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不思議な屋敷でもてなされる弓弦はそれに疑問を持つこともなく受け入れていた。

 通された屋敷はやはり見た目通りに、ある意味それ以上に大きなものだった。長い廊下をひたすら案内に従って歩きながら、弓弦は辺りを見回す。

 鹿威しが鳴り響く池のある庭は庭園と言って差し支えないほど広く、屋敷に相応しい作りをしていた。しかし広い池には何か泳いでいる姿は見受けられない。

「ねえ、あの池に鯉はいないんだね」

「ええ、だって入れても入れてもみんな食べてしまいますから」

「へえ、そうなんだ」

 明らかにおかしな会話であるのに弓弦にはそれが楽しかった。むしろそれが当然だとすら思う。

 うんそうだ、美味しい鯉はいっぱい食べた方がいいに決まっているよね。

 そんな弓弦の考えが分かるとでも言うように少女はにこやかに話を続けた。

「あなた様ならお分かりになってくださると思いました」

「そうかな」

 少女はお世辞や場当たり的な様子は一切なく、不思議な感覚の中、弓弦は楽しい会話を交わし続ける。

 そうして通されたのは途轍もなく広さのある広間であり、床の間の前には客人を待っている朱色の座布団が鎮座していた。

「さあどうぞ、ここがあなた様のための席です」

 弓弦を漸く連れてこられたという喜びに少女は満ちており、その様子はとても愛らしい。

 それにしてもわざわざ僕のために?

 それは嘘であっても嬉しい言葉だった。日頃は誰かが自分のために何かしてくれるなど鬱陶しいだけだったというのに今こうして何かされるとくすぐったいような気はするが、不思議と嫌な気持ちにはならない。

「何だか偉い人になったみたいだ」

「あら、その通りですわ」

 事も無げに言う少女を見返すと真顔であり、冗談を言っている様子はない。

「僕が偉いの?」

 進められるままに弓弦は座布団の上に座り、それが所謂上座というヤツだと彼の乏しい知識の中からでも判断出来た。

「ええ、とてもでございます。そう、それは一言では言い表せないくらいにですわ」

 上座に座する弓弦を見つめつつ、うっとりした様子で少女が言うものだから弓弦は今までに感じたことがないほど気分がよかった。いつも何かを話せば否定されると言うことにあまりになれてしまっていたからだろう。

「そんなふうに言って貰えたのは初めてだな」

「まあ、随分とあなた様のことを何もお分かりにならないものばかりがおりましたのね」

 呆れたように少女は言い、なんて不作法ものばかりでしょうと憤ってすらいる。

「君は僕のために怒ってくれるんだ?」

「勿論でございます。あなた様のことをお分かりにならないようなものたちなど!」

 ここまでムキになってまで見えない相手に向かって怒ってくれるのが弓弦はそれが嬉しかった。彼が今まで生きていた短い人生の中でも彼に対して肯定してくれたものなどほぼいなかったのだから当たり前だろう。

 不思議だね、ここにいると嬉しいという気持ちが湧いて出てくるよ。

 そんな感情など久しく忘れていたことに弓弦は気が付く。

「それにしてもはじめて来た場所なのに懐かしい気がするよ」

「そうでございましょうとも!」

 誇らしげに少女は答え、ぱんぱんと手を叩いて見せた。すると音もなく幾人もの女たちが現れてものも言わずに静かに弓弦の前に幾つもの膳を置いていく。それらは見るからに豪華な作りをした漆器たちであり、それに載せられた料理もまたそれに相応しいものばかりだった。

 見ただけでも分かる品、尾頭付きの刺身に天ぷらや弓弦が見たことも聞いたことないものもある。

「うわぁ、凄い……」

「お腹がお空きになったでしょう? たくさんの御馳走を用意させていただきました。あなた様のお口に合いますように」

「こんなにあったら見るだけでもお腹いっぱいになりそうだよ」

 弓弦ははしゃぎながらも念のためにと聞き直す。

「でもこれが全部僕のため?」

「はい、全部が全部ともあなた様のためです」

 ああ、僕のため。

 その答えが何故かとても嬉しかった。

 弓弦はその言葉を素直に受け取り、遠慮なく箸を取る。

 居並ぶ料理は見た目以上にどれも素晴らしく、かつ弓弦が一度も口にしたことのないものばかりであった。

 今まで食べてきたどんなモノより美味しく、また誰かがいると言うことに対して拒否感がないのも初めてで、それがまた嬉しかった。

「今暫しお待ちくださいませ、姫様が参られます故」

「姫様?」

「はい、あなた様をずっとお待ちしていらっしゃった方ですよ」

 僕をずっと……

 その言葉は弓弦にとても不思議さを覚えながらも何処か待ち望んでいたような気がしていた。

 少女の言う姫様とはいったい誰のことなのでしょうか?

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