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ウィン・キャロル  作者: 借屍還魂
21/68

海の決まり

 沈んだ。そう認識した瞬間、目に入ってきたのは真っ青な世界だった。白い光が頭上から降り注いでいる、青い世界。海面付近に浮いている幽霊クラゲが、太陽の光を反射してきらきらと光って見える。

今のうちに、幽霊クラゲの場所を探しておけば後々楽かもしれない。そう思い、海面近くの光を探していると、ぐい、と強い力で体が引かれ、徐々に視界が青から白に塗りつぶされていき、気付けば海面に顔を出していた。

「ごほっ……」

「ルート!! 大丈夫!?」

 シャムロック君が引き上げてくれたらしい。顔を出した瞬間に、うっかり海水を飲み込んでしまったらしい。何度か大きく咳き込んでいると、シャムロック君が眉を下げながら背中を摩ってくれた。

「だ、大丈夫。ありがとう……」

「良かった」

「シャムロック君が引き上げてくれたの?」

 どう考えても、僕の意思とは全く別の力が働いて此処まで戻ってきたはずである。それができるのはシャムロック君しかいない。確認をすると、こくり、と小さく頷いた。

「……ルート、上がってくる気配、無かった」

 じ、と此方を見つめてくる瞳には、非難の色が浮かんでいる。心配したんだよ、と続けるシャムロック君に、申し訳ない気持ちになる。

「ごめん、つい、景色を見ちゃってて」

「景色?」

「そう。海の中の景色。凄かったんだよ。真っ青で、上から光が降り注いで」

「安全第一にして」

「そうだけど……、息が苦しくなかったから、うっかり魅入っちゃったみたい」

 景色について力説していると、シャムロック君が苦虫を嚙み潰したような顔をした。失敗した、という表情を見て、僕は息ができていた原因に気付いた。

「あ、もしかして、息ができてたのってシャムロック君の魔法?」

「そう」

「ごめん……」

 僕が沈んだ瞬間に、咄嗟に魔法をかけてくれていたらしい。呼吸ができれば自力で上がってくるだろうと思って待っていたら、僕は暢気に海中の景色を楽しんでいたということだ。その結果、海から引き上げるための魔法も使わせてしまった。

申し訳なさと戦っていると、シャムロック君が小さく笑って、聞いてきた。

「…………それで、景色は?」

「……海面の近くに浮いてる幽霊クラゲが光って見えたんだ。多分、こっちの方に沢山いたと思う」

 先程、海中から見た光景を思い出し、幽霊クラゲがいた方向を指差す。真っすぐ、一列に幽霊クラゲが漂っていたはずなので、間違いない。景色を見てたことで、得られた情報もあるんだよ、と目で訴えると、シャムロック君はまた笑う。

「早く、終わらせよう」

「そうだね。必要な分だけ集めて、早く観光もしたいね」

「なら、あれ」

 シャムロック君が指した先には、半透明な幽霊クラゲが漂っていた。漂っている場所からして、先程の幽霊クラゲだろう。どうやら、上手く倒せていなかったらしい。相手の上から斬り込んだので、沈むことで衝撃が逃げてしまったのだろうか。

「あ、さっきの? 倒せてなかったんだ……」

 先程、僕が沈む原因になった奴である。僕は剣を抜き、構え直す。装備品を付けたまま沈んでしまったものの、リィさんの加工のお陰で問題はなさそうだ。

「今度は気を付けて」

「うん」

 足の裏以外は、水の上に立つための魔法が掛けられていない。いつものように、膝や他の場所から着地しないように気を付けながら、幽霊クラゲに向かって剣を横に薙ぎ払う。今度は確かな手ごたえがあった。

「…………よし、慌てなかったら大丈夫そう」

 近付いて確認すると、きちんと倒せているようだった。必要な傘の部分を手早く採取して、残った魔石を回収すれば完了だ。この調子でいけば、必要な素材が集まるのもすぐだろう。

「シャムロック君、ありがとう」

「どういたしまして。次、行こう」

「そうだね」

 意気揚々と僕達は、次の幽霊クラゲに向かって移動を始めたのだった。


 最初の幽霊クラゲを倒してから、暫く。僕達は海の上を延々と歩き続けていた。この程度の距離で疲れることは無いのだが、問題は、掛けた労力に反して、素材採集ボックスの中身は殆ど増えていないことだ。

「…………あれ? こっちの方にいたと思ったんだけど」

「また、いない」

 どうして中身が増えていないのか。その理由は単純である。一体の幽霊クラゲを倒した後は、周囲を見渡して次の幽霊クラゲを見つけてから移動しているのだが、何故か、移動した先には何もいないのである。

「最初の方は調子が良かったのに……」

 最初の二、三体のうちは次々と幽霊クラゲを見つけていたのだが、今は全くと言い程見つからない。あくまでも僕の体感だが、段々と次の幽霊クラゲを見つけるまでの間隔が長くなっているような気がする。

「まだ素材はいる?」

 シャムロック君も若干疲れてきたのか、覇気のない声で尋ねてきた。採集ボックスの中身を確認して、僕は溜息を吐く。残念ながら、目的の量には到達していない。

「うん。最低でも、後一体は倒さないとダメかな……。小さいやつだったらさらにもう一体」

「意外と多いね」

「加工すると量が減るらしいよ」

 なので、今の量だと鞘を作ることもできない。欲を言えば、リィさんが錬金術に使う分まで採取しておきたかったのだが、この調子だと日が暮れてしまうだろう。再び大きな溜息を吐いていると、シャムロック君が、あ、と小さく呟いた。

「いた」

「ほんとだ。…………でも、結構小さいな。遠くから見た時は普通くらいの大きさと思ったのに」

 遠くから見てもはっきりと幽霊クラゲだと分かる大きさだったから、此方に向かって移動してきたはずである。はっきりとは言えないが、何かおかしい気がするんだよね、と呟くと、シャムロック君も同意してくれた。

「おかしい」

「だよね?」

 だが、具体的に何がおかしいのか、という点が分からないと対処できない。取り敢えず、折角見つけた幽霊クラゲを倒してしまおう。剣を抜き、軽く横に薙ぎ払えば、簡単に倒すことができる。そして、必要な素材を採取しようとして、幽霊クラゲの軽さに眉を下げる。

「…………これ、殆ど素材が取れないよ」

 やはり、というべきか、傘の部分が小さすぎて大した量にはならない。期待より小さかったからか、普通に倒すよりも疲れたような気持になる。

「それだ」

「え? 何が?」

「違和感の原因。追いつけないのと、大きさが違う」

 ちょっと凹んでいると、シャムロック君がじっと海面を見ながら言った。

「幻覚系の魔法かも」

「確かに。幽霊クラゲの姿を見てから移動してるんだから、いないってことは、逃げられているのか、僕達が見間違えてるのかだもんね」

 僕達が幽霊クラゲを判別する方法は、海面付近での色の違いだ。光の加減がちょっとでも変われば、簡単に勘違いするだろう。

「海の事故が多いのも、同じ原因かもしれない」

 大規模な、実際にある筈のないものを見せるような魔法は大掛かりだが、ちょっと光の加減が変わって見える程度の魔法なら、魔導士なら比較的簡単に使うことができるという。

 そうとわかれば、無駄に海の上を移動せずに、一旦対策を考えた方が良いだろう。僕はシャムロック君に砂浜まで戻ることを提案する。

「取り敢えず、一旦戻りながら考えない? 今見たら、僕達、結構砂浜から離れちゃってるみたいだし……」

「…………真っすぐ、沖に出てる?」

「うん」

 移動中は気が付かなかったが、僕達は、ほぼ真っすぐに沖に向かって歩いていたようなのだ。遠くに見える砂浜が小さい。戻るだけ、と言ってもそれなりに時間が掛かりそうだ。

「シャムロック君、魔力は大丈夫?」

「平気。この位なら、余裕」

「難しそうな魔法なのに、凄いね」

「……これは、そんなに魔力使わないから」

 足の裏だけとはいえ、水の上に浮く、という魔法は複雑な気がするのだが、シャムロック君の実力からしたら余裕ということなのだろう。流石である。

「そうなんだ。まあ、でも座って休憩したいし、一回戻ろう」

 だが、無理をしていたら行けないし、そろそろ体力的にも休憩をはさんだ方が良いだろう。慣れてきたとはいえ、微妙に足場が上下しているこの環境は意外と疲れる。

「海岸も見えてるし、来た時の感じからして、特に危ないこともないと思うけど……」

 海面のわずかな光を頼りに進むよりも、目的の方向がはっきりしているので簡単である。そう思って足を速めると、目の前の海面が、チカリと光って見えた。

「あ、ルート、目の前……」

「幽霊クラゲ!! しかも、結構大きいやつ!!」

 僕達と、向こうに見える砂浜の間。進行方向に、今迄見た中で一番大きいくらいの幽霊クラゲがいた。先程の話もあるので、幻覚に警戒しつつ近付くが、近付いても逃げて行ったり、小さく見えたりすることは無い。

「どこから……?」

「あんなに探しても見つからなかったのに……」

 水の中に沈んでいたのだろうか。確か、クラゲは自力では泳げないってリィさんが言ってた気がするし。

「まあいいや、こいつを倒したら、素材も十分な筈!!」

 一度出直す必要があるかと思っていたが、今、此処でこのクラゲを倒すことができれば万事解決である。剣を構え、後ろにいるシャムロック君に合図をする。

「やろう、シャムロック君!!」

「わかった。エンチャント、雷でいい?」

「お願い!!」

 僕が頷くと、すぐにシャムロック君が持っている杖が黄色く光り、その光が僕の剣へと吸い込まれていく。エンチャント無しでも物理攻撃は効くようになっているが、今迄見たことが無い大きさということもあり、安全策を取った形だ。

「えいっ!!」

 黄色く光る刀身を横に薙ぎ払う。すると、半透明の大きな体が一瞬、小刻みに震えたかと思えばすぐに動かなくなった。

「倒した?」

「うん!! ありがとう、助かったよ!!」

「ルート、凄かった」

「シャムロック君が魔法付与してくれたからだよ」

 確認したが、ちゃんと倒せているようである。正直、僕の剣は表面を軽く斬っただけで、殆どはシャムロック君のお陰だった気がする。

「…………あ、素材、回収」

「沈む前にしないと」

 僕は、ふよふよと浮いている幽霊クラゲに手を伸ばした。傘の部分を掴み、引っ張ろうとするのだが、中々海から出てこない。今迄は、倒した幽霊クラゲが小さかったからか、倒した時点で傘の部分と触手の部分は殆ど離れていたのだが、今回は斬り込みが浅かったせいもあって簡単には離れないようだ。

 ちょっと手間がかかるが、こんなにいい素材を見過ごすわけにはいかない。僕は腰から、小ぶりなナイフを取り出した。

「ルート、そのナイフ、新品?」

「シャムロック君は見たことなかったっけ? この剣を作って貰う時に、余ったオリハルコンで作って貰ったんだ」

 手元を覗き込んできたシャムロック君に、素材を解体しながら返事をする。

「切れ味が良いし、剣と一緒で物理攻撃が効かない相手にも使える武器だから、便利なんだ」

「だから幽霊クラゲが……」

「そうだよ。まあ、物理攻撃が効かないからか、ナイフで斬ってても微妙に手ごたえが無いというか、不思議な感触だけど……」

 何というか、手元を見ている限り、綺麗に切れていっているはずなのに、ナイフを持っている手の方には殆ど感触が返ってこないというか、予想している手ごたえの半分くらいしかないので変な気分である。手ごたえが無いから、と関係ない所を傷つけないように、慎重に解体していると、ナイフの先がコツン、と音を立てて止まった。

「…………なんか、硬いものに当たったような感触が」

「音もした」

「だ、だよねえ? 何だろう……」

 取り敢えず、ナイフの位置を少し手前に引いてみると、問題なく手が進む。どうやら、傘の中心部分に何かがあるらしい。硬い何かがわからないまま、近くに手を入れるのも嫌なので、硬いものの周りの傘を手早く切り取る。

「なんか、丸いのある?」

「取り敢えず出そうよ、分からないし」

「ええ……」

 硬いものがはっきりと見えるまで分解すると、傘の中に何か丸い物体が入っているのがわかった。一瞬、魔石かと思ったのだが、今迄倒した幽霊クラゲから採れた魔石とは色が違うし、球体、というよりは平べったい形だ。

 取り出せるように切れ込みを入れたところで、シャムロック君に急かされたので覚悟を決めて丸い物体に触れる。しっかりと掴んでも特に変化は無いので、触れただけで何かが起こるということは無いようだ。腕を引き抜き、二人の顔の間でゆっくりと物体を掴んでいた手を開く。

「…………お金?」

「どう見ても硬貨だよね。色が変わり過ぎてわかんないけど」

 僕の手のひらにあったのは、真っ黒な硬貨だった。表面が真っ黒になってしまっているが、大きさや重さ、表面の凹凸から推測される模様からして、硬貨であることは間違いない。僕達が普段使う硬貨とは模様が違うので、別の国のものかもしれないが、この街なら特に不審な点もないだろう。

「拭いてみる?」

「表面だけ軽く拭いてみたら落ちるかな」

 シャムロック君に言われたので、指先で黒い表面を軽くなぞってみる。すると、爪が引っ掛かったのか、模様の凹凸に沿って黒い塊が一気に剥がれた。

「わ、ボロッていった」

「結構、綺麗な色」

 汚れが剥がれた部分は、日の光を反射して、白っぽく輝いている。目立つ色、という訳ではないが、確かにきれいな色である。

「だね、光ってるし、多分、ちゃんとした硬貨……」

 そこまで言って、僕は、あることに気が付いた。

「ルート?」

「これ、光ってる、よね?」

 僕が今、手にしている硬貨は、どう見ても光っているものだ。そのことを確認すると、シャムロック君の顔が一気に青ざめた。どうやら、僕と同じことに気付いたらしい。

「うん、……まさか」

「今、僕達って、海から戻る途中?」

「…………だと思う」

 海に入る前に聞いた、守らなくてはいけない決まり。その中の一つに、海から戻る途中は、光るものに手を出さないこと、というものがあったのだ。僕達は今、海岸に向かって移動しているので、海から戻っている最中。そして。

「手、出した、ってことになるかな?」

「…………多分」

 今、手にしている硬貨は、最初は真っ黒だったが、現時点で輝きを放っている。どう見ても光るもの、に分類されるだろう。決まりを破ったから何か起こるとは限らないし、光るものだと分かったうえで手を出したわけではないが、何とも言えない不安がよぎる。

「だ、大丈夫かな?」

「……………わからない」

 先程から、何となくだが、おかしいことが続いているのだ。これ以上何かが起こる前に、急いで戻った方が良い。幸い、戻る途中の決まりは他になかったはずだ。

「急ごう!!」

 動揺からか、足を止めているシャムロック君の手を掴み、僕は走り出す。が、ぐん、と繋いだままの手を引かれ、振り向き、目を見開いた。シャムロック君の足が、まるで、海面に縫い留められたかのように動いていないのだ。

「…………あ」

「シャムロック君!?」

 手を引いても、動き出す気配のないシャムロック君に驚いたのは、少しの間だった。なぜなら、その驚きに浸る間もなく、小さなつぶやきと共に僕の手を離したシャムロック君は、あっという間に下へと消えてしまったのだ。

「って、うわぁ!!」

 そして、シャムロック君が見えなくなったことに動揺する間もなく、僕も強い力で下に、引きずり込まれたのだった。


 ごぽ、と、水音がして、僕は意識を取り戻した。周囲を見ると、紺色の、不思議な色の石に囲まれているようだ。

「いてて……」

 先程、引きずり込まれたときに何処かぶつけたのか、所々が痛い。

体を起こしながら、取り敢えず剣があることを確認して、何が起きても対応できるように構えながら周囲を見渡す。左右と天井を見たが、特に不審な点も、敵の気配もない。

「洞窟?」

 足元も、壁面も、天井も、同じ紺色の石に囲まれている。一本道で、特に扉があるような風もないので、青い石でできた自然の洞窟だろうか。

「どっちかっていうと、神殿、かな?」

「だ、っ誰!? って、シャムロック君か……」

 足元から声がして驚いた。僕の隣に転がっていたらしい。目の前から消えて、更には僕も沈んだ時は驚いたが、無事に合流できて良かった。まあ、無事、とは言い切れないかもしれないが。

「此処、どこなんだろうね?」

「海の中なのは確実だと思うけど……」

「え、此処、海の中!? 確かに、どう考えても下に引っ張られたけど……」

 海面から下に向かって引っ張られたので、行きつく先は海中しかない。そのくらいは理解できるが、普通に息ができているので気付かなかった。だが、僕は最初に沈んだ時にシャムロック君が魔法を掛けてくれたことを思い出し、お礼を言う。

「シャムロック君、魔法ありがとう」

「使ってない」

 が、お礼を言うと、シャムロック君は眉間にしわを寄せ、首を小さく左右に振った。そんなはずはない、と僕は慌てて確認する。

「え、息できるの、魔法じゃないの?」

「慌てすぎて、使う余裕が無かった。今は使ってない」

 だって、此処が海中なら魔法が無いと息ができない筈である。もしかして、魔力が多いから、シャムロック君が無意識に魔法を使っていないのか聞いても、無言で首を横に振るだけだ。僕はもう、何が何だか分からなくなってきて、半ば縋るように問いかけた。

「え、それじゃあ、今、息ができてるのって……」

「この場所に、空気があるから」

「ええええええええええ!?」

 冷静に返されたその言葉に、僕は今度こそ、辺りに響き渡るような大声で叫んでしまったのだった。


次回更新は2月17日17時予定です。

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