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 そう言ってから、叶は、……ああ。そうか。と思った。

 ……初めからわかってはいたことだけど、……僕は、やっぱり、『祈のことが好きなんだ』。と叶は改めてそう思った。

 僕は、……『この森の中で出会ったばかりの、鈴木祈という僕よりも一つ年上の一人の女性のことを、本当に心から愛しているだ』と思った。

(そのことがわかって、叶は真っ暗な闇の中で、一人、にっこりと笑った)


 少ししてから、祈は、「……本当? 嬉しい。実は、……私も今、叶くんのことを考えていたの。頭の中で、……ずっと。叶くんのことだけを考えていた」と静かな声で祈は言った。

「僕の、たとえば、どんなこと?」叶は言う。

「たとえば、叶くんの普段の生活のこと。どんな街に住んでいて、どんな高校に通っていて、どんな家に住んでいて、その場所で、どんな生活をしているのか。そんなことをずっと考えていた。いつもの叶くんがどんな風なんだろうって、そんなことがすごく気になったの」

「別に普通だよ。特別なことはなにもない」叶は言う。

「記憶がないのにわかるの?」

「わかるよ。なんとなくだけど、わかる。記憶はないけど、……だって、自分自身のことだから」叶は言う。

 それから、少し間をおいて(きっと、今の叶の言葉の意味を考えていたのだろう)「……そっか。自分自身のことだもんね」と祈は言った。

「そろそろ、眠ろうか? 明日は朝、早くに起きたんだ。朝ごはんの準備をしないといけないから」叶は言った。

「明日の朝ごはんも作ってくれるの? 私のために?」

「うん。そのつもりだけど、……いけない?」

「ううん。いけなくないよ。すごく嬉しい。本当に嬉しい」と本当に嬉しそうな声で祈は言った。

「じゃあ、そろそろ眠ろう?」叶は言った。

「うん。わかった。……おとなしく眠る」祈は言った。


 ……それから、二人は少しの間、沈黙する。


「ねえ、叶くん。……手、握っていてもいい?」

 でも、それからしばらくして、まるで十歳のくらいの女の子みたいな声で、祈は言う。

「……手を?」

 かすかに眠りかけていた叶は、真っ暗な闇の中で、そんな祈の声を聞いて、そう言った。(叶は十歳の女の子のころの祈の姿を少し間、想像してみた。すると、十歳のころから祈は、今と同じで、緑色の草原や森の中を一日中、駆け回って遊んでいるような、すごく元気いっぱいの女の子だった)

「うん。森の中みたいに。草原の上でそうしたように。ついさっき、私の手を握ってくれたみたいに、今も、叶くんの手を握ってもいいかな? さっき、ずっと目をつむっていたのだけど、……なんだか、まだうまく眠れそうにないの。でも、叶くんの手を握っていれば、きっとうまく眠れると思うんだ」と祈は言った。

「そうすれば、うまく、上手に眠れるの?」叶は言う。

「……うん。きっと、うまく、上手に眠れる。すごく安心できると思うから」

 祈は言う。

「……わかった。じゃあ、いいよ」

 叶は言う。

「本当に? ありがとう。叶くん」とにっこりと笑って、祈は言った。

 それから叶は自分の手を祈が握りやすいように、ベットの中で自分の胸の前あたりにまで動かした。

 それから祈は自分の手を動かして、叶の胸の前あたりにある叶の手を探して、それを見つけて、その見つけた手を、……ぎゅっと握った。(その手を、ぎゅっと、叶も優しくにぎり返した)


「叶くんの手。やっぱり、すごくあったかい」すごくほっとしたような、安心したような、そんな穏やかな声で祈は言った。

 祈の手は、……相変わらず、とても冷たかった。その手の冷たさを、自分の手の温かさで、少しでも温めてあげたいと叶は思った。


 二人はそれから眠りについた。

 二人だけで。

 ……同じベットの中で。

 遠慮がちにお互いの体を避けながら、……でも、可能なかぎり体を寄り添うようにして、ベットの端っこと端っこに横になりながら。

 お互いの手をぎゅっと握ったままで……。

 

 それは、本当にとても幸せな夜だった。


(いつの間にか、叶の耳には、ずっと聞こえていた真っ暗な夜の中に降る、ざーっという強い雨の音は聞こえなくなっていた)


 ねえ、覚えてる? それとも、もう忘れちゃたのかな?

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