旅立ち
『前略
意気揚々と故郷を旅立ち、半日が経ちました。お祖父様はそろそろ夕食の準備をする頃かと思います。
さて日頃から騎士になりたい、王都へ行きたいと言う私に、武器の扱いから文章の書き方まで、色々な事を叩き込み、こうして旅立たせてくれたのは他でもないお祖父様です。
そのことを感謝すると共に、深くお詫び申し上げたいと思います。沢山のことを教わった私ですが、経験を活かすことなく、此処で力尽きることとなりそうです。
それでは、また来世でお目にかかれることを楽しみにしております。どうかご自愛ください。
敬具 ルート』
「あれだけ稽古したのに、なんでスライム倒せないの!? 斬っても斬っても倒せないし、むしろ、数が増えてる気がする!!」
夢を叶えるため、故郷の村を飛び出して半日。王都まで最短ルートで行くため、森に入った僕は、絶体絶命の危機に瀕していた。
森に入った瞬間、木々の上から、岩の隙間から、草の下から現れたスライム。最初は意気揚々と剣を構えて対峙したのだが、なんと、スライムには物理攻撃が効いている様子がないのだ。斬れば斬るほど分裂し、小さなスライムが増え、逃げを選んだのが数分前。
「だ、ダメだ……。囲まれた……」
だが、口も顔もないのに仲間と情報共有できるのか、とうとう僕は、スライムに囲まれてしまったのだった。前方はスライムがみっちりと並んでおり、背後には岩壁。スライムを倒す術はなく、壁を上って逃げ切る体力もない。このまま、王都にすら辿り着けず力尽きるのか。そう、諦めかけた瞬間だった。
「動くな!!」
鋭い声が上から降ってきた。次の瞬間、ごう、と音を立て、目の前に、僕の身長よりも高い火柱が立った。驚いて固まっていると、火柱は段々と増え、僕の周りを取り囲む。
「や、焼かれる……??」
と、思ったが、火柱は周りにあった木々諸共スライムを焼き払うと、すぐに消えたのだった。助かった。そう認識した瞬間、剣を構えていた手から力が抜け、へなへなと地面に座り込んだ。
「気持ちはわかるけど、先に移動した方がいいよ。高温の土は火傷するからね」
ふ、と顔に影が掛かり、顔を上げる。白いローブを着た、神官のような見た目の女性だ。助けてくれたのはありがたいが、一体誰だろう。僕が首を傾げると、女性も首を傾げる。動きに合わせて、顔の両側で結ってある髪束が揺れた。
「立たないの?」
「あ、た、立ちます!!」
慌てて立ち上がると、女性は目を丸くした。僕のことを上から下まで眺め、次に、自分の頭を触った。
「君、いくつ?」
「今年で十二歳です」
どうやら、僕が予想より小さかったので驚いていたらしい。遠目ではわからなかったのかもしれないが、女性は僕より背が高い。自分よりも小さい子供が、一人で旅に出るとは信じられなかったのだろう。
「どうして一人で……。いや、まずは先に移動しようか。私の仲間を紹介するから、その時に色々教えてくれる?」
「はい!! あ、あと、助けてくれて、ありがとうございます!!」
「魔法を使ったのは私じゃなくて仲間なの。お礼ならその人に言って」
女性の仲間は、僕が追い詰められた岩壁の上にいたらしい。どうやって降りてきたのだろうか。女性の見た目からして、魔法が使えそうなので、風魔法で下まで移動したのだろうか。そんなことを考えながら、岩壁の上まで移動すると、黒いローブと、グレーのローブを着た人物が立っていた。
「連れて来たよ」
女性がそういうと、黒いローブの人物が此方に近づいて来た。思ったより、背が高い。おじいちゃんより高いのではないだろうか。そう思っていると、黒いローブの人は僕のことを上から下まで見て、呆れたような声音で言った。
「……スライムには物理攻撃が一切通用しない。どのような地域であれ、森に入ろうと思うなら魔法を使えるものと一緒に行くか、聖水や魔術道具を持って行くのが常識だ。そもそも、成人をしていないような子供が一人で森に入るものではない」
「言い方気を付けなよ。ごめんね、この人、言い方きつくて。悪気があるわけじゃないよ?それに、君を助けたのもこの人だし」
黒い人が言うと、女性がすかさずフォローする。助けて貰わないと危なかったのは事実なので、素直にお礼を言う。すると、黒い人は少しの間の後、溜息を吐きながら言った。
「スライムを倒そうと思っただけだ。それより、素材は?」
「駄目だった。もう少し弱くしないと、全部燃えちゃったみたい」
「……まあ、今回は討伐依頼だったから良い。素材も売れば金になると思っただけだ」
「依頼?」
討伐依頼、という単語が聞こえた。この人達は、スライムを討伐するために森に来ていたのだろうか。そう思って訪ねると、女性が頷いた。
「そうだよ。最近、この森でスライムが大量発生しているみたいで、昼でも襲われる事件が増えているの。王都の物流が停滞しちゃって、王宮から正式な討伐依頼が出されたのが昨日かな?」
「今日朝一番に王都を出たから、その筈だ」
「と、言うことは、もしかして、冒険者の人ですか?」
この国には、冒険者という職業がある。騎士や、王宮魔導士とは違い、王に忠誠を誓うわけではなく、それぞれの目的で魔物討伐や素材採集、地形調査など危険な仕事を行う人のことだ。一定の給料が保障されている騎士や王宮魔導士と違い、どれだけの仕事をこなしたかで収入が変わるが、一獲千金を目指して冒険者になる人は多い。
しっかりとした作りのローブを着ているので王宮魔導士かと思ったが、話を聞く限り、この人達は冒険者なのだろう。
「冒険者でないなら、三人で大量のスライムを討伐しようとは思わない」
「人数が増えると分け前も減るからね」
「そうなんですか……」
冒険者と言うのも結構大変らしい。大人数で向かった方が安心だが、依頼に対する報酬は一人当たりの額ではないので、極力少人数で達成しようとするそうだ。今回は物理攻撃が効かないこと、王都からあまり離れていないことから、魔導士三人で依頼を受けたらしい。
「冒険者ギルドは商人の護衛も受けている。王都に戻るなら破格の値段で護衛するが、どうする?」
「今から戻れば、ギリギリ閉門前に間に合うかな?」
「すぐに出発すればな」
先程のスライムは全て黒い人が倒したとはいえ、物理攻撃が効かない魔物は他にもいる。日が落ちれば魔物の活動は活性化するので、僕一人では到底太刀打ちできないだろう。そのことを心配してか、黒い人は護衛任務を提案してくれた。報酬は払ってもらう、という割には親切な値段設定である。
「お願いします。ただ、グレーのローブの人は、僕が一緒でも大丈夫ですか?」
僕が来てから、一度も口を開いてない。少し離れた場所から僕をじっと見ているだけだ。身長から推測するに、同じくらいの年頃だと思うのだが、警戒されているのだろうか。
「あの子は少し人見知りをしているだけだ。護衛に関しては問題ない」
黒い人がそういうと、グレーの人は僅かに頷いた。それならば、安全のためにも護衛をしてもらった方が良いだろう。僕は、改めて三人の方に向き直った。
「あ、名乗り忘れてました。僕はルートです。先程は助けていただき、本当にありがとうございました。それと、王都までの護衛、よろしくお願いします!!」
頭を下げながら、右手を差し出す。すると、黒い人は差し出した右手を握り返し、自己紹介をしてくれた。
「ああ。リーダーのクローネ。ベテシュ・ユリーズ……」
「その言い方だと覚えにくいと思うよ」
「だ、大丈夫です。リーダーの、クロー・ネベシュリーズさんですよね!!」
正直、名前だけでなく、名字がある時点で驚きである。この国の平民は、基本的に名字を持っていない。王都の方では平民でも名字を持っていることもあるらしいが、田舎では基本的に必要ないので普及していない。
どうにか聞き取れた音を並べて言うと、三人は顔を見合わせた。もしかして、間違えただろうか。焦って三人の顔を交互に見ていると、女性が笑いながら言った。
「またか……」
「また?」
「大丈夫。それでいいよ。ね、クロー」
「…………サシャ」
「あ、そうそう。私はサシャ。よろしくね。グレーのローブがシャムロック。ルート君と同じで十二歳だよ」
黒い人、改めクローさんは微妙な表情だったが、サシャさんが良いと言っているので良いのだろう。よろしくお願いします、と改めて頭を下げると、シャムロック君も軽く頭を下げてくれた。嫌われているわけではないようで少し安心した。
「行くぞ。サシャ」
「了解。私の後についてきてね」
自己紹介が終わると、サシャさんを先頭に歩き出す。護衛対象である僕は中央、隣にシャムロック君。最後尾にクローさんという形で移動するようだ。とはいえ、恐る恐る歩き出したのは僕だけで、他の三人はまるで町中を散歩しているかのようにどんどん先へ進んでいく。
「あ、あの。もっと周囲の警戒とかって、しないんですか?」
「さっきのスライムがおかしいだけで、この付近は昼間に魔物が出ることは無いの。日が落ちる前に森を抜けることを優先した方が、結果的に安全だよ」
「変に緊張すると魔物にも気付かれやすく、森の生物も刺激する。もっと気楽に歩け」
気楽に、と言われても、中々難しい。取り敢えず、周りの景色でも見ようと思って視線を動かすものの、先程のようにスライムが出てくるのではないか、と考えてしまう。これでは駄目だ、と頭を抱えたくなっていると、横を歩いているシャムロック君が口を開いた。
「……ルートは、どうして森に?」
成程、会話をすることで緊張をほぐそうということらしい。僕は小さく頷き、質問に答えた。
「僕、騎士になりたくて。沢山訓練もしたから、森に入っても大丈夫だと思ったんだけど……」
「スライムに見つかった。森に入るまで、他に魔物と戦った?」
「うん。最初に、カエルの魔物が一匹。それと、森の手前にネズミの魔物が二匹いたよ」
カエルとネズミの魔物と戦った時は、大して苦戦せずに倒すことができたので少々自信過剰になっていたのかもしれない。実力を見誤らないように、気を付けないといけないなと反省していると、クローさんが話に入ってきた。
「待て。今、カエルの後にネズミの魔物と言ったか?」
「はい。そうですけど……」
ネズミの魔物を討伐する依頼も受けていたのだろうか。それなら、後でネズミの魔物がいた付近を地図で教えてあげようかと思っていると、クローさんが後ろから距離を詰め、僕の肩をつかんだ。
「……王都からこの森に来るまでの区間で、ネズミの魔物が出現することがない。それに、カエルの魔物が出るのはもっと南だ。ルート、その話が確かなら、南から森に来たことになるが」
「はい。僕の故郷は南にあるので、間違ってないと思いますけど……」
「…………道理で微妙に話が嚙み合わないわけだ」
クローさんが溜息を吐いた。どうやら、三人は僕が王都から騎士の修業をするために森に来ており、王都に帰るところだと思っていたらしい。面倒なことになった、とクローさんが再び溜息を吐く。
「……知らないのかもしれないが、現在、王都は外から来た人間が入りにくい状態だ。王都に家があって戻るならともかく、許可証なしに王都に入ろうと思うとかなり面倒なことになる」
「つまり、僕は門まで行っても中には入れてもらえないってことですか?」
「恐らく」
「そんな……」
折角ここまで来たのに、全て無駄だったということだろうか。王都に入れないのなら、騎士団に入って、騎士になることもできない。安全を考えると、王都の状態が落ち着き、一般人も入れてもらえるようになるまで待つのが一番だ。しかし、それでは僕の夢は叶わない。ただ騎士になるだけでは駄目なのだ。僕は、できる限り早く、騎士にならなくてはいけない。
「クロー、教えてあげなよ」
「だが、どの位の腕なのか……」
「途中、一人で魔物を倒したなら大丈夫だよ」
そんなことを考えていると、サシャさんがクローさんの肩をつつきながら言った。どうやら、王都の中に入る方法を知っているようだ。とはいえ、クローさんの表情から察するに、簡単には入れないようだが。
「少しでも入れる可能性があるなら知りたいです!! 教えてください!!」
それでも、可能性があるなら挑戦したい。そう思って勢い良く頭を下げると、クローさんは深々と溜息を吐いた。
「……冒険者になればいい。王都の防衛は正直、騎士と王宮魔導士だけでは足りていない。冒険者希望なら、誰でも入れてくれる」
「本当ですか!?」
クローさんが頷いた。冒険者と言うのは、魔物の討伐は勿論、素材採集や護衛依頼も行う。騎士や王宮魔導士では対応できないが、国を維持するためには必要な存在と言うことで、王都では歓迎されているらしい。当然、王都への出入りも簡単に行えるという。
「ただし」
「ただし?」
「実力が無ければ諦めろ。そもそも、十二歳は未成年だろう」
「田舎では立派な労働力です!! 働ける歳ですよ!!」
それに、田舎には騎士がいないので、自分達で村を守る必要はある。男は武器を持てる歳になったらすぐに訓練を始めるのだ。僕だって訓練自体は七つを超えたあたりから受けていたし、二年前からは個人特訓も増やした。今では村の大人よりも強いのだ。
「実力があればいいんですよね? 手合わせでもしたらいいですか?」
スライムには太刀打ちできなかったが、全く実力が無いわけではない。道中、魔物だって倒した。とはいえ、魔物は素材を持っていただけ、と言われたら実力を証明する術はない。手っ取り早く、実戦形式で見てもらった方が早いと思い、クローさんに提案する。
「……魔導士と騎士志望でどうやって手合わせする気だ?」
「あ」
三人は、見たところ武器のようなものを持った様子はない。シャムロック君は杖を持っているが、サシャさんもクローさんも手ぶらだ。僕が知っているような手合わせはできないだろうし、できたとしても実力を見てもらうことは難しいだろう。
「な、なら、魔物を倒します!! 王都に戻るまでの間に魔物が出てきたら、僕が戦うので、それで判断してもらえますか?」
「……冒険者試験は組合によって違うけれど」
クローさんはサシャさんの方をちらりと見た。
「紹介は私たちの誰かがすればいいし、実力試験は大抵の場合、魔物の討伐だから大丈夫だと思うよ」
「…………わかった」
サシャさんが答えると、クローさんは右側を指さした。その方を見ると、木々の隙間がわずかに空いた獣道のようなものがあり、奥には洞窟が見える。あの中に魔物がいるのだろうか。
「ルート。ゴーストはわかるか?」
「元々人間で、魂だけになった存在のことですよね? でも、死者の魂は死者の国に向かっていくもので、基本的に存在はしても僕たちには見えないのでは?」
「厳密にいえば違う。王都近辺は魔力が豊富だ。魔力を糧にして、死者の魂は力を手に入れ、実体化する。実体化したものの中で、人間に危害を加える死霊のことをゴーストと呼ぶ」
「えっと……」
「簡単に言うと、あの洞窟にいる奴を倒してくればいい」
頭の中を整理しようと頑張っていると、物凄く簡単な指示に言い直してくれた。先程の説明は、元々人間だけど倒していいということを言いたかっただけらしい。
「あ、でも、ゴーストって実体がありませんよね? スライムと一緒で、僕は倒せないんじゃ……」
「それは心配しなくていい。シャムロックが一緒に向かう」
「シャムロック君が?」
「……エンチャント?」
「できるな?」
振り返ると、シャムロック君は杖を握り締めながら頷いた。エンチャント、つまり、属性付与魔法。ゴーストに物理攻撃は効かないが、魔法で属性を付与すれば倒すことはできる。
「勿論、今日中に王都には到着したいから、時間制限を設ける」
「私とクローは後から向かうから、それまでにゴーストを倒してね」
途中、身の危険が生じたらシャムロック君が魔法で援護してくれるらしい。ただし、その場合も当然不合格になるだろう。つまり僕は、素早く、危なげなくゴーストを倒さなくてはいけない、ということだ。
「どうする?」
「やります!!」
こんなところで諦めるわけにはいかないのだ。僕は力強く頷いて、シャムロック君の方を見た。シャムロック君は小さく頷くと、歩き出した僕の少し後ろを歩き出す。洞窟まで距離は殆どない。変に物音を立てすぎないよう、慎重に歩いていく。
「ルート、大丈夫?」
「大丈夫。これでも、じいちゃんに鍛えられてるから」
「わかった」
洞窟の中が見えるところまで来たので、一度草むらに身を隠す。そっと顔を出し、目当てのゴーストを探す。どうやら洞窟の奥の方にいるようで、此処からゴーストらしきものは確認できない。
「中に入らないとダメかな……」
「エンチャント、する?」
「うん。お願いします」
シャムロック君が僕の剣に杖を当てる。すると、僕の剣がうっすらと光を帯びた。これで魔法が付与されたらしい。属性はよくわからないが、ゴーストは魔力を当てれば倒せるらしいので大丈夫なのだろう。
「それじゃ、行こうか」
「少し後ろ、付いていく」
「うん」
剣をしっかりと構え、洞窟の中に一歩踏み入れたその時だった。ひやり、と首筋に冷たい空気が辺り、嫌な予感がして慌てて後ろに飛びのいた。
次の瞬間。先程まで僕がいた場所に、鋭い巨大な刃物のようなものが突き刺さった。淡い青色の光を纏ったそれは、ゴーストの爪だったようだ。ずるりと引き抜かれたかとおもと、ゆっくりと僕の方に爪先が向く。
「……で、でかい」
正直、ゴーストの手の部分だけで僕と同じくらいの大きさがある気がする。手だけで大きいなら、本体はどのくらいの大きさなのだろうか。ちょっと考えたくない。そんなことを思っていると、再び爪が僕に向かって襲い掛かってきた。
「ルート!!」
「大丈夫!!」
剣をしっかりと構え、力強く一歩踏み込む。向かってくる爪を最小限の動きで避けたら、そのまま相手に斬りかかる。エンチャントの効果は絶大のようで、斬りかかった部分から先は一瞬で消えてしまった。
「よし、これなら……」
倒しきれる。そう、小さく呟いた。右手が無くなったことで様子見をやめたのか、巨大なゴーストが僕の前に姿を現す。大きな骸骨の頭に、鋭い爪を持つ手。足などは無い。繰り出される左手の攻撃を何度か躱すと、ゴーストは怒っているのか、段々と攻撃が雑になってきた。元々、大きいからか動きが早くないので、回避は難しくない。
「そろそろ……」
攻勢に転じなくては、時間が無くなってしまう。剣を構え直し、相手の攻撃の隙を伺おうとすると、何故かピタリと攻撃がやんだ。
「あれ?」
どういうことだろう。と、相手を見上げた瞬間。ゴーストは自棄になったのか、僕に向かって勢いよく突っ込んできた。
「うわ!?」
反射的に横に飛びのいて、何歩か後退りながら体勢を整える。少々驚いたが、これはチャンスだ。ゴーストがもう一度突っ込んでくる前に、勝負を決める。僕は地面を蹴り、一気にゴーストとの距離を詰める。
「せいっ!!」
そして、振り返ったゴーストの頭の部分を、真っ二つに斬った。とはいえ、ゴーストには実体がないので振りかぶった僕の剣は地面に突き刺さり、僕もそのまま地面に突っ込む。慌てて体を起こすと、頭の上にこつん、と何かが落ちてきた。
「いたっ……」
落ちてきたのは、ゴーストが纏っていたのと同じ淡い青色の石だ。恐らく、先程のゴーストが落とした素材なのだろう。それにしても、意外と簡単な相手だった。大きさには驚いたが、動きは遅く、攻撃を当てればすぐに消える。まあ、冒険者になるための最低限の実力試しなので、簡単な相手を指定されていたのだろう。
「幽霊結晶が取れたか。それを売って滞在費にすればいい。それなりの額になるだろう」
「クローさん!! ということは……」
いつの間にか僕の近くまで移動していたクローさんが、手元を覗き込んで言う。王都で売って滞在費にする、と言うことは、つまり。
「ああ。王都に入るための口利きと、冒険者登録の手伝いはしよう」
「ありがとうございます!!」
「よかったね、ルート」
「シャムロック君のお陰だよ」
そんなことないよ、とシャムロック君は謙遜するが、僕だけでは倒せなかった。エンチャントのお陰である。
「そうと決まれば急ごう。今日中に用事を終わらせてしまいたい」
「はい!!」
嬉しくなった僕は、剣をしまい、シャムロック君と並んで王都に向かって走り出す。こうして、僕は騎士になるための第一歩を踏み出したのだった。
「…………あれ、本当に倒せると思って言った?」
「いや、合流まで持ちこたえていれば十分と思っていたが……」
「予想以上だね」
「ああ」
後ろを付いてきていた二人が、そんな会話をしていたとは、僕は全く知らなかったのだった。
次回更新は9月23日(金)17時予定です。