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男性主人公・ラブコメ系作品

ツンデレ幼馴染に仕返しするために、金髪碧眼美少女とカップルのフリをしたら修羅場になった


 俺の通う高校には、同学年の二年生に二人の有名人がいる。


 一人は、愛歌(あいか)・リュティという女の子。俺のクラスメイトでもある彼女は、アイドルのような美少女だ。


 北欧の生まれで、透き通るような明るい金色の髪がとても印象的だった。

 男子なら、その青いサファイアのような瞳で見つめられれば、クラっとくること間違いなし。

 比較的一人でいることが多いから、「孤高の女神」だなんて呼ばれている。


 もうひとりは、一条文香(いちじょうふみか)という女子だ。生徒会長で、成績もぶっちぎりでトップ。

 なにより、黒髪ロングの清楚な美人で、人気女優顔負けの容姿をしている。

 一見すると面倒見も良くて優しいから、男子からも女子からも圧倒的な人気がある。


 その一条文香と、俺は幼馴染だった。

 人気者の文香と幼馴染というだけで、俺は他の男子から羨ましがられる。


 けれど、何も良いことはない。


 子供のころからずっと一緒にいるからお互いを異性として意識することもない。当然、甘い雰囲気になったこともない。


 それに、優秀な文香は、俺のことをいつも見下していた。

 文香は学校では猫をかぶっているけれど、俺の前では本性をさらけ出す。わがままで意地悪というのが、文香の本当の性格だった。


「透ってば、テストの順位でまた私に負けちゃったね」


 くすくすと笑いながら、文香が言う。むっとして俺は文香を見つめる。

 俺も成績が悪いわけじゃない。というか学年二位だから、「時枝透(ときえだとおる)」という俺の名前は、いつも廊下に貼り出されている。


 なのに、文香はいつも一位で俺の上に名前がある。だから、俺のことを見下してくる。


 そんな文香と、俺は一緒に夕食を食べていた。


 俺と文香は家が隣同士で、家族ぐるみの付き合いがある。お互い両親が共働きで夜が遅い。だから、俺の家で夕飯を一緒にとることも多い。


 登校するときも一緒だし、帰りも一緒だ。

 とはいえ、別に一緒にいるだけで、テストの点数で見下される理由はない。


「べつに一位も二位も大差ないだろ」


「あら、負け惜しみ?」


 文香は馬鹿にしたように笑う。

 俺はカレーライスを一匙すくい、文香を睨む。


 ちなみに俺の趣味は料理で、カレーも俺が作った。

 凝ったタイ料理のグリーンカレーだ。


 我ながらよく出来ていると思う。けれど、文香は美味しいともなんとも言わない。

 なぜか俺がいつも料理当番みたいになっていて、文香は食べるだけだ。


「まあ、透にしては頑張っていると思うけれどね」


「上から目線だなあ」


「私は天才だもの。凡人の透とは違うわ」


 悔しいけれど、俺は文香より圧倒的に勉強量が多いのに、文香に勝てていない。

 だからといって、そういうふうに言われると、腹が立つ。


「文香のそういうところが嫌いなんだ」


 俺の言葉に、文香はむっとした顔をする。


「なによ。この完璧美少女のわたしが、一緒にいてあげるのに、不満?」


「べつに一緒にいて欲しいって頼んだことはないけどね」


「私がいなかったら、透はただの凡人じゃない。私の隣にいることができて幸せでしょう? 感謝しなさいよ」


 俺はだんだんうんざりしてきた。


 最近の文香は、かなり傲慢だ。


 文香は小学生のときから可憐な少女だったけれど、中学生、高校生と成長するにつれてますます美少女になっていた。

 そうして周囲からチヤホヤされるようになると、俺に対する扱いが悪くなった。


 俺はどちらかといえば、目立たないタイプで、文香とは真逆だ。惰性で一緒にいたけれど、いい機会かもしれない。


「別に幸せじゃない。文香なんていなくても、俺は平気だよ。というか、縁を切ろう」


「え?」


 文香が大きな瞳を丸くした。それから、慌てた表情になる。


「え、縁を切るってそんなこと、できると思っているの?」


「できるさ。こうやって一緒にご飯を食べたり、一緒に登校したりするのをやめればいい」


「そ、そんなの私は許さないんだから!」


「俺は文香の言いなりじゃないよ」


 俺の言葉に、文香は固まった。それから、その美しい顔を、真っ赤にする。


「こ、後悔しても知らないんだから!」


「はいはい」


 俺は文香を家から追い出した。

 ちょっとすっきりした。


 ずっと一緒にいた幼馴染だけれど……別に俺が文香のそばにいる理由もない。彼氏彼女なわけでもないし。


 文香には他にいくらでも友人がいるだろう。便利屋みたいに扱われるのは、もうごめんだ。


 これで俺は自由だ。

 俺は明日、一人で登校するときのことを思い浮かべた。

 




 翌日、俺が一人で登校し、学校の門の前の坂を登っていると、後ろから声をかけられた。


「おはよう、時枝くん」


 綺麗に澄んだ声に振り向くと、そこには金髪碧眼の小柄な美少女がいた。

 彼女はくすっと笑うと、ちょこんと首を傾げた。ブレザーの制服の裾が、風にふわりと揺れる。


「時枝くんが一人って珍しいね」


 彼女はそう言って、青い瞳で、じっと俺を見つめた。彼女の名前は、愛歌・リュティ。


 文香と並ぶ、学年の二大美少女だ。フィンランド人と日本人のハーフだという彼女は、日本語ネイティブだそうで、完璧な日本語を話す。


 俺は肩をすくめた。


「珍しいかな」


「そうだよ。だって、いつも一条さんと一緒だし……」


「まあ、たしかに。でも、これからは珍しくなくなるよ」


「なんで?」


 俺は、文香と縁を切ったことを簡単に説明する。リュティさんは驚いて、それから嬉しそうに笑う。


 リュティさんが嬉しそうなのは、理由がある。リュティさんは一方的に、文香をライバル視していた。


 容姿端麗という意味では、リュティさんは文香に負けていない。神秘的な北欧美人のリュティさんと、清楚な大和撫子の文香では、比べるのが難しいほど、どちらも美少女だ。


 だけど、他の面では、リュティさんは一歩だけ、文香に及ばない。

 成績は文香が学年一番だけど、リュティさんは学年で三番目の成績だ。


 生徒会長選挙でも、学年のテニス大会決勝でも負けていた。

 というわけで、リュティさんからしてみれば、文香は決して倒せない宿敵なのだ。


 ところで、俺の成績は、文香とリュティさんのあいだ。学年で二番目である。つまり、リュティさんより俺の方が成績だけは良い。

 

 リュティさんにしてみれば、宿敵・一条文香を倒す前に、時枝透(つまり俺)を倒す必要がある。


 ということで、俺もリュティさんにライバル視されているのだ。


 そのせいで、ときどき絡まれるようになり、クラスメイトということもあり、たまに話す仲になったというわけで。


 リュティさんはにやりと笑った。


「じゃあ、これで、時枝くんもわたしの味方になってくれるよね。一条文香を倒す必勝法を教えてよ」


「必勝法?」


「なにかあるでしょう? 一条さんの致命的な弱点。蛇を見せただけで失神するとか」


「そういうものはなさそうだけどね。見た目どおりの完璧超人だから」


 一条文香という人間は、本当に隙がない。学業スポーツはもちろん、歌を歌わせても絵を描かせても人よりも圧倒的に上を行く。


 怖いもの知らずで、幼い日にお化け屋敷に一緒に行った時は、俺だけが怖がっていた。文香は仕掛けを笑い飛ばして、俺の手を引いてぐんぐんと前へ進んでいってしまった。


 ということで、俺は文香の弱点を教えることはできなかった。


 リュティさんが、がっかりという顔になる。

 俺は微笑んだ。


「でも、リュティさんは、文香の弱点をついて勝つようなやり方では、満足できないんじゃない?」


 そういう卑怯なやり方で勝つことを、リュティさんは良しとはしないだろう。自分の力で文香に勝ってこそ、意味がある。


 そう考えているはずだ。


 浅い付き合いとは言え、そのぐらいは、俺もリュティさんのことを理解していた。


 リュティさんは俺の言葉にきょとんとした顔をした。それから少し頬を赤く、嬉しそうに微笑む。


「時枝くんって、わたしのこと、よく分かってくれているよね」


「そう?」


「うん」


 リュティさんはうなずいてから、慌てて「ふ、深い意味があるわけじゃないんだけど」とつぶやく。

 ごまかすように、リュティさんは青いサファイアのような瞳で、わざとらしく俺を睨む。


「今度の定期テストでは、一条さんにも時枝くんにも負けないんだから!」


「リュティさんが文香に勝ってくれることを、俺も期待しているよ」


 あの文香を悔しがらせることができるなら、リュティさんが俺の上を行ってくれることは大歓迎だ。

 リュティさんはふふっと笑い、「見てなさい。必ず一条さんに勝ってみせるもの」と言って、拳を突き上げた。


 とはいえ、あの文香に勝つことは、困難を極める。俺もリュティさんもこれだけ努力しても実現できていないのだから。


 突然、リュティさんがまじまじと俺の顔を見つめた。

 青い澄んだ瞳に見つめられ、俺はどきりとする。


「俺の顔になにかついている?」


「ううん。ただ……一条さんの弱点、見つけちゃったなと思って」


「へ?」


「時枝くんだよ。きっと一条さんは、時枝くんを奪われるのが一番怖いんじゃないかな」


「そうかなあ?」


「間違いないと思うよ」


 リュティさんは自信たっぷりだったけど、俺が文香にとってそこまで大事な存在だとは思えない。

 幼馴染だけれど、最近は下僕のような扱いを受けていたし。

 

 けれど、リュティさんはにやりと笑う。


「ね、時枝くんも一条さんに腹を立てているんでしょ?」


「まあ、そうだけどさ」


「だったら、一条さんをからかってみない?」


「どうやって?」


「それは……」


 リュティさんは、うつむいて、頬を赤くした。そして、手を組んでもじもじとさせる。

 どうしたんだろう?


 意を決した様子でリュティさんは顔を上げた。そして、俺の目をまっすぐに見つめる。


「わたしと時枝くんが、彼氏彼女にならない?」


「え、ええと、それって……」


 不思議な言い回しだけれど、告白なんだろうか? リュティさんは慌てて首をふるふると横に振る。


「べ、べつに時枝くんと恋人になりたいということではないから! ふ、フリだけだから! わたしと時枝くんは彼氏彼女のフリをするの」


「あー、つまり、そうすれば、文香にショックを与えることができると?」


「そうそう」


「それは……どうかなあ」


「きっとすごく驚くと思うの」


「あまり褒められたやり方じゃないと思うけど」


 卑怯な方法で勝つことは潔しとはしない、と言ったばかりなのに。

 けれど、リュティさんはくすっと笑った。


「これは卑怯な方法じゃないわ。正攻法だもの」


「どういうこと?」


 リュティさんは上機嫌に俺を見つめ、それから少し顔を赤くした。


「時枝くんは知らなくていいの。ね、一条さんに一泡吹かせたいでしょう?」


「まあ、たしかに、ちょっと驚かしたいっていう気持ちはあるけどね」


 傍若無人な文香に仕返ししたいという気持ちがないといえば、嘘になる。

 けど、こんな方法でいいのかなあ……。


「さっそく試してみましょう。と、透くん……」


「へ?」


 急に名前を呼ばれて、俺は呆然とする。リュティさんは俺をジト目で睨んだ。


「か、彼氏彼女なんだから、下の名前で呼びあうのが当然でしょ?」


「ああ、まあ、たしかにそうだね。本当に彼氏彼女なら」


「フリでも名前で呼び合うの! ……だから、わたしの名前、呼んでみて」


「えーと、その……」


「まさか、わたしの名前を忘れたなんて言わないでしょうね?」


 迷っていたら、リュティさんが不安そうに言う。さすがにそんなことはない。


「愛歌、だよね?」


「い、いきなり呼び捨て!?」


「ああ、『愛歌さん』の方が良かったか」


「べ、べつに呼び捨てでもいいけど……その方が恋人っぽいかも」


 ツンとリュティさん……愛歌は澄ました顔で、でも、顔は真っ赤だった。見ている俺も、きっと赤面している。


「えっと、透くん」


「なに、愛歌?」


 俺と愛歌は互いを見つめ、それから恥ずかしくなって視線をそらす。

 これでは自然なカップルのフリなんて無理なのでは……。


 そう思っていたら、愛歌がびくっと震えた。どうしたのかと思ったら、俺の背後を指差す。

 振り向くと、全力疾走で文香がこっちに来ている!


 逃げ出したくなった俺の腕を、愛歌がばしっとつかむ。

 仕方なしに俺はその場にとどまることになった。


 やがて文香が俺たちの近くまでやってくる。ブレザーの制服が少し乱れている。

 息が上がっているのか、顔が赤い。


「透! どうしてわたしを置いて一人で学校に行こうとしたわけ!?」


「昨日言ったよね。もう縁を切るって」


「そ、そんなの許さないんだから!」


「許すも何も、俺が起こさないと、普段の文香は朝起きることができないくせに」


 俺が肩をすくめると、文香がぐぬぬと言葉に詰まる。完璧超人なのは学校だけで、家では抜けているところもあるのが文香だ。


 俺の横の愛歌はといえば、「起こしてもらってたんだ。いいなあ」と小さくつぶやいている。


 文香は気を取り直したように、黒い綺麗な瞳で俺たちを睨んだ。


「それに、どうして透とリュティさんが一緒にいるの? しかも腕を組んでいるし……」


 いつのまにか、愛歌は両手で俺の腕にひしっとしがみついていた。まるで……恋人が腕を組んでいるかのように.

 

 俺が言葉に困っていると、愛歌はにっこりとものすごく楽しそうな笑顔を浮かべた。


「一条さん、あのね……わたしたち、彼氏彼女になったの」


「え?」


「わたしと透くんが付き合っているってこと」


 この発言は爆弾だった。

 俺はてっきり文香が大した反応をしないか、それとも「私を放っておいて、彼女を作るなんて」と怒り出すかと思っていたのだ。


 ところが、文香は呆然とした様子で、目を瞬かせる。


「リュティさん、もう一度、言ってくれる?」


「わたしと透くんはラブラブカップルなの」


 愛歌は大嘘をついた。さすがに嘘くさくないですかね……と俺は思ったが、文香はそうは受け取らなかったらしい。


 文香の顔が、みるみる青くなり、それから赤くなり……そしてショックを受けたという表情を浮かべていた。


 愛歌の言ったとおりになったことに、俺は驚く。きっと文香は気にもとめないと思っていたのに。

 文香はすがるような目を俺に向けた。


「ほ、本当に、透とリュティさんが付き合っているの?」


「それは……」


 俺は驚かせようと思って嘘をついたんだよ、と言いかけた。ところが、愛歌がぎゅっと俺の腕にしがみつく。

 まだバラすな、ということらしい。


「えーと、そう。そのとおり。りゅ……愛歌と付き合っている」


「だ、だから私と縁を切ろうなんて言ったの?」


「そういうわけじゃないよ」


 慌てて俺は言う。たしかに話の流れとしては両者が関係しているように感じてもおかしくはない。

 文香は涙目で俺たちを見つめる。


「ど、どっちから告白したの?」


 彼氏彼女のフリをするって言っても、そのあたりの設定をまるで詰めていない。このままだとバレるのでは……。

 けれど、愛歌は動揺した様子を見せなかった。

 

「わたしから透くんに告白したんだよ」


「と、透なんかのどこが好きなの? こ、こんなやつのことを好きになる人なんて、……」


 ちらりと愛歌は俺を見た。そして、頬を赤らめ、目を伏せる。


「だって、透くん、優しいもの。わたしの話を聞いてくれるし、わたしのことを理解してくれる。一条さんに勝つために一緒にいたら、好きになっちゃった」


 愛歌はそう言って、「ね?」と俺を上目遣いに見て、微笑む。まるで本当に俺のことが好きかのようで、どきりとする。

 演技なら、完璧だと思う。


 そして、愛歌が文香と向かい合った。


「透くんの良いところは、一条さんが一番理解していると思ってたけどな」


「そ、そうよ。だって、私が透の幼馴染だもの。あなたよりずっと透のことを私は知っている。透は……私のものだもの。あなたの告白を受け入れるはずない」


「でも、その大切な幼馴染に素直になれなかった。だからあなたは負けたの」


 愛歌が静かに言う。

 文香は固まっていた。いつもの強気な雰囲気はどこにもない。


 大丈夫なのかと俺が心配になってくると、文香は弱々しく「私よりリュティさんの方が好きなの?」と俺に聞いた。


 俺はこくりとうなずいた。

 次の瞬間、文香の目から大粒の涙がこぼれた。文香は指先でそれをぬぐったけれど、瞳から溢れる涙を止めることはできなかった。


 ついには声を上げて泣き始める。


「ふ、文香?」


「わ、私はずっと昔から透のことが好きだったのに!」


 俺は固まった。

 いまなんと?


 俺が愛歌を見ると、愛歌は肩をすくめて「ほらね?」という表情になる。

 でも、文香が俺を好きだったとしても、それならあの傲慢で俺を見下した態度は何だったのか。


「だ、だって、透は何をしても優しくしてくれるし……。透にだけは甘えることができたから、だから……」


 それで、徐々にエスカレートしていって、昨日みたいに俺を馬鹿にするようなことを言っていたわけか。

 そうだとすれば……文香はただの不器用な女の子なわけで。文香に原因があるとはいえ、泣かせてしまった罪悪感に駆られる。


 文香が泣きはらした目で、俺を見つめる。


「ごめんなさい。私が悪かったから……。もう透に嫌なことを言ったりしない。透が作ってくれるご飯もとても美味しいし、いつも感謝しているの。これからは私もご飯作ったりするし、透のためにできることをするから。だから、だから……縁を切るなんて言わないでよ。透が他の人と付き合うのも嫌。透は私だけの幼馴染だもの」


 文香がぎゅっと俺の服の裾を握る。いつのまにか愛歌は俺から離れていた。

 俺は優しく文香を見下ろした。


「ごめん。全部嘘だから」


「え?」


「縁を切ったりはしないよ。それに、愛歌と付き合っているっていうのも、演技だ」


「ど、どういうこと?」


「カップルのフリをしていたってこと」


 俺が事実を告げると、文香はみるみる顔を真っ赤にした。そして、俺と愛歌を見比べた。そして、俺たちを睨みつける。


「だ、騙したのね!?」


「少しからかうだけのつもりだったんだよ。文香がそんなにショックを受けるとは思わなかったし。文香にとって、俺なんかどうでもいい存在だと思っていたから……」


「と、透が私にとってどうでもいい存在なわけないでしょ。わ、私の……たった一人の幼馴染で、大事な友達で……好きな人なんだから」


 文香は恥ずかしそうにそう言う。照れながら言う文香の綺麗な黒髪が、風にふわりと揺れる。


 文香は俺のことが好きらしい。意識することがなかったけれど、一条文香は学校一の美少女なのだ。

 そんな子に俺のことを好きだと言われると……急に意識してしまう。その身体は華奢だけれど、同い年の少女よりもずっと大人びていた。


 俺の視線に気づいたのか、文香が慌てて両腕で身体を抱き、胸を隠すような仕草をする。

 そして、頬を膨らませる。


「い、今、わたしの胸を見ていたでしょ!?」


「み、見ていないよ」

 

「と、透も……わたしに、興味があるんだ。一度も女の子として見てもらえたことが……なかったから」


 そう言うと、文香はえへへと嬉しそうに微笑んだ。

 そして、急に俺に一歩近づくと、えいっと俺に抱きついた。


「ふ、文香!?」


 文香はぎゅっと俺の背中に手を回して抱きしめる。正面からハグされると、ちょうど文香の胸が、俺に押し当てられるような格好になり……俺はうろたえた。


 い、意外と質感があるというか、柔らかいというか……。制服越しの胸の感触を、否応無しに意識させられる。

 文香は恥ずかしそうに、けれどいたずらっぽくささやく。


「いま、わたしのことを意識しているでしょ?」


「そ、それは……」


「透も男の子だものね」


 くすくすっと文香は言い、ますますぎゅっと俺に密着した。


「さっきも言ったけど、わたし……昔から透のこと、男の子として好きだったもの」


「昔からっていつから?」


「意識したのは、小学六年生のときかな」


「そ、そんなに前からなんだ……」


「わ、悪い?」


「悪くないというか、むしろ嬉しいなって」


 俺がそう言うと、文香は照れたようにうつむく。


「六年生のときに、私が熱を出して倒れたことがあったでしょう?」


 そういえばそんなこともあったような気がする。いつも元気な文香が長いこと寝込んでいた。

 二人とも両親が共働きで家にいないことも多いから、俺も文香の看病をしていたと思う。


「あのとき、熱でうなされた私が、泣きながら『いなくならないで』ってつぶやいたの覚えている?」


「そうだったね。あのとき俺はそばにいて……」


 あのときの文香は悪夢にうなされていて、怯えて泣いていた。よほど怖かったのだと思う。


 それだけ辛いときでも文香の両親は仕事でいなかった。そばにいたのは、俺だけだった。

 そのときの俺は、文香の小さな手を握って……彼女のことを守りたいと思った。


 目の前の文香はささやく。


「透は『ずっと一緒にいる』って答えてくれた。そのことが嬉しかったの。透なら本当にいつまでも一緒にいてくれるって思ったから」


「それが俺のことを好きになったきっかけ?」


「私にとっては大事なことだったの」


 文香はふふっと笑った。そして、ゆっくりと俺から手を放し、一歩後ろへ下がる。


 よ、ようやく解放された。けれど、俺の心には、まだ文香の身体の柔らかい感触が残っている。

 文香は俺を見上げる。


「と、透には……ずっと私のそばにいてほしいの。ダメ?」


 告白されたのだと気づき、俺は狼狽した。昨日まで、まったく意識していなかった相手だ。

 俺は文香のことをどう思っているんだろう? でも……大事な幼馴染であることはたしかだ。


 俺は返事をしようと口を開きかけたとき、一人の少女が俺の腕をつかんだ。振り返ると、愛歌が青い瞳でじーっと俺を見ている。


「いまの透くんは、わたしの彼氏なんだよ?」


「そ、それは演技だったのでは?」


 文香を驚かせるために、愛歌と彼氏彼女のフリをしていただけのはずだ。

 でも、愛歌は不満そうに……まるで嫉妬しているかのように、俺を見つめる。

 

 そんな愛歌を見て、文香は微笑んだ。


「騙したなんて言ってごめんなさい。リュティさんの演技のおかげで、素直になれた気がする」


「……わたし、一条さんのために演技したわけじゃないの」


「え?」


「半分はね、演技じゃなかったの」


 どういう意味だろう?


 いきなり、小柄な愛歌が俺の腕を引っ張った。その力は意外と強くて、俺は思わず態勢を崩しそうになる。倒れそうになったもの、若干前かがみの姿勢でなんとか踏みとどまる。


 どうしてこんなことをしたのかと俺は愛歌に問おうとしたけれど、それはできなかった。

 俺の唇が、愛歌の小さな唇で塞がれたからだ。


「んっ」


 愛歌の小さな吐息に、俺は頭が真っ白になる。

 柔らかく甘い感触。

 愛歌にキスされたという事実をようやく俺は理解した。


 時間が止まったかのように感じられたけれど、やがて愛歌は俺からゆっくりと離れた。

 そして、透き通るような白い頬を真っ赤に染めて、俺を上目遣いに見る。


 隣の文香をちらりと見ると、文香も顔を赤くして、わなわなと震えていた。


「な、なにをしているの、リュティさん!?」


「見てわからない? 透くんにキスしたの」


「そ、そういうことじゃなくて……」


「透くんと一条さんはキスしたことある?」


 あるわけない。文香は悔しそうに黙り、俺は首を横に振った。

 愛歌はぱあっと顔を輝かせる。


「じゃあ、わたしが透くんのファーストキスをもらっちゃったんだ。一条さんに勝った!」


「文香に勝つためにこんなことしたの?」


 だとしたら、愛歌の文香に対するライバル意識は相当なものだ。

 俺が尋ねると愛歌は首を横に振った。

 そして、静かに言う。


「わたしもね、透くんのことが好きなの」


「え、えっと……」


「じゃなかったら、キスなんてしないよ? 彼氏彼女のフリをしようって言ったのも、一条さんを悔しがらせたかったこともあるけど……本当に、透くんとそういう関係になりたかったから」


「ど、どうして俺なんかのことを……」


「言ったでしょう? 透くんは優しくて……わたしの話を聞いてくれて、わたしのことを理解してくれるから。一緒にいたら、好きになっちゃったの」


 たしかにさっきも同じことを言っていた。でも、そのときは愛歌の演技だと思っていた。

 けれど、それは本音だったんだ。


 学校一の美少女に、キスまでされて、率直に好きだと言われ、俺は強烈に愛歌のことを意識させられた。


 愛歌はいたずらっぽく青いサファイアのような瞳を輝かせる。そして、最初に彼氏彼女のフリをしたときと同じように、俺の腕に抱きつく。


「ね、わたしは一条さんと違って、透くんのことを大事にするよ? わたしと本当に付き合わない?」


 文香が慌てて、愛歌とは反対側の俺の腕にぎゅっとしがみつく。


「私の方がずっと透のことをよく知っているもの。そ、それに私の方が……透のことをずっと好きなんだから」


 文香と愛歌は顔を見合わせた。そして、愛歌はくすっと笑い、文香はむうっと頬を膨らませた。


「今回だけは、わたしが一条さんに勝つもの」


「と、透をリュティさんに渡したりなんかしないんだから!」


 バチバチと火花が散りそうな様子で、二人の美少女はにらみ合う。

 お、俺の意思は……?と思っていたら、二人はくるりとこちらを振り向いた。


「透くんはわたしと付き合うよね」「透は私とずっと一緒にいてくれるんだから!」


 二人の少女は俺の腕に抱きついたまま、そう言って微笑んだ。

 文香も愛歌という二人の美少女が、俺のことを好きと言ってくれている。


 俺は途方にくれた。

 嬉しくないといえば、嘘になる。でも、俺は……いったいどうしたらいいんだろう?

 

 文香と愛歌が、俺を上目遣いに見つめる。

 そして、同時に口を開いた。


「「ねえ、あなたの一番はどっちなの?」」



<あとがき>


お読みいただきありがとうございました。両手に花!


「面白かった」「愛歌や文香が可愛かった!」と思っていただけましたら、ページ下の


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さて、本作のパラレルワールドにあたるラブコメ


『ツンデレ北欧美少女のクラスメイトが、婚約者になった途端にデレ一辺倒になってしまった件について』(下記URL)


を投稿しています! 主人公は透、ヒロインは愛乃・リュティ(!) 幼馴染との対決もあります。

こちらもぜひどうぞ!


https://ncode.syosetu.com/n2174hf/


2022/8/1発売の現代ラブコメ『クールな女神様と一緒に住んだら、甘やかしすぎてポンコツにしてしまった件について 1』(予約受付中)もよろしくですっ!

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[気になる点] 連載化orノクターン版は…
[一言] こういうのひさしぶりに見た気がw 好きです!
[一言] あー、これ一見羨ましそうに見える地獄じゃん… 主人公サイドからすれば文香と時間を掛けて育んだ物は好意とは違うし、愛花とは現状そこまで関わり合いがある訳でもないから唐突過ぎて両者とも大して思…
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