ゴミ山
大きな人の流れから逸れ、整備されていない脇道を歩く。
凸凹とした道とも言えない道に悪態を吐きながら歩いていくと、直ぐにソレは見えてきた。
遥か空高くから降ってくる一条……と呼ぶには太すぎる光。
その光に照らされたどこまでも積み上がるガラクタの山に、そこへ群がるゴミの様な人々。
これがタルタロスを象徴する景色。
「入り口」でのゴミ漁りである。
どういう訳かは知らないが、ここタルタロスでは肉体と言うものが存在しない。
それ故、所謂三大欲求と呼ばれるアレやコレが存在しないのだが、その代わりと言うべきか。
ここで生きる人間は、ある一つの欲求に飢えていた。
それが、暇潰し……ここで言う「娯楽欲」である。
それは手遊びでも、仕事でも何でも良い。
とにかく暇を潰せれば何でも良いのだ。
本人が「まだ生きていたい」とほんの少しさえ思えれば。
逆に、全くそう思えなくなってしまえばゲームオーバー。
その魂はここに満遍なく満ちている闇と溶けるようにして消えるのだった。
これがここ、タルタロス唯一にして絶対のルールなのだ。
そんなわけで、ここの住民は定期的に降ってくるゴミを漁ることで新たな玩具を探す。
それを持ち帰り、加工したり、売ったり、そのまま使ったりして暇を潰すのだった。
生き意地が汚いというか、醜いというか……
それから暫くして。
他の奴らと一緒に居たくなかったので、小高い丘から奴らが漁る様を見ていると、かなり人が減ってきている様だった。
「さ、ぼちぼち行こうかな」
そう呟きつつ私は大通りに戻り、ゴミ山に向かって歩き始めた。
そうして歩いていると、帰り道なのか、ガラクタ両手に、満足そうな面々とすれ違った。
「おい、お前それどーすんだ?」
「うーん、まだ決めて無いが……これで野球なんてどうだ?」
「おぉー良いねぇ」
そう尋ねられた男の手には巨大なバネ。
……そのバネで一体どうやって野球をすると言うのだろう。
まさかいきなり声をかけるわけにも行かず、もう少し聞こうと耳をそばだてていたが、そうこうしているうちに、男達は後ろへ流れて行ってしまった。
……なんだよ、少し気になるじゃん。
そんな感じにノロノロ歩いていると、私は気付けばゴミ山の麓にいた。
山には……よーし、誰も居ない。
後は……
「さーて、遊ぶかぁ」
そう言って、私が初めにしたことは山上りだった。
ちょいちょい有る山から飛び出した棒や、ゴム等に四苦八苦しながらも私は山頂まで登る。
そこから辺りを見回した。
どこまでも果てしなく続く暗闇には、ここの人間が作った施設がポツポツと。
娯楽に飢えることを余儀なくされた彼らの執念の結晶はとても健気で誇らしくて。
そして何より____くだらない。
その景色にそんな感想を抱きつつ、私は大きく息を吸い……
「キャッホーーーーー!!!!」
鬱憤と歓喜の詰まった悲鳴と共に私はてっぺんに有った四角いガラクタを蹴飛ばした。
ガン ガン ガシャ ガン
耳に心地よく響きながら落ちていくガラクタを尻目に、私が次に手を伸ばしたのは、私の身長程ある長い金属の棒だった。
それを引き抜き、それについていた余分なゴミを振って払うと、それを渾身の力でそこらの箱へと打ち付けた。
ギィン!
そんな音を立て、呆気なく歪むスクラップ。
その手応えを気に入った私はそれを跡形もなく壊してから、次の獲物へと棒を振るう。
そんな感じに、私は手当たり次第にそこらの物へと襲い掛かった。
貴重な資源である「物」を壊すこの暇潰しは、物を集める多くの「収集者」から決して良い顔はされないのだが、こちらには「私にとっての『楽しい』がこれだ」という大義名分が有る。
「それでも」と、食い下がってくる奴が居る様ならソイツも「物」扱いしてればいい。
大好きな「物」の変わりを果たせるのだから、ソイツも願ったり叶ったりだろう。
そんなことを考えながら、私が壊して、壊して、壊し歩いている内に……
「……お?」
ついにベキンと音を立てて折れた鉄の棒は、私の胸へ深々と突き刺さった。
そうして訪れた一瞬の静寂。
私が棒を振るう音も、甲高く鳴く棒の音も、何かが砕ける音もしない。
その様が何故だか愉快で、痛快で、爽快で、私は思わず吹き出した。
「ブフッ、ククッ、アハハハハハハ!!!!!」
まだ笑う、まだ笑う、まだ笑う、まだ笑える…………あぁ、もうか。つまんねぇ。
そうしていい加減これでは笑えなくなってきた頃。
不安定な足場で踊るようにして笑っていた為、ついに足を取られ、背中から倒れ込んでしまった。
その際、少しおかしな衝撃を感じ、胸元を見れば、先ほど壊したガラクタの残骸が私の胸を貫いていた。
そこでなんとなく胸に手を遣ると、裏から押されて緩くなったのか、最初に刺さった棒の残骸がグラグラと揺れていた。
それは小さな頃に体験した乳歯が抜けるような感触で……
「ムショーに抜きたくなるんだよなぁ、アレ」
そんなことを呟きながら、私は胸に刺さった棒を勢い良く引き抜いた。
瞬間……
ブシュゥーーーーーーー!!
栓を無くしたワインの様に、私の中身は勢い良く噴き出し始めた。
その噴水は一分経っても止まらず、二分経っても止まらず、三分経っても止まらず、五分経っても勢いが衰えることすらなかった。
まぁ、それもそうだろう。
何度も言うが、このタルタロスにおいて、肉体は存在しないのだ。
つまるところ、私達のこの身体は所詮偽物。
本人の記憶に基づいて構成された肉体と、理想通りに動く筋肉。
それに……
「……」
少し目線を胸元に遣れば、噴き出す血液も、大きく抉れた傷も、まるで最初から無かったかのように消え失せる。
この変幻自在の肉体。
言うなれば、私達のこの身体は実体を持ったホログラムのようなものなのだ。
故に、腫れたと思ったら腫れるし、血が出ると思えば血は噴き出す。
けれど痛みは無い。
そんな便利な身体なのだった。
改めて思えば、この身体こそ、ここタルタロスにおいて、一番の玩具なのかもしれない。
まぁ、それは置いといて……
「はぁ~満足だ~」
その言葉通り、最大限口角を吊り上げ両手を広げ。
私はゴミ山の上で大の字になった。
そうなると、自然に上から降り注ぐ光を全身で余すところ無く受け止めることになるので、その光に包まれながら瞑想することが、「遊び」終わりのルーティーンだったりするのだが、どうやら今日はいつもとは違うらしい。
「あ……」
ふとなにか不吉な物を感じ、首だけで辺りを見回せば、辺りの闇が一層と濃くなり、ゴミ山を囲っていた。
それに加え……
「こーれは……マズイなぁ」
私の視線の先には目、目、目。
暗闇に浮かぶ沢山の目がこちらを見つめていた。
……いや、目と言うのもおかしな話か。
何も、浮いてる目玉が有る訳じゃない。
私が見た物は、一対の光だった。
それが数えきれない程、闇の中に浮かんでいるだけだ。
だが、その瞳孔も無い目には確かに意志が有り、なにか不穏な感情を含んでいることをありありと主張していた。
まったく、「目は口ほどに物を言う」とは良く言ったものだ。
まぁ、それはそれとして。
「いやー、どうしたもんかなぁこれ」
取り敢えず背中の残骸を引き抜きつつ、私は立ち上がり、辺りを見渡す。
麓に居た暗闇は、既に山の中腹辺りに差し掛かっていた。
付近に今頃漁りに来たマヌケなんかも居るようだが……この闇を見たとたんに大慌てで逃げていった。
……まぁ、そりゃそうか。
なんせ今私が襲われているのは唯一絶対のルールなのだ。
とばっちりを食らって自分も仲間入りを果たしたくは無いだろう。
要するに……私は満足しすぎたのだ。
それこそ「このまま死んでも良い」と思う程に。
そのせいか、私はこの現状でもあまり慌ててない。
長いこと生きてると、満足する基準が低くなってくるのだ。
さりとて、このまま奴らの一部になるのはなにか癪だ。
……我ながら一体どうしたいのだろうか。
そんなことを考えていると……
ピカッ!と、晴れることの無い闇がつかの間だが、確かに晴れた。
いったいなにが……って、ん?なんだあれ
そうして私が見つけたのは一つの流れ星だった。
それは私から少し逸れてゴミ山に落ちようとしていたので……
「逃がすか!オラァ!!」
渾身の大跳躍の後、その流れ星を掴みとった。
こんな面白そうな物、みすみす逃すかよ!
その掴んだ勢いで、私は流れ星と共にゴミ山の中腹辺りに突っ込んだ。
その直後、暗闇の居た場所を思いだし、慌てて辺りを見渡すも、暗闇など最初から無かったかのように消えていた。
「……まぁ、そりゃそうか」
なんせまた気になるモンが出来ちゃったんだから
内心そう納得しつつ、私は一緒に突っ込んだ、未だ呼吸を続ける人間を抱え上げた。