男女の殺し屋、極悪ニート更生施設に挑む
ある殺風景な一室。
殺し屋である暗也と明子の元に、一人の依頼人がやってきていた。50代半ばの女性である彼女が語る、その依頼内容は――
「お願いします! 息子を殺したニート更生施設の施設長・田沼を殺して下さい!」
彼女の息子はハタチを過ぎてもニートだった。働くように促してもなかなか動かない。なので、あるニート更生施設に預けたのだが……一ヶ月後、帰らぬ人になってしまったという。
施設からの説明では、階段から落ちたとのことだったが、息子の体には明らかに階段から落ちたどころではない傷があったという。
「ひどい話だな……」
細面で痩せぎすの体を持つ暗也が、話を聞いてため息をつく。
「警察には相談されなかったんですか?」
化粧をし、スーツ姿の明子が落ち着いた口調で問いかける。
「もちろんしました。しかし、田沼は警察にもコネを持っているようで……事件として扱ってはもらえなかったのです」
「腐ってるな……」
ソファに体を沈めて、暗也がつぶやく。
警察を頼れないならば、もはや裏社会に頼るしかない。依頼人は必死の思いで「仇を取れる人間」を探し、仲介役を経て、二人の元にたどり着いた。
「どうする……」と暗也。
明子は言った。
「引き受けましょう。他人事とは思えませんし……あなたと息子さんの無念、晴らしてみせます」
「ありがとうございますっ……!」
涙を流す依頼人。
すでに仲介人を通じてほぼ終わっていた報酬の話もあっさり折り合いがつき、後は二人が仕事をこなすだけという状況になった。
***
三日後の夜9時、二人は某県の山中にいた。どちらも黒いキャットスーツを着用しており、顔も目出し帽で覆っている。
四方を高い塀に囲まれ、山奥にひっそりとたたずむこの施設こそが、ニート更生施設『ユートピアワーク』である。
「ユートピアな環境で職業訓練!」という謳い文句だが、今のネット社会、人の口に戸は立てられず黒い噂は数知れず。しかし、未だに摘発されていないので、今日も元気にユートピアは運営されているのだった。
「この高い塀……まるで刑務所だな」
「そうね。ユートピアってのはまさに施設を運営する側にとっての言葉かもね。ニートをいじめてお金まで貰えるんだもん。いじめっ子気質の人には楽しくて仕方ないでしょ」
「なるほどな……よし行くか」
施設に向け歩き出す暗也。
それを明子が制止する。
「事前に地図は確認したでしょ。門はあっちよ」
「おっと、すまない」
施設の正門近くに到着した二人。
門にはガードマンが二人配備されている。
「奴らを無力化しないと、中には入れそうにないな……」
「そうね」
「さて、どうするか……」
「決まってるでしょ。あんたがやるのよ」
「な、なんだと!?」
暗也が抗議する。
「相手は二人だ。二対二で挑んだ方が……」
「あんな連中にわざわざ二人で行くこともないでしょ。さっさとガスで片付けなさい」
「ふん……分かったよ」
暗也はダッシュでガードマンたちのもとに駆け寄る。
「な!?」
「なんだ貴様!?」
すかさず懐から小さなスプレー缶を取り出す。中には“裏”でしか流通していない、嗅げば気絶してしまうガスが入っている。それを吹きかける。
「ううっ……」
「なんだ……これ……」
失神するガードマン。
「やったわね」
「ああ……」
「じゃあ次はこの扉を開けないとね」
鉄製の武骨な扉が備わっている。もちろん鍵がかかっているようだ。
「これならピッキングで開けられそうね」
「ふん、面倒なことだ」
「じゃあ、はいこれ」
明子は暗也に針金を手渡す。
「また俺がやるのか!?」
「そうよ、当然でしょ」
ぶつくさ言いながらピッキングに取り掛かる。
しかし、なかなかはかどらない。
「なにやってるの。これがもし、もっと急ぐ場面だったらどうするの」
「分かってるよ!」
明子に急かされ、作業を急ぐ暗也。
三分後、どうにか鍵を開けることができた。
「開いたぜ」と得意げな顔をする暗也だが、明子は不機嫌そうだ。
舌打ちしつつ、中に突入する暗也。
肩を掴み、それを止める。
「なにすんだよ!」
「そこセンサー通ってるでしょ。それにあそこには監視カメラ、もっと慎重に行動して!」
「……悪かったよ」
センサーとカメラに注意しつつ、施設内を移動する二人。
途中、体育館のような建物に差し掛かる。中では――
「オラァッ、飲め! こんぐらいの酒を飲めなきゃ立派な社会人になれねえぞ!」
ある教官はニートと思われる青年達にウイスキーをラッパ飲みさせ、
「腕立て伏せ100回できるまで、メシは食わせねえし、寝かせねえ!」
またある教官は筋トレを強要し、竹刀で背中をバシバシ叩いている。
施設長の田沼はいないようだが、聞きしに勝る極悪更生施設ぶりを展開している。
呆れる暗也。
「依頼人の息子もああやって殺されたと見て間違いなさそうだな」
「そうね」
「どうする……」
「依頼はあくまで施設長の殺害よ。むやみに標的以外を殺すのはプロのやることじゃない」
「……」
「でもまあ、大事の前の小事。あの子たちを助けるぐらいはしてもいいでしょ」
そう言うと二人は建物に足を踏み入れる。
教官たちの目が一斉に彼らに向かう。
「誰だぁ!?」
教官というより、眼光はチンピラのそれに近い。実際のところ元チンピラな者が多いのだろう。
「ここで時間をかけるわけにはいかないからね。さっさと済ませるわよ」
「ああ」
建物内の教官は全部で四人。
明子はまず一人目の鳩尾に蹴りを入れ倒し、二人目のパンチを華麗にかわすと裏拳をこめかみに叩き込む。三人目は細い紐で首を絞め、昏倒させた。
暗也は竹刀を振り回す教官に手こずるも、どうにかガスを嗅がせて倒した。
「まあ、こんなもんでしょ」
「ああ」
明子は戸惑うニートたちに向き直ると、こう言い放った。
「こいつらはしばらく目を覚まさないし、逃げたいならこの紙に書いてあるルートから逃げなさい」
一枚の紙を手渡す。
いつの間にか安全に逃げられるルートを確保していた明子は、それを紙に書いていた。
「あなたたちにも事情はあるのだろうけど、二度とこういう施設に入ることがないよう、自分の生き方を見直した方がいいかもね。どんな仕事でも、まずはやってみることよ」
アドバイスを残しつつ、建物を出る。
走りながら、暗也が言う。
「“どんな仕事でも”……か。その通りだな」
「ええ」
……
その後何人かのガードマンを倒し、二人は施設長がいるであろう宿舎にたどり着いた。
「他の建物に比べて明らかに豪華……ここに間違いないわね」
「ああ、殺し屋としてはありがたい話だ」
鍵はかかっていない。ピッキングも不要。
「標的のデータは覚えてる?」
「もちろんだ。田沼順平、48歳。レスリングと柔道の経験アリ。ここを始める前は警備会社の社長をやっていて、それで警察とも妙なコネを持っている」
「はい合格」
暗也と明子は標的のいる建物――いわばボスの城に突入する。
***
施設長の部屋には、田沼が一人でいた。
ビールを飲みながら、ふかふかのソファに座り、巨大な液晶テレビでバラエティ番組を観ている。ニート更生を願う親たちから吸い上げた金で購入したのだろう。
そこに、闖入者が。暗也と明子がノックもせずに堂々と入る。
「なんだてめえら!?」
ニート更生施設の長でありながら、山賊の親玉のような風格。実際似たようなものかもしれない。
立ち上がったタンクトップ姿のその体は、格闘技経験者だけあって50も近いのに立派な筋肉に覆われている。
「おい、聞いてんのか! 質問してんだぞ!」
明子が答える。
「あんたを殺しに来たのよ」
「なんだとぉ……? へっ、笑わせやがる!」
酔って気が大きくなっているためか、全く危機感がない。
明子が今度は暗也に言う。
「あいつはあんたが殺りなさい」
「分かってる。酔っ払ってるし、ガスを使えば楽勝だ」
「ガスは使っちゃダメよ」
「な、なんで!?」
難易度をイージーからハードに上げられ、動揺する暗也。
「あんな奴ぐらいガス無しで殺せなきゃ、これから先が思いやられるわ。ガスを使ったらキツイお仕置きだから」
「わ、分かった……」
“お仕置き”に恐れを抱きつつ、暗也が前に出る。飛び道具は持っていないので格闘で仕留めねばならない。
「なにゴチャゴチャ言ってんだぁ!?」
田沼の声を合図に、暗也が駆け出す。
動きを止めるためローキックを浴びせるが、田沼はビクともしない。
「へっ、おかげで酔いが覚めたぜ」
肩を掴まれ、投げ飛ばされる。さすが柔道やレスリングの経験者、鮮やかな投げだった。これが試合ならば勝敗はついている。
「ぐうっ!」
馬乗りになろうとする田沼。なんとか阻止しようとする暗也。相手の方が力が強く、暗也は押し込まれそうになる。
「武器あるでしょ!」と明子が声を上げる。
暗也は腰のベルトからナイフを取り出すが、田沼は一瞬怯んだものの、まるでビビっていない。この男もそれなりに修羅場は経験しているようだ。
「いいもん持ってんじゃねえか!」と奪おうとする。
「やめろ……!」
奪われまいとする暗也。明子が見かねて手助けしようとするが、暗也はナイフに気を取られている田沼に頭突きを敢行。
「うぐっ!」
「首!」
明子の指示で、暗也はすかさず田沼の首筋を突き刺した。頸動脈を切り裂き、田沼は血しぶきを上げながら崩れ落ちる。わずかなうめき声が、断末魔の声となった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
呼吸が乱れている。単に格闘で疲れただけではないだろう。赤い水たまりが面積を広げるのをやめた頃、暗也の呼吸もようやく整った。
「お疲れ様」
「……ああ」
「仕事を済ませた以上、長居は無用よ。ルートは確保してあるし、撤収するわよ」
「分かった」
田沼の死体を残し、二人は『ユートピアワーク』から立ち去った。
***
『ユートピアワーク』は滅びた。
脱走した青年たちが警察に駆け込み、田沼が殺された事件が発覚。その後、内部で行われていたさまざまな虐待が問題となり、施設長である田沼もいない今、それを抑えられる力もなくあっけなく解体された。主だった職員たちはもちろん逮捕されることに。
なお、田沼殺害については警察はプロの犯行だと発表、捜査は進められているが、迷宮入りが濃厚だという見方が支配的だ。
自宅でこれらのニュースを見ながら、明子が言う。
「これで死んだ息子さんが帰ってくるわけじゃないけど、依頼人も少しは気が晴れるでしょうね」
「ああ」
ところで、と暗也が言う。
「今回の俺の仕事ぶりはどうだった。ニュースでは“プロの仕事”なんて言われてるが」
「まだまだよ。ピッキングは遅かったし、あんな田沼に手こずってるようじゃ、半人前ね」
「うぐ……」
「だけど、半年前までニートだったにしては上出来よ。このままいけば、すぐ私やお父さんに追いつけるわよ」
「ありがとう……」
明子は半年前まで自堕落な生活を送っていた息子の姿を思い出し、こうつぶやいた。
「やっぱりニートの更生は人任せじゃなく親の手でやるに限るわね」
完
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