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モトステラ  作者: 達田タツ
episode 01
6/17

e01D.ファスター・ザン・ライト

   ▼▼▼



 とはいえ、すっかり捕まえるどころの騒ぎじゃない。

 脱出ポッドが止まったのは、人も店も存分になぎ倒してから。

 そこに立っていられたのはヴェローチェただひとり。


「ったく、オレのコーラが」


 すっ飛んできた鉄塊と肉塊に弾かれた買ったばかりのドリンクは、地面を濡らす血だまりと混じる。血の主は、たったいまドリンクを売ってくれた店の主で、即死。

 ヴェローチェも()()()()なモノを浴びたが、エネルギーシールドのある鎧には汚れも傷も一切ない。

 生体スキャンで見る限り、死人も多いが生存者も多い。すぐに医療チームがやってきて助けてくれるはずだ。こういう銀河の辺境には、自分の技術だけが貧しい命を救えるんだと、使命に燃える奴がいるのがお決まり。


 それよりも。

 空騒ぎの元はどんなロクデナシだ? アクたれオンナの巣から逃げ出すぐらいだから、どうせ間抜けに違いない。


 しかし、スキャンが映す幻像に失笑。


 はッ……ジョロウグモも落ちぶれたな!

 子どもだと!


 どこから連れ出したか知らないが、子どもを連れ回して、その子どもに足をすくわれやがって……海賊の名が泣くぜ。

 挙げ句、あのオキャンを艦長にまで祭り上げるなんて、人員にも恵まれていない様子。


「ふん、奴らのカネには興味ねぇもんでな」


 命からがら巡洋艦から這い出たんだろうが、生憎、子どもひとりが逃げ延びるには最悪な土地だ。

 すでに、明らかに医療チームではない動きの光点がモーショントラッカーに映る。

 真っ直ぐに向かう集団は、我欲まみれの貧乏人。観察するように迂回するのは、海賊に取り入りたいバウンティハンター。後ろに控えているのは、横取りする気満々のスカベンジャー。

 五体満足でいられりゃいいがな。


 つまらないショーを観る気はヴェローチェには無い。


 去ろうとしたその背を、金の輝きが照らした。

 一瞬の爆光に、意識が惹かれる。

 脱出ポッドの隔壁から顔を覗かせているのは、金無垢の髪の少女。


「なんだこのきんきらきん」


 少女は周囲の惨状をおもむろに見回し、何かをぎゅっと抱き締める。

 ぬいぐるみじゃない。形状はハンドガン。


 まるく見張った目と合う。開かれた瞳孔が、チラチラと調光した。


 こいつただの子どもじゃ――。


 銃声。

 右手二〇度上方、少女の脚を狙った指向性ビーム。


 子どもに長距離ビームライフルだ? 下半身が吹き飛ぶぞ!


 ヴェローチェは脚に力を込めた。鎧のパワーで着弾よりも素早く射線に入る――が、その必要が無くなった。


 少女の姿が()()て、消えた。ビームは肉体を穿つことなく、脱出ポッドの壁に散る。


 行き先は追えている。五メートルほど手前、少女はハンドガンを抱いたまま瓦礫に突っ伏す。両手両足に枷が掛けられていた。

 煤にまみれた顔を上げて、ふたたび、ヴェローチェの目をじっと見つめる。

 銃声、今度は三方。

 はっと振り返った少女は、またもブレを残して姿を消し、ヴェローチェの足元まで転がってきた。手錠を掛けられた状態でハンドガンを抱き締めているから、つんのめっても受け身が取れていない。

 残像が残る動き、まるで瞬間移動。


 本当にただの子どもじゃねぇ。オートマトンか、アンドロイドか?

 どっちだっていいが、人を見る目だけはある。


「ほらよ」


 ヴェローチェは足枷を繋ぐ鎖をエネルギーシールドごと踏み潰してやった。

 ひとこと言ってやる間もなく、少女は消えてしまう。


 今日は肝っ玉のすわったちびっこによく出会うぜ。


 しみじみとした気持ちのまま、光音迷彩を起動した。



   ▼▼▼



 カウンターに片肘を突いて、この六時間ほどで収集した情報を整理する。


 酒場には大勢の客、しかしヴェローチェの周りはぽっかり空いていた。鎧は主幹都市(アーティリアル・)惑星(シティ)で目立ったが、薄汚れたNNNN(クアットロ・エヌ)にあっては色艶の良い黒髪と、たくましい秀麗な顔立ちが、生半可なならず者を寄せ付けないでいた。


 ヴェローチェの視界には、手に入れたNNNNの地図が表示される。といっても日夜新しい階層が加えられたり崩壊していたりで、最新とは言い難い。

 ぶっちゃけ、FTL機関のやり取りが起きそうなポイントは無数にあって特定不可。機関以外の高額品の取引もそこかしこで行われているようだった。


 いくつかの組織が単独でデカい商品を仕入れている。レアストーンを格安で買い付けてどこかへ持ち出している形跡や、空気や水のやり取り程度なら、普段からあるものだろうが……。

 大量の武装はどうだ。携行火器ではなく、対空火器や対艦兵装。これはどこにも輸出されていない。ジョロウグモへの抵抗を画策する組織が蓄えているに違いなかった。

 とはいえ、武装をブラフにFTL機関の売買をしている可能性もあるが、これらの武装は拠点防衛用だ。ついでにいうと造船施設もない。打って出る気を感じさせないのに、FTL機関でどうこうとは考えにくい。


 凸ってもいいが、実りは望めねぇぞ。


 もうひとつ怪しいのは、ジョロウグモとそのシンパの動き。

 おバカのオキャンがネゴなんてできるとは思えないが、それなりのカネの動きがある。六時間ではあまり掴めなかったので、ここはもっと調べないといけない。

 となると――。


 だれかが隣に座った。


「あんただな。ガキを逃がしたのは」


 間抜けの声。どこのどいつか知るつもりはさらさら無いが、不躾な間抜けはウザい。


「悪いな。俺が捕まえたぜ」


 へぇ。

 横目で見れば、浅黒い肌で四肢を機械化した奴だった。銃剣付きのライフルを向こう側に置いている。


「見てくれも動きも奇妙なガキだったが、なんてことはない」


 四肢だけでなく、顔の半分も機械。あの子どもの瞬間移動染みた動きに間に合うだけの、お高いセンサーが備わるんだろう。


「自分がなにをしたのかもわからない、ビクビクして臆病なガキだったさ」


 あの開かれた瞳孔がフラッシュバックする。

 なにも考えていない奴には、怯えているようにも見えるか。

 センサーやスキャナーで他人を見ている奴にはな。


「賞金は五〇〇〇万クレジットだ。損したな」


 中型重戦(スーパーミドル)闘機(ファイター)まで手を出せる賞金。豊富な武装と高速性を維持したクラスで、ソロで活動する腕利きのバウンティハンターには特上の機体。

 カネはいいが、間抜けの身でジョロウグモと関わりたいなんて、とんだ変人だ。


「俺はアドリスってんだ」


 言いながら身を乗り出して、どんどん態度が大きくなる。


「よければ、美人さんに一杯おごらせちゃもらえないかね」


 おい勘弁しろよ……ひとりでベラベラ喋ってるだけでもきめぇのに……ぶっ飛ばすぞ。


「なぁ、君の名前も教えてくれないか」


 いや、ぶっ飛ばすか。


 すっと拳を振り回すと、向こうも同じ速度で対応する。

 ヴェローチェを舐めきっていて、回避ではなく、手のひらで受けようとした。

 結果は、機械腕は破裂。プレートが弾け、幾本ものコードと人工筋肉が破断し、フレームが麺みたいに歪む。

 ヴェローチェの手はそのまま間抜けの顔に伸び、機械の片目に親指を突き立てる。

 ぶっ倒れながらライフルを掴もうとしたので、それよりも早く奪い取り、ぼっきり折ってやった。


「お、お、お前……お前」

「みっともねぇ。間抜けはどこでも変わらねぇな」


 さすがに戦い慣れていて、片腕と大事な片目を失っても腑抜けにならず、両足でしっかり立ち上がった。

 すっころんどけば放置しておいたのに。両脚も折っとくか。


「そこまでですわ!」


 にわかに盛り上がった野次馬がひそまって、代わりに武装したオンナどもがなだれ込んできた。

 その中心にいたのは――。


「相も変わらず、男性には容赦が無いですわね、ヴェローチェさん」


 オキャン……いや、宇宙海賊ジョロウグモのレーヤ・エストー。

 くどいくらいのフリル、レースにリボンだらけのブロケードでできた、ボリューミーなスカートのロココ調ドレス。超古風だが、ところどころにエネルギーシールド発生器やホバーリフトを縫い込む改造があり、細剣を腰に差していた。

 自信に満ちた大きな目を輝かせて、ふんぞり返ってる彼女は、


「お久しぶり、ですわね」


 昔、ヴェローチェが気まぐれに救ったオンナだった。



   ▼▼▼

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