二話
ミラには幼い頃に決められた婚約者がいる。
同じ公爵家でありシェザー家の次男であるロン・シェザー。
爽やかな印象のロンはミラよりも二つ年上で今年十九歳になる。銀色の髪に、鷲色の瞳を持つロンは、その中世的な顔立ちから女性の関心を惹きつけ、社交に出れば、頬を染めた女性から熱い視線を向けられることが多かった。
そんなロンはミラに会うためにローレン家へ出入りが多く、その日も赤い薔薇の花束をいつものように手に持ってミラに会いに来ていた。
「おはよう。ミラ。今日もとても美しいね。」
にっこりと爽やかな笑みを浮かべるロンに、ミラも幼い頃からずっと一緒に過ごしてきたこともあり心を許していた。
「おはよう。ロン。今日もとても美しい薔薇をありがとう。」
「いやいや、君の美しさには負けるさ。」
そう呟き、いつものようにロンはミラと一緒にささやかな時間を過ごす。
お茶を飲み、他愛ない会話をするのだが、最近のロンはどこか上の空であり会話はいつのまにかサマンサの話になることが多かった。
それに違和感を覚えながらも、ミラはいずれ家族になるサマンサのことも大切に思ってくれているのだと気にも留めていなかった。
「そういえば・・・サマンサ嬢に結婚の話がきているようだね。」
「え?えぇ。」
-今はその話はしたくないのだけれどな。ロンまでサマンサのことを気にするの?
ミラとしてはサマンサの事で家がごたついている事もあって、サマンサの話はしたくなかった。けれどロンに話を振られてしまえば答えないわけにはいかない。
「サマンサ嬢は、嫌がっているのかい?」
-どうしてロンがサマンサの事を気にするのかしら。私の妹だから?それとも、何か理由があるの?
変に勘繰ってしまいそうな自分にミラはため息をつきたくなりながらも、表情はいつもと変えずに答えた。
「ええ。貴族の娘としては、王家の命にはそむけないのはわかっているはずなのに。」
「・・・ミラ。その言い方はないんじゃないか?」
「え?」
突然顔を歪ませたロンに、ミラは驚き目を丸くした。
「戦場の悪魔と呼ばれる男だぞ?怖いのは当たり前だろう?」
-何故、そんな事を貴方がいうの?だって、貴族の娘が王家の命に背けるわけがないじゃない。それに、戦場の悪魔と呼ばれるほどに、アンシェスター辺境伯様が奮闘し、命をかけて戦って下さったということなのに。それをまるで悪い人みたいに・・・。
「はぁ、前から思っていたけれど、君は冷たい人だね。実の妹の事だと言うのに。すまないが今日は気分が悪い。ここで帰らせてもらうよ。」
「ろ・・・ロン?」
「・・・本当に、冷たい女だな。」
吐き捨てるようにそう言うと、ロンは立ち去り、ミラは呆然とその背を見送った。
-私は、冷たい女なのかしら。
ロンから放たれた言葉が胸に刺さり、ミラは自室に帰るとソファに座り呆然としていた。
ロンとは昔から一緒に過ごしてきたこともあって、心を許せる相手だった。だからこそ、自分の思った事を素直に言っただけだった。
けれどと、ミラは大きくため息をついた。
-サマンサの気持ちは分かるわ。でも、だからと言って我儘を言ってもいい立場に私達はない。私達は貴族の娘であって、平民ではないのだから。
そう。
平民ならば自分の為に働き、自分の為に生き、自分の為に恋をすることも出来るだろう。だが、自分達は貴族と言う立場にあり、平和を守る義務がある。
その為に必要な婚姻であれば、何をためらう必要があるのだろうか。
そう考えてしまうこと自体が、自分が冷たい理由なのかもしれないとミラはため息をつくと、両手で顔を覆った。
婚約者に勝手に裏切られた気分になってしまい、ミラの心は沈む。
ロンには自分の気持ちを肯定してほしかったのだ。家族は話など聞いてくれない。だから、ロンにだけは素直な自分の気持ちを受け入れて欲しかった。
「・・・次に会う時、謝らなくちゃ。」
一体何に謝ればいいのか。それでも、ロンは今まで自分が悪かったとしても謝った事などない。ならば、自分が折れる方が早いとミラは知っていた。
いずれ結婚するのだ。仲は良い方が良い。
他愛ない喧嘩など、自分が我慢して終わるのであればそれがいい。
けれど、そんなミラの心は、次にロンに会う時に、粉々に砕かれるのであった。