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モトステラ  作者: 達田タツ
episode 01
5/17

e01C.ファスター・ザン・ライト

   ▼▼▼



 カーボンブラックのストレートロングヘアは目立った。

 錆び果てた工具箱に放り込まれた新品のように。


「補給はいらねぇ。放っておけ」


 機体から降りるとすぐに群がってくる整備ドローンに、多めのチップを払う。


「だれにも触らせんな」


 そんな依頼には慣れているのかテキパキと、整備作業のフリ、をし始めた。

 落魄した地のオートマトンどもは意地があって良い。パーツ改良のために貪欲だ。

 奴らが()()分働いている内は、機内格納庫にあるモトステラには誰にも近付かないだろう。


「この辺にアクたれどもはいねぇな」


 中型船向けのカビくさいランディングパッドには、数隻の機体が停泊中だった。ふたつ向こうの武装化された輸送船には、およそ正規のものとは思えない荷物が積み上がっている。

 ジロジロと、荷物に腰掛けて缶詰をパクつく間抜けどもが、ヴェローチェの様子をうかがっていた。薄汚い身なりで貧相。オンナが視界に入るだけで昂ぶってそうな下卑た視線。

 どうやら端っこらしく下種が集うようだ。

 こんな場所でFTL機関のやり取りなんざするわけねぇか。

 間抜けどもの荷物をスキャンしてみたが、どれもやっすい密輸品ばかり。


「おい」


 パッドを出る前にドローンを呼び止めた。飛ばずに片脚を引き摺っていて、どうやら整備ドローンの中でも一番の下っ端らしい。

 そんな格好(なり)でも度胸は一丁前なようで、抱えていたレンチを支えにふんぞり返ってきた。

 ジ……ビー、と電子音は雑音混じり。


「中央へはどこから行けばいい」


 回路が弱いのかこちらを怪しんでいるのか、返答は数秒後。

 パッドを抜けて通路を進めばトラムがあると。


「ああ、礼を言うぜ」


 と背を向けたところに、雑音混じりの電子音がビキビキ響く。


「んだよ」


 ドローンは喚きながら、しきりに手のひらを差し出してくる。


「おいおい、たかが道案内にカネをせびろうってのか?」


 こいつは次にヴェローチェの乗ってきた中型宇宙戦闘機(ミドルファイター)を指し、自身のアンテナに移り、首元で親指を立てて一文字に。

 要は、強奪機体として通報してもいいんだぞ、と。

 こいつ、オレがNNNN(クアットロ・エヌ)に初めて来たのを知って下目に見てきやがったな。

 流離い人と従業員、駆けつけた警備部隊がどちらを信じるかなんて明白だ。その警備部隊がジョロウグモだとしたら、もっと厄介。

 ま。実際掻っ払ってきた機体だがな。


「はッ……ポンコツが良い度胸してやがるぜ。ほらよ」


 こめかみで指を振る。いくらか渡してやった。


「親分にバレてふんだくられる前に、ホバーリフトを直しとくこった」


 余計なお世話だと言いたげにレンチを打って、整備作業のフリに混じっていった。



   ▼▼▼



 なんじゃこりゃ、随分と繁盛してるじゃねぇか。


 乗り心地最悪のトラムを脱し、NNNNの中心、アステロイド基地へ踏み込む。

 内径五〇〇メートル程度の大空洞は、内壁に沿って見渡す限り露店と雑踏。ただでさえ狭い通路に露店が並び、さらにその間を人混みが埋める。


 もはや基地ではなく、バカでかい繁華街。


 道行く人々の服装は様々で、いくらか身ぎれいにしている者もあれば、ぼろ布を大事そうに羽織った者もある。露店の間にはちらほら物乞いが、全身の傷を自慢するような半裸の戦士も闊歩、プラズマライフルを背負ったバウンティハンターらしき仮面の集団、スリ、酔っ払い――袋小路にだれかを連れ込んでいったのは売人か娼婦か。


「おっとぉ、オレのだぜ」


 路面店で買ったカツサンドポットを、すれ違い様にスろうとしたガキから庇う。

 アバンダンドチルドレンまで住み着いてやがるのか。


 そうなると宇宙船の往来がかなりある基地と見ていい。

 いや、増加の真っ最中、ってトコか。


 裏社会の組織が仕切る人口密集地は、新銀河連合(NGF)から奪取した地上都市やコロニーが多く、元から機能が出来上がっている場合がほとんど。貨客兼ね備えたスターポートをいちから作るなんて、犯罪組織には並大抵の仕事ではないのだ。

 ここは違う。小さな組織が寄り合って、増築を繰り返し、流れ者たちの住処へと変貌したのだろう。

 証拠に、ジョロウグモの構成員が見当たらない。


 地上には。


「んー、うめぇな」


 カツサンドは合成じゃない。主幹都市(アーティリアル・)惑星(シティ)の食事にも引けを取らない味。食料生産プラントすら、NNNNは抱え込む。


 食料の供給には困らないはずなのに飢えている奴がいる……。

 NNNNは、既存の組織関係が崩壊し、裏社会の規範すら成り立たない暗黒街に片脚を突っ込んでいた。


 コソコソFTL機関のやり取りするには、おあつらえ向きってな。


『――俺はもう店をたたんで、他所にいくよ』


 食べ歩きしながら周りの会話を集音。


『ジョロウグモが来たんじゃ、男の売り手は追いやられっちまう……』

『あんた、娘がいただろ? 権利を譲って、切り盛りも娘に任せるんだ』

『利き腕を無くしたあいつに仕事なんかやれねぇ! 機械化のカネもねぇし……』

『す、すまん』

『奴らが来なきゃ、きっと儲けられたのによ……』


 他にもいくらか嘆きの声。

 通りすがりの環境整備ドローンに空きポットを投げつけてから、ヴェローチェは見上げる。


 アステロイドの中空。

 宇宙海賊ジョロウグモの巡洋艦が居座っていた。


 そして。


「あ?」


 ヴェローチェは三つの動きを目にする。


 ひとつ。基地の名残であるシールドゲートから、ジョロウグモのシャトルが進入。


 ふたつ。巡洋艦の艦底にあるドッキングベイから、輸送機と戦闘機が出撃。


 最後に。


 脱出ポッドが一基、巡洋艦から飛び出して、真っ直ぐこっちに――。


「ごきげんよう、NNNNの皆さま! 再三のご挨拶、失礼いたしますわ! わたくしは、栄えある宇宙海賊ジョロウグモ、大戦艦テルツァ・セフィーラ艦長レーヤ・エストーと申します! NNNNの皆さま! NNNNの皆さまにお願い申し上げますわ! いま! たったいま、我がいとしの巡洋艦ラーノ・ガダーノから降りたポッドがおわかりでしょうか! そのポッドに乗る者を捕らえていただければ、男女機械関係なく! ええ、男女機械関係なく! 多額の賞金を差し上げるとしましょう!」


 空洞内に響く声の主は繰り返す。


「ポッドに乗る者を捕らえていただければ、多額の賞金をお約束しますわ!」



   ▼▼▼

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