十二話
レンが護衛兼従者を任されたのは、次期アンシェスター家の夫人となるミラ・ローレンの出迎えであった。常日頃はエヴァンの傍で朝から晩まで忙しなく働いているレンからしてみれば、エヴァンの傍から解放されるのは喜ばしい事だが、それでも悪女と呼ばれるミラの出迎えには緊張していた。
エヴァンよりも人使いの荒い人間だったらどうしようかという不安もあった。
しかし、レンの不安は良い意味で裏切られた。
ミラを一見してみれば、確かに悪女と言う言葉にふさわしく、見た目は華やかであり、所作も美しく、悪女と呼ばれても納得してしまいそうである。
だが、実際の性格も悪女かと聞かれれば、レンは否と答える。
長い馬車での移動は、慣れている者であっても気分がめいったり、苛立ったりしがちであるというのに、ミラは我儘をいう事もなければ、むしろ自分や侍女を気遣うようなそぶりさえ見られた。
馬車が大きく揺れただけで苦情を言う貴族もいるが、荒れた山道を進んだ時でさえ文句を言う事無く、道中で雨にうたれる馬にのる自分達に申し訳なさそうに、感謝の言葉を述べてくれる。
レンは心の中で、エヴァンの横に並び立ってくれる人がこの人で良かったとガッツポーズをした。
エヴァン一人でも厄介なのに、悪女という女性が並んだらどれほど自分の仕事は増やされるかと思っていたが、ミラならば、レンは進んで何でも手を貸そうと思える。
だが、そうなってくると、何故ミラは悪女なんていう噂を流されたのだろうかとレンは小首を傾げくなる。
はっきりと言えば、ミラは貴族の令嬢としても恥ずかしくない所作を身に着けており、気遣いも出来、また旅の中で散在することもわがままをいう事もない。
つまり、あの噂そのものがウソである可能性が高い。
だが噂とは何かしらの理由がなければたたないものである。
レンは内々に王都にいるエヴァンの部下に手紙をだし、ミラ・ローレンについて調べてもらえるように手配してある。
ミラの実家であるローレン公爵家がミラの出立の見送りをしなかったことも気がかりであり、また、ミラの荷物の少なさも気になっていた。
貴族の令嬢として、ミラは恥ずかしくない装いはしている。
宝石やドレスも持っていないと言うわけではない。
ただし、数はあまり多くないようにレンには思えた。普通貴族の令嬢と言えば、ドレスも宝石も人並み以上に欲しがり持っているものである。だが、ミラが持っていくのは、必要最小限という印象だったのだ。
辺境についてからは、王都のように洗練された流行のドレスや宝石も手に入りづらいのは分かっているだろう。
エヴァンに結婚祝いと称して散財させるつもりかと最初こそ考えたが、今では一ミリもそうは思わない。
「お嬢様。もう間もなくつきますよ。」
小窓からミラにそう声をかけると、ミラは嬉しげに目を細めた。
「無事に到着できそうで良かったです。ここまで本当にありがとう。」
ミラの言葉と笑顔に、レンも笑みを返した。
「いえ。きっとエヴァン様も楽しみにお待ちですよ。」
その言葉に、ミラは心配そうな表情を浮かべたが、レンは心配などしていない。きっとミラのような令嬢であれば、エヴァンも心を開くだろう。
すぐ結婚すればいいのにと、レンは内心思うのであった。