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「だめだよ。今日はもう寝ないと。今日は、二人とも長い間、森の中を歩いてきたんだし、祈も、もうすごく眠そうだしさ。もちろん、僕も、もう眠いし。明日のためにも、今日はもう、ちゃんと眠って、しっかりと疲れを取らないとだめだよ」と優しい顔をして、まるで本当に小さな子供にいい聞かせるような口調で、叶は言った。

「えー。もう寝るの? なんだかつまんないな」

 と本当につまらなそうな顔をして祈は言った。

 それから祈は、やっぱり眠たくない、とか言って、もっとわがままをいうのかと思ったのだけど、でも、祈はそれからすぐに、おとなしくなって、自分の考えを引っ込めた。

 叶がそんな様子の祈の顔をじっと見ていると、祈はにっこりと一度笑ってから、それから叶の前で、まだ、はぁー、と眠たそうな顔をして、大きな、大きなあくびをした。


「叶くん。はい。これ」そう言って祈は白いタオルを叶に渡した。

 それはどうやら、叶うの青色のスポーツバックの汚れを拭くための白いタオルのようだった。

「どうもありがとう」そう言って、叶はタオルを受け取った。

 それから叶は、自然にお風呂場に移動をしようとする。

「あ、叶くん。もしかして、お風呂場にいくの?」とちょっとだけ慌てた様子で祈は言う。

「うん。お風呂場でバックを拭こうと思って、……いけなかった?」お風呂場に続く木のドアのドアノブに手をかけながら、後ろを振り返って、叶は言う。

「ううん。それは、いいんだけどさ。えっと、お風呂場には、……今、その、……私の、洗濯物が……」

 と、顔を少し赤くしながら、叶から視線をそらして祈は言った。

 その言葉を聞いて、叶うはあっと思った。

 それから「あ、ごめん! すっかり忘れてた。えっと、わざとじゃないんだ。本当に」顔を赤くした叶は、慌てた様子で祈に言い訳をした。

「うん大丈夫。それはもちろんわかっているから。でも、えっと、……できれば、今は、お風呂場に入るのはやめて欲しいかな?」両手を小さく振りながら、祈は言う。

「わかった。えっと、じゃあ、玄関から出て外で拭くよ。それでいい?」一度、玄関の白いドアを見てから、叶は言う。

「うん。それでいい。ごめんね。叶くん」と申し訳ない、という顔をして祈は言った。

 それから祈りは裏口に脱いである、叶の靴を玄関まで持ってきてくれた。青色のスポーツバックを持った叶は、その履き続けて、ところどころが、ぼろぼろになった高校の革靴をはいて玄関を開けて外に出る。

 外に出ると、ざーという、強い雨の音がはっきりと聞こえた。(雨の音は、家の中にいる間も、ずっと叶の耳に聞こえていた)

 真っ暗な夜の中で雨は今も降り続いている。

 玄関には屋根があって、この場所は雨に濡れないのだけど、周囲に広がっている完全な暗闇の中には、確かに、強い雨が降り続いていた。

 叶は、なぜか、その完全な暗闇の中に降っている強い雨の降る光景とその強い音に、強く心を惹かれた。

(思わず、その真っ暗な夜の中に、走り出していきたいと思った。強い、冷たい、雨を浴びて、限界まで、力つきるまで、走っていたいと思った。そして、実際に叶は、そんな自分の姿を頭の中で想像した)

 叶はしばらくの間、ずっと、その完全な暗闇に、強い雨の降り続ける夜の中に、目を向けていた。


「叶くん? どうしたの?」すると、叶のすぐ後ろでそんな祈の声がした。

 叶が後ろを振り向くと、いつの間にか、祈は玄関にあったサンダルをはいていて、家の外に出た叶のすぐ後ろに立っていた。玄関のドアは開いたままになっている。そこから明るい光が闇の中に溢れていた。

「どうしたの? ぼんやりしちゃって? ほら、叶くん。早くバック、綺麗にしちゃおうよ」と祈は言った。

 どうやら祈は、叶の青色のスポーツバックの掃除が終わるまで、そこで叶のことを待っていてくれるようだった。

「ごめん。わかった。すぐに綺麗にするよ」にっこりと笑って叶は言う。

「うん。綺麗にしちゃおう」嬉しそうな顔で、祈は言った。

 それから叶は、その場にかがみこんで、祈がじっと、前かがみになって、叶のことを見ている前で、暗い完全な真っ暗闇の前で、強い雨の降る音を聞きながら、自分の青色のスポーツバックをできるだけ綺麗に、丁寧に拭いた。

 ……手間をかけて、愛情を込めて、心を込めるようにして。

 その自分の青色のスポーツバックを綺麗にした。

 スポーツバックが綺麗になるまでの間、二人はずっと無言のままだった。

 真っ暗な闇の中に、……ざーという、強い雨の降り続く音だけが聞こえていた。

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