8.-第二王子と対面-
『キーン!』
「やっ!」
『カッ!』
「はっ」
「おい! 腰が引けてるぞ! 腰入れろ!」
「はいっ!」
校舎の奥にある演習場では剣から発せられる音が徐々に強くなっていく。
強面の教官から重い剣を受け止め地面に膝をつき、力を流すよう与えられた細めの剣を右に振った。
「よし、大分動けるようになったな、更にスピードを上げろ! 分かったな」
「はい! ありがとうございました!」
教官の実技指導が終わり、あがる息と剣を持つ手の痺れからその場に座り込んでしまう。
「シア! そこに座るなよ。また嫌味言われるぞ」
カイが駆け寄ってきて、私に手を差し出した。
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学園生活が始まって二ヶ月。
入学式を無事に終え授業初日、セバスと別れてマリとカイとAクラスに入り出来るだけ目立たないよう後ろの席に座った。
貴族の子が多くいる中で、平民は私達とシンの男女4人のみ。シンは私達を見て最初は警戒していたようだったけど、平民と分かったとたんカイの隣の席に座り自己紹介をしてきた。
シンの笑い声は思いの外大きく教室に響いたので、カイがシンの口に思いっきり手を当てて静かにするよう促していたのを覚えてる。
Aクラスでは、執事を生業にしている家の子息の他、伯爵家や子爵家の子が多く爵位の跡取りが少なかった。以外にも私達平民に対し気さくに接してくれて驚きを隠せない。
クラスにいる貴族の子達の話をよくよく聞いていれば、どうやら上位貴族や爵位の跡取りである子達はSクラスに揃っているようだ。私達はセバスの心配をしつつも安堵しながら授業を受けた。
食堂で昼を済ましカイと共に騎士課のクラスへ向かうと、女は私しかおらず注目を浴びてしまう。騎士課への希望人数が前年より少なかった為に、SとAクラス合同で授業を3年間受けていくと説明された。
Sクラスの人は私を見て嫌な顔をしたが、同じクラスの男の子が半数はいたので、なんとかなりそうだと感じて教官が来るのを席に座って待つ。
初日は説明を受けた後体力作りがメイン。男の子と同じメニューをどうにかこなし、クタクタになりながら寮に戻ると身体中が悲鳴を上げた。すぐ様ベッドの上に倒れてしまったが、充実した1日だったなと顔が緩む。
マリが部屋にいたのでマリはどうだったか問いかける。マリは侍女課に友達が出来たと声を弾ませながらどんな勉強をしたか教えてくれた。
マリが侍女課の教室へ一人で向かった時、緊張と不安から顔が強張っていたが、不安がなくなった様子に安心する。
カイが騎士課に入ったのは、きっとマリが私を心配してカイにお願いしたからだろうと、カイは口にはしなかったがマリを心配する表情からなんとなく察している。
無理しないでと言うと、きっとマリは私を怒るだろう。いつも自分の事より私を心配してくれるマリは、逆に心配されると不貞腐れてしまうからだ。
だから私は、マリがカイに私の事をお願いして助けようとしてくれた優しさを、知らないふりをして受け取っている。
マリの楽しそうに笑う顔を久しぶりに見て、私もマリに笑顔で返した。
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初日から1ヵ月後、騎士課の授業では武器の扱い方、手入れの仕方を学び始めた。
教官から属性を確認され、光属性である事を伝えると、私の周りが少し騒ついた。
「お前の属性は学園長から聞いていたが、騎士団としては助かる想いだ。戦闘の近くで治癒が出来れば戦力を落とさずに済むからな、お前は後方支援につくよう育てよう。魔法の鍛錬についてはまた改めて話すが、そうだな---- 女であるのも考慮して、お前の武器は軽さのあるこの剣が良いだろう。」
渡された剣は、片手持ちの作りで剣先に行くにつれ幅広くなる形をした軽い剣だった。
「男と対等に立ちたいなら、スピードや技術を学ぶと良い。力では勝てないからこの剣がお勧めだ。治癒が使えるなら、お前は皆を守るのが最優先になるだろう。まずは自分の身を守る技術を教えていく。分かったな、大事に使えよ?」
「分かりました。ご指導宜しくお願いします。」
教官からの言葉に頷き、初めて持つ自分の剣に緊張しながら鞘にしまい後ろに下がった。
「珍しい属性だからって、調子にのるなよ、ただでさえ足手まといなんだからな。」
わざと私に強くぶつかりながら、乱暴に言葉を放ったのは、Sクラスの生徒だ。
名前はテリーで、ザガリー伯爵家の長男と聞いたが父親が近衛騎士隊にいるからかプライドが高く、何人かの仲間と連みながらシアに対していつも嫌味を言ってくる。
1人じゃ何も言えないくせに。去っていく後ろ姿を睨むように見る。
「シア、堪えろ。言い返すなよ。」
カイの手がシアの手首を握り、カイの方へ体が向くよう引っ張られた。
「絡まない方が良い。黙ってるんだ。」
「分かってる。でも! --- ううん、なんでもない。ありがとう。」
堪えなくてはいけないのは理解している。ただ湧き起こる感情を止めようとすればするほど、より止めようとした感情が強く前に出てきてしまう。
「マリやセバスも頑張ってるんだから、俺達も頑張らないと。」
セバスの顔を思い浮かべて、会えていないセバスがどうしてるかカイに聞いた。
「あいつは凄いよ、まあ楽しみにしておけ。そのうち会えるからその時本人に聞いてやれ。セバスは大丈夫だから。」
カイの言葉にシアは頷いた。
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カイの差し出された手に、シアは手を取って立ち上がる。
「何座ってるんだ、だから女は嫌なんだよな。」
テリーからの嫌味は続いていたが、徐々に慣れてきてシアはテリーの言葉を受け流しながら、カイと共に武器の手入れをしにその場を離れた。
「シア、さっきセバスが来て今日一緒に夕食を食べようと言ってた。マリも連れて食堂で会おう。」
「うん、分かったよ。セバスと話すの久しぶりだからマリも喜ぶよ。」
セバスとは校舎でたまにすれ違うが、忙しいらしく話す事はなかった。
「じゃあ、18時くらいに集合な。」
カイと武器の手入れをし、片付けをしてから寮に戻ると、マリが部屋にいたのでセバスのことを伝えて、シアはパンツスタイルの服を脱ぎ軽く体を拭いてからワンピースに着替えた。
マリと食堂でセバスを待っていると、カイがやって来てマリの隣に座る。
「セバスはまだか?」
「えぇ、まだ来てないわよ。久しぶりに話すわね、楽しみだわ。」
セバスがなかなか来ないので、先にご飯を食べて待つ事にした。カイには席を見てもらって、ご飯の注文はマリと私が行こうと席を立った時、食堂の中が急に騒がしくなる。
少し周りを見渡すと、金色の髪が目に入りシュバルト殿下が歩いているのが見えた。
2ヵ月の間、寮の食堂でシュバルト殿下を見かけた事は一度もなく、いつだったか上位貴族用のサロンでシュバルト殿下は食事をされていると、クラスの子達が噂していたのを思い出す。
シュバルト殿下を見ていると、こちらに向かってきているようで、徐々に距離が近くなってきた。
白のシャツに紺のパンツを履いたシンプルな格好をしているが、金の髪と瞳がアクセントになり優雅に感じさせる。
近くで顔を見るのは初めてだったが、神官様とはまた違う顔の作りで、目が大きな二重ではっきりとしていて、唇も小さく美少年というのが当てはまるような可愛らしさのある顔をされていた。
シュバルト殿下が私達の席の前で立ち止まり、ちらっと後ろを見て少し意地悪そうな表情をしてから口を開いた。
「ここに僕も座っていいかな? 夕食を一緒に食べたくなってね。ね、いいだろうセバス?」
セバスの名前を聞いて、シュバルト殿下の後ろを覗くと、セバスは目を細めて口を尖らせていたが、呆れたようにため息を吐いた。
「分かりました。どっちみち座るんですから仕方ありません。--- 皆遅くなってごめん、殿下が一緒に来るって聞かなくて。」
私は2人のやり取りに小さく開いた口が塞がらず、身体を固まらせて立ったまま2人を見ていた。
なぜセバスはシュバルト殿下と一緒にいるのか。
そもそもなぜここに来たのだろう。
色々と疑問が頭の中で飛び交っていたが、シュバルト殿下は椅子に座って私達の顔を1人ずつゆっくり見た。
いたずらが成功したような、満足した表情をしつつ、肘をテーブルにつけて頬に両手を添えている。
「あー皆固まっちゃった。セバスどうにかしてよ、会話が出来ないじゃん。とりあえず2人もまずは座りなよ、ね?」
シュバルト殿下は首を横に傾けて、自分がそうすれば可愛く見えると知っているような上目遣いで、私の目を覗き込んできた。