5話:次の一手
俺が『始祖竜の遺跡』の支配者になってから1月が過ぎた。
俺は指揮官と部隊という枠組みを作っただけで、あとは『始祖竜の遺跡』のモンスター、戦士たちの自主性に任せて観察していた。
だけど……いや、そのおかげと言うべきだな。彼らが俺が想像していた以上に優秀だということが解った。
1週間も経たないうちに、戦士たちは階層指揮官の下で部隊として機能するようになった。
そして今では、部隊が一つの殺人機械のように完璧に機能している……ちょっとやり過ぎだよな。
それを可能にしたのは、アギトたち太古の神の騎士の4人だ。
彼らは最初、配下の最下層の戦士たちを使って、各階層の部隊を監視させた。
『始祖竜の遺跡』のモンスターは下の階層に行くほど明らかに強くなり、最下層の戦士たちは第9階層の階層指揮官に匹敵する。
力による支配。それだけじゃ決して褒められたモノじゃないが、彼らは他の階層の戦士たちに存在意義――自分たちが支配者である俺のために存在していると教え込んだ。
力による上下関係と責任感で行動する戦士たちが、まるで特殊部隊のように行動するようになるまで、それほど時間は掛からなかった。
勿論、殺人機械になるには技術も当然必要だ。
それを補ったのもアギトたちで……なんでそんな技術を知ってるんだよと思ったけど、彼らは戦略・戦術・用兵などの指揮系スキルが総じて高かった。
その副産物として、戦士たちによる諜報部隊を組織することができた。
元々索敵能力諜報能力に長けた戦士たちに特殊部隊並みの統率の力が加われば、優秀な諜報部隊を作るのは簡単だった。
俺は『始祖竜の遺跡』のモンスターを倒すことで得た金を使って、情報収集をして来た。
魔族軍の兵士よりも金で動く者たちの方が情報収集能力が高いのは実証済みだ。
だけど『始祖竜の遺跡』の諜報部隊の能力はそれ以上だ。
俺のために何をするべきか理解している彼らは、やることに卒がない。
モンスターの姿という問題も、『変化の指輪』という姿を変えられるマジックアイテムで解決した。
『始祖竜の遺跡』のモンスターを倒すと高確率でアイテムがドロップしたから、『変化の指輪』程度のマジックアイテムなら大量にある。
『遺跡の支配者』の力が彼らを何処まで支配しているかという疑念は、まだ完全には解けていないけど、彼らは最優先で俺に従っているように思える。
むしろ俺としてはそこまで縛りつけるつもりはない。みんな自我があるんだから、嫌なことは嫌だと言って欲しいくらいだ。
これだけ統率力があるなら、『始祖竜の遺跡』のことはアギトたちに任せて置けば良いな。逆にやり過ぎないように言い含める必要があるけど。
情報収集も諜報部隊に任せれば問題ない。外部の組織も使えるように俺の知識を伝えて、金も渡しておく。
俺が何もしなくても『始祖竜の遺跡』の組織が上手く回ることが解ったから、次は予定通りにリアルエボファンの世界を楽しむことにした。
最初に向かったのは、聖王国クロムハートの東部の都市クルセアだ。
理由は単純で、エボファンの物語が始まる場所だからだ。
ここで始まる最初のイベントで、所謂メインキャラの4人が出会う。
物語を無視して、魔族の領域に魔王であることを隠して戻るとも考えたけど。
エボファンで魔族は所詮敵側だから、イベントに絡むとプレイヤーキャラと敵対することになるし。
イベントと関係ないところで魔族の街を観光しても、直ぐに飽きるだろう。
だから、まずは物語を軸にイベントを楽しんで、合間に魔族の領域に行くって感じで良いだろう。
エボファンの物語が始まるまで、まだ時間があるけど。早く来たのはリアルだとイベントのタイミングがズレる可能性があると考えたからだ。
それにリアルエボファンの日常生活を楽しみながら、物語が始まる前のメインキャラ4人を見たいと思った。
ちなみに俺は『変化の指輪』を使っていない。
アレクの設定に人間の姿になれるというのがあったから、試してみたら二本の角と黒い翼が消えたからだ。
幻術じゃなくて本当に姿が変わり、元の姿に戻るのも一瞬だった。
それでも『鑑定』を使われたらレベルとステータスはバレるから、『偽装の指輪』で適当な数字を表示させた。
あとは配下の戦士たちと連絡を取る手段だけど、諜報部隊のメンバーには『伝言の指輪』を持たせたから問題ない。
メールのように文字をイメージとして相互に伝えることができる。
アギトたち古の神の騎士4人は『伝言』の魔法が使えるから必要ない筈だけど。何故か自分たちも欲しいと言うから同じものを渡しておいた……自動発動できるマジックアイテムは便利だからか?
最近の4人の言動には意味不明なところがある。
別に疑わしい行動や反抗的な態度を取るという訳ではなく、むしろ俺が引くほどの忠誠心を見せるのだが。
『始祖竜の遺跡』の最下層を改装して玉座の間や、支配者に相応しい寝所を作りたいとか言っていたからな……別に支障はないから許可したけど。
聖王国クロムハートに到着した俺は、まずはメインキャラ4人の動向を探った。
彼女たちの設定は隅まで読み込んだから、居場所を探すのは簡単だった。
4人とイベントの原因になる敵側の動向を探ることで、クルセアのイベントが発生するタイミングがゲームとほとんど同じだということが予想できた。
あとはイベント発生まで4人と敵側の状況を小まめに確認すれば良い。
だけど、それだけじゃ時間が余るので、俺は聖王国各地を巡って一人食レポしながら冒険者になってみた。
何で? いや、俺はリアルエボファンの世界を楽しみたいし、ファンタジー世界って言ったら冒険者だろう。
それに冒険者をやっていればそれなりに目立つからな。
今の俺は角と翼がなくなった以外は外見が変わらないので、転生者がいたら絶対に気づく筈だ。
ということで、俺は冒険者になって軽く依頼をこなした。
だけどゴブリン20体を討伐しただけでD級冒険者に昇格するとか……ゴブリンなんて1レベルで、亜種でもせいぜい5レベルだからな。
リアルエボファンの冒険者って、もしかして弱いのか?
そんな風に遊んでいるうちに、二重の意味で思わぬ当たりを引いた。
クルセアの冒険者ギルドで、プレイヤーキャラの1人であるソフィア・グレネードを見つけたのだ。
このタイミングだと、ソフィアは聖王国にいない筈だ。
同じ聖王国出身ということで、ソフィアは物語の中盤でメインキャラたちと絡むが……それは1年以上も先の話だ。
序盤のソフィアはキャラ固有イベントが中心で、もう1人のプレイヤーキャラと一緒に別の国で活躍する……固有イベントを無視しなければな。
ソフィアに気づいた俺は、さり気なく彼女の視界に入るように行動した。
すると、すぐに反応があった……完全に魔王アレクの顔を知っている顔だ。
つまり、ソフィアは転生者ってことだ。
俺は予定を変更して、毎日冒険者ギルドに通った。
こっちから行動した方が早いとは思ったけど、ソフィアの反応があからさま過ぎるから、逆に怪しいと思って警戒レベルを上げる。
そんなことを三日続けたから……動きがあった。
「え……グラン、な、何言ってるの? 勘違いしないでよ!」
ソフィアは仲間の冒険者たちを巻き込んで、あからさまに俺のことを誘っている。
チラチラこっちを見てるし……
ここまでやられて無視するのは、さすがに不自然だよな。
「あの……俺に何か用があるんですか?」
「よ、用なんてないよ!」
いや、こんな小芝居をすることに意味があるのか?
俺は駆け引きするのを止めて、ストレートに訊くことにした。
「何言ってんだよ? バレバレだって……一昨日から俺のことを見ていただろう。何か言いたいことがあるならハッキリ言えよな」
「だよなあ……ソフィア、俺もそう思うぜ。良いタイミングだから、こいつと二人で話でもしろよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、みんな!」
「ソフィア、ごゆっくりー!」
何だよ、いつまで小芝居を続けるつもりだ?。
まあ、こういう流れで話をすれば、周りを誤魔化せるからな。
さあ……こいつは俺に何を要求して来るんだ?
転生者同士で手を組むとか、それとも魔王だとバラすって脅して金やアイテムを巻き上げるとか?
いや、それくらいなら問題ない。
ソフィアが俺のリスクになる可能性は……背後に過去に転生した奴か黒幕がいる場合だな。
「そういうことか……何となく想像がついたよ。おまえも仲間に勘違いされて苦労してるみたいだな。俺も昔同じような経験をしてるから解るよ」
勿論、本気で言っている訳じゃない。話を合わせただけだ。
「そ、そうだよね……勘違いしないでって言いたいよね。私はソフィア・グレネード、B級冒険者。あの……ア、アレクも座ったら?」
だけど、ソフィアは俺の予想外の反応をした。
俺から目を逸らして黙っている。
「まあ、同じ冒険者だし、俺の名前くらい知ってるよな……ところで、ソフィアは何で俺のことをずっと見ていたんだよ?」
埒が明かないから、もう一度ストレートに訊く。
「えっと……その……わ、私はアレクが……魔王に似ているし、名前も同じだから……」
いや、俺が転生者だと気づいてることは解っているから。
何で演技を続けるんだよ?
動揺しているフリをすることに、何か意味があるのか……
さらに警戒レベルを上げる俺に、ソフィアは言った。
「ア、アレクって……か、彼女とかいるの?」
「え……」
何言ってるんだよ、こいつ……予想の斜め上の言葉に、俺はこの世界に来てから初めて動揺した。