う」

「優勝は〜........」


—————


俺の額の茜と交換したハチマキが風に揺れる。


「いやー体育大会楽しかったな〜」


雄大がテントの片付けをしながら呟く。


「まさか優勝出来るだなんてね!」


茜も優しく答える。


雄大は茜からの言葉にあからさまに照れていた。


どっちが可愛いのやら。


そう、俺たちは優勝した。


リベンジスクールライフにおいて最高の滑り出しと言っていいだろう。


「俊が徒競走で1位になってくれたからだね!」


茜がこちらを大きな瞳で見つめる。


「どう見ても雄大の功績だよ」


俺は少し照れながら答える。


実際雄大の圧倒的な身体能力でうちのクラスは助けられまくった。


俺の元に雄大が近寄ってきた。


「おい、俊、お前いつの間に茜ちゃんとそんなに距離近くなったんだよ!」


小声で俺に囁く。


「俺と茜は友達だからな」


そう、俺と茜は友達だ、とても信頼しているし、茜からも信頼されていればいいなと思っている。


「そうか?そんな距離感には見えないけど..」

「ま、いっか!」

「今日はお疲れ!」


雄大はスタスタと帰って行った。


あいつも相変わらず良い奴だ。



俺と雄大の話が終わったことを察して茜が近寄ってきた。


「俊、少し話があるんだけど」


俺はその言葉に少し身をふるわせる。

なぜか言葉に重みを感じた。


「うん、どうかした?」


「俊が良ければなんだけど、2人でお疲れ会しない?」


少し頬を赤らめてその言葉を発した茜はその名の如く、夕日に照らされ、瞳はまるで宝石のように輝いていた。


「お疲れ会??」

「それってクラス会とかじゃなくて、俺とってこと?」


「それ以外ないでしょ!」

「どこかに食べに行ったりしたいな〜」


俺は茜の言葉が未だに信じられずにいた。


茜は友達も多くて、俺なんかに構ってる暇などないはずだ。


「俺なんかに時間使ってもいいのか?」

「他にも茜と遊びたい友達は沢山いると思うぞ」


俺が言葉を発した途端、茜の視線がジトーっとなったのが分かった。


なにかまずいことを言ってしまったか?


「俊、なんか最近遠慮し過ぎだよ」

「こっちの世界に来た時みたいに沢山一緒に遊ぼうよ!」


あぁ......


そうだ、俺はこっちの世界に来た時に茜に楽しいリベンジスクールライフをさせてあげると約束したんだ。


何故今まで俺自身に消極的だったんだ。


「これは私だけじゃなくて、俊にとってもリベンジなんだよ!」


「でも、俺は茜に幸せになってもらえれば....」


「もぉ〜!」

「そんな、立派なこと言わなくてもいいよ!」

「カッコつけなくたって俊はかっこいいよ」


「お、おう、それなら俺も楽しませて貰おうかな」


俺は茜のカッコいいという言葉で思考が停止していた。


お世辞?だよな...


俺が学校生活で言われたことの無い言葉で、意味の解釈に時間がかかった。


俺は茜に面と向かって可愛いと言ったことがあっただろうか。


茜は会話を含めどんな面においても完璧だった。


「あ、茜も可愛いと思う.....」


口を開いてから我に返る。


俺は今なんて言った?


心から言葉が溢れ出してしまった。


「え?急にどうしたの?」


クスッと笑う茜は俺が直視するにはあまりにも高貴すぎた。


「あ、いや、なんか無意識で出てしまった」


さっきからキョドっている俺は茜の目にはキモく映るだろうか。


こっちの世界に来た時はもっと俺はイキイキしていたのに、どうしてもあかねのオーラに負けてしまうな。


「うれしかったよ!」


「え?」


「俊がそんなこと口にするところ見たこと無かったから、聞けて嬉しい!」


そんな俺の心を見透かしたような気遣う言葉は茜にしか選べないだろう。


「じゃ、私達も帰ろっか」


茜にそう言われ周りを見ると、俺たち以外はの人はほとんど帰ってしまっていた。


「そうだな、」




俺たちは夕日に照らされた校舎に背を向け、校門を出る。


「幸せだ.....」


あかねの隣を並んで帰宅している時、思わず言葉が漏れてしまった。


「なにそれ!」

「なんか今日の俊かわいいね〜!」


かわいい?

それはこっちが言いたい言葉だよ。


今日は過去一で疲れた。


早く家に帰って寝よう。


俺は茜と別れたあと、足早に家に向かった。



家に帰り、夕飯やお風呂を済ませ、ベッドに横になると1件の通知がスマホに来ていた。


(ごめん!どっかに食べに行こうって言ってたんだけど、お母さんから止められちゃって...)

(お仕事辞めたばかりだから、街中で見かけられたら誤解を生むって..)


それは茜からのメッセージだった。


メッセージの内容は俺はすぐに理解できた。


それもそのはずだ、元国民的女優が引退したと思ったら街中で男といるのを見かけられる、そんなの芸能界のビックスクープになってしまう。


元々一緒に下校するのでさえそのリスクがあったんだ。


私服の時となると、さらにリスクは上がってしまう。


それならお疲れ会はキャンセルか.....


内心楽しみにしていた自分がいたので、少し落ち込みながら、返事を打ち込んでいく。


ピコン!!


俺が打ち込んでいる時、茜から追加のメッセージが来た。


(だから、俊が良ければなんだけど.....)

(私の家で遊ばない?)


............


文の意味が理解できず、俺の脳はスリープする。


は?


え?

ぇぇぇぇ!!!!


俺は茜からのメッセージを何度も見直す。


「幻覚じゃないよな?」


俺は目の前に表示されたメッセージをいまだに信じられずにいた。


誰が考えたって、初めて遊ぶ男との場にいきなり自宅を選ぶのはおかしな話だ。


茜が天然だからか?

いや、シンプルに俺を信用してくれていると解釈した方がいいか?


ひとまず、既読をつけているのだから返信しなければ.......


(茜がそれでいいなら俺は構わないよ)

(いつにする?)


俺の送信した文に違和感は無いだろうか。


そんなこと考えても仕方ないか.....


俺がそんなことを考えている間にも新着通知が来た。


(俊が良ければ今週末の日曜日とかどう?)


俺が茜以外の用事を優先するなんてことは天地がひっくり返ってもありえない。


(いいね!それなら日曜日で!)


俺は喜びも含め力強く返事をした。


(楽しみにしてるねー!)


ただの文字の羅列なのに俺には茜が喋っている姿が想像できた。


それにしても、茜と2人でゆっくりできるのは、俺たちの初登校の朝以来だ。


あの時はコーヒーショップで苦いコーヒーを飲みながら甘い時間を過ごした。


って、ちょっと上手いこと言おうとしちゃったか。


あの時は周りの目とかは全然気にしてなかったけど、茜の女優として、そして人としての凄さを実感して、あの時はうかつだったなと反省している。


出会ったばかりの頃は自殺しようとしていた女子高生、として俺の目に映っていたが、今は完全に国民的女優として映っている。


なんで茜は俺にあんなに優しくしてくれるんだろうか。


今日は疲れたから寝ることにしよう。


俺は部屋の明かりを消して、静かに眠りについた。




それからというもの、日曜日を迎えるまでの1週間は俺にとってあまりにも短く感じ、気づけば茜との約束の日になっていた。


俺はいつもよりも少し早めに起き、朝食をとり、歯磨きを済ませ、順調に支度を進めた。


約束の時間までまだ時間がある。


ふと鏡を見ると、普段から変わらない髪を下ろしたノーマルな自分が写っていた。


「ちょっと整えてみるか......」


俺も高校生だった頃は額を露出させた、The高校生という髪型で登校していた。


大学に入ってしなくなったけど......


「また分けてみようかな」


俺は少し固くなっているワックスに手を伸ばした。


スムーズにセットを終えると、俺は玄関を出た。


少し早めに出てしまったが、遅れるよりは良いだろう。


だが、あまり早すぎる時間に茜の家を訪ねてしまうと、それこそ迷惑だ。


近くのアーケード街で時間を潰すか.....


久しぶりに前髪を上げたからか、少し陽の光が眩しく感じた。



俺は茜の家になに手土産を持っていこうと考え、近くのドン・キホーホに寄った。


店内に入ると涼しい風が流れてくる。


それと同時に目の前には見慣れた人陰があった。


「茜?」


そこに居たのは、私服姿の茜だった。

手にはお菓子やジュースが入っているカゴを持っていた。


「俊、どうしたの!?」


目を丸くしてびっくりしたような姿を見せる茜もとても愛らしかった。


「なにか差し入れでも買っていこうと思って、」


その真ん丸な輝く瞳を直視することが出来ずに、少し目を逸らしながら俺は答えた。


「それ、持つよ」


俺は返事を待つことなく茜の持っていたカゴを持ち上げた。


「ありがとう!」


茜は人の気持ちがよく分かるので、俺がカッコつけさせてほしいところは、きちんと受け入れてくれる。


「それにしても偶然だな」

「茜は家でゆっくりしててよかったんだぞ」


「俊くんも、こんな時間にいるの不思議だよ!」


茜は商品をレジに通しながら、クスッと小さく笑いながら言った。


「今日すっごく楽しみにしてたんだ〜」


「俺もだよ」


俺と茜は他愛の無い会話をしながら家に向かう。


茜と話していると時間を忘れそうになってしまう。

気付けば俺たちは茜の家の前にいた。


「前も来たことあるけど、やっぱ豪邸だね」


「そんなことないよ!」


謙遜はしているものの、事実周りの家とはまとっている空気が違った。


まるで結婚式場だ。


家に入ると茜のお母さんらしき人が出迎えてくれた。


「お母さんただいま!」

「お邪魔します」


「あら?一緒に来たの?」

「ゆっくりして行ってくださいね〜」


茜のお母さんだとすぐ気づくほど、容姿端麗で、モデルのようなスタイルで、気品に満ちた女性だ。


遺伝子ってすごいんだな.......


「買い物してたら偶然会ったんだ〜」


茜の母は納得したように頷くと、こちらに笑顔を向けてきた。


俺は軽く会釈すると自室に向かう茜の後を追う。


「ここが私の部屋だよ〜」


扉を開くと、そこはとてもシンプルで、まさに茜っぽさを感じる部屋だった。


俺たちは腰を下ろし、お菓子やジュースを机に並べる。


並べ終わると俺が茜の方を見るのと同時に茜もこちらを見たので、目が合って少し気まずさが漂った。


「それじゃ!はじめよっか!」


そうして、俺たちの体育大会おつかれパーティーが始まった。



「かんぱ〜い!!」


俺と美咲はオレンジジュースを注いだグラスを片手にお疲れ会を始めた。


「ごめんね〜私の都合で私の家での会になっちゃって、」


茜はジュースに口をつけ少し申し訳なさそうにしながら呟いた。


「いやいや、気にしないで」


今俺は茜の部屋にいること混乱して、頭が働いていない状態だ。

何も考えれない。


俺がそう答えると、茜は急に立ち上がった。


「あ、そうだ!」

「今日朝からクッキー焼いたんだ!」

「ちょっと取ってくるから待ってて〜!」


「え!ありがとう」


茜はすごいスピードで部屋から出ていった。


助かった。

一息つかなければ緊張で爆発してしまう。


てか、茜朝からクッキー焼いてたのか?


さすがに頑張りすぎでは....


部屋に戻ってきたらもっとお礼を言っておかなければ。

だが何より茜のクッキーを食べるのが楽しみすぎる。


俺が机の上に置いてある、ブラックヨンダーに手を伸ばすと、部屋のドアがゆっくりと空いた。


茜が戻ってきたのかな、


「わざわざクッキー焼いてくれてありがとう」


俺が振り返りながら言うと、茜がパジャマ姿で立っていた。

なんでパジャマ?

もうすぐお昼なのに.....


全く意味が理解できずにキョトンとしていると、茜が口を開く。


「どちら様ですか?」

「あれ?私が寝ぼけてるだけかな?」


へ?


俺の事わすれたのか?

この短時間で?


しかも随分と口調もかわったきがする。

さっきまでの茜とはちがうような、いやでも容姿や声は完全に茜だ。


あの美しさは他の人には持てるものではない。


「茜?だよな?」

「なんでパジャマなんだ?」


「え?まさか茜の彼氏さんですか!?」

「ひぃぃぃぃ失礼しましたぁ!!!」


一体何が起きてるんだ?


パジャマ姿の茜が急にどこかに逃げて行ってしまった。


きっと俺は緊張でおかしなものが見えているだけだ。


俺は無心でハッポーターンをかじる。


それにしても綺麗な部屋だ。


壁紙はこれ以上ないほどに明るい白。


ベッドに勉強机、そして教材や少しした少女漫画が並べられた本棚。

俺が今お菓子を食べている丸机。


これに比べたら俺の部屋は猿の巣だ。


一人暮らしの俺は決して汚い部屋に住んでいる訳では無いが、整理整頓されていると言うには遠い部屋に住んでいた。



「ごめーん、盛り付けてたらちょっと遅れちゃった」


それからあまりしないうちに茜が部屋に戻ってきた。


「本当にありがとう」


俺の感謝の気持ちが茜に伝わっていればいいなと心から思う。


茜はクッキーが盛りつけられた皿を机に置くと、目線をこちらに向ける。


「じゃ!食べよっかーー!」


「いただきます!」


さらに盛り付けられたクッキーはチョコ味とプレーンで、星型やハートなど、様々な形で型どられていた。


俺はまずチョコ味のクッキーを口に運ぶ。


!!


「とってもおいしいよ!」


茜は俺の言葉を待っていたかのように目をクリっとさせてこちらを見た。


「ほんと!?」

「嬉しい〜」


茜は本当になんでも出来るな。


「大変だろうにわざわざクッキーを焼いてくれてありがとう」


俺はこのクッキーの味を一生忘れないだろう。


「ところで、さっきバジャマ姿でこの部屋に来たりとかしてないよね?」


茜は俺の質問の意味が理解できなかったのか、クッキーをくわえながらキョトンとしていた。


しかししばらく間が空いた瞬間、ビクッ!と反応してらなにやら話そうと、一生懸命クッキーを飲み込もうとしていた。


茜はグラスに注いでいたジュースを1口飲むと、ついに口を開いた。


「ごめん、俊にいってなかったかも!」

「私実は双子なの」


え?

えぇぇぇぇぇ!!


「双子?」

「てことはさっきこの部屋に来た人は茜の双子?」


だからあんなに見分けがつかないほど茜と瓜二つだったんだな...


「そう!多分俊が見たのは私の妹の藍だよ!(あい)

「私たちめっちゃ似てたでしょ?」


「うん」


おそらく一卵性なんだろう。


「私たちの名前には大切な意味があってね〜......」


そして茜は2人の名前の意味を語り始めた。


まず、茜が姉で藍さんが妹のようで、茜は出産時すんなり生まれたが、藍さんの出産はなかなかに難航したようで、2人の生まれた時間の差はなんと3時間なんだとか。


その事もあって、茜はこの世界がまだ夕方で空が茜色に染っている時に生まれたが、藍さんが生まれる頃には空はもう藍色に染まっていたらしい。


その事から2人の名前がつけられたようだ。


素敵な話だ。


俺が素直に感心していると、その話を部屋の外から盗み聞きしていたのか、扉が開き藍さんの姿が現れた。


「ちょっとおねえちゃん!」

「その話恥ずかしいから人前でしないっていう約束じゃん!」

「私がマヌケみたいだよ....」


割とマジで落ち込んでいる様子の藍さんを眺めると、あることに気がついた。


さっきは藍さんは寝起きで髪がボサボサだったから気づかなかったが、茜はロングヘアなのに対し藍さんはボブだ。


髪型で見分けられるのはありがたい。


受験が終わって見漁っていたラブコメ漫画では5つ子を見られられない主人公をあわれに思っていたものだ。


「別にマヌケじゃなくないか?」

「双子で他の子よりも大変なのに、無事に産まれてきたことが凄いことだと俺は思うぞ」


俺の言葉に嘘偽りはない。


が.....俺が話終わると藍さんの動きがピタリと止まった。


少し気まずい雰囲気になると茜が横からその沈黙を破ってくれた。


「あぁごめんごめん」

「藍は私とか家族以外の人と話すとあまりの緊張でフリーズしちゃうの」


茜は少し面白おかしいかんじで鼻で笑っていた。


その様子からもわかる姉妹の仲の良さ。


茜だけでも尊かったのに、藍さんまで俺の視界に加わるともう俺は幸せのあまり飛びそうになる。


「俺が急に話すから...ごめんなさい、藍さん...」


「ぁ!あぁ!あ、あの!」

「謝らないでください!」

「も、もももう大丈夫ですから」


急に藍さんの意識が戻り、いかにも大丈夫ではない返事をした。


しかし、さっき部屋に来た時は藍さんと普通に会話出来た気がするけど....

寝起きで無意識で俺と会話していたのかな.


せっかくパーティーするなら賑やかにやりたいな。


「藍さんも一緒にパーティーしない?」


俺の唐突な提案に藍さんはビクッと反応して少しずつ後ずさりをする。


「いいじゃん!」


それを逃さまいと茜の追撃。


「え?え?....え?」

「お姉ちゃん何考えt……」


茜は藍さんが何か言っているのなんて関係なしに藍さんの手を引く。


部屋に連れ込みドアを勢いよく閉めると、藍さんの分のコップにもジュースを注いだ。


「あ、あと藍のことは呼び捨てでいいよ〜!」


茜は勝手に俺の藍さんへの呼び捨て許可を下した。


「お名前、しゅ、俊さんって言うんですよね?」

「さっきから盗み聞きしててすみません!」


藍は机に頭を打ちつけ謝罪する。


「いいって、頭を上げてよ」

「聞かれてダメな話なんてしないしね〜」


「え?でもお姉ちゃんと俊くんって付き合ってるんじゃ.......?」


Huh?????????????


付き合ってる!?


藍の言葉でその場の空気が凍りつき静寂が訪れる。


俺と茜はあまりに予想外の言葉に少し怪しい反応をとってしまう。


「え?まさかほんとに付き合ってたんですか?」

「私冗談のつもりで聞いちゃいました」


「いやいや!茜とは同じクラスの友達で....」


「そうそう!」

「だから誤解しないで!」


そうだ、さっき俺たちがさっき変な反応をしてしまったのは、 タイムリープのことを藍に伝える訳にはいかないからだ。


決して意識しているからではないだろう。


「え?そうなんですか?」

「俊くんかっこいいからお似合いだと思ったんですが.....」


藍の言葉に隣の茜が少し動揺したように聞こえたが、気のせいかもしれない。


「いえいえ、俺なんて全然かっこよくないよ!」

「茜は僕の何倍もかわいいけどね」


俺は少し自嘲気味に答えた。


「え!俊はかっこいいよ!」

「体育大会の時だってすっごく走るの速かったし!」


茜も俺の言葉を否定するために参入してきた。


しかし、その結果は残酷で、お互いがあとから押し寄せてくる羞恥心の並にさらわれた。


恥ずかしそうに目線を逸らす俺と茜を見て藍は少しニヤニヤしていた。


藍はおそらく仲が良くなるとイタズラ好き気質に変貌するのだろう。


その藍の性格を今体で感じとった。


「私が変なことを聞いてしまってごめんなさい..」


藍がその沈黙を破ると、辺りの空気が温度を取り戻しだす。


「気を取り直してパーティーをはじめない?」


俺は続けて提案した。


「そうだね!」

「うちの問題児が迷惑かけてごめん....」


茜は藍をジッと睨みつけると藍の背筋がピンと伸びる。


3人はグラスを持ち勢いよく乾杯した。


その後もお菓子や茜の焼いてくれたクッキーを食べたり、みんなで大乱闘スマッシュシスターズをしたりして楽しい時間をすごした。


とても青春をしていると強く感じる時間だった。



あっという間に時は過ぎ、気づけば時刻は5時を回っていた。


突然部屋のドアがノックされ、茜のお母さんが顔を出す。


「明日は学校だしもうそろそろお開きにしたら〜?」


茜のお母さんの言う通りだ。


「なら、俺は今日は帰らせてもらおうかな」


「うん!」

「また明日学校で!」

「ほら藍も」


「気をつけて帰ってね〜」


まだゲームに熱中していた藍が茜に促され挨拶をしてくれた。


一緒にゲームをするうちに藍とも随分打ち解けることが出来た。


今日は本当に楽しい一日だった。


俺はみんなに感謝を伝えて茜の家を後にした。


&&&&&&&&&&


体育大会も終わり、クラスはすっかり夏休みムードに色づいていた。


「もうすぐ夏休みだね〜」


「そうだな、何かやりたい事とかあるのか?」


まさに俺と茜も休み時間に夏休みの話で盛り上がっていた。


前の世界では、高1の夏休みから誰とも遊ばず、一人で机に向かって勉強していたっけな。


そんな悲しい過去を思い出して一人落ち込む。


「私はね〜まず海に行って、それからバーベキューして、花火して、お祭り行って、それから........」


「わかったわかった!全部やろう!」

「タイムスリップして、学園生活をリベンジするって決めたからな!」


「やった〜!!」


「藍の仕事のスケジュールも確認しないとな」


「え、藍も一緒に遊ぶの?」


茜は少し機嫌が悪そうな顔をしていた。


何か癪に障ることでも言ってしまっただろうか。


「けんかでもしたのか?」


「いや!別にきにしないで!」

「みんな一緒のほうが楽しいよね!」


なにか隠しているような気がしたが、茜が聞かれたくないのなら触れずにいよう。


「でも課題もやらないとね〜」


「その言葉をいわないでくれ......」




それから日が経つのはとても早く感じられ、気づけば夏休み前最後の登校日だった。


「それではみなさん、怪我のないように」

「また夏休み明けに会いましょう!」


先生がHRでの挨拶を終えると、みんな笑顔で解散した。


「しゅん〜一緒にかえろ〜」


俺が荷物をまとめると、茜がよってきた。


「あぁ」


俺達はゆっくりと校舎を出た。


夏の焼けるように暑い風が二人の髪を揺らす。


「それにしても暑いね.....」


「だな.....」


茜は手のひらで自分をあおいでいた。


俺は前の世界ではずっとクーラーの聞いた部屋で生活をしていたから、夏の本番の暑さを感じるのは数年ぶりだ。


「私、前の世界ではずっとお仕事してたから、まともに遊べる夏休みは初めてで楽しみ!」

「それじゃあ、俊も楽しい夏休みを!」


「茜も!」

「後で空いてる日のことは連絡するね」


と言っても俺はそんなに友達も多くないし、ほとんど毎日空いているのだが.........


俺は茜の家の前まで送ると、自宅へと方向を変える。




その日の夜、俺は空いている日付を茜にLINNEで送ると、藍のスケジュールの空きも同時に送られてきた。

俺がスマホを閉じようとすると、再び通知が来た。


(あ、あと...........)

(藍が俊の連絡先が欲しいみたいで、教えてもいいかな?)


そういえばまだ交換してなかったな.......


(もちろんいいよ)


俺が送信してからまもなく、「あい」と書かれたアカウントから、可愛らしい、よろしくスタンプが送られてきた。


俺は同じようなスタンプを返して、そのまま眠りについた。


&&&&&&&&&&


夏休みがついに始まった。


もう室内ではクーラーがないと生活できないような温度で、毎年暑くなっている気がする。


俺はいつもより1時間ほど遅く起きて、朝食をとると机に向かった。


今日は特に予定がないので大量の課題を消費しようと考えている。


茜たちとは明後日から遊ぶ事になっている。


藍はモデルの仕事が忙しいようで、俺が今机に向かっているその時も仕事をしているのだろう。


ほんとによく頑張ってるよな〜


俺はふと机のすみに置いていた雑誌に目が行く。


これは本屋に寄ったときに少し前に買った、藍が表紙を務める雑誌だ。


俺はその時好きな作家さんの新刊小説が出たので買いに来ていたのだが、雑誌コーナーを通ると何故か立ち止まって見てしまうほどにその雑誌は光り輝いて見えた。


おっといけない、勉強を疎かにしてはいけない。


再び机の上の参考書に目を落とすと、一件の未読メッセージ通知がスマホに表示された。


「電源切るの忘れてた.....」


俺は勉強をするときはスマホの電源を切るようにしている。


しかしそこに表示された名前とメッセージは無視できるものではなかった。


(助けて、変な人につけられてる)


藍からの短い文章、それに付け加え位置情報マップのスクショも送られてきた。


時間的に仕事帰りだろう。


そして、昨日の夜最後にメッセージを送ったのが俺だったから、トーク画面の一番上に俺があって、とっさに連絡したのかもしれない。


俺は急いで着替え、戸締まりも忘れて家を出る。


幸い藍から送られてきた場所は近く、走れば10分ほどだ。


精一杯の力を足に込める。


頼むから無事でいてくれ!


まだ10時ごろだが、夏というのもあって太陽は高く、体中から汗が吹き出す。


曲がり角を曲がると、見慣れた後ろ姿と、それを尾行している白T姿の中年男性を視界に捉える。


「藍!!」


俺は息切れしながら叫ぶ。


俺の存在に気づいたのか、白T男はキョドりながら逃げていく。


振り返る藍の目には涙が溢れていた。


「俊..........ほんとに来てくれたんだ」

「私もう今日ここで死ぬんだと思ってた」

「本当に....ありがとう」


藍は涙を拭いながら呟いた。


「当たり前だろ!」

「俺に連絡してくれてありがとうな」


「あと......」


「なんだ?」


「俊ねぐせひどいよ」


「え?」


俺は急いで髪を確認する。


あ......


俺の髪はスパイ◯ァミリーのアー◯ャの髪飾りのように角ばっていた。


俺は急いで髪をかき下ろす。


「急いで家を出てきたんだ、許してくれ......」

「俺の家近いし1回寄って行かないか?」


「え?いいの?」

「まだ近くにあの人いるかもだし、俊くんがいいなら」


「なら向かおうか」


俺たちは落ち着きながら歩みを進めた。



雑談をしているとすぐに家に着いた。


「どうぞ上がって」


「お邪魔しま〜す」


こうして藍は俺の部屋へとやってきた。


藍は部屋に上がると丁寧に靴を並べて俺の家の中に足を踏み入れた。


「すごい片付いてるね」


「物が何も無いだけだよ」


たしかに言い方を変えれば片付いているとも言えるが、俺はアパート部屋にひとりで住んでいるので、スペースには余裕があり、物欲もないので生活できる最低限の物しか買っていない。


「俊はいつもどこで寝てるの?」


「この廊下奥に俺の部屋があるからそこで寝てるんだ」

「俺は汗だくだからシャワー浴びてくる」

「俺の部屋でゆっくりしといていいよ」


「おっけー」


さっきは藍の所まで猛ダッシュをしたので服は汗でずぶ濡れだった。


早くシャワーを浴びたい。


俺は何も考えず藍を自室に入れてしまった。


その判断に後々後悔するのであった。



その頃、藍は.......


「廊下の奥の部屋ってここだよね...」


扉を開くとクーラーのよく効いた冷気が流れてくる。


俊はクーラーも消さずに私のところに駆けつけてくれたんだ。


本当に俊は優しいな。


部屋で休むって言っても何をしとけばいいんだろう。


私は俊のデスクチェアに腰を下ろす。


机を見ると、勉強をしていたようで、まだ勉強道具が散乱していた。


しかし、机の隅になにか勉強には関係の無さそうなものが置かれていた。


私は無意識にそれを手に取った。


「え.....これって.....」






俺はシャワーを浴び終わると、足早に藍が待つ自室へと向かった。


「悪い、遅くなった」


俺が扉を開くと、そこには俺のいつも使っている椅子に座っている藍の姿があった。


「全然大丈夫」


「今何か出すから少し待っててくれ」


俺は再び部屋を出る。


それにしても、今日は仕事終わりだからか、藍の容姿が一段と整っているように見える。


元々整った全てのパーツにメイクをしたら、そんなの誰にも達することの出来ない領域だ。


俺はキッチンでお菓子を皿に並べながら心を落ち着かせる。


茜といい藍といい、どうしてこんなに美人なんだろうか。


俺は普段からあの二人と一緒に生活していると、感覚がバグりそうで怖かった。


藍を待たせる訳にも行かないので、俺はすぐに準備を終え、部屋に戻る。


「ちょっとしたお菓子とお茶だ」

「ゆっくりしていってね」


「ありがとー」

「ところでなんだけど.....」

「私の載ってる雑誌買ってくれたの?」


え?なんで急に?


俺がそう思った次の瞬間にはもう答えが出た。


机の上に置いてたんだった........


何も気にせずに藍を部屋に入れてしまったばかりに、なんという失態。


「あ、あぁ」

「お仕事お疲れ様」


と言って、表面ではクールな感じを装っていたが、内心焦りまくりだ。


キモイって思われてないかな.....


「ありがとう!」

「俊にもモデル姿見て貰えて嬉しい!」


そうだ、藍と茜はそんなこと思うやつじゃない。


何を考えていたんだ。


数秒前の自分を殴りたい。


「とても綺麗だよ」


ふと口にしてしまった。


藍の様子を見ようと俺が顔を上げると、そこには頬を紅に染めた藍がいた。


「ごめん!嫌だったか?」

「でも本当に思ってて....」


「いや、嬉しい、すっごく嬉しい!」


藍とは2人きりで話したことが今までには無かったが、その喜ぶ姿はとても愛らしく、引き込まれるようだ。


最初に会った時は寝起きでボサボサの髪で第一印象は藍にとって最悪だっただろう。


寝起きでも十分完成していたが、今はもう何も言うことがないほどに美しかった。


笑った時に目を瞑り、長いまつ毛が際立つ。


「俊はいつも家で何を食べてるの?」


「急にどうした」


「いや、一人暮らしって聞いて、ちゃんと栄養取れてるか心配で...」


俺は別に大したものは食べていない。


何より金が無いし.....


「時々自分で作ったりしてるよ...」


「何を?」


「お米とか......」


実際、朝はトーストを焼いてマーガリンを塗って、眠気覚ましの緑茶を飲んで、昼の弁当のおかずは惣菜の詰め替えだ。


「はぁぁぁ!!」

「そんなの作ったに入らないでしょ!」


「でもちゃんと1日3食食べてるよ」


「そういう問題じゃないの!」


少し呆れながら藍は怒っていた。


「なら私が作る!」


え?え?えええええぇぇ!!


俺のために飯を作ってくれる!?


そんなの俺のメンツも立たない。


「いやいや!申し訳ないって」

「もう少し涼んだら俺が家まで送るよ」


「ううん、私が俊に作りたいの!」

「今回のお礼もしたいし...」


俺の質素な家に上げたにも関わらず、料理までさせるなんて、藍はいやじゃないのだろうか。


それに普段から料理も特にしないので、冷蔵庫にも食材と言えるものは何一つ入っていない。


「キッチン使わせてね」


俺が返事をする前に藍はキッチンに向かう。


すごい勢いで廊下を進んでいく藍を俺は止めることが出来なかった。


あっという間に藍はキッチンにたどり着く。


しかし、料理をしないとは言っても、道具は最低限揃っている。


「ちゃんと道具あるじゃん」

「全然使われてないけど....」


「悪かったな..」


「冷蔵庫見るね」


「あ、待ってそこは...」


俺が言葉を発するのよりも先に、藍は冷蔵庫を開いていた。


「え.........」


藍は困惑を超えて、軽蔑の目を俺に向けてくる。


そりゃそうだ。冷蔵庫の中にはまとめ買いしている水と、保存がきくマヨネーズなどの調味料数個しか入っていないのだ。


「だから言ったろ...気持ちだけで十分だよ」


「いや、でも.....」


藍は自分の中で何か解決策を探していたようだが、ついにそれを諦め、その長いまつ毛をヒョンと下げて落ち込んだ様子を見せる。


俺には分かっていた。


無からは何も生み出せないしな。


急に藍への申し訳なささが俺を襲う。


「ごめんな」

「じゃ、送っていくよ」


「うん、ありがとう」


俺たちは冷えた空気のアパートを出る。


「俊、ひとつ聞いていい?」


藍に急に声をかけられ、俺は少し動揺してしまった。


「ああ、なんだ?」


「その.....お姉ちゃんって俊の家に上がったことあるの?」


え?なんで急にそんなことを聞くんだろうか。


「いや、来たことないよ」


俺は少し疑問に思いながらも返事をする。


俺の返事を聞くと、何故か藍の口角が少し上がったように感じた。


「やった!」


「え?何か言ったか?」


「なんでもない!」


明らかに何か呟いていた気がしたが、深くは聞かないでおこう。


「でもなんでだ?」


「それはね〜....内緒!!」


「なんだそれ」


藍のふざける姿はあまり見ることが出来ないので、これは貴重な瞬間だ。


それからも様々な話で盛り上がり、藍の家に着く。


「じゃあな、またいつでも遊びに来ていいからな」


「え....」


社交辞令のつもりで言ったのだが、藍は何やら動揺している。


「また.....家に行ってもいいの?」


「だからそう言ってるだろ」


「うん!!」


俺が返事をすると、藍は嬉しそうに家に帰っていった。



今日は本当に暑い、暑い1日だった。


これからの夏休みではどんな出来事が待っているのだろうか。


俺は想像を膨らませながら自宅に帰った。


&&&&&&&&&&


夏休みも始まって5日程経った。


藍の件もあり、今のところ密度の濃い夏休みを過ごしていた。


ずっとこの日を待ちわびていた。


今日は茜と藍と一緒にプールに行く日だ。


俺は朝から水着などの出かける準備をしていた。


「よし、これで持ち物は完璧だな」


準備が終わると、冷蔵庫に目がいく。


「そうだった」


藍に言われてから、最低限の食材を買ってきたのだ。


と言っても、卵や牛乳などだ。


「朝ごはんでも作ってみるか」


でもこの材料で何ができるんだ?


ん〜.......



「よしできた」


俺が結局作ったのは簡素な卵焼きだ。


少し高級な言い方をすると、和風卵焼き地中海の風を添えて、酪農牛乳付き、だろうか。


自分で作った料理の味は、まるで三ツ星レストランの味だった。

(まぁ三ツ星レストラン行ったことないけど)


藍には感謝しなければいけないな。


藍がきっかけで、こうして俺は暖かい飯を食べている。


食べ終わると、隣に置いていたスマホを手に取る。


そこには茜からのメッセージが届いていた。


(プールカモンヌの入口横で待ってるね〜)


(了解)


俺はトーク画面を閉じると、しっかりと鍵を閉めたのを確認して家を出た。


プールまでは電車に乗って8分10秒ぐらいで、すぐに着く。


電車に乗るのも久しぶりだった。


前の世界では毎日2時間くらい電車に乗って登校していた。

(苦い記憶すぎて吐きそう....)


電車を降りると、視界にはプールカモンヌが見えていた。


てかプールカモンヌって、めっちゃ来てほしそうな名前してるな....


「お〜い!!!」


聞きなれた声が聞こえ、その出どころを探すと、いや探すまでもなく、手を振っているスタイル抜群な2人の人影が見えた。


叫んでいるのは藍の方だろうか、声が2人とも同じなので聞き分けられない。


まず身長から茜と藍は周りと違う。


これがモデル体型ってやつなのか.....


「おはよう茜、藍」


「おはよう!」


俺は2人と合流し、チケットを買うと、それぞれ男女更衣室に向かった。


俺はごく普通の柄のない黒色の海パンだ。


2人はどんな水着を着てくるんだろうか。


正直心の中でどこか期待している自分がいることは認めよう。


着替えを済ませると集合場所のシャワー前に集まる。


2人を待っている間、俺は準備した浮き輪に空気を入れる。


俺が着いて10分ほど経ってから茜と藍が姿を見せた。


「ごめ〜ん、ちょっと遅れちゃった」

「あれ?お〜い聞こえてる?」

「俊!!」


俺の焦点の合わない目に、茜は一生懸命話しかけていた。


「はっ!!」


俺は2人の水着姿に見とれてしまい、聴力を失ったかと勘違いしてしまった。


その姿は言い表し用もないほどに完璧で、まるでルーヴル美術館の廊下の一番奥にある絵画を見ているような気分だった。


「ごめんごめん、ちょっとぼーっとしてた」

「ならいこっか」


俺たちは場所取りのために休憩スペースへ向かう。


気のせいかもしれないが、今日会った時から藍の口数が少ない気がする。


今も茜の後ろに隠れながら歩いているようにも見える。


まあいいか、藍は元々コミュ障なんだから、今に始まったことではない。


やっとシートを敷けそうなスペースを見つけ、そこに陣取った。


「ふぅー、やっと落ち着けたな」


「あ、日焼け止め塗らないと」


茜はそう言って、手提げ袋から日焼け止めを取り出した。


「ほら、藍も塗るよ!」

「藍はとくにお仕事もあるんだからしっかり塗らないと...」


そう言って茜は、自分の手と藍の手に日焼け止めを適量出した。


2人が日焼け止めを塗っている間、俺は目の行き場に困り、2人に背を向けていた。


しかし、次の瞬間この真夏が冷めるほどの言葉が背中から飛んできた。


「俊、日焼け止め背中に塗ってくれない?」


その声は藍が放った言葉だった。


え?


日焼け止めを塗る?


藍は今日会った時から様子がおかしい。


「塗るって......」


「いやいや!私が塗るから大丈夫〜!!」


俺が話し始めた途端、茜がそれを遮る。


そりゃそうだよな。


普通に考えて姉妹で塗り合えばいい。


俺が塗る必要性がない。


それで事が落ち着こうとしていた時、再び藍が喋り出す。


「なら私が俊に塗ってもいい?」

「日焼けしたら痛いよぉ〜」


んなぁー?


「俺はだいじょ.....って何してんだ藍!」


俺が断ろうとしたその時、俺の胸にひんやりとした、か細い手が触れた。


真っ白で、夏の暑さを感じさせないほど冷たいその手は、少し震えているような気がした。


「いいじゃん!」

「私が俊に塗ってあげたいの」


藍はその手を動かさずに、まるで俺の同意を求めているかのような態度をとる。


「待って!」


その空気を変えたのは茜だった。


よし、これであかねが止めてくれて、この状況はどうにか切り抜けられる。


さあ、藍を叱ってくれ茜。


「私も一緒に塗る!」


「え?」


今なんて言った?


嘘だよな、幻聴だよな。


よし!ウォータースライダーでも行くか!


俺は浮き輪を持って立ち上がり、歩き出そうとした。


しかし、俺の両手を2人の手が掴んで離さなかった。


「分かったよ.......」


俺は大人しく座り、2人から日焼け止めをこんなにかというほど塗りたくられた。


おかげで俺の肌は歌舞伎役者並の白さだった。


今日からゆで卵として生きていくか。


「ありがとう」

「おかげでこの夏はまったく日焼けをしないで済むよ」


「「うん!」」


冗談のつもりで言ったのだが、2人から同時に返事が帰ってきて少し焦る。


「よし!なら早速泳ぎに行くか!」


こうして、ゆで卵と茜と藍は流れるプールへと向かった。




俺たちは流れるプールで浮き輪で揺られながらゆっくりと3人流されていた。


とてもシュールな絵面だ。


なんて平和なんだ。


「楽しいね〜〜」


朝の無口ぶりを感じさせないほどにリラックスしている藍を見るとなぜか安心する。


朝はなんであんなに何も喋らなかったんだろう。


今の藍からはまるで何か満たされたような、そんな感じがする。


まあ楽しければいいだろう。


「本当に気持ちいな」


「そうだね〜」


会話は基本俺と茜で展開される。


藍は喋る時はまぁ、喋るのだが、ずっとボーッしているので何を考えているかよく分からない。


そのどこかを見つめる横顔はモデル誌に載っている藍の姿そのままだった。


これが藍の水着OKになった時代の未来の姿か


「藍、楽しんでるか?」


俺が急に声をかけると、フッとこちらを向き、口角を上げるとコクコクと頷く。


「もうそろそろウォータースライダー行かない?」


そして藍が珍しく口を開いた。


なるほど、さっきからどこを見てるのかと思ってたけど、ウォータースライダーに乗りたくてずっと見てたのか。


なんだかかわいいな.....


「いいね、行こうか!」


俺たちはその流れるプールの脇に行き、ヒョイッと身をプールサイドにあげる。


その水が滴る2人の姿は神秘的とまで言えるものだった。


ウォータースライダーの出発地点は、階段をかなり登らなくてはいけない。


俺は茜と藍の前を歩く


理由は察してほしい。


衣類の関係で、一人の男として前を歩く。


背中から頑張って階段を登る二人の声が聞こえる。


茜は体力オバケなのだが藍は少し運動が苦手のようだ。


「頑張れ、あと少しだぞ」


俺は二人を鼓舞する。




「ふぅ〜やっと着いた〜」


「疲れた.......」


茜は少し楽しそうだが藍は本気でバテているようだ。


出発地点には一人のスタッフと、十数人の並んでいる人がいた。


いつもならこのに三倍は人が並んでいるのだが、運が良かったみたいだ。


「あんまり並んでなくて良かったな」


「だね」



しばらくしないうちに俺達の番になった。


「2人まで一緒に滑ることが出来ますよ」


スタッフから声をかけられ、何やら後ろから熱気を感じる。


夏の熱気では無い、双子の熱気だ。


「お、おい」

「俺は1人ですべ......」


俺が後ろを振り返ると、お互いを睨みながらジャンケンをしている茜と藍の姿があった。


「なにやってるの......?」


「あ、これはどっちが先に滑るかのジャンケンだよ」


茜がすぐに答えた。


後ろにまだ沢山待っている人がいる中、のんびりしている暇はなかった。


「すみません、僕一人で、後ろの2人は一緒に滑ります」


「わかりました、それではここに座って待っていてください」


俺が勝手に双子を一緒に滑らせることを決定したので、茜と藍は不満そうだった。


「一緒に滑るのは嫌だったか?」


俺は定位置に着いて待ちながら、2人に話しかける。


「違うよ!私は俊と滑......」


それと同時にスタッフが、下のスタッフからの合図を受け取り、俺の背中を押す。


激しい水しぶきがスライダー内で上がる。


最後茜はなんて言いたかったんだ?


途中で押し出されたので聞き取ることが出来なかった。


まさか俺と一緒に滑りたかった、そう言ったのか?


さっきのジャンケンは俺と滑る方を決めるジャンケン?


いや、そんなわけはないか.....


スライダーの中、楽しむことも忘れ、ずっと考え事をしていた。


水流に身を任せて、どんどんスピードが速くなっていく。


俺はそれでも考え事を続けていた。


スライダーの出口が近づいていることもしらずに.......


「うわっ!!!」


体が一瞬宙に放り出され、水中に沈む。


準備していなかったので、俺は大量の水を飲み込んでしまった。


やばい、これ溺れるやつだ。


下で待ち構えていたスタッフにすぐに水揚げされたが.........


俺はそのまま意識を失った。


&&&&&&&&&&


「...ん!」


「.......ゅん!!」


「しゅん!!」


俺は眠りの中でずっと名前を呼ばれていた。


「おきてってば!!」


「ハッっ!!」


意識を取り戻し、気管に溜まっていた水をゲボゲボと咳をして排出した。


「俊が生き返った.....」


藍が安心したように呟く。


俺の視界には、倒れ込んだ俺を上から覗き込む茜と藍の姿と数人のスタッフがいた。


「大丈夫ですか!?」


俺が意識を取り戻し、スタッフがバッと近寄ってきた。


「大丈夫です、少し気を失っていただけなので」


俺はウォータースライダーから出る時、まったく準備をしていなかったせいで大量の水を飲み込み、窒息ではなく、パニックで気を失ってしまったのだ。


俺の元気そうな姿を見てスタッフはそこから居なくなった。


「すっごく心配したんだから!」


「ごめん.....」


「私と一緒に滑ってたらこんなことにはさせなかった......」


「え?なにか言ったか?」


「なんでもない....!」


俺はなにか小さく呟いた茜の言葉をよく聞き取れなかった。


「私も心配した.....」


藍も俺を見下ろしながら呟いていた。


ていうか、その画角やめてくれ.....


俺にはあまりにも刺激的すぎる....


普通ラブコメならヒロインが溺れているのを助けるのが定番なのに、なんで俺が溺れているんだ。


情けなすぎるだろ。


笑えない状況に急に恥ずかしくなる。




「もうお昼だしお弁当食べない?私お弁当作ってきたの!」


茜が話題を切り替えるように言った。


「私も手伝った.....」


「茜、藍、本当にありがとう!」


俺は起き上がり2人の目を見て感謝を伝えた。


その後休憩スペースに戻り、やっと落ち着けた。


プールはずっと日向なので、陰はとても涼しく感じる。


「涼しいね〜」


茜も涼しそうにしながらシートの上で足を伸ばしてくつろいでいた。


こんな姿はなかなか日常生活で見ることは出来ないな.....


水着姿だと、その足の長さがいつもに増して際立っている。


俺の2倍ぐらいありそうだ。


そうしているうちに弁当を食べる準備が整った。


「それじゃ、いただきます」


俺はまず卵焼きに手を伸ばす。


だし巻きとチーズの2種類があるようで、俺が食べたのはだし巻きだった。


全く焦げ目もなく、綺麗な卵焼きで優しい味がした。


「美味い!」


「だし巻きは私が焼いた方だよ〜」


藍が少し照れながら言う。


「そうなのか、ありがとうな」


「美味しいって言ってもらえて嬉しい....」


藍は頬を赤らめながら自分の食べている唐揚げに、小さな口で一生懸命かぶりついいた。


かわいい......


「俊!私のも食べてよ!」

「チーズの方は私が作ったんだよ!」


「ああ、いただくよ」


俺はチーズが巻いてある卵焼きにも手を伸ばす。


ちょうど良いしょっぱさで、チーズともよく合っている。


「美味い!」


「えへ〜ありがとう」


茜も満足そうな顔をしていた。


なんか最近この2人がよく競うようになった気がする。



ほかの具材もどれもが美味しく、茜と藍が一生懸命作ってくれたのが伝わった。




「ふぅ、沢山食べたね〜」

「ちょっとここで休憩しようよ」


茜はそう提案すると、俺と藍もそれに賛成した。


それにしても2人ともこんなにスタイルがいいから、てっきり食事制限とかしてるのかと思ったが、昼は無制限に弁当を食べまくっていた。


この体型維持は努力の結晶なのかもな......


俺たちは涼みながらシートの上でのんびりしていた。


そすると、少し気まずそうに茜が口を開く。


「前から少し聞いてみたかったことがあるんだけど、私の質問聞いてくれる?」


「もちろんいいよ」


わざわざ確認するなんてどんな質問なんだ?


「俊は好きな人とか居ないの?」


「!!!」


「え?」


俺と藍はその茜の言葉を聞いてフリーズしてしまった。


どうしたんだ?急に


「好きな人?」


そんなこと今まで考えたこと無かった。


というか、あまりにも急すぎるだろぉ!


茜は時々理解し難い行動をとることがある。


藍も俺の返答を待つように、丸い目をして俺を見ている。


どうすればいいんだこの状況。


「好きな人は.....いないよ....」


2人がどんな答えを期待しているのかは分からないが、この返答で殴られることは無いだろう。


「ふぅ〜ん」


茜は少しニヤニヤして俺を見る。


「でも急になんでだ?」


「ヒェッ!!」

「え!なんでってそれは....」

(俊のことが好きだからなんて言えないよ....)


いや、絶対そこつまるところじゃないって!普通!


茜は顔を真っ赤にしていた。


茜はもうちょっと感情を隠すことを覚えようね....


そんなに俺に好きな人が居ないのが面白かったか?


藍もニコニコしていた。


酷いよみんなして.....


「おい、藍はなんでそんなにニコニコしてるんだ?」


俺はジト目で藍を睨む。


「別に〜」

「お姉ちゃんが可愛いなーって思って」


どういうことだ?


そりゃ茜はかわいいに決まってるけど、藍には何が分かっているんだ?


「茜こそ好きな人はいるのか?」


俺はその硬直した状況を変えるべく、話を進展させる。


「私は.......」

「秘密!」


「俺は言ったのに?」


「選択の自由が私にはあるの〜!」


まぁいいか。


「それじゃ、次はあの水上アスレチックに行ってみるか〜」


俺たちは少しお腹も空いて動きやすくなったので、再びプールに行くことにした。




その後も楽しい時間を過ごし、あっという間に夕日が落ちる時間になった。


「今日は沢山遊んだね」


「もう体が動かない.....」


俺の歩く後ろから姉妹の会話が聞こえる。


俺たちはプールカモンヌから駅に向かっていた。


まぁ、すぐ見える程の距離なのだが。


「電車すぐ来るからちょっと急ぐぞ」


「「は〜い」」


俺たちは電車にギリギリ乗り込み、空いている席に座った。


なぜか俺をふたりが挟むような構図になっていた。


なんでいつもこうなるんだ?


俺は疲れが溜まりすぎていたからか、ものの数分で眠りに落ちてしまった。



..............


眠りの中で両肩になにかずっしりした重みを感じ、目を覚ます。


すると、その重みの正体がすぐにわかった。


茜と藍がおれの方にもたれ掛かるようにして寝ていたのだ。


2人も疲れているようなので、無理に起こすことは出来なかった。


まあいっか、今日ぐらいは。


「おやすみ」


俺は2人に小さく呟き、再び眠りにつく。


........



「お客様、終点ですよ、起きてください」


「んなぁ」

「え?終点?」


俺たちは他に誰もいない車内で車掌さんに起こされた。


ぐっすり寝すぎていた。


俺たちは電車を寝過ごしたのだ。


「もう!俊なんで起きてないのぉ〜〜!!!」


茜は寝起きで機嫌が悪いのか、寝ぼけた声で俺に言った。


こうして俺たちのプールの一日は幕を下ろした。


あ、ちなみにまだ藍は寝ている。


&&&&&&&&&&


プールに行ってから1週間ほど経った。


この一週間では茜たちの家に行って2人に宿題の内容を教えたりなど、夏休みの全国民が悪として捉える部分の消化をした。


後に残してても苦痛なだけだからな...


この一週間はかなりきつかったが、課題はほとんど終わり、残りの時間はずっと遊ぶことができる。


次にくるイベントは.....


夏祭り!!!


響きだけで、もう楽しそうだ。


前の世界では勉強しながら、窓から小さく見えた花火で、その日が夏祭りなのを知ったっけな......


悲しい過去に目も当てられない。





夏祭りの夜になり、周りはようやく夕方の色になってきた。


夏は日が落ちるのが遅いな.......


俺と茜と藍は今回も約束して、祭りが開かれる神社の鳥居の前で待ち合わせをしていた。


2人は浴衣を着てくるのだろうか、少し楽しみだ。


かく言う俺は短パンにTシャツ、ビーチサンダルといった、あまりにもだらしない格好で来ていた。


だって暑いじゃん.......


モデルの藍にはぶん殴られてしまいそうなコーデだ。


「わっ!!!」


「!!!」


急に後ろから茜の声で脅かされて、無言で飛び跳ねるように驚いてしまった。


後ろをむくと茜とその影に隠れるように歩いてきた藍の姿があった。


2人は金魚のように鮮やかな浴衣を着ていた。


さすが、本物の女優とモデルが着るとクオリティが違う。


隣を通りすぎていく人たちも2人に目が釘付けだった。


それにしても俺はキモイ驚き方をしてしまった....


「ごめん、ちょっと動きキモかったな......」


「えぇぇ、そんな事言わないで」

「なんか申し訳なくなるじゃん!」

「こちらこそ待たせちゃってごめん」


「全然待ってないから大丈夫だよ」


「藍がなかなか帯を結べなくて.....」


「お姉ちゃんだってお母さんにやってもらってたじゃん!」


今日も2人は仲がいいなぁ....


「よし、なら行くぞ」


鳥居をくぐると、騒がしい太鼓の音や屋台の喧騒で、ガラリと雰囲気が変わった。


茜と藍は手を繋いで俺の後ろを歩いていた。


かわいい.....


「2人はなんで手を繋いでるんだ?」


俺は歩きながら振り返り言う。


「昔から私がはぐれやすくて、お姉ちゃんと手を繋ぐのが人混みでの癖になっちゃった」


藍が少し照れくさそうに答える。


確かに藍は目を離したらすぐにどこかに行ってしまいそうだ。


「そうだ、最初はどこの屋台に行きたいか?」


俺たちはやっと屋台エリアに入った。


「私焼きそば食べたい.....」


藍が珍しく自分から要望を伝えるなんて、俺は泣きそうだ。


「私はまずかき氷と、たこ焼きと唐揚げとクレープと、それからたい焼き!」


ん?なんか最後少し変な食べ物が聞こえた気が....


てか、茜ってそんなにいっぱい食べるのか?


「たい焼きって祭りで食えるのか?」


「え!?もしかして祭りには普通ないの?」


「俺は見た事ないぞ」


俺が答えると、茜はなんだかしゅんとなって悲しそうだ。


「あればいいな!」


「うん...」


「まずは焼きそばでも食べに行くか!ってそういえば藍はどこだ?」


俺と茜は周りを見渡す。


「あ!いたよ!もう焼きそばの列に並んでる!!」


茜の指さした方を見ると、人混みに今にも潰されそうにしながら、身を震わせて列に並ぶ藍の姿があった。


そこまでして食べたいのか.....


早速はぐれてしまったのかと思った。


この祭りでは絶対に俺の前から居なくならないでくれよ。


俺と茜は藍が並ぶ列の方へと歩みを進めた。


「俺が並んでおくから、2人は食べたいものの所に行ってきな」

「もちろん焼きそばはちゃんと藍に渡すから!」


「ありがとう....」


「ならまた後で連絡するね〜」


茜はそう言って藍に手を伸ばし、藍は安心したように再び茜と手を繋ぎ直した。


茜が楽しそうに歩き出し人混みの中に消えていった。


さてと、待ってる間に英単語でも勉強するか。


俺は短パンのポケットからスマホを取りだす。いや取り出せなかった。


「あれ?なんで無いんだよ」


たしかに俺は家から持ってきたはずだ。


ということは.........この広大な祭会場で俺はスマホを落とした.....


俺は焼きそばの列が進んでいることも忘れ絶望していた。


それが意味しているのは茜と藍、2人とはぐれたということなのだから.......


俺は焼きそばを片手にその場に立ち尽くしていた。


今まで通ってきたところをある程度探したがスマホは見つからなかった。


この人混みではスマホが祭り本部に届いている可能性も低いだろう。


何より拾う暇もないほど人がぎゅうぎゅうに密集している。


ということは自力で茜たちと合流するしかないのか?


いやいや、一応本部に行って落し物を確認しに行こう。


俺はその後人混みを掻き分けやっとの思いで本部に着いた。


「あの....ここに、ちいかわのケースに入ってるスマホ届いてませんか?」


「落し物ですか?」

「確認してきますので少し待ってくださいね」


女性のスタッフさんが丁寧に対応してくれたが正直期待はしていない。


せっかくバイト代貯めて可愛いスマホケース買ったのに.....



しばらくするとスタッフが戻ってきた。


「届いていないみたいです」

「ここに電話番号を書いていただけたら、もし見つかった時には連絡が可能です」


「あの....僕スマホ無くしてて電話番号教えても繋がるのはその失くしたスマホなので意味無いと思います」


当たり前の事なのだが、このスタッフは茜と肩を並べるほどの天然なのだろう。


少し皮肉を言われた気分だ。


「え、あ!確かに.....」

「申し訳ありません.....」


「いえいえ、親切にしていただいたのにあなたが謝らないでください」

「また後できますね」


俺はそのまま本部を後にした。


手に持っている焼きそばも冷えきってしまい、茜たちとスマホを同時に探しているとあっという間に辺りは暗くなった。


ふと腕時計を見ると時刻は8時30分を回っていた。


「もうこんな時間か....」


もうそろそろ花火が始まってしまう。


茜と藍も一緒に見るのを楽しみにしてたのに。


早く合流しなければ


この祭りの会場は神社を中心として河川敷まで屋台が並んでいる。


河川敷には花火を待つ人達で溢れていた。


しかし神社の方はその影響でかなり人が掃けてきた。


神社の方を探しても2人は全く見つからない。


河川敷に方に行くか......


俺は履きなれないサンダルで一生懸命走った。




「はぁ...はぁ.....」


河川敷に着くと、俺は膝に手を着いて息を整える。


顔を上げると同時に大きな爆発音が鳴り響いた。


辺りは明るく照らされ、周りの人達は空を見上げて笑顔になっていた。


花火が始まったのだ。


俺も汗を拭いながら花火を見上げ、その光が散り終わると、視線を再び落とした。


今は茜たちを探さないと..


しかし視線を落とした先には見慣れた人影が目を丸くしてこちらを見つめているのが見えた。


「しゅん....?」


疲れ果てたその声は茜のものだった。


茜は藍を背負いながら、涙目になっていた。


「ごめん....あの後スマホを無くしちゃって....」


「それはいいの!」

「でも藍の足が.....」


そうだ、なんで藍が背負われているのか理由を聞いていなかった。


俺は急いで2人に駆け寄る。


藍はいつもと同じように大人しくお姉ちゃんに背負われていた。


足を見てみると....


「なんだこれ....」


藍の足は血が滲んで、赤く腫れ上がっていた。


下駄を履いていたから靴擦れを起こしたんだ。


俺を探すために沢山歩き回ったからかもしれない....


茜もどれくらいの時間藍を背負いながら移動したのだろうか。


茜はいつだって完璧なお姉ちゃんだ。


それに対して俺は最低だ。2人を傷つけたのは実質俺だ。


「本当にごめん」

「俺のせいで...」


俺たちの頭上では綺麗な火の花が咲き乱れていた。


会話も花火の音でほとんど聞こえない。


「ひとまず座ろう」


河川敷の芝生に腰を下ろし、一旦落ち着くと藍の表情も柔らかくなった気がする。


藍は俺が手に持っている袋に視線を落とすと、口を開いた。


「しゅん、焼きそば....食べたい」


「え?でも冷えてるぞ」


「いいの!ずっと食べたかったから...」


「そこまで言うなら」


俺は完全に冷えきった焼きそばを藍に手渡した。


一生懸命焼きそばを口に運ぶ藍を、茜と俺は暖かい目で見守った。


こんなに美味しそうに焼きそばを食べる人をこれまで見た事があっただろうか。


「花火、綺麗だな」


「うん!一緒に見れてよかった」


俺と茜は騒がしく、眩しい空を見上げ、お互いが聞き取れるように大きな声で会話する。


「藍も見てごらん」


茜は隣で焼きそばを頬張る藍に優しく声をかけた。


「綺麗.....」


前の世界での花火とは比べ物にならないほどに綺麗な花火だ。


俺たちはその貴重で一瞬の時間を大切に過ごした。


最後の一発が天高く打ち上がり、大きな円形に広がる。


それと同時に茜と藍の口が同じタイミングで開く。


本当に2人とも似てるな。


最後の火花が散り終わると、茜と藍はこちらを見て微笑んだ。


「楽しかったね!」


「あぁ」

「俺なんかと一緒に花火を見てくれてありがとう」


「今まででいちばん楽しい祭りだったよ!」


「私も....」


「私、もっと俊のこと好きになったよ」


茜のその言葉は花火のように一瞬で俺の耳に届き、貫いて行った。


え?好き?今そう言ったか?



藍はすこし複雑そうな、でも悲しそうな目で俺と茜を見ていた。


藍は何が悲しいんだ?


周りはみんな帰る準備をしていたり、もう既にたくさんの人が帰路に着いている。


「私は俊のことが大好き.....!」


茜は力強い目線をこちらに向け、さっきの言葉を補うように言った。


その場に深い沈黙が流れる。


これが告白ってやつなのか?


俺は今まで体験したことがないのでどうすればいいのか分からず、何も言えずにいた。


しかし、茜はそんな俺の返事を待つように俺を見つめ続ける。


「伝えてくれてありがとう」


今俺の胸の中を暴れ続けるこの感情はなんなんだ。


茜は確かに容姿も整っていて、それにとても優しい.....いや違う、違うだろ!


俺もずっと茜のことが好きだったんだ。


それに気付いていたのに、いつも言い訳をして目を背けてきた。


「俺も茜が好きだ」


ああ、そうだ、俺はずっとこの言葉が言いたかったんだ。


胸の中で暴れていた感情がその言葉を口にした途端晴れていくような気がした。


ありがとう茜、俺にこの感情を与えてくれて。


茜の目からは涙が溢れる。


俺は茜と出会った時と同じように、ポケットからハンカチを取りだし茜に手渡す。


なんか懐かしいな。


茜が俺の手に触れた瞬間、あのビルの屋上で感じた時と同じ感覚に襲われた。


まるで花火が闇夜に散り消えて行くような。


何故か心地よい。そんな感覚だ。


俺の視界は少しづつ暗くなっていき、やがておぼろげながら藍の声が聞こえた。


「2人ともお疲れ様、”あっち”で待ってるね」

「これまで......ありがとう!」


あっち?ありがとう?? なんで別れの挨拶みたいになってるんだ?


藍は急に何を言っているんだ?


思考をめぐらせる間もなく、俺の意識は飛んでしまった。



&&&&&&&&&&&&



「ハッ!!!」


俺は意識を取り戻した。


ここはどこだ?なんて考える必要もなかった。


以前感じたことがあるこの冷たいコンクリートの感触。


ここはあのビルの屋上の出口、俺たちの前の世界での記憶がある最後の場所。


周りは深い藍色に包まれた夜。


「戻ってきたのか....?」


もしくは俺がただの夢を見ていただけ。


なんならその可能性の方が高い。


隣には茜が眠っていた。


この状況も以前経験したことがあるな。


懐かしさに浸りつつ茜の肩を軽く叩く。


「んん〜」


茜は変な声と共に目覚めると、こちらを丸い目で見つめる。


「俊?なんで私たちここに?」


え?俺だけの夢じゃない?


「まさか...茜も同じ夢を見ていたのか?」


「え?夢っていうか....さっきまで花火を見てたような気がする....」


「同じだ.....」


どうやら同じ夢を見ていた、もしくは本当にタイムスリップしていたらしい。


「そうだ!」


日付を確認するためにスマホを取り出す。


2025年5月14日、画面にはそう表示されていた。


俺がここで茜と出会った日だ.....


「なんだこれ」


画面の下の通知が表示される所に、1件の未読メッセージが来ていた。


宛先は........


「藍から!?」


この世界で俺と藍は連絡先を交換したことはない。


俺は恐る恐るメッセージを開く。


「え....」


俺はそのメッセージを読むとスマホが手元から滑り落ち、涙が溢れて止まらなくなった。


~~~~~~~~~~~~~~~

俊へ


あなたがこのメッセージを読んでいる時、恐らくあなたは元の世界に帰っていると思います。

でもその世界に私はいません。

私は2人の長い夢の中の登場人物に過ぎないの。

だから元々その世界に宮園藍という人物は居ません。

ほら、夢ってなにかおかしなところがあっても目覚めるまでその違和感に気づかないでしょ?

だからお姉ちゃんも夢の中では私に違和感を覚えなかったの。

とにかく私が言いたいのは、リベンジスクールライフの経験がこれからの未来で、2人の頑張るための糧になってくれたら嬉しいな。

辛い時はあの数ヶ月間の貴重な思い出を思い出して。

お姉ちゃんをよろしくね。


藍より

~~~~~~~~~~~~~~~~


「俊!俊ってば!」


「ああ、ごめん、涙が止まらないんだ」


俺は両手で擦るようにしながら溢れる涙を拭う。


「藍ちゃんってどなたなの?夢で出てきた子っぽいんだけど上手く思い出せなくて...」


その言葉を茜本人から聞くと、あの藍からのメッセージが現実味を帯びてきた。


2人は同じような夢を見つつも、少し違った世界線の夢を見ていたんだ。


「それは....それはな、俺たちの大切な恩人だよ」

「いつも一生懸命で、焼きそばが好きで、コミュ障で.....」


あの数ヶ月間だけでも俺たちはたくさんの思い出を作った。


俺の記憶からは藍は消えない。


「でもいい夢を見た気がするな、なんていうかとても楽しい学園生活を過ごしたような」


茜も夢の内容は覚えているらしい。


それだけで十分だ。


その楽しい思い出が、これからの茜の人生を支えて行ってくれるだろう。


「茜、俺たちはまだこれから残った学園生活をやり直せる」

「時を戻さなくたって、これから新しい思い出を作っていけばいい」


「うん」

「私これから頑張れる気がする!」

「なんか頭の片隅に楽しい記憶がある感じがする」


よかった、藍が言っていた通りだ。


俺はちゃんと茜を幸せに出来ただろうか?


いや、これからこれ以上に茜を幸せにする。


ここから本当の俺たちのリベンジスクールライフが始まるんだ!


俺たちはこれからの未来のことを考えるながら屋上で藍色に染った空を眺めていた。




リベンジスクールライフ(完)

最後まで読んでいただきありがとうございました。


この作品の続編がわまだ連載中なので、そちらも読んでいただけると幸いです。


最後に星評価でこの作品を評価していただけると今後の執筆の励みになります!

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