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8.嵐の様な光景

 翌日。

 藍岳は朝の登校の最中に何度も溜息を漏らしていた。


(あ~……やってしもた)


 昨日、彼は隣の席の美少女とLINEのID交換に応じた。ところがそのID、実はプロイラストレーターであるRyuのアカウントのままだったのだ。

 幸い磨瑚は、既に藍岳の正体に気付いているらしく、今更取り繕う必要は無い。

 しかしまさかこんなにも早い段階で、ばっちりと公式な形で己の身分をばらしてしまうとは、余りにも不覚に過ぎた。


(何やっとんのや俺……)


 紛いなりにも薙楽法忍道の継承資格を得た身であるにも関わらず、こんな初歩的な凡ミスをやらかしてしまうとは、情けないにも程がある。

 そして遂には半ば自暴自棄となり、Ryuとして磨瑚に御礼の挨拶メッセージなどを送ってしまった。

 昨晩の時点では、もうなるようになれという心境ではあったのだが、ひと晩寝て冷静に思い返してみると、余計なことをしてしまったと更に後悔の上塗りの様な心境に陥ってしまった。


(あぁもう、要らんことせんかったら良かったわ)


 しかし、もう後の祭りである。

 昨晩メッセージを送った時、速攻で既読が付いていた。

 ということは、彼女はあの御礼メッセージをばっちり読んでいる。今更、無かったことには出来ない。


(まぁ……ここまで来たら土下座でも何でもして、俺の正体黙ってて貰うしかないか……)


 相手が片思いの美少女だから、頭を下げることには何の抵抗も無い。

 が、やられる側にしてみれば相当面食らうだろう。

 下手をすれば、根暗な上にキモい変態野郎というレッテルまで貼られかねない。


(ヤバいなぁ……ホンマにマジでヤバいわ)


 もう何度も頭の中で土下座シミュレーションを繰り返しているのだが、どのパターンも最終的にはキモいから二度と近付くなというエンディングに収束している。

 とてもではないが、冷静に頭を下げられる心境ではない。

 そうしてモヤっとしながらあれこれ悩んでいると、いつの間にか正門を抜けて下駄箱い到着していた。

 教室まで、あと少し。それまでにある程度頭の中で整理をつけておかなければならない。

 このままではまず間違い無く、失敗に終わってしまうだろう。

 と、その時不意に横合いから女性の馴れ馴れしい声が飛んできた。


「うぃーっす、雪灘ぁ~! 今日も元気ぃ?」


 麗子だった。トレードマークのワンレンボブが陽の光を浴びて艶やかに輝いている。

 しかし、彼女のこの接近は意外であり、予想外でもあった。

 麗子の様な陽キャ美少女とは今後、教室以外で接することなどまず無いだろうと思っていたからだ。

 が、ここで挨拶を返さないのは失礼に過ぎる。藍岳は振り向きつつ、静かに頭を下げて一礼した。


「あ、どうも、おはようございます……」

「んだよ雪灘ぁ、元気無いなぁ」


 今度は逆方向から別の声。由佳だった。彼女のウルフカットボブも昨日と変わらず柔らかで、ふんわりした印象を与えつつ、その美貌はどこか鋭さを含ませている。

 藍岳は由佳にも挨拶を返しながら、そそくさと上履きに履き替えた。


「なぁんかキョドってんねぇ。うちらもう友達なんだしさ、普通にやってよ雪灘ぁ」


 陽気に笑いながら肩をばしばしと叩いてくる麗子に、藍岳は困惑を隠せない。

 昨日の山崎堂でのアレは、一過性のものではなかったのか。

 美術では人物画の課題があるから、もうしばらくはお互いに模写し合う関係性を維持することになるのだろうが、それ以外では昨日で一旦全てが終わっていたと思い込んでいた藍岳。

 ところが麗子も由佳も、当たり前の様に声をかけてくる。

 これは本当に現実なのか。

 それとも藍岳は未だ夢の中で、これから起床して登校の準備を始める段階なのだろうか。

 何とも複雑怪奇な思いを抱きつつ、ふたりの美女と肩を並べて教室へと足を運んだ。すると、既に登校していた磨瑚が藍岳らの姿を見るなり、ガタっと勢い良く立ち上がった。

 そして何を思ったのか、物凄い速さで藍岳のもとへと歩を寄せてくる。


「お、おおおおはよう、雪灘君……ちょ、ちょっとだけ、良い?」


 そんなに時間は取らせないからと妙に挙動不審な調子で口早に語ってから、磨瑚は藍岳の返事も待たずに、彼の手を引いて渡り廊下まで足を急がせていった。

 藍岳は訳も分からず磨瑚に連行されるまま、渡り廊下へと辿り着いた。


「あ、あのね雪灘君……あ、あああ、あたしね、ガッコでは、その、普通にクラスメイトってことでお話させて貰うけど、でも、でもね、ちゃんと神って思ってるからね。敬ってるからね。そこだけはちゃんと、覚えておいてね」

「……はい?」


 全く意味が分からなかった。

 朝一で片思いの美少女から教室外に連れ出されてしまい、それだけでも既に頭の中はテンパっているというのに、いきなりこの意味不明な申告である。

 やっぱりまだ夢の中に居るんじゃなかろうかと、目の前の光景を疑ってしまうのも無理からぬ話だった。


「えっと、でもね……その、やっぱり、う、嬉しかったな……だって、Ryu様だよ? あのRyu様が、あたしみたいなパンピーにID教えてくれたんだよ? こんなのマジ、フツーじゃないよね? 神だよね? んもぅあたし、それだけで泣きそうになっちゃって……」


 何だかよく分からないが、ミスして交換したIDで彼女がここまで喜んでくれるなら、それはそれで結果オーライだろうか。

 要は藍岳がLINE上で下手な情報を流さなければ、それで良いのである。

 磨瑚は最初から秘密を守ってくれるといってくれている訳だし、これ以上何を望む必要があろうか。


「いや、まぁ、喜んで貰えたんなら、そらぁ全然良いんスけど……」

「だよね、だよね! じゃあさ、あたしの方からも、い、色々、送って良いよね? Ryu様に、あ、あたしのメッセとか何とか送っちゃって、良いよね?」


 何だかよく分からないが、ここでYesと答えておかなければ話が進まない様な気がしてきた。

 藍岳は、是非お待ちしていますと無難に回答。

 すると磨瑚は、きゃあきゃあとひとりではしゃぎながら、教室に駆け戻っていった。


(な……何やあれは)


 まるで嵐の様な一幕だった。

 磨瑚のあの喜びようは、藍岳にしてみれば嬉しい反面、少し怖くもあった。

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