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 このままだと、彼は空腹と寒さと疲れで、森の中で倒れるようにして、意識を失ってしまうかもしれない。そうしたら、彼はもしかしたら、もう二度と、深い森の中で目覚めることはないのかもしれなかった。

 ……でも、彼に幸運が訪れた。

 彼は雨の降る暗く深い森の中にあって、本当に偶然にも、そこにある『洞穴』を見つけたのだった。

 そこは森の中にあって、大地が隆起しているような場所で、その隆起した緑の植物に覆われた大きな岩のようなごつごつとした剥き出しの大地の表面には、一つの暗い穴が空いていた。

 熊のような大きな動物が住処にするような、あるいは、蛇などが大量に隠れ住んでいるかもしれないと思うような、そんな不気味な洞穴だった。

 でも、少なくとも今は、その洞穴になにかの生き物が、存在している様子はなかった。

 彼は少し迷ってから、強い雨の降る真っ暗な空を一度見上げて、自分の凍える体と、ずぶ濡れになった様子を確認して、覚悟をして、その洞穴の中に入っていった。

 洞穴の中は、随分と暖かかった。

 このまま、この場所で雨を過ごすことができれば、なんとか夜を超えることができそうだと彼は思った。

 彼は簡単に洞穴の入り口付近の安全を確認してから、(その洞穴は、そこから、向こう側を確認することができないくらいに、……ずっと、奥まで続いていた)ほっと、一息をついてから、青色のスポーツバックを枕にするようにして、体を丸めて、眠りについた。

 ……彼は、本当に、本当にすごく疲れていた。

 だから、森の中にいる彼は、今、こうして安心できる場所から、もう一人の自分自身である彼のことを思っている、ずっと(暗闇を恐れながら)眠れないでいる叶とは違って、そのままぐっすりと、その洞穴の中で、すぐに深い眠りについた。

 ……彼は、とても幸せそうな寝顔をしていた。


 叶は、ぱちっと目を開けた。

 すると、世界は真っ暗なままだった。

 ……叶は一瞬、自分がどこにいるのか、よくわからなかった。(……もしかしたら、僕は少しの間だけ、本当に眠っていたのかもしれなかった)

 それから叶は自分が今、祈の家の中にいることを思い出した。

 祈の用意してくれた、昔、まだ生きていたころに、祈のおじさんが使っていた部屋の中にあるベットの中にいるだと思い出した。

 それから叶は、……僕は今、すごく安心できる場所にいるのだと、心からそう思った。

 叶うは真っ暗闇の中で、じっと天井を見つめた。

 ……ざーっという、強い雨の降る音が聞こえる。

 そのまま、しばらくの間、叶はずっと雨の音を聞いていた。なにも考えずに、ただ、雨の音だけに耳をかたむけていた。

 ……それからもう少しして、叶は、そのざーっという雨の降る音の中に混ざって、ぎい、ぎい、という誰かの歩く足音が聞こえてきた。

 ……足音? ……祈かな?

 叶は思う。

 この家の中で、自分以外の誰かの足音が聞こえるとしたから、それは祈以外にはありえなかった。

 その考えを証明するように、その足音は奥の部屋である、祈の部屋のほうから聞こえてきた。

 そのぎいぎい、と言う足音は、叶の部屋の前を通り過ぎて、そのまま階段を降りて、どうやら一階まで、移動をしたようだった。(その少しあとで、小さくドアの開く音も聞こえた気がした)

 ……最初はトイレに行ったのか? あるいは、キッチンに水でも飲みに行ったのだろう、と思って、あまり気にしていなかったのだけど、それから随分と時間が経っても、祈の足音はいつまでたっても、一向に、二階に向かって戻ってくる音が聞こえてこなかった。

 叶はなんだか祈のことが心配になった。

 あの、玄関の先に広がっていた、この家を取り巻いている永遠の完全な闇の中から不気味で恐ろしい、ないか、が、鍵のかかっていないドアから、家の中に訪れて、一階にいる祈を『あの暗い闇の中に今にも引きずり込もうとしている』のではないかと思った。

(それは、もちろん、ただの空想だし、実際には、そんなことはないと思うのだけど……)

 叶はなんだかすごくいやな予感がした。


 あるいは、祈は、『家の玄関から外に出て、そのまま、あの真っ暗な闇の中に、雨の降る夜の中に自分から出て行ってしまったのではないか?』 と叶は思った。

 なにかに引き寄せられるように。

 魔法にかかったように。

 ……あるいは、彼に、会いに行くために。

 祈は一人で、この雨の中を歩いて、深い森の中にまで、戻って行ってしまったのではないかと思ったのだ。(そういえば、どうして祈は、僕と出会ったときに、あんなに深い森の中にいたのだろう? その理由をまだ祈に叶は聞いていなかった)


 叶はゆっくりと、ベットから起きて(……どうせ、眠れないのだし)このまま、一階に行って、下の階にいる祈の様子をみることにした。

 それに、なにもなかったとしても、少し、祈と話をすれば、そのあとで安心して、ぐっすりと眠りにつくことができるような気がした。

 叶は一階まで移動をしようとした。

 でも、そのとき、叶が部屋の電気をつけようと、電灯の紐に手を伸ばしたときだった。祈が、こちらに戻ってくる足音が小さく聞こえてきた。

 その足音を聞いて、叶はほっとする。

 それから、自分のいやな予感が外れて良かった、と心からそう思った。

 でも、それからまた、叶の予想外のことが起こった。

 祈の足音は、奥にある祈りの部屋まで戻らずに、階段を上がってから、手前にある叶の部屋の前で、ぴたっと止まった。

 再び、真っ暗な闇の中で、ベットの中に潜り込んでいた叶は、そのことを変だと思った。

 叶は暗闇の中でじっと自分の部屋のドアのほうに視線を向けた。

 それからすぐに、とんとん、と叶の部屋のドアをノックする音が聞こえた。

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