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「完全に見つかったか!!」
クローさんが苛立った様子で叫びながら、逃げて来た冒険者たちと、トノサマバッタの間に入った。三人組を追っていたトノサマバッタは、クローさんを見ると本能的に危険を感じたのか、一瞬だけ動きを止めた。
「引率は!?」
「い、いません」
トノサマバッタから目を離さないまま、クローさんは飛び出して来た三人組に問いかける。まだ、誰かが草むらに残っている場合は、下手に魔法を使ったりできないからである。リーダーらしき人物が答えると、クローさんは次々に質問を投げかける。
「ランクは?」
「全員、Eランクです……」
「組合は?」
「「「…………」」」
「戻ったら覚悟しておくことだな」
どうやら、まだ討伐依頼を受けられないのに、他の冒険者たちに紛れて此処に来たらしい。当然、組合からの注意事項などを聞いていないので、トノサマバッタの存在も、やり過ごし方も知らずに来てしまったのだろう。
「だが、そう簡単にトノサマバッタが出現する区域までは辿り着けないはずだが、何故気付かれたのか……」
クローさんが呟いたその時、僕は、隣まで移動してきた冒険者が、腰に何か下げていることに気付いた。そして、そのうちの一人の足元に、穀物が落ちていた。ポロポロと落ちていく穀物の出どころは、腰に下げている袋だ。
「く、クローさん!! 腰の袋!!」
「は?」
恐らく、三人組は効率よくバッタの魔物を集め、倒すために穀物を持ってきていたのだろう。本来の依頼より多くの魔物を倒せば、違反行為をしたものの、実力を認めてもらえると考えて。しかし、草むらを移動するうちに袋が破れ、落ちた穀物の痕跡を追ってきたトノサマバッタに見つかった、と言うところだろう。
「……三人の処罰は後々考えるとして、取り敢えず、迎撃するしかないな」
「逃げないんですか?」
クローさんは深々と溜息を吐いて、そう言った。トノサマバッタを倒すことは難しくても、背後の道を塞いでいるバッタの魔物はEランク冒険者でも倒せる。全員で協力すれば、王都までの道を拓くことは可能だろう。三人が持っている穀物を使って気をそらせば、十分時間は稼げるのではないだろうか。
「昆虫系の魔物は基本的に複眼だ。視野は広く、動きを察知する能力も高い。その上、人間には見えない光を捉えることができる」
「えっと……」
「穀物で気を引いても、誰かが動けば其方に反応する」
動かない穀物よりも、動く敵を優先するらしい。こうして姿が見つかった時点で、逃げるという選択肢は取れないということだ。
「覚悟を決めて攻勢に出れば、勝機はある」
「だが、庇いながらでは実力を発揮することは……」
クローさんが提案するが、他の冒険者は乗り気ではないようだ。引率役は自分が連れて来た冒険者を無事に帰らせる必要もあるので、すぐには頷けないのだろう。
「庇わなければいい。全員で攻撃する。下手に攻撃と防御を分けるよりは、敵の意識も分散するだろう」
確かに、下手に離れた場所で防御陣形を取っているよりは、攻撃に参加した方が安全かもしれない。それに、まだ戦闘に慣れておらず、初めての討伐依頼とはいえ、僕達だって冒険者だ。全く戦えないという訳ではない。
「とはいえ、流石にトノサマバッタと直接戦えとは言わない。主力がトノサマバッタとの戦闘に集中できるよう、周囲の手下を倒してもらう」
「それならば、まあ……」
手下であるバッタの魔物は、僕達でも倒せる程度の強さだ。背後を取られたり、囲まれたりしなければ問題は無い。武器を持っている人が中心となってバッタの魔物を倒し、余裕のある魔導士がトノサマバッタへの攻撃に参加すれば、それなりの戦力になるだろう。
「言い出した責任はとる。トノサマバッタの魔法を防ぎつつ、意識を此方に引こう。その間に攻撃をしてくれ」
「く、クロー、でも……」
「シャムロックはルートの援護を。サシャは一緒に囮になってくれ」
「任せて」
シャムロック君が返事をするより前に、クローさんはサシャさんと一緒にトノサマバッタに向かって走り始めた。二人の動きに反応したのか、トノサマバッタと周辺のバッタの魔物達も一気に警戒態勢になったようで、低い、風を切る音が周囲に響き始める。
「僕達も頑張ろう!!」
「う、うん……」
二人が気を引いてくれている間に、できる限り魔物を減らさなくては。僕は剣を構え直し、我先にとバッタの魔物に斬りかかる。ころん、と小さな石が地面に落ちるよりも先に、大きく一歩踏み出し、今度は下から上に向かって斜めに斬り上げる。
「えいっ」
ある程度体力があるとはいえ、どれだけ魔物が出てくるのか予想もできない状況だ。極力体力を温存できるように、近くにいる魔物は一連の動きの中で倒すことを心掛けた方が良いだろう。
「やぁっ!!」
トノサマバッタがいる影響だろうか。バッタの魔物は僕達が近づいても逃げることなく、寧ろ此方に向かって突進してくる。その攻撃を最小限の動きで躱し、すれ違いざまに剣を叩き込む。
「……調子に乗って突っ込んだのはいいけど、全然減らない!!」
勢いよく戦闘に参加したのはいいものの、僕の実力では一度に相手ができる魔物は一匹だけだ。正直、僕が一匹倒している間に次の魔物が近付いてきているので、クローさん達の援護になっているかと聞かれるとそうでもないだろう。
「あっちに行かないようにするので精一杯で、トノサマバッタに攻撃できてない……」
「で、でも、ルートが動いたから、他の人も、動き出したよ」
「ほんとだ」
この調子でいけば、少しずつだが押し返せるだろう。しかし、囮役を引き受けてくれたクローさんとサシャさんは大丈夫だろうか。此方に魔法が来ない、ということは、トノサマバッタの魔法を相殺しつつ逃げ回っているということである。
「二人とも、大丈夫かな……」
「逃げるだけなら大丈夫。だけど、攻撃する余裕は、無いと思う」
「そうだよね……」
僕は魔法を使えないので、実際に使っている感覚はわからない。が、魔法を使うにはかなりの集中力が必要であり、威力が高い魔法になると、使用中は全く動けないものもあると言う。
「走りながら高威力の魔法を使うなんて、普通に考えて無理だよね」
トノサマバッタは、動くだけで自然に魔法が発生するレベルの魔物だ。つまり、体内に保有している魔力量が多い。そして、魔力量が多いということは、外からの魔法に対する耐性も高いということだ。
「普通に魔法を撃ったところで、風にかき消されるか、魔法耐性で弾かれるか……」
弾かれた場合、近接戦闘をしている味方に被害が出る可能性があるため、迂闊に魔法を撃てない状況だ。そうなると、ゴーストを倒した時のように武器に属性付与をしてもらい、物理ダメージと魔法ダメージを同時に与えていく方法が一番確実だろうか。
そう考えていると、シャムロック君がきょとんとした顔をした。
「えっと、多分、加減ができないから、魔法使わないだけ」
「え?」
「Aランク魔導士だから、トノサマバッタの討伐は一人でも余裕。でも、今は、魔法を使った方が危ないから」
言いながら、シャムロック君は杖で草むらの方を指した。僕の背丈よりも高い草は、一本道を避けるようにして辺り一帯に生えている。草の高さを再確認して、僕は、同じくらいの高さがあった、火柱を思い出した。
「威力は高いし、人に当てないようにコントロールもできるけど、流石にここだと燃え広がるから、使えないと思う」
一括りに魔導士と言っても、人によって得意な魔法は異なる。クローさんが得意な魔法は、初めて会った時に見せてもらったような、火属性の魔法なのだろう。だが、周囲を草に囲まれたこの状況では、火属性魔法を使うのは危険極まりない。
「火属性の魔法は、発動自体は簡単だけど、発動から時間が経つほどコントロールできなくなるから……」
「正確に魔法を当てても、魔物の動き次第で草むらに火が付く、と」
しかも、トノサマバッタの魔法は風属性。燃え広がる要素しかない。王都の安全を守るためとはいえ、王都近辺の草原を燃やし尽くすわけにもいかない。なので、クローさんは魔法を使わないのだとシャムロック君は言う。
「サシャも僕も、水属性は得意じゃないから……」
クローさんが魔法を使った後、火を消すことができないらしい。話を聞いて、囮役を引き受けてくれた二人への心配はなくなったが、問題は全く解決していない。二人が攻撃に参加できないなら、何としても僕達の中の、誰かがトノサマバッタ攻撃しなくてはいけない。
「でも、そんな余裕ありそうな人なんて……」
全体を見まわす。引率役の人は自分の担当冒険者が囲まれないように戦うので精一杯。Eランク冒険者は、目の前の魔物を一匹ずつ倒すので精一杯だ。そういう僕も、バッタの魔物との戦闘は余裕があるものの、トノサマバッタの所まで辿り着けそうにない。
「無理矢理でも、近付きたい、けどっ!!」
道を拓くためにも、トノサマバッタの方向へ、大きく踏み込みながらバッタの魔物を斬り捨てる。しかし、すぐに次の魔物が間に割って入ってくるため、中々前に進むことができない。全速力で走れば振り切れる程度の速さだが、剣を片手に持った状態ではそれも難しい。
「もう少し相手が遅いか、僕が早かったら……!!」
ぎり、と奥歯を強く噛み締める。悔しいが、これが、今の僕の限界だ。もしも、を口に出す時点で格好悪いが、それでも、口に出さずにはいられなかった。せめて、足を引っ張らないように少しでも魔物を倒そうと、気持ちを切り替えるために深く息を吐いた。
「ルート」
「……どうしたの?」
格好悪い発言を聞かれたな、とちょっとだけ、気まずく思いながら返事をする。すると、シャムロック君は僕の態度を気にした様子もなく、ただ、純粋に尋ねてきた。
「相手が遅かったら、ルート、勝てる?」
真っすぐに僕の目を見て、シャムロック君は言った。僕はその問いかけに、ほぼ、反射的に頷いた。
「勝てる。…………絶対に、勝つ」
「サポート、する。行って」
シャムロック君が言うのとほぼ同時に、僕はトノサマバッタに向かって走り出した。後ろから、シャムロック君の声が聞こえたかと思うと、青色の光がバッタの魔物に向かっていく。
「動きが……!!」
「効果は長くないから、走って!!」
何の魔法かは分からないが、僕の動線上にいた魔物の動きが、一斉に止まる。他の場所にいる魔物は、冒険者たちと戦っているので邪魔をするのは間に合わないだろう。身動きが取れない魔物達の横を走り抜け、僕は助走をつけて勢いよく地面を蹴った。
「くらえっ!!!!」
大きく飛び上がり、空中で剣を振りかぶる。そのまま、全体重をのせて、トノサマバッタの腹をめがけて、剣を真っすぐに下ろす。
「う、わっ……」
剣がトノサマバッタに触れた瞬間、ガキン、という金属音が鳴ったかと思うと、少し遅れて手から腕にかけて痺れが走る。硬い。切れ味だけでなく、剣自体の重さと、僕の体重も利用して振り下ろしたというのに、剣は表面を僅かに傷つけただけで、大したダメージは入っていないようだった。
「ルート、上!!」
シャムロック君の声が聞こえ、上を見る。すると、体に傷をつけられて怒ったのか、トノサマバッタが羽を広げ、僕の方を見ていた。そして、口の部分をガチガチと鳴らしながら、羽を震わせ始めたため、僕は慌てて剣を引き、後ろに飛んだ。
「あ、危なかった……」
着地をすると同時に、先程まで僕が経っていた地面にバツ印ができた。トノサマバッタの左右の羽から発生した魔法が、地面を直撃したのだろう。
相手の魔法を避けたところで、此処から反撃に移りたいところだが、一つ問題がある。トノサマバッタにとって、魔法は意識して使うものではない。つまり、魔法を使っても大して隙は生まれず、すぐに次の攻撃が来るということだ。
「完全に、僕の方に意識が向いてる……」
トノサマバッタが振り上げた足に当たらないように、地面を走り回る。クローさんとサシャさんが意識を逸らそうと魔法を撃ってくれているが、何故かトノサマバッタは執拗に僕を狙ってくる。
「動きを見てたら、避けれるけど、反撃の暇が……」
相手の動きは大きいので、体の動きをしっかりと見ていれば回避自体は可能だ。しかし、前後左右、どの足でも攻撃を仕掛けてくるため、一つの足を避けても攻撃をする前に次の足を避ける必要が出てくる。相手の体表面が硬いことを考えると、斬り付けた衝撃が自分に返ってくることも計算して攻撃しなくてはいけない。
「追撃されないためには、攻撃を行った足の外側に逃げる方が良いけど、そうすると距離が離れるから、僕も反撃できない……」
かといって、相手の攻撃に当たっては意味がない。理想を言えば、僕の攻撃が可能な範囲内で、相手の攻撃が通らない場所を見つけることだが。
「あ」
大きく前足を持ち上げたトノサマバッタを見て、答えに気付いた。とはいえ、完璧な答えではないだろう。相手が僕の意図に気付いたら、即座に対応されてしまうような方法だ。それでも、今、僕が取れる行動の中で、最善の一手だと言い切れる。
「シャムロック君、エンチャントお願い!!」
「え、ぞ、属性は?」
「地!!」
トノサマバッタの攻撃を避けるべく、僕は後ろに避ける。のではなく、剣を抱えたまま、トノサマバッタの方に向かって転がった。前足が僕の頭上を越えていったところで、剣が淡い茶色を帯びる。シャムロック君がエンチャントをしてくれたのだろう。
「今度こそ、終わりだっ!!」
転がった勢いをそのままに、剣でトノサマバッタの腹を斬り付ける。腹側は柔らかいのか、エンチャントのお陰か、今度は弾かれることなく、剣はそのまま真一文字の軌道を描いた。が、転がっていた僕の体はそう簡単には止まらない。僕は地面を何度か転がり、回転が止まった頃には既にトノサマバッタの姿は完全に消滅していた。
「いたっ!!」
地面から体を起こした瞬間、ごん、と音を立てて頭に何かがぶつかってきた。予想外の痛みにぶつけた箇所を押さえながら見てみると、それは、拳ほどの大きさがある、緑色の魔石だった。普通のバッタの魔物が落とすものに比べて格段に大きい。
「これは……」
「トノサマバッタの魔石だ」
手に取ってまじまじと見ていると、クローさんが答えてくれた。トノサマバッタの魔石。魔石になったということは、つまり、倒せたということで間違いないだろうか。
「これで討伐完了だね」
サシャさんが微笑む。トノサマバッタを倒した瞬間、周囲のバッタの魔物達は攻撃をやめ、散り散りに逃げていったので、一安心していいらしい。全ての魔物を倒せたわけではないので、再び討伐依頼が出るだろうが、今はトノサマバッタを倒したことを純粋に喜んでいいだろう。
「草の異常成長はトノサマバッタが原因だろうな。お陰で碌に魔法が使えなかった」
「依頼が出た時点で異常は無かったらしいから、完全に運が悪かったね。それにしても、他の引率役がもう少し早く戦闘に参加してくれると思っていたけど……」
「バッタの魔物が多かったから、仕方ないと思う。ね、ルート」
シャムロック君が僕に同意を求めた。僕は、そうだね、頷いて同意しようとして、体が動かないことに気付いた。体が動かないというか、視界が、段々と暗くなっていく。最後にぐらりと頭が揺れるような感覚がして、僕は、意識を手放した。
泉のほとりで、少女が泣いている。誰にも気付かれないよう、声を殺して、静かに涙を流している。僕は、その少女に声を掛けるため、目の前の草を掻き分けようとして、その手は、宙を切った。
「ルート、目、覚めた?」
「…………シャムロック君?」
尋ねると、そうだよ、と返事が返ってくるとともに体を起こされる。どうやら、トノサマバッタを倒した後、気を失っていたらしい。それにしても、懐かしい夢を見た。村でじいちゃんに鍛えられていた頃以来だろうか。
「……どうかした? 一応、魔法で調べたけど、どこか痛いところがある?」
「大丈夫だよ。一気に緊張の糸が切れただけだと思う」
初めての討伐依頼で、しかも予定外の魔物と戦ったので疲れていたのだろう。そう言うと、シャムロック君はホッとしたようだ。心配をかけてしまったらしい。僕はにっこり微笑みながら、ベッドから体を起こす。
「それで質問なんだけど、此処、どこ……?」
僕の記憶は草原で途切れている。当然、ベッドまで自力で移動した記憶もないし、此処が何処かもわからない。周囲を見る限り、組合にある自室じゃないことはわかるが、病院でもなさそうだ。
「此処は、城門にある仮眠室。トノサマバッタの出現について報告もあるから、寝かせてもらってた」
「ちなみに、僕を運んでくれたのは……」
「トノサマバッタに追いかけられてた三人組。気になるなら、後でお礼言ったらいいと思う」
その三人は、現在、別室でお説教を受けている最中らしい。冒険者としてのルールを破ったのは悪いことだが、運んで貰って助かったのも事実。後でお礼を言いに行こう。
「でも、今日はやめた方が良いと思う」
「なんで?」
「もう日が暮れてるから、宿屋が閉まる」
「えっ!?」
僕達が依頼に向かったのは朝一番。トノサマバッタと戦ったのも、まだ午前のうちだっただろう。だが、窓の外には太陽は見えず、月が淡く街を照らしていた。もう少しすれば、宿屋も施錠する時間だ。確かに、今から相手を引き留めると迷惑になるだろう。だが、問題は別にある。
「ぼ、僕の、冒険者登録ってどうなったの!?」
今日、僕は、朝一番で依頼に行った後、冒険者登録をする予定だったのだ。滞在期間の問題が無いとはいえ、今日にも正式に冒険者になれると思っていたので、どうなったのか物凄く気になる。
「やっぱり、この時間だったら手続きできないよね。となると、また明日に持ち越し? その場合、今日の依頼の扱いってどうなるんだろう?」
「ルート、落ち着いて」
「でも……」
折角クローさんに引率をしてもらって、トノサマバッタまで倒したのに実績として数えられないとなると、かなり悲しいし、申し訳ない気持ちになる。頭を抱えていると、突然部屋の扉が開いた。
「失礼します」
「あ、モードさん」
入ってきたのは、滞在手続きを担当してくれた、文官のモードさんだ。どうしたんですか、と僕が首を傾げていると、モードさんは無言でベッドに近付いてきた。
「滞在許可証の回収と、冒険者証明の発行に来ました」
「えっ!? 登録、できるんですか?」
「はい。本来はご本人に手続きしていただくのですが、組合からの申請は既に来ており、城門に寄った際に本人の姿が確認できました。また、代理で署名していただける方もいましたので、登録は完了しています」
登録の時に重要なのは、本当に本人が合格しているか、の一点らしい。組合からの正式な申請と、顔による本人確認が出来ればいいということで、今回は特殊な事例だが、条件は満たしているので登録してくれたそうだ。
「よろしければ、今からお渡ししますが」
「お、お願いします!!」
ぺこり、と頭を下げる。すると、モードさんは少しだけ笑いながら、懐から小さな箱を取り出した。僕はその箱を受け取ると、そっと蓋を開けた。
「そちらのバッジが、冒険者証明のバッジになります。必ず身に着けてください」
「はい」
箱の中に入っていたのは、青色のバッジだ。滞在許可証と同じで魔法が掛かっているので、紛失の際や、冒険者ランクが上がったときはモードさんに連絡を入れれば対応してくれるそうだ。
「バッジの色はランクによって異なります。上から、金、銀、銅、赤、青、黒となります。説明は以上です」
「はい。…………はい!?」
僕が受け取ったバッジの色は青。対応する冒険者ランクは、Dランクだ。冒険者はEランクから始めるというのに、一体、どうしていきなりDランクになったのだろうか。
「今回、トノサマバッタ討伐の際に活躍されたということで、初依頼を達成した時点でDランクに昇格したことになっています」
「そ、そう、ですか」
わざわざ魔法が付与されているバッジを二つ作るのは大変なので、いきなりDランクである青色バッジを渡すことになったらしい。頻度は高くないが、前例がないわけではないのであっさり決定したという。モードさんは僕が胸元にバッジを付けたのを確認すると、無言で扉の近くに移動した。
「それでは、本日は、冒険者登録、また、Dランク昇格おめでとうございます。これから、王都の平和維持の一端を担っていただけることを期待するとともに、安全を祈っています」
「あ、ありがとうございました」
「また、何かあれば連絡ください」
最後に一礼だけして、モードさんは部屋から出ていった。部屋に残ったのは、先程から無言のシャムロック君と、僕だけだ。僕達は、何も言わずにお互いの目を合わせ、ゆっくりと近付いた。
「ルート」
「シャムロック君」
「Dランクおめでとう!!」
「ありがとう!!シャムロック君たちのお陰だよ!!」
あまりの嬉しさから、僕達は、クローさん達が迎えに来るまで抱き合ったままだった。
次回更新は10月7日17時予定です。