四話
いつものように朝食を済ませた後、珍しく両親から話があると呼び出され、ミラは何の用事だろうかと訝しげに思っていた。
部屋に入るとそこにはサマンサと、ロンの姿もあり、どういう事なのかさらに困惑してしまう。
ロンが来ると言う話は聞いていないばかりか、サマンサの横に座っているという事に疑問を感じる。
「お父様、お母様・・これは、一体。」
父ザックはミラに座るように促し、厳しい表情を浮かべて大きなため息をついた。
「はっきりと言うが、お前にはがっかりした。」
「え?」
言われた意味が分からず困惑していると、母であるマリーナがわざとらしくため息をつくと言った。
「貴方の性格の悪さが社交界で噂になっているではないですか。はぁ、嘆かわしい。妹をいじめる姉なんて言われて、私、とても恥ずかしい思いをしたのですよ。」
「え?」
噂の事は把握はしているが、そこまで大事にはなっていない。それを本気にしているのは若い子達ばかりであり、しっかりとしている貴婦人らは本気になどしていない。
そうミラは思っていたが、ザックの言葉に顔が青ざめてしまう。
「お前は、この家の長女なのだぞ。それなのにもかかわらず、そんな噂が流れるなど・・はぁ。私はどこで育て方を間違えたのか。」
「このような娘に育って・・・はぁ、情けない。」
わざとらしく大きなため息をつかれ、ミラの体は縮こまってしまう。
「そもそもお前には自覚が足りないのだ。」
「本当に。サマンサはこんなに良い子なのに、なんで貴方はこんなにダメなのかしら。」
両親の言葉に、震えそうになりながら拳をぎゅっと握る。
ミラは自分自身に堪えろ、我慢しろと言い聞かせ、涙が溢れそうになるのをぐっと耐えた。
けれど、両親から飛んでくる矢のように鋭い言葉に負けそうになり、助けを求めるようにロンに視線を向けてしまった。
-どうして、そんな顔をしているの?
ロンは笑いを堪えるように奥歯を噛み、ミラを蔑むような視線を向けていた。
婚約者の歪なその笑みに、ミラは背筋がぞっとした。
噂がどこから出ているのか、調べなかったミラではない。そして、その噂の発端に近しい所にロンがいたという事には、たどり着いていた。
だが、信じたくなかった。
自分の婚約者であるはずのロンが、自分を悪く言うことなどないと思いたかった。
ただ、ロンが自分を婚約者として大切にしてくれていると信じたかった。
幼い頃から、ずっと側にいたのだ。
だが、現実は無情にもそんなミラの心を打ち砕く。
「ローレン公爵。私としても、ミラが婚約者な為に今周りにも悪く言われていまして。申し訳ないのですが、ミラとの婚約を破棄したいのです。」
さも当たり前のように紡がれた言葉が、頭の中をぐるぐると巡る。
「そうだな。ミラとの婚約など、破棄したくなるのは当然。」
「そうよねぇ。」
その言葉の意味が理解できず、ミラは呆然としていた。
その横で、サマンサが悲しげな瞳でミラの事を見てきたかと思うと口を開いた。
「ねぇお姉様・・・本当に、私の悪口を他の方々にしているの?」
はっきり言えば、今はそれどころではない。
だが、悲しげなその瞳に、ミラは慌てて首を横に振った。
「い、いいえ。私は貴方の悪口なんて言っていないわ。」
他の婦人らから忠告されることはあっても、ミラ自身がサマンサの悪口をいう事はなかった。
「・・そう、よね。優しいお姉様だもの。ねぇやっぱりお父様、お母様、それにロン様。そんな噂に惑わされてはいけないわ。」
純粋にそう言うサマンサに、ロンは慌てたように口を開いた。
「サマンサ嬢。悪いけれど、これは嘘ではないよ。」
「そうだぞ。サマンサ。それにな、ロン殿から言い提案をもらったのだ。」
「そうですよ。私達もずっとそうしたいと思っていたのです。」
「え?」
首を傾げるサマンサの手を、ロンは優しくとると言った。
「君の姉であるミラとは婚約を破棄する。だから、私と婚約を結んでほしいんだ。サマンサ嬢。」
「え?!」
サマンサは目を丸くしながらも頬を赤くし、ロンはその手にちゅっとキスをした。
-どういう、ことなの?
その光景をミラは呆然として見つめながら、震え始めた体をどうにか抑えようと自分の手をぎゅっと握る事しかできなかった。