1. 夢と目覚め
「……痛てて」
暗く狭い場所で1人の少女が目覚めた。時間も記憶も曖昧な彼女は目を擦りあくびをし、気持ちを落ち着かせる。
暗闇にも目が慣れていきあたりを見回すとここは部屋というか収納のようだった。服がハンガーにかけられており、やけに親近感の湧く匂いがした。
「あれ?ここって」
ここがどこなのか思い出し、目の前の戸を横にスライドさせる。自室のクローゼットの中だ。
こんなところで寝てしまうなんて、どうりで体中が痛いわけだ。
そんな、ありえない天然ぶりを発揮したこの少女、佐藤占奈はとある事を除けば、普通の女子高生だ。勉強がそれなりにできて友達も数人いて占いだってできる。そんな高校1年生だ。
「夕方だ、今日何してたか思い出せない」
窓からオレンジ色の空をみて呟く。ドアの横にある姿鏡を見ると学校の制服を着ていた。学校に行ってたのかな。
シワの寄った制服を眺めていると外から車が衝突したような音が聞こえた。
「え!?なに」
そういえば、さっきから外がうるさかった気がする。何かトラブルでもあったのか急いで確認に向かった。
ドアを開けると家の前に、パニックホラー映画に出てくるような巨大なヘビがいた。
これは夢だこれは夢だ、と自分に洗脳をかけていると少女の叫び声が聞こえる。
「危ない!早く家の中に逃げてっ!」
「……えっ?」
よく見るとヘビの横に人がいた。
というかアレって……『私』だ。へへっ、やっぱりこれは夢だ。
だってデカすぎるヘビが家の前にいるし、私はここにいるのにアッチにも私がいる。アッチの私の格好は何?コスプレ?仮◯ラ◯ダーみたいなベルトつけて赤いマフラーまで巻いて、なんか全身光ってるし……
そんな情報量の波にのまれていたら、いつのまにか私の前にパニックホラーヘビの顔があり、大口を開けて待ち構えている。
「……まずい、食べられる!」
ガタンッ
静まり返った教室に1つ、机の揺れる音が聞こえた。
誰しも経験したことがあるだろう。机に突っ伏して寝ていたら体がビクンってなって恥ずかしい思いをするヤツ。ジャーキングと呼ぶらしいが、私は今ジャーキングを経験した。
「占奈ちゃん、今寝てたでしょ?ピクって」
前の席に座っている涼翔がプリントを渡しながら言った。
「あはは、ちょっと部屋の酸素が薄いかもですね……あれっ?」
よほど恥ずかしかったのか誰もいない後ろへプリントを渡そうとしてしまった。
よかった、さっきのは退屈な授業から生まれた悪夢だったんだ。私は横の窓を開けつつ授業を続けた。
キーンコーン……
吹奏楽部の演奏をバックに、私たち帰宅部は下駄箱前で会話をしていた。
「さっき変な夢でも見てたの?」
「自分が大きなヘビに食べられる夢でした。最後ガブっといかれて怖かったですよあれは」
「それってこの間の映画のせいかな?やっぱり怖かった?」
そうだ、ヘビと言えば最近、涼翔と2人で映画を観に行ったんだ。ジャングルにデカアナコンダが現れて、次々に人を襲う作品だ、あれは確かに怖かった。
そんな他愛もない話をしながら、上履きをしまい靴に履き替える。
「ねぇコンビニ寄らない?」
涼翔の提案に首を縦に大きく振った。別に禁止されてるわけじゃないが、学校終わりの買い食いは背徳的だ。
中学生の頃は部活をして、それが終わったら真っ直ぐ家に帰る、それが高校生になり涼翔と出会ってからこの買い食いライフが始まった感じだ。
アイスなどを買ってコンビニを後にしたわけだが、なんかおかしい、やけに体がゾワゾワする。
「あっそこ、鳥のフンが落ちてきます」
「え?……危なっ」
頭の中もごちゃごちゃする。さっきアイスを食べたからかな。
「そこだと水たまりの水が跳ねてきます」
「おおっ!?危なっ」
やっぱりおかしい。分かる、というか見える。部分的だがこの後起きることが見えるんだ。何ですかこれは。
「占奈ちゃん何かすごいね。未来が見えてるみたいでなんかカッコいい」
「そんな事ないですよ、えへへ」
「占いだけじゃなくてそんなこともできるの?」
水晶玉を用いた占いはできるけど、未来を見通すとかはできたことがない。もしかして潜在能力的なものが覚醒でもしたのだろうか。そうだとしたら悪い気はしない。まあ多分たまたまだろう。
「じゃまた明日ね」
コンビニに寄ってから十数分、涼翔とはここでお別れだ。さっき買った飲み物をちょびちょび飲みながら歩いているとあのゾワゾワが体に押し寄せた。
袖をめくり腕を見ると鶏もビックリなほど鳥肌がたっている。
「あれっ?涼翔さんどうしたんですか?」
目の前にさっき別れたはずの涼翔がいるが返答はなかった。何かがおかしいと思い辺りを見回す。
「……嘘でしょ」
私は見てはいけないものを見てしまった。強盗だとか変質者なんかよりもよっぽど怖くて血の気が一気に引いた。
次の瞬間、その恐ろしいものは大きな口を開けて涼翔を噛み潰した。私の目の前で。
「……はぁはぁ、そんな……うわぁーー!?」
気がつくと私は飲み物を地面にこぼしながら叫んでいた。
「あれっ?今のって……」
周りをみるが血とかそんな物騒なものは落ちていなかった。それを確認したが安心できなかった。そりゃそうだ。
さっき体のゾワゾワとともに未来を見たんだから。鳥のフンに水たまりの水。
このしょぼいヴィジョンの次がこれだ。信じられないし信じたくない。でも確実に見た、目の前で涼翔が襲われるところを。
「……行かなくちゃ」
私は全力で涼翔の元へ走った。
かなり走っただろう、呼吸がかなり乱れ酸素の供給が追いついていない。友達の命がかかっているんだそんな事はどうでも良い。
「あっいた!涼翔さん!」
1人の少女を見つけ駆け寄った。が近づくにつれてそれが探している友ではないことに気づき、先ほどの喜びが少しずつ消えていく。
「ここから逃げて、はやく!」
「えっ?」
その少女は私に逃げるよう言った。よく見るとその少女はお腹にヒーローもののベルトを巻いている。
「それって……」そのベルトに見覚えがあった。夢でもう1人の私が巻いていたものと同じだったのだ。
その時、困惑している私の後ろからものすごい衝撃音が鳴り響いた。割れた地面の破片が転がり、なにか大きいものの気配を感じる。
「まずい、あなたこっちに隠れて」
慌てた少女は木の裏に隠れるようジェスチャーをして、誰かと会話をしている。
「師匠!ヘビが現れたわ」
『何!?私と合流するまで戦うんじゃないぞ』
「でも一般人が……」
木の裏に隠れた私はどんどん心拍数が上がり、汗も止まらない。あのヘビ私を見てるよね!?ガッツリ目が合ってる!
そのまま睨めっこをしているとヤツの尻尾がこちらに向かってくる。それはまるで鞭のようにしなやかで素早かった。なす術のない私はただ歯を食いしばっていた。
すると、砂を巻き上げた突風と木が薙ぎ倒される音が聞こえたが、鞭のような尻尾は私の体には到達しなかった。
顔を上げると、少女が全身を使ってヘビの尻尾を抑えている。今の一撃で死んでもおかしくないのに口から血を吐きながら私を守っていた。
「はや、く逃げて……」
体の力が抜けて彼女は地面に倒れてしまった。こんなのを見て逃げられるわけがない。今度こそ終わりだ、と現実を受け入れボロボロの彼女を抱きしめた。
このような状況でもヘビは容赦なく次の攻撃へとうつる。今度は喰い殺すきだ。私は涙を流しながら怒りの表情でやつを睨む。
そんな絶望のなか、突如として占奈の腹部が光輝いた。まさしく希望の光だ。自身の腹部を確認するとあのベルトだ。
「……これなら、切り抜けられる」
さっきまでの絶望が嘘のように私の顔には笑顔があった。笑っている私をみて、ヘビは何かを感じたかのように後退した。
「今度はこっちの番だっ!変身っ!!」
決めポーズを決め掛け声を放つと体が所々輝き、赤いマフラーをなびかせていた。
すごい、こいつの動きが見える。数秒先の映像を見ながら、右へ左へと華麗に攻撃をかわしていく。
全ての動きを読まれているヘビは流石に焦ったのか逃げようとしている。
すかさず尻尾を掴みその勢いのまま後頭部へ殴りかかる準備をした。
「……これで終わりだぁーー!」
拳は頭を貫き、ヘビは光に包まれ一瞬で消滅した。
「はぁはぁ、……倒せた」
アドレナリンが出ていたからだろうか、今更全身が痛んできた。お腹のベルトもいつのまにか消えてヘビを翻弄した未来を見る力もない。
「……あ、なたのおかげで、助かったわ。ありがとう」
よかった、私を庇った少女は無事だった。
ここまでだった、私が覚えていたのは。衝撃的な出来事が押し寄せすぎて脳がパンクしたんだと思う。
私は自室のベッドで昨日のことを思い出そうとしていた。やっぱり少女の無事を確認してから記憶が綺麗に途切れている。
母親に聞いたが昨日の私はいつも通り帰ってきていたようだ。学校へ行ってもいつも通りだった。涼翔は元気そうだったし、学校帰りも特に問題はなかったと言っていた。
ここまでいつも通りだと自分の記憶を疑ってしまう。でも昨日のあれは確実に経験してる、はずだ。
はぁ、結局一日中考え込んでしまったわけだが、もう家に着く。とりあえずお風呂に入ってさっぱりしようか。
家の前に人が2人ほど立っている。はて、セールスなのか勧誘なのか、まあいい。私の今の目的は帰宅なのでそのまま家に近づいた。
待ち構えていたのは隣町の学生だった。私と同い年っぽい背の高い子と中学生くらいの小柄な子が手を振っている。
「佐藤占奈さんよね?待っていたわよ」
「……へ?」
キャラクター
佐藤占奈 2043年5月25日生 双子座
157cm
鈴木涼翔 2043年8月18日生 獅子座
159cm