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「……部屋の中、入ってもいい?」とても不安そうな声で、涙を流しながら祈は言った。

「……いいよ。もちろん」

 優しい声で、叶は言う。

「……ありがとう」と祈は言った。

 祈はなんだかとても小さい女の子のようだった。年齢で言えば、たぶん、十歳くらいの女の子。

 ……一人で夜中に家の中を歩くことができないような年頃の女の子だ。

 叶は部屋の中に移動をしようとしたのだけど、なぜか祈はその場を動こうとしなかった。(あるいは、動くことができないのかもしれなかった)

 祈はじっと、救いを求めるような目をして、涙で潤んだ透明な二つの大きな瞳で、叶のことを見つめていた。(その大きな黒い瞳の中には、はっきりと叶の顔が映りこんでいた)

「祈。ほら」

 そう言って、叶は自分の手を祈に向けて差し出した。

「……うん。ありがとう」

 そう言って、祈は叶の差し出してくれた手をそっと握った。(祈の手は、森の中や草原の中で手を握っていたときと同じように、祈の家にたどり着いた今も、……ひんやりとして、……すごく、冷たいままだった)

 叶の手を借りて、ようやく祈はその場によろよろと立ち上がることができた。

 それから二人は、ゆっくりと手をつないだまま歩いて、叶の部屋のベットのところまで移動をした。(部屋のドアは叶が移動するときに、そっと閉めた。そのドアが閉まるときに、ぱたん、と言う小さな音がした)

 叶はベットに腰を下ろして、その隣に祈のことを座らせた。

 そうやって移動している、その間、祈はずっと、黙ったままだった。

 叶は無理に話をせずにしばらくの間そのままその場所に座っていた。(でも、手はつないだままだった)

 二人はそのまま、しばらくの間、ずっと無言のままだった。


 祈は、お風呂上がりからずっと頭に巻いていたカチューシャのような動物の耳みたいに見える青色と白色のしましまのタオルを、いつの間にか、とっていた。祈の腰の辺りまである長い黒髪が、そのままになっている。(寝るときに、髪を結んだりはしないようだった)

 格好はさっきまでと一緒で、大きなゆったりとした白いTシャツに、青色のハーフパンツ。

 そして、足元にはふかふかの白いスリッパを履いている。

 その白い頬の上に、透明な涙を流していること以外は、叶の知っている、いつもの祈そのままだった。


「……ときどき、こんな風に、急に心が壊れちゃうんじゃないかって、思うときがあるんだ」

 しばらくして、そんなことを祈が言った。

「心が?」叶は言う。

「うん。私の心が、ばらばらになっちゃうんじゃないかって、そう思うときがあるの。自分がめちゃくちゃになっちゃうんじゃないかって、すごく不安になるときがある」

 叶を見て、祈は言う。

「不思議だよね。暮らしていける家があって、安心できる居場所があって、毎日の穏やかな生活があって、私はこんなにも幸せなのに。こんなにも恵まれているはずなのに。でも、ときどき、本当に怖くなるときがある」

 祈は天井にある真っ白な電灯を見つめる。

「……僕も、そういうときがあるよ。すごく不安になる夜がある」下を向いて、木の床を見ながら叶は言う。

「叶くんにも?」

 驚いた顔をして祈は言う。

「うん。ある。すごく怖くなる。……今日も、そうなのかもしれない。すごく疲れているはずなのに、全然眠りにつくことができなかった」

 祈を見て、叶は言う。

「なんだ。じゃあ、叶くんも私と一緒だね」にっこりと笑って、祈は言う。

「うん。僕たち、同じだね」小さく笑って、叶は言う。

 ようやく祈が笑ってくれて、叶はすごく嬉しかった。


 それから二人はまた、少しの間無言になった。


「……あのさ、叶くん。お願いがあるんだけど、聞いてもらってもいいかな?」となんだか恥ずかしそうな顔をして、すごく言いにくそうな声で、祈は言った。

「それはお願いにもよるけど、でも、僕にできることなら、可能な限り聞くよ」と叶は言った。

 すると祈は、その顔を真っ赤にして、「……あのね、今日、このまま、叶くんの部屋で、叶くんのベットの中で、一緒に寝てもいいかな?」と祈は言った。

 その言葉を聞いて、叶はすごく驚いた。

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