上下の罠
「此処、どこなんだろ……」
「少なくとも、普通の人はいない、はず」
「だろうね、こんな海の中だし」
真っ青な、海の中の洞窟。空気があるということは、海中で呼吸ができない生き物がいる可能性が高いが、問題は、どんな生き物がいるのか、である。普通の人なら、海中で生活をしようとは思わないだろう。
「いるとしたら、どんな人かな」
「良くて変わり者の魔導士、悪くて魔族?」
「どっちも嫌だな……」
ぽつりと呟いただけのつもりだったが、シャムロック君が真剣に返事をしてくれた。特に、後者の方は嫌だ。僕は魔力が低いから、シャムロック君のように魔力を感知するということはできない。つまり、ぱっと見が人間と大差なかったら、相手が魔族だということに気付けないのである。
「魔導士なら、まだ」
「話し合いの余地がある?」
「うん」
人間嫌いの魔導士なら、すぐにこの場を離れることを伝えれば問題にはならないだろうし、単純に海が好きな魔導士の可能性だってある。人間だったら話は通じるのだ。前向きにいこう。
「取り敢えず、探検してみよう」
こくり、とシャムロック君が小さく頷いたのを確認してから、僕達は同じ色が延々と続いている廊下へと足を向けた。
歩き続けること、暫く。五回目の曲がり角を右に曲がった先で、シャムロック君が足を止めた。曲がり角、と言っても別の廊下と繋がっているわけではなく、ある程度歩いたら急に廊下が右に曲がっているだけなので、今迄ずっと一本道だ。
「あ、ルート。こっち、部屋」
「どこ?」
シャムロック君が言いながら、壁に手を伸ばす。そのまま、壁に手が吸い込まれた、かと思ったら、壁に遭った窪みに手を差し込んだだけらしい。ごご、と重たい音がして、壁がゆっくりと右に移動した。
「ほら、これ」
「どうやって気付いたの?」
よく見たら壁に窪みがあることはわかるが、先程まで歩いていた速度で壁を見ていて気付けるか、と聞かれたら無理だ。シャムロック君の観察眼は、一体どうなっているのだろう。
「途中から、杖で地面叩いた」
「あれ、疲れてきたからじゃないんだ……」
言われてみれば、三つ目の角を曲がったあたりから、シャムロック君は杖をつきながら歩いていた。単純に、ちょっと疲れてきたのかと思っていた。
「クローから教わった。周囲の音とか、魔力とかを感知する方法」
「クローさん、本当に物知りなんだね……」
あれは、杖で地面をたたくと同時に魔力を乗せることで、周辺の状況を探るものらしい。専用の魔法という訳ではないので、壁の向こうが見えたりするわけではないが、壁の向こうに空間がある場合などは、音と魔力が違うので気付けるらしい。
それにしても、先程の水の上に立つための魔法といい、クローさんは一体、幾つの魔法を知っているのだろうか。実力派、というのは知っていたが、もしかして王都で一番の魔導士なんじゃないか、と思うほどだ。
「うん。僕らの、リーダーだから」
「物知りじゃないとリーダーになれない訳じゃないしから、純粋に凄いよ」
シャムロック君は、さも当然のように言うが、普通に考えて凄いと思う。そう伝えると、シャムロック君はふい、と顔を逸らして、見つけたばかりの部屋を指差した。
「……それより、この部屋。何の部屋だと思う?」
声に険は無いので、仲間を褒められて照れているのだろうか。取り敢えず、これ以上は何も言わない方が良いだろう。そう判断して、頭を切り替える。
「衣装部屋か何かに見えるけど、あれ、何?」
シャムロック君が指さした部屋は、今迄と同じ青い石でできていたが、壁面に、青い石を削り取って作ったクローゼットのようなものがあった。そして、幾つかの服が吊り下げられている。他に目立ったものは無いので、恐らく衣裳部屋で正解だろう。
だが、僕の目を引いたのは、クローゼットにある服でもなんでもなく、部屋の中央に敷かれている、黒っぽく、平べったく伸ばされている、毛が生えた物体だ。
「毛皮?」
「いや、まあ、多分毛皮だけど……」
どう見ても、この部屋というか、この空間に不釣り合いのように思える。クローゼットに掛けられている服は、村で見かけていた普通の服と大差ない。
「うーん」
部屋に入って確認してみたものの、ドレスなどの、高価な服があるわけではないようだ。比較的、普通なものが多い中で、お金持ちでもないと置かないような毛皮があるのは、違和感を抱くだろう。
「ルート?」
「あ、いや、何の毛皮だろ、って思って。こういうのって大体、熊とか、そういう大きい動物で作るよね」
「うん」
この毛皮は熊などではなさそうだ。色味が違うし、大きさも違うような気がする。黒というか、濃い灰色というか、不思議な色だ。
「どう見ても熊じゃない、というか、水中に熊いないだろうし……」
「水中生活する熊に近い魔物は、いないはず」
シャムロック君も思い当たる生き物がいなかったらしい。それに、魔物の場合は基本的に倒した直後に解体しておかないと、全部魔石になってしまう。魔物の毛皮を採取できる、ということは戦闘能力か、余程のお金があるかのどちらかだ。そうなると、尚更他の服との差が大きくなってしまう。
「どういうことだろ……」
首を捻りながら、部屋の中にある、他の物と毛皮を交互に眺めていく。何度見ても服や毛皮に共通点は見つからないし、壁や床などに仕掛けがある様子もない。念のため、天井も見上げたが、一面同じ青い色が見えるだけだ。
「ルート、この部屋、特に他の物は無いみたい」
「手掛かりというか、目立つのはこの毛皮だけか……」
「他の部屋に繋がる扉とかもなさそう」
コン、とシャムロック君が杖で床を叩く。そして、小さく首を横に振った。魔力による探知をしても、特に手掛かりは得られなかったようだ。
「…………この部屋には、無いみたい」
「別の場所にはあるの?」
この部屋には、ということは、別の場所にあるのだろうか。確認をすると、シャムロック君は部屋の奥側を指差した。
「こっち側に、多分、広い空間がある」
「廊下が曲がってた方向を考えたら、こっち側が建物の中心部だよね」
「多分」
廊下は一定の間隔で右への曲がり角があった。つまり、廊下を歩いていて右手側にあったこの部屋の奥側となると、建物の中心部ということになる。何かあるかもしれない、と言われたら、確かに、と思える場所である。
「なら、階段とかがあるのかな。この部屋にないなら、また廊下に出るしかないか」
「見落としがあったかも」
「ずっと右に曲がってたってことは、このまま進んだら、一周回って最初の場所に戻る筈だよね。取り敢えず、戻らずに先を見るのはどう?」
次の曲がり角が右でなかったら、その時にまた考えればいいことだ。わかっている道を戻るよりかは、先に進んだ方が得られる情報は多い。
「わかった」
「問題は、この毛皮を持って行くかだけど……」
「反対」
「だよね」
シャムロック君が即座に反対した。一応、この毛皮はどう見ても衣裳部屋の中で最も怪しいというか、手掛かりになりそうなものだ。大きさ自体はそれなりだが、毛皮なので大した重さではない。最悪、採集ボックスに入れておけばいいので、持って行くだけなら全く問題ない。
「怪しい場所で、下手に中の物を動かしたり、持ち歩くのは危険」
「心当りがあり過ぎるな……」
ゴーレムの時とか。あれは、オリハルコンに反応して攻撃してくる奴だったし。そうでなくとも、何かの仕掛けがあるかもしれない、というシャムロック君の意見は正しい。採集ボックスの中に入れていても気付かれるときはあるし、そもそも、毛皮を動かした時点で何か仕掛けが作動する可能性だってある。
「何かあったら戻ってくればいいよね」
シャムロック君が小さく頷いたので、僕は毛皮を諦めて先に部屋を出る。シャムロック君も続いて部屋から出て、ずらした扉を戻そうと、壁の窪みに手を掛けたところで動きを止めた。
「扉、開けたままにする?」
ここに部屋があることはわかったが、ぐるりと廊下を一周回って来た時に、すぐにこの部屋の入り口に気付けるか、と聞かれると自信が無い。
「…………うーん。そうだね。他に誰かいるなら、先に別の人間がいるって知らせた方が良いかも。僕達も開けたままの方が分かりやすいし」
「一周するか、基準にできる」
扉の場所が分からなくなって無駄に時間を使わないためにも、開けっ放しにしておいた方が良いだろう。わかりやすいように、扉は完全に開けた状態で放置しておくことにする。幸い、扉が重たいからか、勝手に閉まることはなさそうだし。
「じゃあ、張り切って次に…………」
行こうか。シャムロック君、良かったら探知お願いします。そう言おうとしていた。僕が言うより先に杖で床を叩いたシャムロック君は、何故か先程閉めないことで合意した扉の方を向いて固まってしまった。
「シャムロック君? なんで固まってるの?」
「ルート、此処」
何か見落としてもあったのだろうか。いや、一緒に確認したのだからそんな筈はない。そんなことを考えていると、シャムロック君がぎこちない動きで扉の方を指差す。
「え?」
今調べたでしょ、と首を傾げると、シャムロック君はもう少し左、と若干低い声で僕に言う。僕は良く分からなまいまま、扉の側面を指差した。
「此処? 扉のすぐ横だけど!?」
すぐ横というか、扉が移動したことによって見えるようになった、先程まで扉とぴったりくっついていた壁面、というべきだろうか。扉が右に移動したので見えている、左側の壁だ。
「手、掛けて」
「え? え? えぇ!?」
シャムロック君は落ち着いた声で、底に手を掛けるように指示してきた。何があるんだろうか、と思いながら左手を掛けると、ごご、という音と、手に重たい何かが動くような感触が伝わってきた。
「…………まさか、両側が扉になっているとは」
「衣裳部屋を見つけた時点で、他の場所を気にするのかも」
「だからって、真横に作る? 普通」
「でも、気付かない」
確かに、衣裳部屋を見つけた時点で、他の扉があるなら反対側かな、とか思っていた。扉や部屋を隠したいのなら、態々近い位置に作らないという思い込みがあったのだ。
「先に衣裳部屋を開けた上で扉に気付かないと階段が出てこない仕様とは思わないよ……」
小声で呟く。完全に相手の思惑に嵌まってしまっていた。何というか、物凄く情けない気分だ。若干落ち込んでいると、シャムロック君が扉を動かした先に見えてきた階段を指差して言った。
「上と下、どっちに行く?」
「シャムロック君、冷静だね?」
物凄く冷静である。ちょっと悔しかったので、じ、と無言でシャムロック君を見つめていると、困ったように眉を下げて言った。
「早く見つかってよかった」
「そうだけど!!」
がっくりと肩を落とす。僕の気持ちは伝わらなかったらしい。僕は静かに、次こそは僕が活躍して見せると意気込む。同じランクなのに、シャムロック君に頼ってばかりではあまりに情けないというか、申し訳ないからだ。
「それで、上と下。どっち?」
シャムロック君は、先にどちらから調べるかを僕に選ばせてくれるらしい。僕は目の前にある階段を眺めながら、今の状況を、この謎の建物の事を整理する。
「…………普通に考えたら、地上に近くなる上に向かいたいところだけど」
「けど?」
切った言葉にシャムロック君が反応した。此処は海の中だと分かっているのだから、安全というか、何かあっても呼吸の心配がない海の外に近い場所にいたい、というものは当然の心理だろう。
「僕達人間が上に向かいたくなることを理解して作ってあるなら、出入り口は下の方にあると思うんだよね」
「……成程」
今、階段がここで見つかったことのように。相手は人間の思考回路を理解しているのなら、僕達の考え方を利用して、自分に有利になるように部屋を配置しているはずだ。
「こんなに広い場所に呼吸ができる魔法を使えるってことは、多分、海の中を移動することなんて簡単なはずだよね?」
「本人が、深海でも問題なく活動できるなら、下に出入口を作る可能性が高い」
「かなと思って。だから、取り敢えず、上に行ってみよう」
僕がそう言うと、シャムロック君は目を丸くした。
「下じゃないの?」
「下が出入口で、上に誘導したいなら、何か捕まえた場合は最上階より少し下の階かなって。下に出入口があるなら、先に上を調べた方が漏れもないし」
つまり、僕達と同じように此処に来た人がいるとしたら、同じように階段を見つけて上に向かった可能性が高い、ということだ。海に入る前にキッドさんから聞いた話だけだと、事故が多い、というだけで行方不明者がいるかはわからないが、調べておいて損は無い。
多分だが、下に向かうよりも上に向かった方が、一旦調べ終わるまでも早いだろう。そんなことを考えていると、シャムロック君が先程から静かなことに気付き、目線を向ける。すると、僕から若干距離を取って、此方を控えめに見ているシャムロック君と目が合った。
「…………ルート、もしかして、性格悪い?」
性格が悪いって、どういう意味だろうか。一瞬、言われた意味が分からなくて固まったが、先程説明した内容が原因だということに気付き、慌てて弁明を始める。
「そういう訳じゃないよ!? ただ、村にいる時に、狩りの基本とか、罠の仕掛け方を教わってただけ」
「それだけ?」
「それだけだよ!? 信じて!? 距離取らないで!?」
断じて、僕は人間心理を利用して人を思う通りに動かしてやろうなんてことは考えていない。単純に、追い込まれた野生動物の動き方と、それを追い詰める方法を習っていただけだ。農村では至って普通の知識である。そう言うと、シャムロック君は納得してくれたようで、僕はホッと胸を撫で下ろした。
「わかった」
「と、とにかく、上行こう、上」
これ以上、何か疑われる前に早く手掛かりを探しに行こう。速足で階段を上り始めた瞬間だった。上の階から、絹を裂くような、短い悲鳴が聞こえた。
「え、今の……」
背後にいるシャムロック君を振り返ると、真剣な表情で頷いた。
「女の人の声」
「急ごう!!」
駆け足で階段を上る。踊り場なのか、次の階なのか分からない、少し広い空間に辿り着く。早く助けに行きたいのだが、声が一瞬だったのでどの階にいるのかが分からない。そもそも、此処が次の階であるかも確実ではないが。
「ど、どうしよう」
壁を触ってみても、窪みのようなものは見つからない。此処は踊り場だったのだろうか。迷っていると、また同じ声の悲鳴が、今度は長く聞こえてくる。音は斜め上から、徐々に声が大きくなってきていることを考えると、逃げて、階段の近くに向かってきているのか。
僕とシャムロック君は残りの階段を駆け上がり、半ば体当たりするように壁にくっついた。手探りと目視、両方を使って、壁にある窪みを見つける。
「ルート」
「わかってる」
二人で同時に窪みに手を掛け、思いっきり横に向かって開け放つ。ごんっ、と凄まじい音が階段中に響いた。扉を開けた反動で体勢を崩したシャムロック君が、そのまま踏みとどまるのではなく、わざと、横に倒れ込んでいくのが見える。
僕はそれを見て、素早く右手を左の腰元に遣り、開いた扉から飛び出した。
「誰かいますか!! 助けに来ました!!」
聖騎士様を真似るように、大きな声で、堂々と叫ぶ。何かあったら、必ず助けるから僕の方に来てほしい。そう訴えかける声が聞こえたのか、足音が此方に近付いてくる。
「た、たすけて!!」
声と同時に、必死に走ってくる女性が目に映る。その女性は、大きく、黒く丸い、見たことが無いような生き物に追いかけられた。
「な、なにあれ……」
どす、どす、という音をさせながら、跳ねるように追いかけてくる巨大な黒い生物。一歩動くたびに、床から振動を感じる気がする。見たことも、聞いたこともないその見た目に呆気に取られていると、シャムロック君から鋭い声が掛けられた。
「ルート、来るよ!!」
「わかってる。シャムロック君はあの人を階段の方に引っ張ってあげて。僕が何とかしてみる」
「わかった」
必死に走っている状態から、急に方向を変えるのは難しいだろう。シャムロック君は静かに頷いて、扉のすぐ横に移動する。僕は迫りくる巨体を見据えたまま剣を構え、数歩後ろに下がり、女性が階段の方に移動できるよう場所を開ける。
「今っ!!」
シャムロック君が女性の手を引き、僕と、黒い巨体の間には誰もいなくなる。その瞬間、僕は勢いよく床を蹴り、真っすぐに巨体に向けて、剣を振り下ろす。
振り下ろした、筈であった。
「う、わぁっ!?」
踏み込みのタイミングも、足取りも、振り下ろす力も姿勢も、悪い所は何もなかった。いつも通り、正確に剣を振り下ろした。その筈だったのに。僕の剣は、黒い巨体に弾かれ、その反動で僕の体も大きく後ろに下がる。
「ルートっ!!」
そして、必死に走っている状態から、急に止まることは難しい。黒い巨体は、僕の剣を弾いたまま、止まることなく僕の方へと突っ込んできた。
「あ」
やばい、ぶつかる。そう思った次の瞬間、僕の体は、勢いよく後方へと吹っ飛ばされたのであった。
次回更新は2月25日17時予定です。




