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1.窓際のぼっち男子

 9月になった。

 まだまだ厳しい残暑の陽射しが降り注ぐ中、私立T高等学校普通科は二学期を迎え、夏休みをしっかりと満喫した多くの生徒らが再び校舎に戻ってきた。

 校内屈指の美少女として名高い一年B組の晴澤磨瑚(はれざわまこ)も、久々に会う友人達といつもの仲良しグループの輪を作ってお互いにスマートフォンを見せ合い、夏休み中の思い出を語り、或いは写真を交換するなどして賑やかな学校生活を再開させていた。


「うーわッ! 何コレぇ! めっちゃアガる~!」

「ひゅー、これ新しいカレシ~? 最高かよ! てか超ウラヤマ!」


 始業式の朝から大いに騒ぎまくった磨瑚。その周辺には明るい笑顔が幾つも連なっていた。

 そして始業式当日の午後のホームルームでは、席替えが行われた。

 これは完全なくじ引きである為か、クラス内に奇妙な緊張感が漂っていた。

 というのも、この一年B組には磨瑚を始めとして何人もの美少女が在籍しており、その一方で整った顔立ちのイケメンもこれまた多い。

 単なる偶然ではあったが、一年B組は美男美女揃いとして校内でも名を馳せる様になっており、奇跡の1-Bとさえ呼ばれる様になっていた。

 その為、同じ席替えでも一年B組に限っていえば、これは単なる席替えでは終わらない。

 新しい席の前後左右のどこかで、美男美女クラスメイトの誰かと一緒になれるかどうか――この結果如何によって、その学期生活が天国になるか地獄になるかが分かれるという両極端な空気が漂っていたのである。

 しかし磨瑚は、席替えというイベントにはどちらかといえば無頓着な方であった。

 新しい席の周りに仲良しのイツメンが集まれば間違い無く楽しい学期になるのだろうが、仮にそうでなかったとしても、今まで余り話したことの無かった相手と友達になれるかも知れないという期待もある。

 磨瑚にとってこの席替えは、新たな出会いが得られるひとつの可能性という位置づけでもあった。


(え~っと……お、やったね! 窓際の近くじゃん!)


 一学期はほぼ教室の中央の席だった磨瑚は、次に移動するなら廊下側か窓際に近い場所が良いと密かに思っていただけに、この席替え結果は願ったり叶ったりだった。


「はぁ~い、それじゃあ自分の机持って、皆さん移動して下さ~い」


 担任の英語教師、四方敏和(よもとしかず)の号令を受けて、一斉に動き出すクラスメイト達。

 彼ら彼女らは移動の先々で、悲喜こもごもの感情を炸裂させていた。

 そして磨瑚は、その新しい席の周辺に割りと親しいメンツが揃っていたことに十分満足していたのだが、左隣の席、即ち窓際に陣取っている少年の姿に、若干の驚きを禁じ得なかった。


(え……この子、誰?)


 余り見た覚えの無い男子生徒が、頬杖をついて窓の外を眺めている。

 背は低くないのだが、派手さなどは欠片も無く、その表情も陰気臭さに彩られていた。

 磨瑚の前席に座ることになったチャラ男系のクラスメイト、金谷祐希(かなたにゆうき)にそれとなく聞いてみたところ、件の陰キャな男子は雪灘藍岳(ゆきなだらんがく)という名であることが分かった。


(あ、そういや思い出した……ちょっと変わった名前ってか、だいぶん古風で渋いネーミングだなぁって)


 一学期初日、即ち入学式を終えた最初のホームルームで全クラスメイトがそれぞれ自己紹介する場面があったのだが、その時の藍岳の名が、妙にインパクトに残っていた。

 しかしそれ以降、全く接点が無かった為、磨瑚も藍岳の存在をすっかり忘れてしまっていた。

 それにしてもこの藍岳、磨瑚とは雰囲気も表情もまるで正反対だった。

 磨瑚はキャラメルブラウンに染めたウェーブヘアを背中辺りまで伸ばし、完璧に整った目鼻立ちを明るいスクールメイクで煌びやかに彩っている。

 ネイルも校則ギリギリを攻める派手な色合いで、ミニスカートから伸びる白くて健康的な脚は女の色香を存分に振り撒いていた。

 対する藍岳は地味の一点張り。やや長めの黒髪は目元を隠し、加えて黒縁眼鏡がその表情をほぼ完全に隠してしまっている。

 他の男子は夏服のワイシャツ下に派手な色合いのTシャツを着込んでいるが、この藍岳は黒いタンクトップが僅かに透けて見える程度である。

 ところが、一点だけ磨瑚の目を引く部分があった。


(わ……凄い筋肉)


 頬杖をついてそっぽを向いている藍岳の腕には、その辺の男子では到底敵わない様な太い筋肉が盛り上がっていた。

 この筋肉を武器にして陽気に振る舞えば、もっと大勢の友達の輪の中に入っていけるのではとすら思えたのだが、本人には全くその気は無いらしい。


「ね、金谷っち……そのぅ、雪灘君と話したことって、ある?」

「いやぁ、あんまっていうか、全然ねぇなぁ」


 小声で問いかけた磨瑚に対し、祐希も不気味なものを見る様な眼差しを窓際の席に流しながら、同じく小声で返してきた。

 右隣や後ろの席に座っているイツメン仲良しグループの女子ふたり、遠野由佳(とおのゆか)清水麗子(しみずれいこ)に訊いてみても、矢張り同じく一度も話したことはないとかぶりを振るばかりだった。


(へぇ……どんな子なんだろ)


 磨瑚は俄然興味が湧いてきた。

 あの太い腕を見る限り、運動音痴という訳ではなさそうだ。かといって乏しい表情から察するに、アウトドア派という線も少し想像が難しかった。

 何とも不思議なアンバランスさである。


(よっし……ちょっと声かけたろ)


 祐希や由佳、或いは麗子といった面々が何故か緊張感を持って見守る中、磨瑚はそっと窓際方向に体を傾けてぎこちない笑みを向けた。


「あ、あのさ……えっと、雪灘君、だっけ? その、これから年末まで、隣同士だね……よ、宜しくねぇ」


 極力明るさを押し出して手を振ってみた磨瑚。

 これに対し藍岳はまるで表情が読めない黒縁眼鏡をこちらに向けて、ぺこりと小さくお辞儀。


「……宜しく」


 僅かひと言だけを返し、再び窓の外へと視線を戻してしまった。


(う~わ……めっちゃ気まず!)


 磨瑚は笑顔のままで凝り固まってしまい、背中にうすら寒いものを感じていた。

 これが、謎の青年藍岳との最初の邂逅だった。

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