<心(のようなもの)>、その在り方
『ナニーニ……』
せっかく寛いでいるところを邪魔されて刑事を恨めしそうに睨んでいるナニーニを見て、アリシアもなんとも言えない気分になっていた。
猫であるナニー二にとっては、人間の事情などそれこそ何の関係もなければ興味もない話であろう。この部屋の主であった<ジョン・牧紫栗>がどんな犯罪を犯していようが知ったことではない。ナニーニにとっては、ただ、
<お気に入りの人間>
の一人でしかなかったのだから。
人間の場合は、ジョン・牧紫栗が犯罪者であるとなれば多くの場合は憎悪や軽蔑の対象でしかないだろうが、それさえどこまでも<人間の感覚>でしかないのだ。
でも、だからこそアリシアは思う。
『ナニーニにこんなに好かれるあなたがどうしてあんなことをしなければならなかったのですか……?』
ジョン・牧紫栗は、人間や人間社会のことは酷く嫌悪していたようだった。その一方で、ナニーニにこれだけ好かれるのだから、理不尽なこともしなかったのだろう。この部屋に残る<猫の餌>の匂いからも、頻繁に餌を与えていたことが推測できる。
『どうして、その気遣いを人間に対して向けられなかったのですか……?』
人間のように強い<憎しみ>や<恨み>や<妬み>や<嫌悪感>を抱くことがないロボットである彼女だからこそ、猫に向ける感情と人間に向ける感情にここまでの差が生じることが理解できないのだ。
実は、そういう部分が、彼女に芽生えた、<心(のようなもの)>が人間が持つそれと同じ<心>であると断定できない理由の一つともなっていた。
人間は、たとえ同じ人間同士であっても、相手によって激しく感情が違ってしまうことも珍しくない。自分にとって大切な相手であれば自らの命さえ差し出す覚悟も見せることもある一方で、嫌悪している相手に対しては、徹底的に尊厳を踏みにじりなぶり殺しにすることさえできてしまったりもするのだ。
それが<心>というものの一面でもある。
けれどアリシアは、火星に住む人間の大多数が強い憎悪を向けずにいられない<クグリ>に対してでさえ、<憎む>ということができない。
『許せない』とは思う。
『酷いことをする人間だ』とも思う。
なのに、憎むことはできないのだ。
もし、主人である千堂京一がクグリによって殺害されていたら?
それでも、クグリを恨むよりは、千堂の後を追って自分も命を絶つだろうと思うだけだった。
アリシアは、ロボットとして人間を愛している。そこは疑いようもない。
しかしだからといって、誰のことも『憎めない』というのは、<心>としては大きく欠落した部分があると言わざるを得ないだろう。




