おまけ <田上かほり>
田上かほりは、小学四年生の女の子である。
おかっぱ頭にやや吊り目がちなその面持ちは、大昔に人気だったという<妖怪アニメ>のキャラクターに似ているが、さすがに彼女自身はそのアニメを知らない。
「かほり~、時間だぞ~」
文筆業を営む父親に声を掛けられ、布団の中から顔を上げた。掛け布団の中に完全に潜り込んで猫のように体を丸めて寝るのが彼女のクセだった。
起きるとまずは洗面所で顔を洗って口をゆすいで、「イーっ」と歯を剥き出して鏡に映す。すると、彼女の犬歯はまるで<牙>のように立派で、とても目立った。
「……ふん…!」
どうやら彼女は自身のその牙のような犬歯が気に入らないらしい。不愉快そうに顔をしかめて洗面所を出て、リビングに置かれていた自分の服を拾って、父親が朝食の用意をしているところで平然と着替え始めた。父親も、まったく平然としていて気にしない。これがこの父娘の日常だった。
こうして着替えると、リビングの壁の中央にデン!と置かれた仏壇の前に座って鈴を鳴らし、手を合わせた。その仏壇の中には、歯を剥き出してニッと笑う、やはり吊り目がちの女性の姿。その女性の犬歯も牙のように立派だった。
かほりの母親だ。彼女が暮らす火星の都市<JAPAN-2>の外周部で行われている工事の現場監督を務めていた母親は、事故により命を落としたのだという。
かほりが母親譲りの<牙のような犬歯>に対して複雑な気持ちを抱いているのは、自分を置いて逝ってしまった母親に対する恋慕の情の裏返しだった。
『子供を残して勝手に死ぬとか……!』
そんな風に彼女は思っていた。それを、父親に対しては口にする。けれど父親は、
「そうだな……ひどいな……」
優しい笑顔を浮かべながら言うものの、責めることは決してなかった。母親に甘えたい気持ちと悲しみが複雑に絡み合って歪んでしまっているのを理解していたからだった。娘自身がそんな自分の気持ちと向き合って、絡まり歪んでしまったそれを解くことができるようになるのを、見守っていたのである。
かほり自身も、そんな父親の気持ちを察してか、外で他人の前で口にすることはなかった。父親の前だからこそ言えることだった。
そうして父親が用意したベーコンエッグをガツガツと喰らい、その後は、電動歯ブラシで丁寧に歯を磨いた。特に、<牙のような犬歯>を。
口ではあれこれ言いつつも、母親への挨拶を欠かさないことと、丁寧な歯磨きを見ているからこそ、父親も彼女の複雑な胸の内を察しているのだろう。
「いってきます」
女子でありながら黒いランドセルを背負い、学校に向かう娘を、
「はい、いってらっしゃい。気を付けてね」
父親は、まるで母親のような口調で声を掛けたのだった。




