2.-過去-別れ
目を開けると、何となく見覚えのある天井が見える。
寝ながら周りを見渡せば、自分と同じように横たわった人が沢山いた。
体に上手く力が入らず、どうにか上半身を起こすと、包帯を持った人達が走り回っている。
痛む右腕を見れば自分にも包帯が巻かれており、腕輪がない事に気付いて慌てて左手を確認すると、金の腕輪を握りしめていた。
腕輪がある事にホッとして、腕輪を元の位置に戻すとマーサの事を思い出す。
体に掛かる毛布を勢いよく避けて、よろけながらもどうにか立ち上がると、 建物から教会にいるのだと気づく。前の綺麗な状態とは違い、焦げた箇所や壊されてる箇所がいくつも目に映った。
マーサが教会の中にいないか、一通り回って探したが見つからない。怖く感じながらも、拳に力を入れて外へと足を踏み出した。
外に出ると建物の焼けた匂いと、血の匂いが充満している。むせ返りそうになりながらも、マーサを探す為街の中を歩いていく。
焼けた建物ばかりで今までの様な光景はなく、煙と瓦礫ばかりが目に入り気持ちが沈む。
活気ある街の姿が、嘘だった様に感じ戸惑ってしまう。
---- 昨日まではいつもと同じだったのに---
何とか街の中心部に着くと、亡くなった人が並べられていた。沢山の人の死体に一気に胸が苦しくなり、目から涙が溢れていく。
その場に立ったまま、端からマーサの姿を探していくと、マーサが着ていたであろう衣服を見つけた。
「マーサ! --- マーサ!」
駆け寄って死体を確認すれば、マーサは目を閉じたまま胸元で手を重ねている。
「マーサ--- ごめんなさい」
膝を地面につけて、上からマーサを見つめた。
マーサの顔は煤で汚れていて、髪も乱れグチャグチャのまま。いつものマーサからは遠い姿に、涙が止まらなくなる。
マーサと自分を襲った兵士の顔が頭に浮かび、体が恐怖で震えだす。自分の体を両手で強く抱きしめて、目を瞑って耐えた。
--- 大丈夫--- もういない---
何度も心の中で繰り返していく。
赤い瞳の人に助けられ、兵士が血を流して倒れたのを確かに見たのだ。深く息を吸って呼吸を整えると、目を開けてマーサを再び上から見つめた。
マーサの顔を綺麗にする為、自身の着ているスカートに手を伸ばし裾を破く。
近くの井戸行き、布を水に濡らしてから丁寧にマーサの顔を拭いた。
ボロボロと止まらない涙を拭いって、マーサの髪を丁寧に手で梳いていく。
マーサごめん。
生きてる時に、してあげれば良かったね-----
こんなに早い別れなら----- マーサへ感謝の気持ちを沢山言っておけば良かった---
昨日までのマーサとの暮らしを思い出し、後悔ばかりが広がっていく-----
マーサに駆け寄っていれば、助けられた?
もっと早く走れてたら、マーサとまだ一緒にいられた?
問いかけても答えは返ってこない。
地面に小雨が降った後のような黒いシミが、一つ一つと出来ていく。
どれくらいそうしていたのだろうか、 マーサの側から離れられずにいると、肩に誰かの手を置かれて日が落ちていたことに気づいた。
肩に置かれた手が、シアの手を引き教会まで歩いていく。温かい騎士の手は優しくて、私は涙を止めれなかった。
横になり目を瞑ると、マーサの最後の姿が浮かび上がる。
最後に見たマーサの強い目は、絶対に忘れられない。
「私、生きる。約束守るから」
小さな声でマーサに伝わるよう、灯りのない天井を見て呟いた。
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翌日。騎士達が街の人々の状況を確認し始めた。
孤児である私は、二日後にサリーシャ国の孤児院へ連れて行くと聞かされる。
他の孤児がいる場所で待つように言われたので、教会の近くにある半壊した宿屋に向かうと、そこには十人くらいの子供達が身を寄せていた。その中に幼馴染であるマリとカイがいる事に気付き、焦る気持ちを押さえて二人へとかけ寄る。
マリは、私が住む部屋の隣に住んでいた。物心ついた時にはマリがいて、私達は姉妹のように一緒に育った。カイも私達と同じ年齢で、三人でよく森へと遊びに行ったものだ。
嬉しくて、二人の名前を呼ぶ。
「カイ--- マリ!」
マリの腕を掴み二人の顔を見ると、カイとマリは少し顔をしかめていた。
「誰だ?」
カイは怪しむ表情をして、私をマリの腕から引き離そうとする。
「私だよ、シアだよ!」
私はマリの腕から手を離さずに、カイと向き合った。
「確かにシアの声に似てるけど--- 髪と瞳の色が違うわ?」
マリの言葉を聞いて、私は慌てて腕輪を腕から抜き本来の色に戻す。
「シアだ! どうしたんだ? 色なんか変えて」
「シア、大丈夫だった? ここにいるってことはマーサさんは---」
「--- うん、マーサは亡くなったの。私、目の前でマーサが襲われたのに助けられなかった。 ---- これね、マーサが家から出る時に必ず腕輪をしていなさいって言われたからつけてるの」
「そうなのね。シアに会えて嬉しいわ。助けられなかったのは私も一緒よ。お父さん、お母さんが私を逃がしてくれたの。逃げてる途中に捕まっちゃって--- 私凄く怖かった。腕輪は付けてたらいいわ、マーサさんから言われたなら何かあるのかもしれないし」
「うん、カイのパパやアリサさんは?」
「とーちゃんと、かーちゃんは爆発音が聞こえると、俺を台所の奥の棚に隠してさ、そしたら兵士が入ってきて叫び声が聞こえてきたんだけど、俺震えて外に出れなくてずっと隠れてたんだ。音が聞こえなくなったから、出たんだけどご飯食べてた近所のオッチャン達やとーちゃん、かーちゃん皆死んでて。その場に入れなくて、教会まで無我夢中で走ったんだ」
「なんでだろうね。どうしてこんな---- 悲しいけど、マリとカイが生きててくれて良かった」
マリとカイと私は涙を流しながら抱きしめ合い、互いの息や熱が私に生きている事を強く感じさせた。
翌日。明日サリーシャに行くのが決まっていた為、マリとカイの家族と、マーサへ三人でお別れをしに行き、サリーシャ国に行っても離れず一緒にいようと誓い合う。
夜はとても眠れそうになく、マリとカイも起きていたので、三人で手を繋ぎながら今までの思い出を話しつつ朝を迎えた。
昼に近い時間になると、出発まで時間があるのを騎士に確認して、三人で最後に焼けた街をゆっくりと無言で歩き回る。
マーサと暮らしたアパートは焼けて崩れていたが、マリと手を繋ぎながら目に焼き付けるよう見つめた。
「マーサ、今までありがとう」
マーサへの感謝の気持ちを、青く澄み渡る空へ向けて呟く。
私達はサリーシャ王国へと向う馬車に乗り込み、体を寄せ合ったまま長い旅路を進んで行った。