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それから叶は二つに切れてしまった赤い紐を取り出して、それを、真っ白な電灯の明かりの下で、じっくりと観察してみた。
眠る前にもう一度、そんな風にして、しっかりと、赤い紐をよく観察してみると、赤い紐は結構長くてしっかりした作りをしていた。20センチくらいはあるだろうか? 両端が少し細くなっていて、そこで結び目を作ることができるような作りになっていた。
その紐は決して、偶然に切れるような紐には思えなかった。
でも、紐は途中で、ぷつん、と切れて二つになってしまっていた。(紐はまるで強い力で両端から引っ張ったように、……無理やりに、引き千切れるようにして、切れてしまっていた)
……どうしてこの紐は切れてしまったんだろう?
その原因はなんだろう?
手のひらの上に乗せた赤い紐を見ながら、そんなことを叶は思った。
でも、いくら考えても、その答えはわからなかった。
叶は赤い紐をじっくりと観察する。それは本当によく、丁寧に編まれた紐だった。ただの紐ではない。やはりこれは、なにかのお守りなのだろうと思った。
人の手で編んだような、そんなぬくもりを感じる。
赤い紐。
……赤い、糸。
……切れしまった糸。
結び目。
その紐は、何度見ても、とても丈夫そうに見えて、やはり、偶然に切れるようなものには見えない。きっと紐は『必然的に』切れたのだと叶は思う。
なにかの拍子に、『運命的に』紐は切れたのだと思った。
……二つに。別れてしまったのだと思った。
それは、僕の記憶喪失となにか関係があるのだろうか?
確証はないけど、それは関係があるように思えた。『この赤い紐が切れてしまったせいで、僕は記憶を失ったのだと思った』。
理由はわからないけど、なぜか、そんな気がした。
(もし、怪我でも病気でもなくて、僕の記憶喪失になにかの理由があるのなら、それは、きっとこのせいだと思った)
叶は切れてしまった赤い紐を、『あまり上手ではないけれど、とりあえず結び直して』、それを不器用だけど、二つの結び目のある一本の赤い紐に戻した。
(結び直してから少しの間、待ったのだけど、赤い紐を一本の紐に戻したことで、叶の記憶が急に戻ったりするようなことはなかった。叶は、笑いながら、小さくため息をついた)
叶はその赤い紐のお守りを一瞬だけ、(おそらくだけど)元のように『自分の手首』に巻こうとして、それから、それをやっぱりやめて、少しの間、悩んでから、結局叶はその赤い紐を、青色のスポーツバックの中にではなくて、青色のジャージのポケットの中にしまった。
それから叶は部屋の電気を紐を引っ張ることで、(壁にスイッチがあったけど、紐も付いていた)消して、世界を真っ暗にしたあとで、祈の用意してくれた真っ白な毛布に包まって、ベットの中で静かに目をつぶった。
でも、それからいくら時間が経っても、叶に安らかな眠りは訪れなかった。
それからしばらくして、叶は眠ることを諦めて、(自然に眠くなるのを待つことにしたのだ)暗闇の中で、じっと外に降るざーっという強い雨の音だけに耳をかたむけていた。
その雨の音を聞きながら、叶は、暗い雨降りの森の中で一人でさまよっている、もう一人の自分のことを思った。
彼は、真っ暗な夜と強い雨の中で、安心して眠れる場所を探して、森の中をさまよい歩いていた。
でも、そんな場所は、なかなか見つけることはできなかった。




