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 どれほど歩いてきたのか弓弦はいつの間にか知らない町までやって来ていた。

「この辺は初めてだ」

 名前すら覚束ないところまで彼は歩いてきたのは彼が拾った子猫がこっちだこっちだと言う気がしたからである。

「よく知らない町って言うのはなかなか緊張するよね」

 弓弦の住む町とは隣接しているものの、弓弦は来たことが殆どない。

 普段、誰かと出かけることなどまずないから彼が持つテリトリーはかなり狭い。おおまか学校と家を往復するのみで、後は何かあれば多少外出する程度くらいなのである。

 何処かへ行くなると親が必要以上に拒否反応を見せるせいもあるが、何より弓弦が外への関心が薄いこともそれを手伝っていた。

「お前みたいな可愛い子相手なら外を歩くのも楽しいよね」

 弓弦は子猫との小さな旅をとても楽しんでいた。

 こんなふうに誰かといて楽しいと思ったのはいつの頃までだろうか。今や人といること自体が億劫であり、関わりすら持ちたいと思ってはいない。

 気が付けば夕暮れで、周囲は静かなものである。人の往来も殆どなく、まれに人がいても見知らぬ他人に関心を払うような様子もなかった。

「へえ、この辺はあんまり人がいないんだね」

 ここに住むならある意味で楽そうだと弓弦は思った。何かと関わり合うならば面倒が起きるからどうせなら少ない方がいい。

「さて、僕には今いる場所が何処かすら分からないからね。此処からの道案内はお前の仕事だけど」

 子猫の顔を覗きながら弓弦は尋ねる。すると子猫はぴょんっと弓弦の腕から降り、弓弦の方をみた。まるでそれは彼の言葉を受けて案内を買って出た、そんな雰囲気だった。

「そうか、案内してくれるんだね」

 さしてそれに疑問を持つこともなく弓弦は微笑ってそう答え、促す。

「じゃあ、頼むよ」

 ここまで来た弓弦は子猫が迷ったのではなく、むしろ彼を招待しようとやって来たのではないかと考えていた。もしかしたら自分をずっと呼んでいた相手に漸く逢えるのかもしれない。

 弓弦は子猫にいざなわれるまま歩き出し、子猫も時折振り返りつつも案内を止めずに歩を進めていく。

  弓弦に疑う余地などなかった。猫が自分を騙すわけもないし、何よりも信じられた。

 暫く行くと更に人影もない場所まで来ていた。普通ならうら寂しく心細くなるようなところだが、弓弦には心地いい。

「何処まで行くんだい?」

 子猫が振り向き、あと少しと答えたような気がしたのでそうかいと弓弦は頷いた。

 やがて古い屋敷が居並んだ、弓弦の街とは少々勝手の違う場所へと出るころには夕闇が押し迫る時刻になっていた。

 この辺はきっと由緒正しいなんかがあるのかもしれないな。

 趣のある屋敷町は弓弦に妙な安堵感を与えてくる。

 懐かしい気すらするや。

 ふと子猫の足が止まり、弓弦が目を遣ると大きな門を構えた屋敷の前だった。

「大きなところだね」

 門は弓弦の背丈以上に大きく大きな門には古びてしまっていてよく読めないが立派な表札があり、この屋敷の主の名前が達筆に書かれている。門を囲うようにある石垣、その先に見える生け垣などもあり、ちょっと見たくらいでは全貌は分からない。

 それでも何の知識もない弓弦が見ても目前の屋敷は立派な作りをしていることは理解出来た。

 こんな風に時代を超越して建ち続ける建物というのはそれだけで価値があると弓弦には思える。

「でもお前ってば、こんな立派なうちの猫なのかい?」

 何処にも呼び鈴らしきものはないからそうだとしたらどう呼び出せばいいのかと子猫の方を見るとそこにはあの子猫ではなく、一人の少女が立っていた。

「え?」

 弓弦は大きく見開いて少女を見つめ、続いてあたりを確認してみる。先程までいた子猫はやはり見当たらない。やはりいるのは目前の少女だけであった。

「えと、子猫を見なかったかな? さっきまで此処にいたんだけど」

「ようこそ、お出でくださいました」

 問いには答えず、鈴を転がすような声で少女は弓弦に向かってそう話しかけてきた。

「いや、あの……」

 弓弦は自分の問いを無視されていることは兎も角として少女の言葉が明らかに自分の出迎えを意味することに驚いていた。

「長らくあなた様をお待ち申し上げておりました」

「……僕を? 人間違いじゃなくて?」

 弓弦の尤もな問いを少女はきっぱり否定した。

「はい、あなた様以外におられません」

 少女を改めて観察してみる。

 年の頃は弓弦よりも少し下のような印象を受けた。出で立ちは麗しく、朱色の花をあしらった着物に可愛らしく後ろに高く結い上げられた髪、あでやかな朱色の羽織が印象的である。

 何よりも街ですれ違っても忘れないほど澄んだ瞳が印象的だった。

 しかし何よりも少女が特別な存在であろうことは本来人間が持たないものを持っていることであった。少女の頭には猫の耳とおぼしきものが合ったからである。

「君は……?」

 少女はにっこりと微笑い、

「さあ、どうぞこちらへ」

 そう言ってにっこりと微笑い、弓弦を屋敷の中にいざなう。

 そして弓弦にはそれを断るべき理由が何処にもなかった。

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