表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/55

39

 それから叶は、その雨の降る音を聞きながら、思考のイメージを切り替えて、今度は、森の中で意識を失っていた自分のことを考えた。

 もし、今日、僕が祈りと出会うことがなかったから、今頃、あの森の中で、暗い夜の中で、降り出した雨に打たれながら、孤独な一人の僕はどうしていたのだろう? とそんなことを叶は思った。

 森の中で、どこかに雨宿りできる場所を見つけて、そこで雨をしのいだのだろうか?

 ……たった、一人で。

 暗く、冷たい雨の降る、夜の中で……。

 その夜の闇の中に、ひとりぼっちの僕はなにを見るのだろう?

 その雨を見て、ひとりぼっちの僕はなにを思うだろう?

 あるいは、その孤独な時間の中で、ひとりぼっちの僕は『どんな選択をするのだろう?』

 ……そんなことを、叶は思った。(僕は本当に幸運だったのかもしれない。もし、あのまま、深い森の中で、祈と出会わなければ、今頃、僕はあの暗い森の闇の中に、消えてなくなっていたのかもしれない)

「なに考えているの?」淡いオレンジ色の明かりの中で、祈が言った。

 叶のことをじっと見ている、明かりの中の祈は本当に美しかった。

「君のこと。それから、自分自身のこと」と正直に叶は言った。(そう言ってから、自分でも、少し驚いた。でも、今のとても美しい魔法のかかった祈に、……嘘なんて言えるわけがなかった)

 そんな叶の正直な言葉を聞いて、祈は少し驚いた顔をした。(どうやら祈も、叶がそれほど正直に自分の気持ちを言葉にするとは思っていなかったようだった)

「なんだか、私のかけた魔法が効いたみたい。嬉しい。叶くんが『素直になった』」と、本当に嬉しそうな顔をして、祈は言った。


 そのとき、ずっと流れていた古いレコードの曲が終わった。

 祈の灯した魔法のロウソクの淡いオレンジの光は、闇の中で、……レコードセットのある場所を辛うじて、照らし出してくれていた。

 祈は一度、叶に微笑んでから、今度は自分から移動をして、すぐにレコードを新しいものに変えた。(どうやら次の曲をどの曲にするか、祈は事前に決めていたようだった)

 その新しい曲は、今までのゆったりとした、静かな曲調の曲ではなくて、打って変わって、なんだか陽気で明るい音楽だった。(入り口のわかりづらい地下にある、雨の降る日の動物たちの森の中の隠れ場のような、そんな薄暗いおしゃれなバーで流れているような、古いジャズっぽい音楽だった)

「今度は、少し明るい曲にしてみた。この曲はね、おじさんの大好きだった曲なの」席に戻ってきた祈は、にっこりと笑って叶に言った。

「とても、いい曲だね」叶は言った。

「どうもありがとう。この曲を叶くんに気に入ってもらえて、本当に嬉しい」と祈は言った。

「じゃあ、あらためて、二人の森の中での素敵な出会いに乾杯!」水の入った透明なコップを持って、祈は言った。

「うん。乾杯」

 同じように水の入った透明なコップを持って、叶は言った。

 ……私と君の、二人の出会いのお祝いに。

 ……僕と君の、二人の出会いに。

 乾杯。

 乾杯。

 そう言って、二人は軽くお互いのグラスを合わせた。

 すると、ちん、と小さな音が鳴った。

(なんだかそんなことを以前に、君と二人だけで、経験したことがあったような気がした。そのちん、と言う小さな鈴の鳴るような音を、以前にもどこかで聞いたことがあるような気がしたのだ。それこそ、どこかのおしゃれなバーの中にある席の上で……。ずっと以前に。とても遠いところにある場所で……)

 二人は淡いロウソクの明かりの中で笑いあった。

 それから二人は手作りのカレーライスを食べ始めた。


 ……闇の中では、古いレコードの奏でる明るい音楽に混ざって、……ざーという、強い雨の降る音が聞こえた。(その音は、なぜかずっと叶の耳に聞こえていた)

 その雨の降る音を聞いて、叶は、もう一人の森の中で、静かに一人で、真っ暗な夜の中で、降り続く冷たく強い雨を眺めている自分のことを、思った。

(乾杯。叶は心の中で、森の中にいて、冷たい雨を眺めているひとりぼっちの孤独な自分に向けて、そう言った。するともう一人の叶は、にっこりと笑って、その手の形を、コップを持っているような形にして、片手をあげて、乾杯、と叶に言った。もう一人の叶は、暗い夜の中で、雨の降る暗闇の中で、不敵な笑みをその顔に浮かべていた。それは、まるで『勝利者の笑み』のように、叶には見えた)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ