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3.条件反射

 放課後。

 帰り支度を整えていた磨瑚の周囲に、いつもの仲良しグループが集まり始めている。

 どの顔ぶれも陽気で自信に溢れており、学生生活を大いに楽しもうという前向きな感情に溢れていた。


「よぉーっす、晴澤~。カラオケいこぉーぜー」


 クラス内でもトップ3に入るイケメン男子の箱崎俊也(はこざきとしや)が当たり前の様に正面から覗き込んできて、磨瑚の通学鞄を手に取ろうとした。

 ところが磨瑚は、ちょっと待ってとばかりに俊也の手を制してから、隣席の藍岳にその美貌を向けた。


「あ、あのさ雪灘君……今日って、暇?」


 その問いかけに対して反応したのは藍岳ではなく、俊也の方だった。


「え、ちょっと待てよ晴澤……そんな奴、誘うつもり? 俺、聞いてねぇんだけど」


 藍岳なんぞ相手にせず、早くカラオケ行こうぜと尚も磨瑚の鞄を持ち上げようとする俊也。しかし磨瑚は、今回は少しばかり意地になって抵抗した。


「だから、待ってってば。あたし今、雪灘君と話してんだから」

「えぇ~、マジかよ……」


 俊也はあからさまに不機嫌そうな顔立ちで磨瑚の鞄から手を放し、少しばかり距離を取った。

 これに対し藍岳は、相変わらずの不愛想な能面で自身の通学鞄を掲げ、今にも帰ろうとしている。その藍岳の前に慌てて立ち塞がる格好で、磨瑚が再度声をかけた。


「えっと、御免ね、何か話の途中で……でさぁ、雪灘君この後、時間ある?」

「暇とはいいませんけど、都合は付けられます……で、何の用です?」


 問い返してくる藍岳の面は相変わらず無表情のままだが、どこか怯えに似た色が見え隠れしているのは気の所為だろうか。

 余りひと付き合いは得意ではないのかも知れない――そんなことを考えながら、それでも磨瑚は精一杯の明るい笑顔をその美貌に乗せて更にすり寄る仕草を見せた。


「あ、もしさ、嫌じゃなかったら、その……あたしと軽くお茶でもしに行かない?」


 これに対し藍岳は、磨瑚ではなく俊也に視線を流した。


「カラオケ、行かなくて良いんですか?」

「ん~……カラオケはしょっちゅう行ってるから、今日はパスかなぁ」


 するとそれまで明後日の方向に顔を背けていた俊也が、それはないだろうとばかりに詰め寄ってきた。

 その剣幕に、由佳や麗子、或いは他の面々も揃って眉を顰めている。

 俊也は以前から俺様気質で、自分の思い通りに事が運ばないとすぐに苛立ちを露わにして来るのが玉に瑕だった。


「おい晴澤ぁ……俺らとそいつ、どっちが良いってんだよ。何でそんな奴に声かけてんだよ。おかしいだろ」

「ちょっとさぁ……おかしいとかおかしくないとか、勝手に決めんなし。あたしが雪灘君とお茶したいってだけの話じゃん」


 ここで遂に俊也が本性を剥き出しにしてきた。彼は藍岳を突き飛ばすと同時に、磨瑚の肩に手をかけようとした。

 が、出来なかった。

 藍岳に伸ばされてきた俊也の右手が手首の辺りで掴まれたのだが、その直後、俊也は目を剥いてその場に膝から崩れてしまったのである。


「んが……あ……痛て……痛ててててて……ちょ、ちょっと、待て……は、放してくれ……」


 俊也はただ、自身の右手首を藍岳の左手に掴まれているだけである。にも関わらず彼は額に脂汗を浮かべ、激痛に身を捩る様な苦悶の色を面に張り付けていた。


「安易に手ぇ出すの、やめて貰えます? つい条件反射で、俺も自分の身を守ろうとしてしまうんで」

「う……わ……分かった……マジで、分かったから……手……手ぇ、放して、くれって……頼むし……」


 この時、磨瑚は俊也の手首を掴んでいる藍岳の左腕の筋肉が、血管が浮き出る程に膨張していることに気付いた。

 由佳や麗子、或いは祐希といった面々も藍岳の豪腕に目を剥いており、同時に苦痛に悶える俊也の情けない声に驚きを露わにしていた。

 藍岳は俊也の懇願に応じて、彼の手首を解放した。しかし俊也はすぐには立ち直れないらしく、未だ両膝を床についたままだった。


「すんませんね、馬鹿力で。でもさっきもいった様に、俺は条件反射的に動いてしまう癖あるんで、下手したら一瞬で骨砕いてしまうかも知れません。ちょっと今後は気ぃつけて貰えますか」

「お……おぅ、分かった……わ、悪かったな……」


 俊也はそのまま、すごすごと引き下がっていった。


「すっご……あの箱崎が、あっさり帰ってったし」


 由佳が心底驚いたといった顔つきで、逃げる様に去ってゆく俊也の背中と、無表情に佇んだままの藍岳を何度も見比べていた。

 すると麗子が、妙に勢い込んで磨瑚の隣に立った。


「あのさ、うちも一緒にお茶して良い? ちょっとさ、その筋肉、興味あるんだけど」

「筋肉なんて、筋トレしてたら誰でも身につくでしょ」


 藍岳は依然として、素っ気無い。

 だが、ここで彼を逃してはなるまいと磨瑚も声を励ました。


「んじゃ、皆でいこーぜー! あたし、クーポン持ってるからさ」

「あー、磨瑚っち、あそこのカフェでバイトしてんだっけ」


 磨瑚が取り出したクーポン券の束を、由佳が指先でぱしぱしと軽く叩いた。

 そんなこんなで磨瑚は由佳、麗子、更には祐希という面々と共に、藍岳を駅前のカフェ『山崎堂』へと連行することに成功した。

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