十八話
執事や侍女達は慌ただしく準備を進めていく。
ミラは一度自室へと戻り、侍女達により一層美しく磨き上げられ始めた事に驚いた。
「あ、あの。急いで行った方がいいのではないかしら？」
浴室へと案内され、温かなお湯で髪の毛の手入れをされながら、ミラがそう尋ねると、侍女達は楽しそうに声を上げた。
「ご主人様より、お持て成しをしっかりとするように仰せつかっております。しっかりとしたお持て成しをする為には、お嬢様にもより一層お美しくなっていただく必要がありますので。」
「さぁ、お嬢様。こちらの香油を使いましょう。とても素敵な香りですよ。」
「え？えぇ。ありがとう。」
そんな、ミラが美しく磨き上げられている間、ミラの妹であるサマンサは緊張した面持ちで今か今かと姉が来るのを待っていた。
「・・サマンサ。やはり帰ろう？」
ロンの言葉にサマンサは首を横に振る。こんなに遠くまで来たのに、ミラに会わずに帰るなどサマンサには考えられない事であった。
「ロン様は帰ってもいいですよ。」
「はぁ。愛しいサマンサを置いて帰るわけにはいかないだろう？」
その言葉に、サマンサはぷいっと横を向く。その様子を使用人達は見ながら、一人がその場から入れ替わり、エヴァンの所へと報告に向かう。
サマンサとロンの前には執事が持ってきた香り豊かな紅茶と菓子が置かれ、二人はそれを口にしながらミラの訪れを待つが、一向に姿を現さない事に、三十分経った頃に口を開いた。
「ねぇ、お姉様はまだなの？」
「いくらなんでも待たせすぎじゃないか？」
執事は素知らぬ顔で頭を下げると口を開いた。
「申し訳ございません。突然のお客様でしたので、ご主人様もお嬢様も準備に時間がかかっているようでございます。」
サマンサはその言葉に眉間にしわを寄せた。
「わ、私、アンシェスター様に用事はないわ。お姉様に会いにきたの。姉妹だもの。会うのに、そんなに準備はいらないでしょう？」
「そうだぞ。それに、準備って何をするんだよ。」
二人のその様子に執事は静かに答えた。
「アンシェスター家は由緒正しい家柄の家系にございます。お客様に会うのに失礼な格好などは出来かねます。」
これは暗に待たされたくないのであればしっかりと伺いの手紙を出すべきなのだと言われているにことに二人とも気づかず、顔を歪める。
「もう。融通が利かないのね。とにかく急いでとお姉様に伝えて。」
「急げよ。」
「かしこまりました。」
執事は部屋を出ると、エヴァンの元へと向かう。
エヴァンは楽しそうに紅茶を飲みながら、執事の報告を聞く。そして、楽しそうに笑い声をあげた。
「いらいらとしているな。だが、本当に作法がなっていないのだな。ミラの妹と婚約者殿は公爵家の者とは思えないふるまいだな・・ふむ。これは陛下に一筆書いておくか。」
エヴァンはそう言うと、執事に便箋を持ってきてもらい、あぁと思い出したかのように言った。
「私は緊急に、丁寧に手紙を書かねばならなくなったので、まだ行けないな。それを伝えておいてくれ。」
「かしこまりました。」
結局の所、合計で三時間ほどの間、サマンサとロンは待たされ続け、最初に入れられた紅茶はのとう昔に冷えてしまったのであった。
