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 青色のスポーツバックは、白いタオルで丁寧に拭くと思っていたよりも、ずっと綺麗になった。(その代わり、白いタオルは土で結構汚れてしまった)

「うん。これなら、大丈夫だね。このまま部屋の中に持って行ってもいいよ」にっこりと笑って祈は言った。

「ありがとう」と叶は言った。

 それから、二人は家の中に戻った。

 祈が家の玄関の白いドアをゆっくりと閉めるとき、叶はそっと、その向こう側にある真っ暗な闇にじっと目を向けていた。

 ……やがて、ぱたん、とドアがしまって、真っ暗な闇はどこにも見えなくなった。


「じゃあ、部屋に行こうか。案内するよ。私の部屋と、それから今日から叶くんが使うことになる空き部屋は、どっちも二階にあるんだ」と祈は言った。

「わかった」叶は言う。

 それからふと、叶は玄関のドアを見て、「そういえば、玄関のドアに鍵は掛けなくていいの?」と祈に聞いてみた。(思い出してみると、玄関のドアだけではなくて、裏口から家の中に入ったときも、鍵を開けたり、閉めたりしている様子はなかった)

「あ、うん。鍵はいつも掛けてないんだ。『開けたまま』にしている。一応、鍵はあるんだけどさ、この家に来てから、鍵を掛けたことは一度もないかな?」と祈は言う。

 それから祈は、「ほら。これ。一応、こうして、持ち歩いてはいるんだけどさ」と言って、青色のハーフズボンのポケットの中から『小さな鍵のたば』を取り出した。

 それは、小さな二匹の白と黒のうさぎの人形と、それから、小さな鈴のアクセサリーが赤い紐で鍵に吊り下げてある、小さな鍵のたばだった。

 祈がその小さな鍵束を取り出すと、その小さな鈴がちりん、と小さな音を立てて鳴った。

 その小さな鍵束には、二つの鍵がくっついていた。(おそらく、入り口と裏口のドアの鍵だろう)

「ドアに鍵をかけなくて危なくないの?」と叶は言った。確かに誰も、『この家を訪れる人』はいなそうだけど……、と思いながら

「うん。危なくないよ。どうせこの家には『誰も訪ねてこない』し、大切なものはいっぱいあるけど、でも、盗まれるような価値のあるものは、なにも置いてないし、別に鍵をかける必要はないから、いつも開けっ放しなんだ。いちいち鍵をかけたり、閉めたり、めんどくさいからね」と明るい顔で祈は言った。

「そうなんだ。なるほどね」と叶は言った。

 ……確かに、誰も人はこないだろうと叶は思った。でも、このドアの先には、この家のまわりには、……あの完全な真っ暗な闇が永遠に広がっているのだ。

 そんなことを考えると、ひどく不気味な気持ちになった。

 ……人はこないとしても、人ではないものが、その真っ暗な闇の中から、この家を訪れるような気がした。

 あの真っ暗な闇の中から、強い雨の降る夜の中なら、『不気味で恐ろしい、なにか』が、この家を訪れるような気がしたのだ。

 そのとき、ドアに鍵がかかっていないのなら、とても危険なような気がした。

「どうしたの、叶くん? ほら、早く行こうよ」と祈は言った。

「……うん。わかった。今、いくよ」そう言って、叶は祈と一緒に移動をする。


 二人はキッチンで、祈は白いタオルを水で洗ってから、石鹸でごしごしと手を洗った。それから祈は一度、奥にある木のドアを開けて、お風呂場のほうに移動をした。帰ってきたときには、白いタオルを持っていなかったので、きっと、洗濯機の中に入れたのだろう。

 叶は祈と一緒にリビングにある裏口やお風呂場ではないほうの、もう一つの木のドアの前まで移動する。玄関の白いドアから離れて、手を洗っている間も、お風呂場に移動をした祈をキッチンで一人で待っている間も、その間、叶はずっと、ちらちらと鍵のかかっていない玄関の白いドアを注意して見ていた。

 いきなり、そのドアが急に、……勝手に開くような気がした。

 ……でも、もちろん、そのドアが急に開いたり、あるいは、とんとんと、誰かが、あるいは、『不気味で恐ろしい、なにか』が、そのドアをノックするようなことは、一度もなかった。

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