毒の対策
「解体、間に合ってよかった……」
「ルート君、ありがとう。珍しい素材が手に入ったよ」
熊蜂を倒してすぐ、解体作業に入った僕達は、何とかリィさんが必要な素材を全て回収することができた。作業が終了すると同時に熊蜂の体は消滅し、小さな魔石が地面に転がっていた。蜂の腹のような、黄色と黒の縞模様の石だ。
「ちょっと小さくなっちゃったけど、魔石は持って帰ってもらっていいから」
「本来はもう少し大きいんですか?」
「そうだよ。魔石は、魔物が消滅するときに、体中の魔力が凝縮してできてるの。だから、消滅前に解体すると、その部分に含まれていた魔力は魔石にならない分、小さくなる」
冒険者の多くは、魔物を倒して得た魔石を売って資金を稼いでいるため、解体することを嫌うらしい。魔石の価値は、質と大きさで決まるからだ。魔石はどの組合でも買い取ってもらえるし、お金を持っていない場合も、魔石となら物々交換してもらえることも多い。なので、リィさんのような生物系の錬金術師は大変だという。
「自分だけで採集に行ける場合はいいんだけど、冒険者に同行してもらう場合は中々解体が難しくて」
「反対されることが多いんですね」
「そう。魔物を倒してもらってるから、そう言われると何も言えなくなるの」
魔物を解体して得る素材は、全身使えるわけではないらしい。魔物ごとに利用できる箇所が決まっており、更に解体手順が複雑なものもあり、魔石に比べて運搬も面倒。そういった、様々な理由で素材の入手は難しくなっているそうだ。
「で、研究用の素材が中々手に入らないから、新商品も作れなくて……」
「新商品、ですか?」
「そう。普段の回復薬以外にも、毒を無効化するアイテムとか、魔法付与するアイテムとか作りたいと思ってるんだけど……」
魔法付与するアイテム。それは、今の僕にとって、物凄く必要なものである。もしかして、アンリさんはこうなることを予測した上で僕に依頼を勧めたのだろうか。
「簡単で、魔石だけを売るより高い素材だってあるんだけど、もはや解体自体を避ける人が多いから話も聞いてもらえないんだよね……」
「あの、リィさん。もしも僕が素材を取ってきたら、買い取ってもらえるんですか?」
思い立ったなら、即行動だ。僕が質問をすると、リィさんは一瞬目を丸くしたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「勿論。定価でよければ買い取らせてもらうし、必要な素材と解体の仕方の説明もするよ」
「例えば、自分で素材を取ってきて、アイテムを作って貰ったりすることは……」
「作れるものなら、加工費は貰うけど素材分は安くなる、っていう答えで良いかな?」
「はい!!」
どの地域にどのような魔物が出現するかも把握しているので、事前に向かう地域を伝えれば、どの魔物からどんな素材を取ってくればいいか説明してくれるそうだ。僕は出発前に魔物について知ることができ、稼ぎも上がる。リィさんは必要な素材が手に入る可能性が上がる。お互いに得である。
「それで、ルート君はどんなアイテムが欲しいの?」
本日の予定分は採集が終わっているので、僕が欲しいアイテムに必要な素材があれば回収しながら帰ろう、ということらしい。僕は、リィさんの方を真っすぐに見て言った。
「はい!! 魔法が使えなくても一人で冒険できるように、身を守れるアイテムが欲しいです!!」
リィさんは、少しの間、動きを止めた。説明が大雑把過ぎただろうか。とはいえ、僕も必要なアイテムについて上手く説明できる気がしない。どうしよう、と考えていると、リィさんがゆっくりと口を開いた。
「えっと、ルート君は、魔法が使えないの?」
「はい。全く使えません」
「属性への適性が低いとかで発動しないの?」
「いえ、魔力が少なくて、日常レベルの魔法すら発動しないです」
魔力を流せば魔法が発動するアイテムが多いことは知っている。しかしながら、僕にはそういったアイテムを発動させるだけの魔力が無いのである。
「…………取り敢えず、呪いや状態異常から身を護るアイテムと、物理攻撃が効かない相手に攻撃を与える手段が必要になると思うけど」
「全部揃えようと思うと、どのくらいの期間が必要になりますか?」
敢えて金額は聞かない。正直、僕くらいの冒険者がどの程度稼ぐことができるのか、と言うことはリィさんの方が把握しているからだ。リィさんが指定する素材を集め、お金もためていって、どのくらいの時間が掛かるのか。
「……八年くらいかな」
「結構かかりますね!?」
「お金自体は問題ないと思うけど、素材が手に入りにくいものもあるから……」
そして、魔法が使えないと採集できない素材もあるという。魔法が使えないことを解消するためにアイテムが欲しいのに、魔法が無いとアイテムを作ることができない。本末転倒である。
「……ちなみに、一番早くできそうなアイテムってどんな効果ですか?」
「毒を無効化するアイテムなら、熊蜂から取った素材で作れるよ。これで解毒薬を買う必要もなくなるから、かなり出費が抑えられると思う」
「え、凄いですね!! でも、そんな貴重なアイテム、僕が買っていいんですか?」
「熊蜂を倒したのはルート君だからね。加工費も、今回はサービスしてあげる」
僕よりも高い値段で買ってくれる冒険者はいるだろう。それなのに、僕が買ってもいいのだろうか。もう一度確認したが、リィさんは次からも御贔屓にしてもらうから、と微笑み、頷いた。
「途中で採集したい素材もなくなったし、お店に戻ろっか。戻ってから、他のアイテムについて説明もするね」
「はい!!」
僕は頷き、地面に置いておいた荷物を全部持ち上げた。
ウィーダ道具屋の工房まで戻った僕は、リィさんが作業をしている間、店の手伝いを行っていた。手伝いと言っても、今日は定休日なので商品補充が主な仕事になる。最初に僕を案内してくれたチィちゃんとミィちゃんの指示に従い、ひたすら商品を棚に並べるだけだ。
「ルート!! つぎはあっち」
「こっちもてつだって!!」
「こら、二人とも。ルート君が受けた依頼内容に商品補充は入ってないよ」
二人に袖を引かれながら、次々と棚に商品を置いていると、リィさんが店の方にやってきた。どうやら、作業は終了したらしい。リィさんの手には小さな木の箱があった。
「ごめんね、手伝ってもらったみたいで」
「いえ、少しでも役に立ったならよかったです」
「凄く助かったよ。それで、頼まれたアイテムは完成したけど……」
「ここで見ても大丈夫ですか?」
確認をすると、リィさんは小さく頷き、僕に箱を渡してくれた。手に取った瞬間、感じたのは、軽い、と言うことだ。箱自体が小さいので物凄く重たいものとは思っていなかったが、それにしても軽い。一体、どういった形に加工したのだろうか。僕はわくわくしながら、そっと箱を開けた。
「…………ペンダント、ですか?」
箱の中に入っていたのは、雫型の石が付いたペンダントだ。鎖の部分を手に取ると、ちゃり、と軽い音を立ててペンダントトップが揺れた。上部はカラメルのような濃い茶色で、下にいくにつれて澄んだ琥珀色になっている、美しい石だ。これが本当に、あの熊蜂からできたアイテムなのだろうか。正直、貴族向けの装飾品です、と言われた方が納得できる。
「熊蜂の針から作った、完全耐毒性能を持った結晶だよ。ただ、肌に触れていないと効果がないから、一番付けやすい、ペンダントの形にしてみたけど、どうかな?」
「ありがとうございます!!」
魔導士なら兎も角、僕は武器での攻撃が主体となるので、ブレスレットなどは使いにくい。だが、耳飾りなどは落とす危険性が高い。そう言ったことを考慮して、最も戦闘中に影響を受けにくいペンダントにしてくれたのだろう。
「服の中に入れておけば鎖が切れることもないでしょうし、物凄く使いやすいです!!」
「それは良かった。一応、製作過程とアイテム性能の説明をしようと思うんだけど……」
「性能だけお願いします」
正直、熊蜂の針を同加工すれば、こんな綺麗な石になるのか想像もつかないし、毒を防ぐ仕組みも全く理解できそうにない。余計なことは考えずに、アイテム性能と注意点だけを聞いておけばいいだろう。そう答えると、リィさんも予想していたのか少し笑って説明を始めてくれた。
「さっきも説明した通り、これは『耐毒のペンダント』。その名の通り、毒に対する完全な耐性を持っています。このアイテムを身に着けている生物は、あらゆる毒を無効化します。ただし、結晶部分が直接肌に触れていないと効果を発揮しないため、注意が必要です」
少し言葉が丁寧になっただけで、説明の内容自体は先程と変わっていない。効果がシンプルだからか、取り扱い上の注意点も特に無いようだ。常に肌に触れているため、定期的に結晶を拭いたり、鎖が切れる前に交換したりする必要があるだけだ。
「はい。質問良いですか?」
「どうぞ」
「触れていたら効果が出る、というのは、何人まで適応されますか?」
例えばだが、僕と、他の誰かが同時に一つのペンダントを握っているとする。その場合、ペンダントの効果は接触面積の多い人物に現れるのか、魔力が多い人物に現れるのか、それとも、どちらにも効果が現れるのか。
「触れている人全員に効果が出ますが、接触面積が小さいと効果が出るまで時間が掛かるので、お勧めはできません」
「わかりました」
緊急事態の時に使えるかと思ったが、過信しない方が良さそうだ。基本的に他の人と一緒に依頼に行く予定はないので、大丈夫だろう。
「他に質問はある?」
「いえ、大丈夫です」
「なら、今日はありがとうございました。流石に、今から次の依頼に行けるような時間は無いけど……」
リィさんが外を見ながらそう言った。確かに、今から組合に戻って、新しい依頼を受けることは難しいだろう。今日はおとなしく宿に戻って、明日からの依頼についてアンリさんに相談するのもいいかもしれない。
「大丈夫です。明日の依頼を決めて、その準備をしようと思います」
情報収集などをしておけば、複数の依頼を一気に終わらせることができるかもしれない。今の僕のランクで受けることができて、依頼の多い地域を探してみよう。僕は軽く頭を下げて、店を出ようとした。
「そうだ。ルート君、ちょっと待ってくれる?」
「はい。何ですか?」
リィさんが僕を呼び止めたかと思うと、工房の方へ走って戻っていく。どうしたんだろう、と暫く待っていると、リィさんは小さな巻物を持って戻ってきた。そして、僕の目の前に移動すると、両手で巻物を広げ、口を開く。
「次に行く場所は、此処が良いと思うの。魔物自体の強さはそこまででもないけれど、ちょっと行くのが大変な場所で、依頼もたくさん出てると思うから」
「えっと、王都から東にある……、沼、ですか?」
「そう。その辺りに出る魔物についてはこれに書いてあるから、そこに行くなら持って帰っていいよ」
巻物には、魔物の名前と、素材となる部位、基本的な扱いについて書かれていた。これに書いてある素材は全て買い取ってくれるという。軽く目を通した限りでは、採取に複雑な手順が必要なものはなさそうだ。沼、と言うだけあって、出現する魔物は魚に近いものが多い。捌き方も似たようなものなので、多分大丈夫だろう。
「行きます」
「じゃあ、素材と一緒に返してね」
「わかりました」
そして、僕は巻物を借り、意気揚々と帰路についたのだった。
翌日、早朝。僕は装備を完全に整えた状態で、受付に立ったばかりのアンリさんに駆け寄った。目的は勿論、昨日リィさんに教えてもらった沼地付近の依頼を探すためだ。受付の机に借りてきた巻物を広げ、地図を指差しながら尋ねる。
「アンリさん、僕、この場所の依頼を受けたいんですけど、ありますか?」
「ダブス湿地帯!?」
「あれ、湿地帯なんですか? 僕、沼だって聞いたんですけど……」
湿地帯の中に沼があるのだろうか。僕が首を傾げていると、アンリさんは不安そうな表情を浮かべた。何か問題がある場所なのだろうか。ちょっと行くのが大変な場所、と聞いているが、お勧めされたということは問題ないと思うのだが。
「ルートは、どうして此処に行こうと思ったの?」
「昨日、リィさんに勧められたからです。行くのが大変だけど、依頼が沢山あるから纏めて受けることができるって」
「リィが? そういえば、昨日はリィの依頼を受けたんだっけ?」
「はい。無事に依頼達成してきましたよ」
僕が頷くと、アンリさんは急に受付の奥の方に行った。書類の箱を開けたり閉めたりしているので、依頼を探してくれる気になったのだろう。昨日の依頼を達成できるようなら大丈夫、と判断してくれたのか。
「はい。この辺がダブス湿地帯に行かないと達成できない依頼」
「……採集依頼ばっかりですね」
何枚か書類を捲ってみるが、討伐依頼、と書かれているものは見当たらない。すべて採集依頼だ。アンリさんが採集依頼だけを見せてくれているのか、それとも、討伐依頼が無いのか。どっちだろう、と思ってアンリさんの顔を見ると、苦笑しながら答えてくれた。
「滅多に人が入らない場所だからね。魔物で困って討伐依頼が出ることは無いの。でも、この付近でしか取れない薬草とか鉱石が沢山あるから、依頼自体は物凄く多いよ」
討伐依頼が無いだけで、魔石を売ればかなりの値段になるらしい。また、極稀にだが、錬金術師の護衛依頼もあるが、そういった依頼は基本的に魔導士向けの依頼になるらしい。納得もしたところで、僕は堅実に、採集依頼を選ぶことにする。
「同じ薬草採取の依頼が、五件もある……」
「この鉱石の採集依頼も三件あるね」
ざっと分類した結果、特に依頼の多かった薬草と鉱石を一種類ずつ集めてくることにした。持てる量には限界があるし、一度に複数種類の素材を覚えられる気がしないからだ。リィさんに頼まれた素材もあるし、あまり欲張らない方が良いだろう。
「素材を取ってきたら、それぞれ依頼主の所に持って行くんですか?」
「あ、そっか。ルートには説明してなかったね。基本的には受付に持ってきてくれたら大丈夫。冒険者と依頼者の仲介をするのも組合の仕事だからね」
「わかりました」
因みに、討伐依頼の場合も、魔石を受付に提出したら達成ということになるらしい。今回の場合は、僕が取ってきた素材の量を測り、達成できる依頼が最も多くなるようにしてくれるそうだ。
「あ、そうだ。ダブスに行くなら、解毒薬の余裕があるうちに引き返すようにね」
「解毒薬?」
「知らないで受けるつもりだったの!? ダブス湿地帯は、毒沼ばかりの危険地帯だよ?」
成程、リィさんが僕にお勧めするはずである。僕は、慌てて依頼書類を引っ込めようとしているアンリさんに安心してください、と笑いかけた。
「昨日、耐毒のペンダントを作ってもらったので大丈夫です」
「え、それって、もしかして、完全な毒耐性が得られるっていう……」
「そうです。護衛依頼の途中で倒した熊蜂の針から作ってもらいました」
「熊蜂!? この辺りでは出ないのに? リィから何も報告聞いてないんだけど」
何だか雲行きが怪しくなってきた。これ以上余計なことを言ってしまったら、今日は事情聴取で一日が終わりそうな気がしたので、僕は素早く立ち上がり、受付から離れる。
「じゃあ、僕は今から依頼に行ってきますね!!」
「帰ってきたら話聞かせてもらうからね」
「リィさんの方に聞いてください。僕、王都付近の魔物について詳しくないので」
熊蜂を見たのも初めてだったので、と言えば、アンリさんはそれもそうだね、と頷いた。リィさんにはちょっと申し訳ない気もするが、その分素材を取って帰ってきたら大丈夫だろう。
「あ、そうだ。もし、向こうでフランベルクを持ってる女性剣士がいたら、一緒に戻ってきてくれないかな?」
「フランベルク?」
「そう。波状になってるレイピア」
聞いたことがない名前の武器である。見た目の特徴を聞く限り、パッと見てわからないということは無いだろう。女性剣士、という特徴も合わせれば簡単に見つかりそうだ。
「どうかしたんですか?」
「オリヴィアっていう名前の魔剣士なんだけど、昨日、ダブスに行く依頼を受けてから、戻ってきてないの。魔法も使えるから大丈夫とは思うけど、心配になって」
「わかりました。探してみます」
「お願いね」
僕はしっかりと頷き、床に置いておいた籠を背負い直す。初めて、完全に単独で行動する依頼だ。気を引き締めていかないと。気合を入れ直し、出発したのだった。
目的地である、ダブス湿地帯を見渡せる場所まで来た僕は、目を見開いたまま動くことができなかった。王都から東に向かってしばらく歩き、小高い丘を登り切った瞬間に見えてきた景色は、先程までと全く違うものだったからだ。
「一面が、紫色だ…………」
ダブス湿地帯。毒沼だらけの湿地帯。そう聞いてはいたものの、まさか水の色が紫色とは思ってもみなかった。一面に広がる紫色の沼が、光の反射なのか、所々緑色に光っていて一層毒々しい。間違っても足を踏み入れてみようとは思えない光景だ。
「紫色が濃すぎて、沼の底が見えないのが怖いな……」
深さが全く想像できないので、多少無理をして通り抜けるということはやめた方が良さそうだ。一人ではぬかるみに嵌まってしまったら抜け出すことは難しい上、折角採集した素材が駄目になってしまう。できる限り足場が安定している場所を探しつつ進むしかない。
「あ、あの辺は土があるみたい」
丁度、丘を下ったところに茶色い土が見えたので、そこから中央付近の島のような場所を目指そう。一本道で、幅も島の方に向かうにつれて広くなっているので最初だけ足元に気を付ければ大丈夫そうだ。
「多分、薬草とか、鉱石も中央にあるよね」
中央の島は、真ん中に巨木が生えており、その根元は緑で覆われている。ちらほらと見える紫色の結晶が、目当ての鉱石なのだろう。他に島のようなものは無いので、オリヴィアさんがいるとしたらあそこである可能性も高い。
「よし、行く、かっ!?」
意を決して茶色い土を踏みしめた、その時。突然、足元がぐらついたかと思うと、体が一瞬中に投げ出される。沈むのではなく、上に弾かれた、と言うべきだろうか。混乱しつつも足元を見遣ると、土だと思っていた茶色い物体が動いている。
「な、なに、こいつ……」
相手が何なのか分からない以上、下手に刺激をしない方が良い。が、このままでは振り落とされ、毒沼に落ちるのは時間の問題だ。毒自体は無効化できるとはいえ、沼の中腹で落とされたら無事では済まないだろう。
「取り敢えず、丘の方に戻らないと……」
幸い、今は揺れが落ち着いている。これ以上沼地を進まれる前に、少々距離が空いているが、全力で跳べばギリギリ戻れる今、脱出を試みるしかない。足に力を入れ、勢いよく踏み切ろうとする。
「えっ」
びたん、と音がしたかと思うと、視界から、丘が遠ざかっていく。足に鈍い痺れが走り、遅れて、体が勢いよく後方に飛ばされている感覚がする。泥が周囲に落ちる音が聞こえてきたことから、先程の生物に弾き飛ばされたことを理解した。
「まずい」
この勢いだと、途中の沼に落下することは無いだろう。その代わり、沼地の中央にある巨木に背中を打ち付けることになりそうだが。それにしても、随分とコントロールの良い相手である。上に乗っている人間を中央の島に向けて飛ばすなんて。偶然にしては狙いが正確過ぎて、わざとなんじゃないかと疑いたくなってしまう。
「今回が初めてじゃなくて、実は何回もやったことあったりして」
ははははは、と乾いた笑い声をあげ、気付く。もしかして、本当にわざとなのではないか。昨日から戻ってこないオリヴィアさんは、僕と同じ目にあったのではないか。そして、目的があって僕を中央の島に向けて飛ばしたなら、確実に何かが待ち受けているのではないか、と。
次回更新は10月21日17時予定です。