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十五話

エヴァンとミラは一緒に暮らすようになってから、ゆっくりと穏やかに時間を共有するようになっていった。


 昼食と夕食は必ず共にし、時間がある時には二人でティータイムを過ごす。


 ミラにとってこれほどまでに時間がゆっくりと、穏やかに流れていくのは初めてで、幸せと言うのはこういうことを言うのだろうなと、朝目を覚ましてそう思った。


 実家ではずっと家族のご機嫌をうかがい、社交界では関係づくりに四苦八苦した。


 それら全てが嫌な訳ではなかったけれど、こうして穏やかな時間を手に入れてみると何と自分は狭い世界で、必死に手足をバタバタと動かしていたのだろうかと思う。


 ーこれが、幸せというものなんだわ。


 今までどう頑張ったって手に入らなかったものが、ここでは当たり前のように与えられる。


 美味しい食事も、穏やかな会話も。日常の一つ一つが優しさに包まれていて、ミラはその事に毎朝感謝した。


「私、ここに来れて幸せだわ。」


 髪の毛を手入れしてもらいながらそう呟くと、世話をしてくれる侍女らが何故か瞳を潤ませながら、美しいドレスや宝石を運んでくる。


「お嬢様はきっと素敵な奥様になりますわ。」


「私達、誠心誠意お嬢様にお仕え致します。」


「さぁ、今日はこちらのお召し物などいかがでしょうか。」


 屋敷の中にいるのだからそれほど着飾らなくてもいいのではないかと思うが、侍女らはミラを着飾るのが楽しいようで嬉々としている。


 それがミラも嬉しいものだから、されるがままになっている。


「そうだ。お嬢様、今日はアンシェスター領自慢の国境警護騎士団の練習場に足を運ばれてはいかがですか?お嬢様が行けばきっと皆様も張り切るのではないでしょうか。」


「ご主人様も喜ばれると思います!」


 そう言われ、エヴァンの訓練する様子など見て見たいとミラはわくわくとした気持ちになり、頷いた。


「えぇ。行ってみたいわ。」


「分かりました。ではそのように手配いたしますね。」


 訓練する姿はどのような姿なのだろうかと、ミラは支度をしてもらいながら楽しみでならなかった。


 侍女には差し入れの品を準備してもらい、屋敷から少し離れた場所にある練習場へと馬車で向かう。馬車を下り侍女と石造りの建物を歩いていくと、騎士達がちらちらとこちらの様子をうかがう姿見られた。


 ミラはどこかおかしなところでもあるのだろうかと不安になり、侍女に尋ねると、侍女達はクスクスと笑って言った。


「お嬢様がお美しいから、皆様見ないではいられないのですよ。」


「え?・・もう、そんなお世辞話いらないわよ?」


「いいえ、本当の事でございます。それにしても、ご主人様には事前に手紙を届けているはずですが、お迎えに来られない様子を見ると何かあったのでしょうか。」


「きっとお忙しいのだわ。練習場を見ている間に来られるでしょう。お仕事のお邪魔をしてはダメよ。」


 練習場へと進むと、開けた場所で、騎士達は訓練にいそしんでいた。


 だが、そこに日傘を差した上品な令嬢が現れ、皆が思わずその手を止めてしまう。


「・・どなただ?」


「分からない。誰か、知っているか?」


「いやいや、この辺境に美しいご令嬢って言ったら・・そりゃ・・」


「まさか、アンシェスター様の結婚相手の・・・あの噂の?」


 騎士達がこちらを見ながら何か密やかに話始めた物だから、ミラとしてはどうしたものかと苦笑を浮かべてしまう。


 人の悪口には慣れているので別段気分を害するわけではないが、事前に手紙を出したはずなのにどうしてだろうかと首を傾げてしまうが、その理由はすぐに分かった。


「お嬢様、確認してきたところ、ご主人様は午前中に国境の見回りに行かれたそうで、手紙を開封していないようです。」


 侍女の言葉に、やはり急に来てしまってはいけなかったなとミラは反省し、立ち上がった。


「エヴァン様がいらっしゃらないのに、ここにいては邪魔になってしまいますわ。帰りましょうか。」


 そう言って立ち上がった時であった。ざわめきが起こったかと思い視線を向けると、エヴァンが丁度練習場に帰ってきたようで、ミラの姿を見つけて早足でこちらへと向かってくるのが見えた。


 ミラはぱっと顔を輝かせると、手を振って声を上げた。


「エヴァン様!」


 可愛らしいその様子に、エヴァンの足取りはさらに早くなると、ミラをあっという間に抱きかかえてしまった。


「っきゃ!?え・・え?エヴァン様?」


「ミラ嬢。ここは飢えた狼しかいませんから、来てはいけません。」


「え?え?え?」


 顔を真っ赤にしながら困惑するミラに、エヴァンはその頬に手を当てると言った。


「いいですか。ミラ嬢は知らないでしょうがね、男とは狼なのですよ。」


 その言葉にミラは何を言っているのか分からず、小首をかしげると尋ねた。


「エヴァン様もですか?」


「う・・・」


 エヴァンは天を仰ぎ、小さくうめき声を上げた後に、顔を真っ赤にしながら頷いた。


「そう・・です・・ね。でも、私は、その、優しい狼です。」


「なら、安心ですね?」


 可愛らしくミラが微笑んで言うものだから、侍女達は堪えきれずに小さな声でクスクス笑い、エヴァンは顔を真っ赤にしながらミラを抱きかかえたままずんずんと進んで行く。


「あの、どこへ?」


「執務室へ。そこは、野蛮な狼はいませんからね。・・・あの、いいでしょうか?」


「はい。もちろんです。」


 二人の様子に、傍で控えていた侍女達は微笑ましげな視線を向け、訓練中であった騎士達は、エヴァンのその姿に驚き、顔を引きつらせるのであった。


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