十七話
ミラがアンシェスター領に到着してから二か月ほどが経ち、二人の中は次第に縮まり、屋敷の使用人達はそんな二人の様子を温かな眼差しで見つめていた。
執事長であるダラスは、最近では少しずつアンシェスター家の歴史やアンシェスター家の妻の仕事についてミラに丁寧に教え始め、皆が結婚式を待ち遠しく思っていた。
礼儀正しく、頭の良いミラを絶対に手放してはいけないと使用人一同がそう思っている。
こんな良縁は二度とないとばかりに、エヴァンには毎日のように使用人や従者からミラが今日いかに素晴らしかったのかそんな報告の声が届く。
使用人も昔からの顔なじみや、子どもの頃は一緒に野原を駆けまわっていた者が多く、まるで大家族のようなアンシェスター家。使用人との線引きはされつつも、他の貴族よりははるかに使用人と主との距離が近い。
そんな使用人達だからこそ、主の事もよく分かっている。
エヴァンは顔は一見優しげに見えるが、貴族としてのエヴァンは礼節を重んじ、意外と心が狭い。
ミラはしっかりと礼儀作法を身に着けており、勉学にも問題がないからエヴァンのそうした一面を見ることはないのだろうが、無作法な者に対してエヴァンは心底冷たい。だからこそ、最初噂を耳にしていた使用人らはこの結婚がうまくいくだろうかと心配でならなかった。
それが杞憂に終わり、使用人らが大喜びしたことをエヴァンは知らないだろう。
結婚式まであと少しである。
皆がミラとエヴァンとの結婚式を楽しみにしており、このまま幸せな家庭を築いてほしいと願っていた。
そんな穏やかな日の、昼下がり。
使用人一同が内心騒然となる人が訪れた。
「ご、ご主人様、お嬢様。あのお客様がおいでです。いかがいたしましょう。」
慌てた様子の執事に、ミラと共にティータイムを楽しんでいたエヴァンの眉間にしわが寄った。
「今日は誰も来る予定はないはずだが。知らせもなく突然訪問するなど・・・一体その無作法な者は何者だ?」
出会う前から心象の悪い訪問者の名を聞き、エヴァンもミラも目を丸くした。
「サマンサ・ローレン嬢とロン・シェザー様でございます。」
無作法な者が、自分の身内であったことにミラは顔を赤らめ、その後に、サマンサとロンは一体何をしにこんな遠くまで来たのだろうかと、気分が沈んでいく。
出来ることならば、もう会いたくなかった二人である。
そんな二人の突然の訪問が、良い事のはずがないとミラは心が重たくなっていくのを感じた。
エヴァンはそんなミラの様子を見て、ミラの手を握ると言った。
「大丈夫かい?」
「・・はい。ですが、何用でしょうか。身内が無作法で申し訳ございません。」
エヴァンは首を横に振ると、満面の笑顔で言った。
「いやいや。一度君の元婚約者とは話をしたいと思っていたから丁度いいさ。」
丁寧な言葉遣いをエヴァンは止め、ミラとの距離はかなり近くなっている。
そんなエヴァンが、今までに見せた事のない笑みを浮かべる。
「君を傷つけた男が、どれほどの男か、見るのが楽しみだよ。」
ミラは気づいていないようだったが、使用人は思った。
これは紛れもなく、前の男に対する嫉妬と、ミラを傷つけた男に対しての嫌悪感。使用人達は主の笑顔の意味をしっかりと理解する。
「しっかりとお持て成しを、分かったな?」
使用人達はその言葉の本当の意味を正しく理解し慌ただしく動き始める。