19話:太古の神の騎士の正体
転移魔法で『始祖竜の遺跡』に戻った俺は、最下層に急遽造った牢獄へ向かう。
諜報部隊が拉致した男と話をするためだ。
ちなみに今の俺は人間の姿で、例の仮面をつけている。
檻の中で男は手足を鎖に繋がれて、身動きできない状態だった。
「おい、てめえ……さっさと俺様の拘束を解きやがれ! さもないと後悔することになるぜ!」
頭の悪い台詞を吐いている男の名はガーランド・バッシュ。魔族の地方貴族であり、山岳地帯を越えてサリア村を襲撃した魔族軍の総指令官……そう、俺が殺したガーランドは偽装だ。
俺がガーランドを拉致するために使ったのは、転移魔法が使える諜報員と、森で回収しておいた魔族の死体だ。
俺は攻撃を当てる直前にガーランドを『始祖竜の遺跡』に強制転移。
『伝言』で指示した諜報員が直後に死体を転送。
タイミングは絶妙で、派手なスキルで死体を焼き尽くしたから気づいた奴はいないだろう。
ここが『始祖竜の遺跡』であることをガーランドに気づかせないために、転移させたこいつを拘束したのは変化の指輪で人間の姿になった戦士たちだ。
だからガーランドは俺が転生者ということはさすがに気づいているだろうが、俺が魔王アレクだということも、誰が何の目的で自分を拉致したのかも解っていない。
俺がこんな手の込んだことをしたのは、ガーランドに転生した奴の本心を確かめるためだ。
いや、馬鹿が暴走しただけだとは思ってるけど、黒幕や他の転生者に操られている可能性もあるからな。
本当に何か他に理由があるなら、こいつの処遇を考えないこともない。
「なあ、ガーランド教えてくれ。おまえがサリア村を襲撃してメインキャラたちを殺そうとした理由は何だ?」
「フン! 理由なんて決まってんだろ。俺様はガーランドだからな、魔族と敵対するメインキャラは邪魔なんだよ!」
「だけど、今回おまえが侵攻した目的はクルセアの占領だろ。全軍でサリア村を襲撃したらクルセアへの侵攻が遅くなる。
それにガレイとパメラをクルセアに行かせたら、聖王国軍が反撃の準備をして、ゲームと同じように侵攻が失敗するんじゃないのか?」
メインキャラたちがサリア村に留まるのは、あくまでも村を守るためだ。
襲撃によってサリア村がどうなるかは、クルセア侵攻に直接関係はない。
「クルセア侵攻なんてどうにでもなるだろう。俺様はゲームと違って126レベルだからな。部下の魔族やモンスターだって俺様が厳選して用意したんだ。聖王国軍を潰すなんて楽勝だぜ!」
確かにガーランドのレベルも魔族軍の戦力もゲームのときよりも上だ。
だけどガレイとパメラの行動を阻止すれば情報が伝わらずに奇襲になるから、クルセアを確実に占領できる。
俺がガーランドならサリア村の周囲に魔族やモンスターを潜伏させておいて、ガレイとパメラがクルセアに向かった直後に襲撃する。
「クルセア侵攻が楽勝なのは解ったけどさ。メインキャラを殺す方を優先しろって、誰かに命令されたとか、指示された訳じゃないんだな?」
「はあ? 何で俺様が命令されなきゃいけねえんだ。魔王アレクは行方不明だっていうし、魔族の貴族だって馬鹿ばかりだ。俺様にはエボファンの知識があるからよ、メインキャラを上手く殺せるタイミングを狙って仕掛けただけの話だ」
俺が言った誰かを、こいつは勘違いしているな。
ゲームでもクルセア侵攻は地方貴族ガーランドの独断専行だ。
こいつがゲームの知識で侵攻するタイミングを合わせたのも解った。
結局、メインキャラを殺すことを優先したというよりも、自分の力があれば思い通りになるという驕りによる行動……つまり、こいつは唯の馬鹿ってことだな。
背後にも誰もいないと考えて問題なさそうだな。
こいつが気づかないうちに操られている可能性はあるけど。ゲームと違って俺が行方不明という情報を掴んでいるのに転生者である可能性を疑いもしない馬鹿に、利用する価値なんてあるか?
それにしても……俺がアレクに転生していなかったから、この馬鹿にエリスたちが殺されていたということだよな。
「おまえさあ……いい加減にしろよ」
俺は仮面を外してガーランドを睨みつける。
「てめえは……魔王アレク! いや、アレクに転生した奴ってことか!」
「ああ、正解だ。気づくの遅過ぎるけどな」
「遅過ぎる? まあ、そんなのはどうでも良いぜ。なあ、同じ魔族に転生した者同士だ、俺様と手を組まねえか? 俺様がレベルアップさせたガーランドと魔王アレクの力があれば、この世界を支配できるぜ!」
何言ってるんだ、こいつ……俺が顔を見せた意味すら解ってないのか。
話をするのが馬鹿らしくなってきた。
もう、良いか……
「お待ちください、アレク様。こんな頭の悪い男の血で、偉大なる支配者であるアレク様の服を汚すのはどうかと思いますよ」
牢獄の中に突然出現する女。いや、俺は初めから気づいていたけどな。
「だ、誰だてめ……」
ガーランドの言葉が途切れたのは、彼女に睨まれたからだ――
『始祖竜の遺跡』全階層副統括と諜報部隊責任者を兼任する『太古の神の騎士』の1人、豪奢な金髪の美女エリザベス・ドラキュリーナ。
エリザベスの正体はアンデッドの頂点である不死の女王だ。 2.000レベルを超える彼女の威圧感に、僅か125レベルのガーランドが耐えられる筈もない。
「ねえ、アレク様……この目障りな馬鹿を殺す機会を僕に与えくださいよ」
俺に忠誠を誓うとか言いながら、太古の神の騎士たちの言動はわりと自由だ。
俺はガーランドを自分で殺すつもりだったけど、別に自分の手で殺すことに拘っている訳じゃない。
エリスたちを殺そうとしたことに怒りを覚えているが、正直に言えば馬鹿の相手をすることがもう面倒臭い。
「まあ、別に良いけどさ『ゲッ!』……おい、エリザベス。早過ぎるだろ」
俺が許可した瞬間、ガーランドは肉片と化した。
森の中で初めて魔族を殺したときも、1,000人以上の魔族を殺したときも思ったけど、エボファンの世界に転生した俺は人を殺しても何も感じないようだ。
たぶん理由は……前世の俺が弄り殺されたからだ。
無残に殺された記憶があるから、俺は残酷になれるのだろう。
「申し訳ありません、アレク様。ですがアレク様に無礼な口を利く馬鹿なんて、僕は1秒だって生きている価値があるとは思いませんよ」
エリザベスは意味深な笑みを浮かべて、上目遣いに俺を見つめる。
「別に構わないさ。ガーランドなんてどうでも良いからな」
「ありがとうございます、アレク様……」
エリザベスは突然俺に抱きついた……豊満な胸を押し付けて。
「おい、エリザベス。どういうつもりだ?」
「アレク様も……僕の気持ちが解ってますよね? それに血を見ると、不死の女王の僕は興奮しちゃうんですよ。だから……」
「エリザベス、アレク様に無駄肉を押しつけるのは止めなさい!」
いつの間に現われたのか……いや、今度も解っていたけど。
もう一人の太古の神の騎士が、エリザベスに絶対零度の視線を向ける。
藍色の髪で牙のある美女は『始祖竜の遺跡』全階層副統括の1人サターニャ・ヘルスカイア――その正体は魔界の大公。
魔界の王位は現在空席の筈だから、サターニャが事実上のトップということだ。
「2人とも良い加減にしろ。アレク様に失礼だろう」
いや、もう突っ込まないけど……3人目に登場したのは赤い髪の魔族の姿をした男、太古の神の騎士団を率いる全階層統括アギト・スタッカルト――彼の正体は『エンシェントドラゴンの王』。
「全くだな……エリザベスもサターニャも少しは自重しろ。アレク様は女の口喧嘩など好まん。むしろ男と男の血の滾る真剣勝負がお好みだ」
いや、そんなことを言った記憶が……最後に現れた太古の神の騎士は銀髪の獣人の姿をした男ロンギス・グランペイン――正体は最強の精霊であるトゥルー・フェンリルだ。
「おまえらさ……なんで全員集まってるんだよ。俺のことより、自分の仕事に集中しろって。任せた仕事の方は問題ないんだろうな?」
「「「「はい、勿論です(よ)!」」」」
訊くまでもなかったか。太古の神の騎士4人は俺よりも優秀だから、どんな仕事でも完璧にこなす。
だから世界中の情報がタイムリーに集まっており、『始祖竜の遺跡』は完璧に機能している。もし侵入者いても5分で片付くだろう。
「ああ、そうだったな……おまえたちに任せておけば何の問題もない。
だけど俺のことは……まあ、良いか。
そろそろ出掛けることにするよ。他にもやることがあるからな」
「はい。あとことは全て我々にお任せください」
「偉大なる支配者アレク様のご帰還を、僕はいつでも身体を完璧に準備してお待ちにいますよ」
「エリザベス……ふざけるのも大概にしなさい! 貴方は自分こそがアレク様の最も忠実な下僕だと言いたいみたいだけど、態度が軽薄過ぎるわ」
「いや、サターニャこそ重過ぎるよね。重い女は嫌われるよ」
「え!? な、何ですって……」
「だから! 喧嘩するなら殴り合いにしろって!」
「おい、おまえたち! ……アレク様、申し訳ございません」
自由過ぎる会話に苦笑する――アギト、おまえも苦労しているな。
俺は4人を放置して、再び転移魔法を発動した。
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