一話
王家と血の繋がりの深いローレン公爵家には二人の娘がいる。
姉のミラ・ローレンは赤髪のふわりとした美しい髪をもち、猫のようなアーモンド形の瞳はエメラルドに輝く。社交界では冷たい印象を抱かれる彼女ではあるが、その所作や振る舞いは見事であり、いずれ社交界を率いていくのは彼女であると、思慮深い貴族らはそう考えていた。
それに対して妹のサマンサ・ローレンははちみつ色の柔らかな髪に、青色の大きな瞳を持つ。柔らかな彼女の雰囲気は同世代の者達を惹きつけ、両親も彼女を可愛がり溺愛していた。優しい性格を持ち合わせ、貴族平民に関わらず接する姿はまるで聖女のようだと噂されていた。
姉のミラと結婚した者がいずれはローレン家を継いでいく。その為、ミラの婚約者は幼い頃に同じ公爵家の次男であるロン・シェザーに早々に決められていた。
ミラは一見冷たいように見えるが、自分の立場をわきまえ、貴族として、公爵家の長女として立派にならなければならないと日々精進してきた故の性格と見た目であった。
ミラには厳しい両親ではあったが、妹のサマンサは厳しくする必要はさほどないと判断したのか、妹ばかりを溺愛し、サマンサは貴族の令嬢としてはかなり自由に育っていた。
だからこそであろう。
サマンサは王家の命により南の辺境伯であり、国境を守り抜くアンシェスター家へ嫁ぐよう言われた事に酷く動揺し、泣きながら両親へと訴えた。
「私は嫌です!お父様ともお母様とも離れたくありません!」
大きな瞳に、涙をいっぱいにして涙を流すサマンサに父であるザックは慌てた口調で言った。
「すまない。サマンサ。泣かないでくれ。」
母であるマリーナも瞳に涙をためながら言った。
「私達だって、王家の命令でなければ貴方に、戦場の悪魔と呼ばれる辺境伯へと嫁げなんて言わないわ。」
「お父様、お母様、だって、だって酷いわ!」
ふわりとした髪をふるふると震えさせながら、サマンサは声を上げた。
「南に行って、私は戦場の悪魔に殺されるかもしれないのよ!お願い。お父様、お母様、私怖いの。お願い!」
青色の瞳からこぼれ落ちる涙は美しく、その哀れな様子にザックもマリーナもサマンサを愛おしげに抱きしめる。
ミラはその様子を見ながら、眉間にシワを寄せた。
サマンサの気持ちは分かる。けれど、貴族の令嬢としてその対応はどうなのだとミラは内心唇を噛んだ。みっともなく泣き喚き、両親の愛情を試すような言葉。
王家からの命は絶対であり、ローレン家からアンシェスター家へと娘を嫁がせるという事は決定事項である。王家と南の国境を守るアンシェスター家の繋がりを深める意味合いもある婚姻は大切なものだと父であるザックは分かっているはずなのに。
自分が泣き喚けば煩いと一喝するであろう両親の、妹には甘すぎるその態度は、これまで何十回と見てきた光景。
-なんで、私には厳しいのに、サマンサにはそんなに甘いの?サマンサがそんなに可愛いの?
何度見ても、自分との対応の違いにミラは慣れることはなかった。
胸が痛むその光景に、ミラは何度も自分に言い聞かせる。自分はいずれこのローレン家の当主の妻になるのだ。だからこそ、両親は自分に厳しくせざるを得ないのだ。
何度そう言い聞かせても、妹を溺愛する両親の姿に、胸が痛んでしまった。
-私にも、本当は優しくしてほしい。けれどそれは、無理な事よね。
自分と妹の違いに、ミラは心の中でため息をつくしかなかった。