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13/24

13.敗者

 実力テストが終わり、教室内には解放感が満ち溢れた。

 これから数日後には体育祭が控えており、しばらくはどの生徒も頭の中がイベントモードに突入する頃合いだった。

 そんな中でも藍岳の学園祭運営担当委員としての仕事は、決して停まることは無い。

 クラスのほぼ全員が帰宅の準備を終えて教室を出ていこうとする中、藍岳は少しずつ制作が進んでいる『おばけ屋敷カフェ』の大道具や小道具の確認及び整理の為に、ひとり居残って作業を続けていた。

 この日の作業には、磨瑚は参加していない。彼女は大勢の友人らとカラオケに行った。

 聞けば、今日は磨瑚の中学校からの友達の誕生日だそうで、誕生日パーティーを兼ねて遊びに行こうと誘われていたらしい。

 当初磨瑚は藍岳ひとりに作業を任せてしまうことに相当悩んでいる様子を見せていたが、藍岳は折角なので行って来いと彼女の背中を押した。


「じゃあさ……終わったらユキちゃんも、カラオケ来なよ! あたしひとりだけが遊んでんのって、めっちゃ申し訳無いし! ね?」


 磨瑚は行き先となるカラオケボックスの情報をLINEに残して、教室を去っていった。


(何や、律儀なひとやな……)


 内心苦笑しながら、ひとりデータと現物の突き合わせ作業を進めてゆく藍岳。

 そうして小一時間程が経過したところで、誰かが教室に入ってきた。

 確か、俊也と並んでクラス内イケメントップ3に入る男子で、菱浦慶太(ひしうらけいた)という名前だった筈だ。

 運営担当委員選抜プレゼンの際、藍岳に予実管理の方法を訊いてきた最前列の男子だった。

 最初は顔しか知らなかった藍岳だが、予実管理方法に興味を持ってくれた珍しい人物だった為、わざわざ名前を調べて覚えたのである。

 その慶太が、幾分驚いた表情で藍岳の席に歩を寄せてきた。


「よっ、お疲れ。まだ残ってたんだ?」

「あぁどうも……こういうのは毎日の積み重ねなんで」


 藍岳は僅かに表情を緩めて会釈を送る。この慶太は確かにイケメンではあるが気取った様子は無く、割りと誰とでも気軽に話す人物だ。その雰囲気はどことなく、磨瑚に通じるものがあった。


「忘れ物ですか?」

「あぁ、うん……それよか雪灘は、カラオケ行かねぇの?」


 不思議そうな面持ちで問い返す慶太に、自分はそういう場には似つかわしくないと藍岳は苦笑を返した。


「いや、そんなの気にしなくて良いと思うぜ? お前と一緒に遊びたいって奴だって居るんじゃね? 例えば、この辺の奴らとか」


 いいながら慶太は、磨瑚の席周辺を指差した。

 そうですかねぇと小首を傾げながら、藍岳は尚も作業を続けた。


「少なくとも、こいつはそう思ってんじゃね? 最近なんて俺と顔合わすたんびに、お前の名前が絶対何度かは出てくんだからさ」


 いつの間にか藍岳の傍らまで歩を寄せてきていた慶太は、磨瑚の机の天板をこんこんと軽く叩いた。

 中々衝撃的な情報だった。しかも何故そんな話が、今までほとんど接点の無かった目の前のイケメンの口から飛び出してくるのだろう。

 藍岳が訝しむ視線を持ち上げると、慶太はあぁ悪りぃ悪りぃと苦笑を滲ませながら頭を掻いた。


「俺とあいつって家が近所でさ、よく一緒に帰るんだよ。そん時に雪灘の話とかがしょっちゅう出てきててさ。あいつ、すんげぇ嬉しそうに語ってんだぜ?」


 更に曰く、慶太と磨瑚は保育園の頃からの付き合いで、慶太が失恋すると磨瑚が慰めるという様なことがこれまでに何度もあったなどと、彼は面白おかしく語った。

 この時藍岳は、はっきり悟った。


(あぁ、こらぁあかんわ。端から勝負にならん)


 こんなにも気さくで、気遣いの出来るイケメンが幼馴染みでしかもクラスメイトとくれば、最早勝負ありだ。きっと磨瑚は、この慶太とくっつくのだろう。

 自分など、最初から相手にはならなかったのだ。

 最近でこそ親しげに接してくれていた磨瑚だが、そこにチャンスなどは欠片も無かったという訳だ。


(せやのに、何を浮かれとったんやろな俺は……)


 穴があれば入りたい気分だった。

 そして、同時に思う。


(これからはもう、晴澤さんとは距離取った方がエエな……俺が要らん横恋慕して、邪魔してるみたいになってまうわ)


 胸の奥の鈍い疼きを感じながらも、藍岳は腹を固めた。

 今までも、薙楽法忍道の修練で何度も己の心を殺してきた。それらの地獄の数々に比べれば、この程度はどうってことない。

 そう思うことにした。


「菱浦君はカラオケ、行かないんですか?」

「あ、これから行くつもり。ちょっと部活の用事で遅れちまったけど……んでさっきの続きだけど、お前と一緒に遊びたいって奴はぜってぇー居ると思うから、あんまり変な風に考えんなよ? 後、俺もお前がカラオケ来てくれるの、待ってっからな」


 それだけいい残して、慶太は教室を飛び出していった。

 室内に再び、静寂が訪れた。

 藍岳はスマートフォンを取り出し、磨瑚がLINEで送ってきたカラオケボックスの情報を眺めた。

 きっと今頃は、仲の良い友人らと大いに楽しんでいることだろう。そんなところに、自分の様な雰囲気を悪くする陰気者が顔を出して良い筈が無い。

 慶太はああいって誘ってくれたが、皆が皆、藍岳を歓迎しようという気持ちになっているとは限らないだろうから、ここは遠慮するのが妥当だ。

 それにしても慶太という青年、藍岳の目から見ても惚れ惚れとする様な爽やかな男だった。


(……エエひとやんか。ああいう御仁には、勝てる気せぇへんわ)


 もうこれ以上考えるのはやめようとかぶりを振り、藍岳はただ無心に作業を続けた。

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