おまけ 6
病院へとサマンサを見舞いに行ったミラは、病室で布団をかぶって眠っているサマンサに、静かな口調で声をかけた。
「サマンサ…久しぶり。お見舞いに来たわ。体調はどう?」
「…わざわざ…来てくれたの?お姉様…。」
布団をかぶったまま、帰ってきた言葉に、ミラは苦笑を浮かべると、横にあった椅子に腰かけて言った。
「当たり前でしょう。…サマンサ、顔を見せて頂戴。」
その言葉に、布団の中からぐすぐすと鳴き声が聞こえてき始める。
ミラは小さく息をつくと、サマンサに言った。
「体調…大丈夫?」
その言葉に、サマンサは布団からがばりと起き上がると、ミラに抱き着いた。
「お姉様・・・お姉様ぁぁ…」
「サマンサ?!」
ミラは抱き着いてくるサマンサの背中を優しく撫でながらも、以前よりも二倍以上に太ってしまっているサマンサに内心驚いていた。
「一体…どうしたの?」
えぐえぐと泣くサマンサをどうにか落ち着けると、サマンサは潤んだ瞳で腹立たしげに話し始めた。
「お姉様がいなくなってからのこの五年間…私も、私なりに頑張ったの。だから社交界ではどうにかやって行けるまでになったわ。でも…でも…お父様は新しい事業に手を出して借金をするし、お母様は散財するし…ロンは…いろんな女に手を出して…浮気をしまくるし…私…私…」
涙をぼらぼたと零しながら、鼻水をハンカチで拭き、サマンサは唇を噛んだ。
「私が…何をやっても…あの人たちは感謝もしなければ遊んでばかり。お姉様から手紙が届くたびに…今までお姉様に苦労ばかり掛けていたんだって…思い知って…私…私…ごめんねぇぇぇぇお姉様ぁぁぁ…」
その言葉に、ミラは顔をこわばらせ、それからゆっくりと呼吸をすると、サマンサの背中をゆっくりとさする。
「サマンサ…いいのよ。大変だったわね…」
「ウ…うん…私…もう…」
「そう。」
「でもね…お姉様…私、頑張らなくちゃいけない…理由ができたの。」
「え?」
サマンサは涙を止めると、小さく呼吸をしてから、お腹を撫でた。
「やっと…やっと、子どもが出来たの。」
「えっ?!」
ミラは驚いて立ち上がると、ぱっと笑顔を浮かべて言った。
「おめでとう!サマンサ!」
「ウ…うん…ありがとう。」
涙をにじませながらも、嬉しそうにサマンサは頷くと、まっすぐにミラを見つめて言った。
「だから、私、この子を守らなきゃいけない。」
「うん。そうね。ふふ!楽しみね。」
素直に喜んでくれるミラに、サマンサは頷き、そして見舞いに来てくれたことを感謝した。
「来てくれてありがとうお姉様…子どもが生まれたら…また遊びに来てくれる?」
「もちろんよ!」
サマンサの笑顔は、昔のような可愛らしいものではなく覚悟を決めたような、そんな笑顔だった。
屋敷に帰ったミラは、屋敷の雰囲気ががらりと変わっている事に首を傾げた。
「何かあったのかしら。まさか、ロナウドとヘレンに何か…!?」
慌てて部屋にミラが向かい、扉を開くと、そこには大人しく本を読んで時間をつぶしている二人の姿があった。
「あぁ、よかった。遅くなってごめんなさいね。お利口さんにしていた?」
『おかえりなさいお母様!ちゃーんと、お利口にしていたよ。』
ぎゅっとミラに抱き着いた双子は天使の笑顔でそう言った。
それから数日間、毎日のようにミラはサマンサのお見舞いに向かい、ロナウドとヘレンは屋敷で三人を相手に楽しく過ごした。
そして帰る日を迎えるころには、ロンもザックもマリーナも青ざめ、げっそりとやせ細っていた。
「それでは、お世話になりました。」
三人は力なく頷き、ミラはどうしたのだろうかと不思議に思いながらも、一緒に馬車に乗るリサに笑みを向けた。
リサが一緒にアンシェスター領に行ってくれると聞いた時にはミラはとても喜んだ。ザックは快くリサを連れて行ってもいいと言ってくれて、初めて父のことに好感を抱いた。
馬車の中で、双子の天使はミラの膝に頭を乗せ、すやすやと寝息を立てる。
「本当に可愛いわ。」
ミラはそう言うと、二人の頭を優しく撫でた。
リサは散々ロン、ザック、マリーナを天使のような笑顔で悪魔のごとき悪戯を続けていた双子に苦笑を浮かべた。けれど、屋敷の執事や侍女達はそんな双子に内心でもっとやれと思っていたことは内緒である。
その後、サマンサは両親を別邸へと追いやると、今後一切、必要以上の援助はしないと言い切り、一人で公爵家を盛り立てていくことを決めた。
ロンとは離婚し、追いだし、これまでの精神的苦痛に伴う慰謝料を叩きつけたのだという。
そんな手紙を読んだミラは、双子に言った。
「また、サマンサの所に遊びに行きましょうね。」
『うん!その時は、別邸にいるおじいちゃまとおばあちゃまにプレゼントを持って行かなくちゃ。』
エヴァンは双子の言葉に同意するように頷いた。
「そうだな。とっておきのを、持って行くといい。」
悪い笑みを浮かべるエヴァンと、天使のような笑顔の双子。そんな様子にミラは小首を傾げながらも、こうやって笑い会える家族がいることに幸せを感じるのであった。