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4.アンケート用紙

 駅前の『山崎堂』は磨瑚が週末や平日の夕方などに、不定期にアルバイトのシフトを入れている昭和風な装いのシックなカフェだ。

 落ち着いた調度品や静かな店内、そしてマスターの山崎謙三(やまざきけんぞう)が淹れる味わい深いコーヒーが決して少なくないファンの心をがっちりと掴んでおり、多くの常連客が足繁く通う地元の有名店ということになっている。

 この日、磨瑚が何人かの友人を連れて来店すると、先輩ウェイトレスの杉山美鈴(すぎやまみすず)がいつもの明るい笑顔で出迎えてくれた。


「んまぁ、磨瑚ちゃんじゃない。今日も来てくれたんだぁ」

「ちわーっす。今日はあたしの友達も一緒でぇーす」


 美鈴に負けないぐらいの朗らかな笑顔で手を上げながら、わざわざ案内されるまでもなく、すたすたと奥のボックス席へと歩を進めてゆく磨瑚。

 その後に由佳、麗子、祐希、そして藍岳といった面々が続く。

 由佳と麗子は磨瑚がバイトシフト中に何度か遊びに来たことがあったが、祐希と藍岳は初来店の筈だ。

 事実、マスター山崎は女子の顔は全員覚えているが、男子ふたりの顔は初見だということで、カウンターの奥から丁寧に挨拶してくれていた。


「どう? すっごく雰囲気イイっしょ?」

「おぉ~……何かめっちゃオトナぁーってカンジだよな」


 鼻高々に胸を反らす磨瑚に、祐希が感心した様子で頷き返す。が、その目は何故か、磨瑚の胸元に注がれていた。


「金谷、目ぇヤラしぃぞ」

「磨瑚っちが巨乳だからってガン見し過ぎ」


 麗子と由佳が相次いでツッコミを入れた。対する祐希は、男子はスケベな方が健全なんだとかどうとか必死に弁明している。

 そんな祐希とは対照的に、藍岳はメニューを食い入る様に凝視していた。


「ってか雪灘、そんな腹減ってたんだ」


 藍岳が見ているのがフードメニュー欄だったこともあり、麗子が可笑しそうに茶々を入れた。しかし藍岳が見ていたのはメニューの文字ではなく、隅っこに描かれていた猫のイラストだった。


「いや、この猫上手いなって思って」

「え? 分かる? その猫、可愛いじゃんね」


 食いついたのは磨瑚だった。実はこの猫のイラストを描いたのは、彼女だったのである。


「これさ、アークプリティナイトっていうソシャゲに出てくるキャラクターでさ。あたしこの子、超スキなんだよね」

「磨瑚っちって、微妙にゲームヲタだもんねぇ」


 嬉しそうに語る磨瑚に、由佳がウルフカットボブを柔らかに揺らしながらやれやれとかぶりを振った。

 ところが磨瑚は、微妙とは何だと唇を尖らせた。


「超ガッツリだっつーの。あたし、課金までしちゃってんだからね」

「えー、マジでー? ガチでヲタじゃん」


 目を丸くする由佳。

 磨瑚としては自分のゲームオタクぶりを隠していた訳でも無かったのだが、何故こんなにも驚かれるのか、その理由がよく分からなかった。

 ところが、そんな彼女らのやり取りを全く気にすることなく、藍岳は尚もじぃっと磨瑚作成の猫イラストを凝視し続けている。

 余りに見られ過ぎて、磨瑚もだんだん恥ずかしくなってきた。目の前のこの地味男は、美術の授業中、驚く程の絵画の才を見せつけてきた相手である。

 それ程の技量の持ち主に、自身の拙いイラストをこんなにもしげしげと見られてしまうと、嬉しさよりも羞恥の方が強くなってきてしまった。


「あ、もう良いじゃん雪灘君……それよかホラ、何か食べたいものある? 今日ならあたしバイト代出たばっかだからさ、良かったら奢ったげるよ」

「いえ結構……俺もそれなりに手持ちはある方なんで」


 相変わらず素っ気無い藍岳だが、結局彼がオーダーしたのはアイスカフェオレだった。

 他の面々も美鈴が注文を取りに来た際に、それぞれの好みのドリンクをオーダーしてゆく。そんな中で磨瑚はJKにしては珍しく、ブレンドコーヒーをブラックで飲むというスタイルだった。

 そうしてオーダー後の待ち時間も、女子三人は中間テスト前に何故か組み込まれている実力テストの対策はどうするのかとか、近くに出来た新しいブティックの品揃えはどうだとか、さえずる小鳥の様に絶え間なく会話に華を咲かせていた。

 祐希はそんなJKの勢いに押されて、ただ愛想笑いを浮かべながら相槌を打つばかりである。

 一方、藍岳は手元に視線を落とし、いつの間にか取り出したシャーペンで、テーブル備え付けのアンケート用紙の裏に何かを書いていた。


「何してんの?」


 ふと気になって覗き込んだ磨瑚。その瞬間、彼女の美貌にあっと驚きの色が広がった。


「こ、これ、ミャーナイトたゃん!」


 速攻で分かってしまった。

 磨瑚がメニュー表の隅に描いていたのも同じキャラクターだが、藍岳が描いているそれは、ソーシャルゲーム『アークプリティナイト』に登場する猫型キャラクターのミャーナイトそのままであった。

 ディテールから表情、仕草までがまさに今、ゲームの中から飛び出してきたといっても過言ではない程に、藍岳が描き出したミャーナイトは完璧に表現されていた。


「え、待って待って待って! 雪灘君、マジで超ウマ過ぎるんですけど!」


 すっかりミーハー気質全開で大はしゃぎしている磨瑚。流石に由佳や麗子はドン引きしているが、そんなのは知ったこっちゃない。

 と、ここで磨瑚は或ることに気付いた。

 藍岳がそのイラストの隅にサインを書き込もうとして、慌てて塗りつぶしていたのである。

 しかし磨瑚は、そこに記されようとしていた文字に全ての意識を奪われてしまっていた。


(え……Ryu……?)


 まさか、と思った。

 今、飛ぶ鳥を落とす勢いで売れまくっている神絵師のひとりで、アークプリティナイトでも幾つかの公式キャラクターイラストを担当している人物だった。

 そのサインの筆跡は独特で、横文字でありながら妙に書道の趣きを加えた味のある字面である。

 そしてたった今、藍岳が記そうとして慌てて塗りつぶしたその書体が、公式イラストに添えられているサインと全く瓜ふたつだった。


(え、嘘……え? え? え? ちょ、ちょっと待って……え? マジ? えーーーーー?)


 磨瑚は心臓の高鳴りをどうにも止められなくなってきた。

 藍岳はしかし、何事も無かったかの様に落書きしたアンケート用紙をぐしゃぐしゃっと丸めている。

 そして彼の目が静かに、


「余計なことはいうな」


 と語っている様に思えてならなかった。

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